どうも、作者です
感想くれた人、ありがとうございます。
以上。
あの後大神と再度合流したが、その時には既に彼女はいつもの大神へと戻っていた。
普通に話し、普通に笑う。
その姿からは先の表情の面影など一ミリたりとも感じられない。
けれど俺の脳内には焼き付いている。
あの悲し気な表情が、泣きそうに歪められた瞳が、しっかりと。
一度、それについて問いかけてみた。
しかし
「え?透君の見間違いじゃないかな。
ウチは見ての通り元気だよ?」
そう言って首を傾げる彼女を前に、それ以上の追及など出来るはずも無かった。
結局、気にはなれども諦める他ない。
それからは特に変わったことも無く、イヅモ神社の日常が戻る。
ただ一つを除いて。
「…のう、透よ。」
「…なんだ、神狐。」
小声で話しかけてくる神狐に対して、同様にこちらも小声で返す。
何故小声なのかと言えば現在、二人は隠密行動中だからである。
目標は既に視界に抑えている。
二人の視線の先、そこには一人ベンチに座る大神の姿。
けれどその表情は何処か物憂げで、落ち込んだようにため息を付いている。
あの時から、時折こうした大神を見かけるようになった。
最初は気のせいかとも思ったが、流石にあの日から三日経過して尚続くとなるとそうも言っていられなくなる。
不審に思ったのは俺だけではなく、無論神狐も同様で今に至る。
「お主、ミオに何をしたのじゃ?」
「…。」
こちらに疑いの視線を送ってくる神狐に沈黙で返す。
それはそうだ、このイヅモ神社には三人しかおらず、必然的に容疑者は絞られることになる。
「やはり、何か心当たりはあるようじゃな。」
「いや、俺も原因までは分からないって。
けど大神がああなったのは俺と鍛錬してからだし…。」
自分でも知らずのうちに何かしてしまっていたのか。
そう思い記憶をたどってみるも、どうにもそれらしい要因は見当たらない。
何が彼女を苦しめているのか分からずにいる。
この状況が、これほどまでに心苦しい。
「二人で…、透、仔細を話して見せよ。」
「ん?あぁ、三日前の事なんだけど…。」
そう言えば神狐にはまだ話していなかった。
隅から隅まで話すと長くなるため、取り合えず手短に、特に大神の様子が変わった辺りを重点的に説明する。
「なるほどのう…。」
それを聞いた神狐は思い当たる節でもあるのか少しだけ顔を俯かせてそう呟いた。
「何か分かりそうか?」
その様子に微かな希望を込めて問いかけるが、しかし神狐は首を横に振る。
「さて、さっぱりじゃ。
妾はミオの心までは見通せぬからのう。」
「まぁ、そうだよな…。」
それはそうだ、いくら親しいと言えどもただ他よりも知っていることが多いだけで、その全てを把握できるわけでもない。
そして、二人の間に無言が流れる。
「とにかく、今はミオを元気づけるのが先決じゃな。
問題はその方法じゃが…。」
しかしそれも束の間、神狐は思考を切り替える様に頬をぱちりと叩くと、にやりとその口角を上げてこちらへと視線を向ける。
「…なんでそこで意味深にこっちを見る。」
不意に感じた嫌な予感に思わず顔が強張る。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、神狐はその顔に浮かぶ笑みをさらに深める。
「いやなに、元気と言えば笑顔じゃろう?
笑えば大抵の嫌なことは流せるというものじゃ。」
傍から見ればただの笑顔なのだろう。
しかし、この時の俺には彼女のことが残虐な悪魔にしか見えなかった。
「これは…。」
戦慄の表情を浮かべる神狐を前にただ虚空を見上げる。
何も考えたくない、頭の中にあるのはその一念のみである。
そんな現在の俺が身に纏っているのはいつもの服ではない。
白いフリルがあしらわれたひらひらとしたメイド服、頭には同じく白いヘッドドレス。
それを身に纏う俺の姿を目の前にした神狐は、わなわなと震えながら口を開いた。
「想像以上に、
キっツイのう…。」
若干引き気味で顔を青ざめさせる神狐に、ぷちりと頭の中で何かが切れる音がした。
「誰が着せたんだ誰が!
