どうも、作者です。
感想あざます。
一人の男がつかつかとイヅモ神社の本殿へと続く道を歩く。
その足取りには彼の胸中に渦巻く激情を表すかのような荒々しさがにじみ出ており、何かに耐える様にその歯は食いしばられている。
やがて、目的の場所である広間の前へとたどり着けば、男はその取っ手へ手をかけて勢いよく襖を開いた。
音を立てて襖が開く。
大きな広間、その中心には座布団に座っている神狐の姿が見える。
そんな神狐は襖が開くと同時に、音に反応してこちらへと振り返った。
「おぉ、透か。
ミオとのデートは楽しめ」
「『結』」
誰かを確認した途端、その顔に笑みを浮かべて話しかけてくる神狐。
しかし、彼女がそれを言い切る前に広間へと踏み入り、ワザを発動させる。
途端、広間を結界が覆い包む。
その内部にいるのは俺と神狐の二人のみ。
「…ふむ、主はワザの使用を禁止されておったのでは無かったかのう。
後でミオに怒られても知らぬぞ?」
だが、そんな状況においても神狐は普段と同じ調子で語りかけてくる。
「お前が逃げないようにするためだ、必要なら仕方ない。」
「逃げる…のう。
しかしじゃな、主のワザはあくまでイワレを封じるものじゃ。肉体自体は通り抜けることは可能であろう。」
神狐の言う通りだ。
この結界はイワレを通さないためのものだ。人を拘束するのはあくまでその人物の体のイワレを阻んでいるからに他ならない。
だから極論、イワレを極限まで抑えて無くしてしまえば結界を簡単に通り抜けてしまう。
その技術を神狐が持っている可能性は十分にあり得る。
「あぁ、それがどうかしたか。」
「む…。」
けれど今の状況においてそれは関係ない。
何ともなしに答えて見せれば、ここで初めて神狐は表情を崩した。
仮にイワレをなくす技術を持っていたとしても関係ない。
何故なら。
「神狐。
お前、シキガミだろ。」
その答えを突きつければ、彼女はその顔に動揺を浮かべる。
しかし、すぐにそれも消えて代わりにその顔には笑みが浮かぶ。
「…何時から、気づいておったのじゃ?」
神狐は否定しない、つまり間違いは無いということだ。
「前から変に思ってた、けど確信したのは前に温泉でお前が結界にぶつかった時だ。」
音声を録音されて逃げよとする神狐を阻もうと結界を展開した時の事だ。
結界にぶつかった神狐は悲鳴を上げて、その足を止めた。
「あの結界は肉体を通すんだよ。」
俺の結界はワザとしては一つのものだ。
まず結界で対象を覆って、その後に封印する。この技はその流れで完成する。
あの時は咄嗟に張ったせいで、思わずワザを進めてしまった。
封印する際にはイワレを内部にかき集めるために、結界の性質は変化する。
つまり、封印の結界はイワレを強制的に肉体から引きはがして、それ以外のものを透過するようになる。
故に本来であれば封印の結界に飛び込めばイワレのみがはぎとられてそのまま通り過ぎてしまう筈だった。
しかし、神狐は通ることが出来なかった。
これは彼女の体がイワレで構成されている証左であり、それはちゅん助などのシキガミと似ている。
「正確にはシキガミ、とは言えぬがの。
うむ、確かに妾はこの結界は通れぬよ。」
お手上げという風に、言葉通り神狐はその両手を上げる。
「して、そこまでして妾を逃さぬようにして何をするつもりじゃ?」
改めて座りなおした神狐はそう言ってこちらへと探るような視線を送る。
「もう分かってるんだろ。
大神から話は聞いた。」
彼女の想いを。
そして彼女の残り時間。
それが、あと数年も無いということを。
「お前が、それを知っていて何もしない筈がないだろう。」
思わず言葉に感情が籠る。
自分でも頭に血が昇っているのは分かる。
けれど、このことを知って冷静でいろという方が無理な話だ。
神狐が大神をどのくらい大切に思っているかは、嫌でも理解できる。
「…ミオは、愛されておるようじゃな。」
それを聞いた神狐がぽつりとそう零す。
心の底からの言葉だと分かる程にその表情は優しさに満ちていた。
それが分かるから、尚更に。
「話してもらうぞ。
お前が隠していることを、全部。」
神狐が何を知って、何を隠しているのか。
その全てを聞かなければならない。
「うむ、約束じゃからな。それは果たさねばならぬ。」
そう言って、神狐は座布団をこちらへ一枚飛ばしてよこす。
「座るが良い。
立ち話にしては長い話故な。」
「…あぁ。」
言われるがまま、向き合う形で座る。
それを確認した神狐はぽつりぽつりと話し始める。
「むかし、むかしの話じゃ。」
シンと静まり返った銀世界。
雪が積もった大地は真っ新で、虫の音一つ葉の擦れる音一つ聞こえない。
そんな雪山を、ざくざくと歩く姿が一つ。
頭には尖った獣耳、背に携えられた九つの尾。
それらをゆらゆらと優雅に揺らすその姿は、畏敬の念すら覚えるほどに、美しかった。
『…む?』
不意に、何かに気が付いたように声を上げて彼女、神狐セツカはその歩みを止める。
その視線の先には雪に埋もれた、一人の小さな子供の姿。
死体かと思い近づいて行けば、セツカはまだ微かにその子供に息がある事に気が付いた。
『…主、意識はあるか。』
雪を払って声を掛ければ、セツカの声に反応してかゆっくりと力なく子供の瞼が開かれる。
『親はどうした、この辺りに集落などないぞ。』