これで大神が元気になるって言ったのは神狐だろうが!」
「いや、うむ。
それはそうなのじゃが…。」
もごもごと言い淀む神狐。
精神汚染とはまさにこのことなのだろう。
心の中の大事な何かが、がりがりと音を立てて削られているのが分かる。
人には須らくアイデンティというものがある。それはその人をその人たら占める重要な要素だ。
その大事な要素だが、現在進行形でそれが失われつつあるのを感じる。
「せめて笑えよ…!」
「そうは言うがの、透。
これが笑えない程にキツイのじゃ」
何故目の前の少女は死体蹴りを食らわせてくるのだろう。
ここは無理にでも笑って救いを出すのが人道では無いのか、むしろ追い打ちをかけてとどめを刺しに来ている。
「その耳引きちぎってやろうか。」
「主には分からぬじゃろうが、耳を引っ張られるのは意外と痛いのじゃ…って本当に手を伸ばすでない!?」
こちとらアイデンティを崩されているのだ、せめて彼女も道ずれにと最大のアイデンティへと手を伸ばすも神狐は器用にその手を避けて回る。
ちょこまかと動きやがってこのロリババア。
「誰がロリババアじゃ!」
「お前だお前!そしてさらっと心を読むな!」
しばらく攻防を続けるが結局神狐を捕まえることは出来なかった。
だが、両者ともに息切れは無い。
動いてみて分かったがこのメイド服、何気に動きやすいのだ。
それがまた妙に腹立たしい。
「今更だけどなんで俺のサイズに合うメイド服を持ってんだよ…。
大神が着るにしても合わないだろ、これ。」
自らの体を見下ろして、サイズ感ぴったりなそれに顔をしかめながら問いかける。
一応神狐は自分のものを持っているようだが、彼女との対格差は歴然である以上彼女のものではない筈だ。
「それは昔に仕入れたものじゃ。
いつかミオが着れるようになるかもと取っておいたのじゃが、些か大きすぎてのう。」
それがこんな形で陽の目を見ることになるとは、メイド服自体も自我があるのならばさぞ驚いていることだろう。
「ただ折角陽の目を見た所を悪いが、もう着替えるからな。それで二度と着ない。」
「うむ、こればかりはのう。
ミオもこんなものを見てはむしろ悪化するというものじゃ。」
こんなもの呼ばわりとはご挨拶だが、正直同意見な為さっさと着替えに脱衣所へ…。
「こんなところで何してるの?」
「…っ。」
行こうと足を向けた瞬間、後ろから大神の声が聞こえてきていつもとは別の意味で心臓が跳ねる。
近くから息を呑んだ音が聞こえたため、恐らく神狐も想定外の事態だ。
「あー…、ミオよ、どうしてここに?」
「どうしてって、あっちで座ってたらせっちゃんの尻尾が見え隠れしてて気になったから見に来たんだけど…。」
震え声で尋ねる神狐に大神はそう答える。
どうやら先ほどの攻防が仇となったらしい。
後ろ越しにこちらへと大神の視線が向けられているのが分かる。
大丈夫、まだ正面から姿を見られたわけでは無い。まだ誤魔化しがきく筈だ。
「…。」
無言のまま止めてしまっていた足を動かして何事も無かったかのようにその場を後にしようとする。
しかし。
「透…君…ちゃん?どこ行くの?」
現実とは常に無情である。
大神に戸惑い混じりに呼び止められて、声にならない悲鳴を上げる。
最後の希望にと神狐へ視線で助けを求めるも、既に諦観の籠った瞳で首を横に振る彼女の姿にもう手遅れなのだと悟る。
一つ深呼吸を入れ、静かに覚悟を決める。
どんな反応を示されるのか。
嘲笑か、ドン引きか…多分後者だな。
大神が見せるであろう反応に当たりをつけながら、ゆっくりと振り返る。
「あ…。」
正面から向き合うと、大神は思わずといった形でそんな声を漏らす。
ちょっと心が折れかけるが、気合と意地で向かい合い続ける。
仮に引き気味の反応をされたとしても二日三日引き籠るだけだ、大した問題はない。
「…可愛い。」
「大神、言いたいことは分かる。
だけどこれには深いわけが今なんて?」
ぽつりと呟かれたその言葉に理解が追い付かず、一拍遅れて聞き間違いかと大神へと聞き返す。
「ミ、ミオ?主、今何と…。」
それは神狐も同じようで、本気で戸惑ったような声を上げる。
「え?だから可愛いって。
透君、メイド服も似合うんだね。」
(…マジで?)
(それは無いのじゃ。)
ぽっと頬を赤く染める大神に思わず神狐へと目を向ければ、ぶんぶんと少々オーバー気味に首を振って否定を返してくる。
この時点で二対一だ。
どちらの意見が正しいかは多数決でこちらが優勢となる。
しかし、そうすると今度は大神へと論点が移る。
「大神、気を使わなくても良いんだぞ?
正直俺も直視したくないし。」
「え、何言ってるの?
ウチ気なんて使ってないよ?」
これは大神なりの優しさだ、そう考えて助け舟を出したつもりなのだが即答で否定されてしまう。
そして、気づいた。大神の瞳は曇りも無く晴れ渡っていると。どこまでも純粋に俺とメイド服にシナジーを感じていると。
「…神狐。」
「うむ、ミオは本気じゃ…。」
確認を取るように神狐へと声を掛ければ、彼女も同じ考えのようで真剣な表情で頷いて見せる。
「透君もメイド服を着るならウチも何か着たいな。
…そうだ、執事服とか良いかも。透君…ううん、透ちゃんとも関連性があるし。」
「待て待て待て、大神これには事情があってだな!」
大神が俺のメイド服について完全に受け入れて順応し始めたのを察して慌てて誤解を解こうと待ったをかける。
が、彼女はこれを照れ隠しと受け取ったようで中々納得してくれない。
「恋は盲目という奴じゃな…。」
そんな様子を見たイヅモ神社の神主はぽつりとそう呟くが、それが誰かに届くことは無く。
結果として、大神の俺への呼び方を透ちゃんから透君へと戻すのに二時間ほどを要することとなった。
「はー、危なかったー。」
ぐったりと椅子の背にもたれ掛かって大きく息を吐けば、それを見た大神がくすくすと笑い声をあげる。
「そんなに気にしなくても良いのに。
ウチは透君でも透ちゃんでも変わらないよ?」
「気にするって、別にそういう趣味があるわけでもないし。
というか大神の順応性が高すぎるんだ。」
まさか笑わせに行った筈が根本的に失敗した挙句、あそこまで華麗に受け入れられるとは思わなかった。
あそこまで肝が冷えたのは久方ぶりだ。
誤解を解いている最中にいつの間にか神狐はいなくなるしで散々な結果になってしまった。
「…でも、ウチそんなに分かりやすかったかな。」
微笑みながらも大神は顔に影を落とす。
何がとは聞かなくても分かった。
「そりゃ、一緒にいる時間も増えたしな。
その分変化にも気付きやすくなるさ。」
それでも、気づいてからこうして実行に移すのに時間がかかる程度には上手く隠されていた。
これは俺の洞察力の問題か、それとも大神の隠蔽能力が高いのか。
「…別に問いただしたりはしないけど。
やっぱり落ち込んでるっていうか、悩んでることがあると分かれば手を貸したくもなる。」
などと言ってはいるが、結果があの様では恰好もつかない。
いや、深く考えるのはやめておこう。あれは事故だったんだ。
それを聞くと、少しだけ口を開いて大神は何かを言いかける。
しかし、言葉にならないのかそのまま口を閉じた。
「…うん、ありがとう透君。」
代わりに大神は笑顔でそれだけを口にする。
やっぱり、何かある。これは確実だ。
脳裏に浮かぶのは、シラカミ神社で聞いた白上の言葉。
『気の所為かもしれないですけど、もしかしてあの予言とは別にもっと根本的な問題があるんじゃないかって。』
根本的な問題。それが今、目の前に現れそうになっている。
直面して、理解した。
これは生半可な問題ではないと。
しかし、分かっていたことだ。親友の白上にすら見抜けない程に深く隠されていた問題だ。
それが簡単に解決できる程度のものである筈がない。
「透君。」
「なんだ?」
不意に名を呼ばれて顔を上げる。
「もしウチが話したいことがあるって言ったら、その時は透君、話を聞いてくれる?」
優し気な表情、いや、正確には穏やかな表情で大神は問いかけてくる。
それに対して、俺は。
「…あぁ、どんな話でも受け止めて見せるさ。」
「…そっか。」
その答えを聞いた大神は、そう言って安心したように笑みを浮かべた。
大神と別れて一人、イヅモ神社の本堂へと足を運ぶ。
何をしに来たのか、それは当然神狐を探しに来たのだ。
「神狐、居るか?」
呼びかければ、何処からともなく神狐セツカが姿を現す。
本当に出てくるとは思わなかったが、これはこれで話が早くて助かるというものだ。
「何の用じゃ?
主から訪ねてくるのは珍しいのう。」
神狐は少し驚いたように、キョトンとした顔で尋ねてくる。
「あぁ、少し話したいことがあってな。」
「ほう。」
神狐が相槌を打つとともにシキガミが現れて座布団を持ってくる。
取り合えず座れということなのだろう。
「それで、話とはなんじゃ?」
腰を据えて向かい合えば、神狐はこちらに真っ直ぐに視線を向ける。
「…ひと月以内に大神と恋仲になれって、言ってたろ?」
「うむ、そうじゃ。
確かに妾の言じゃ。」
未だに燻る想い。
俺だって、大神と恋仲になりたいとは思っている。
けれどだ。
「あれさ、無かったことにしても良いか?」
「む…。」
そう言えば、神狐はピクリと眉を上げる。
「ふむ…主とミオの問題である以上、元々妾から強制することでもないがのう。
しかし、主とて望むところであろう?」
「そうだな。」
神狐の言う通りだ、そこに見解の相違は無い。
「けど、俺の想いより俺は大神を優先したい。
大神に悩みがあるのなら、それを解決してから改めて恋愛をしたいんだ。」
神狐なりに考えて、色々と手助けしようとしてくれているのは理解している。
けれど今の状況で恋愛が出来ると言えば、それは嘘になる。
まずは大神の悩みを解決する。
恋愛をするのはその後でもいい。
「ミオの悩み…。
そうじゃな、主がそう考えるのも無理は無い。」
どうやら神狐も理解してくれたようで、頷いて見せる。
「なら…。」
「その上で、じゃ。」
しかし、神狐は遮るように言葉を続ける。
「妾としては、主にはミオと一時でも早く恋仲になってほしいと考えておる。
まぁ、ただの我儘じゃな。」
そう言って自嘲するように笑みを浮かべる神狐。
我儘、それは神狐自身がそうであって欲しいというだけの願望。
だが、他人の感情を完全に無視してまで自分の感情を優先するほど神狐が思慮深くない訳がないということは理解できる。
「…何か知ってるのか?
大神の悩みについて。」
「そうじゃな、知っておる。」
もしやと思い当たって問いかけてみれば、あっさりと神狐は白状した。
「じゃが、ミオが話さぬ内は妾からそれについて話すことは何も無いのじゃ。」
「あぁ、それは分かってる。」
逆に何か話そうとしていれば止めていた所だ。
大神の悩みは大神本人から聞く。それを先ほど約束した。
「じゃあ俺は宿の方に戻るよ。
実は大神には少しトイレに行ってくるとしか言ってないんだ。」
話は終わった。
そう言って立ち上がれば、神狐は呆れたような笑みを浮かべる。
「主、もう少しひねった言い訳は出来ぬのか。」
「ごもっともで。」
これは宿に帰ったら大神に腹の心配をされるかもしれないな。
同じく笑みを返しながら冷たい本堂の床を歩く。
「…透よ。」
神狐の視界から出る一歩手前で、そう呼び止められて振り返る。
「ミオから話を聞いたのなら、その時は妾の知るすべてを主に話す。
約束するのじゃ。」
見たことの無い顔だ。
だが、その瞳には確固たる覚悟が宿っていた。
「…あぁ、覚えとく。」
それだけ言い残して、今度こそその場を後にする。
本堂へと残されるのは神狐セツカただ一人。
「本当に、主には世話をかける。」
その口から零されたその言葉は、がらんとした本堂の中を響き渡った。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。