続けざまに投げかけられるその質問に、子供は虚ろな瞳をセツカへと向けながら口を開く。
『…分かん、ない。』
『ふむ、そうか…。』
それを聞いたセツカは考え込むように顎へと手を当てる。
子供の足で来れるほど現在地は人里より近くはない。それに加えて道中も含めて他に周りに人の気配が有るわけでもない。
(まぁ、そういうことになるのう。)
導き出された結論。よくある事な為、そこまで驚きはしない。
それを踏まえた上で尚、セツカは思考を続ける。
その瞳はじっと子供へと向けられ、隅から隅を見透かした。
(イワレの総量が並み外れておる。)
一般的な子供と比べ、目の前の子は明らかに頭が一つどころか二つも三つも抜けている。
これはつまり、イワレに対する成長率が高いことを表している。
それを理解したセツカの口角が上げられる。
『主、名は。』
セツカは子供へとそう問いかける。
『ミオ…大神、ミオ。』
『ミオか。
うむ、良い名じゃ』
その名を明かした子供、大神ミオをひょいとセツカは抱え上げる。
急に感じる温もりに目を白黒させるミオへとその瞳を向けたセツカは宣言する。
『我は神狐セツカ。
ミオ、今日から主は我の娘じゃ。』
これが神狐セツカと、大神ミオの出会いであった。
『…で、本当に連れて帰ってきたと。』
『うむ、可愛いかろう。
我の娘のミオじゃ。』
最大級の呆れ顔を向けてくる女性を前に、セツカはその膝の上にミオを乗せてさもご満悦といった風に笑顔を浮かべている。
場所はイヅモ神社。
それを中心としたイヅモノオオヤシロは、住人の人数は精々数百人程の決して大きくはない街だ。
その本殿の広間にセツカ達はいた。
『あのですね、セツカ様。
あなた子供育てたことないでしょ。』
小言のように指摘してくる従者に、けれどもセツカは気にした様子も無い。
『そうじゃよ?
まぁ何事も始まりはある故、それが今となっただけじゃ。』
『屁理屈を聞きたいのではなく。
ペットを飼うのとは訳が違うのですよ?そもそも…。』
彼女の口からは止まることなく様々な指摘があふれ出てくる。
セツカは面倒くさそうな顔をして従者の話が終わるのをひたすら待っていた。
『…。』
それに挟まれる形のミオは不思議そうな顔をして見つめている。
『というか、他の面倒を見る前にまずは自分の面倒を見てください。
一体いつになったら家事ができるようになるんですか。』
『そ、それは話が違うのじゃ。』
痛い所を突かれたセツカの目に涙が浮かぶ。
普段は温厚なのに、こういう時ばかりは容赦がない従者にセツカもたじたじである。
そんな中、不意にくいとミオがセツカの服を引っ張る。
『あの、セツカ…様。
やっぱり、ウチは邪魔?』
二人の会話を聞いて思い至ったのか、か細い不安げな声。
悲し気に歪められたその相貌を前にセツカと従者は驚き、慌てる。
『あぁごめんなさい。
貴女が悪いわけでは無いですよ、悪いのはこの方で。』
『その通り、これは我の普段の行いの所為じゃ。
…しかし…。』
そしてセツカは今先程ミオから自らへの呼称を思い浮かべ、思わず従者と視線を交わす。
『娘に様付けで呼ばせるのは親として如何なものじゃろうか。』
『まぁ、一般的ではないですね。』
『…?』
頭を悩ませるセツカと従者。
そんな二人とは対照的にミオは首を傾げていた。
『…よし、ミオよ。
我の事を様付けで呼ぶのは禁止じゃ。』
『そうですね、適当にちゃん付けで大丈夫ですよ。』
『セツカ…ちゃん。』
早速口に出してみるミオだが、その発音は何処かたどたどしい。
『…そもそも、セツカ様の名前自体が発音し辛いですね。
何でそんな名前にしたんですか?』
『え…我の所為かのう、それ。』
一応仕える主に向かって割と辛辣なことを言う従者に、セツカがダメージを受けている間も、ミオは口の中でセツカの名を自分なりに何度も呼びなおす。
そして。
『…せっちゃん。』
『うむ?』
やがて、ぽつりと零すように発せられたその呼び方。
『良いんじゃないですか?
せっちゃん。えぇ、呼びやすくて。』
セツカがぽかんとして従者に視線を送ればそんな答えを従者は返す。
そして、余程気に入ったのか膝の上でご満悦の笑みを浮かべるミオを見やる。
『…そうじゃな。
よし、ミオよ。これから我の事はせっちゃんと呼ぶが良い。』
『うん、せっちゃん!』
了承すれば花が咲くようにミオは笑って見せる。
それを見て、セツカは心の奥が温まるような感覚を覚える。
『…さて、話がひと段落ついたところで。
セツカ様、これから面倒を見るのならあなたもそれなりの…。』
『おおう、また始まったのじゃ。
ミオ、このままでは日が暮れてしまう、逃げるぞ。』
膝の上のミオを抱きかかえると、悪戯な笑みを浮かべたセツカはワザを発動する。
瞬間、広間へと吹き荒れる突風。
従者がそれに煽られて目を離した隙に、セツカは凄まじい速度で外へと飛び出し宙を舞う。
無論、そんなことをすれば重力にひかれて着地をしなければならない。
しかし、セツカにとってそれは必要のないことだ。
さらに続けてワザを使用して、落下どころかさらに上空へと舞い上がる。
『わっ…、せっちゃん、凄い!』
素直な称賛に、セツカはその口角を上げる。
『そうじゃろう、我は万能。
我に出来ぬことはこの世に無い。…見て見よ。』
はるか上空、雲にも届かんとする高度でセツカは滞空した。
そこから下を見下ろせば、小さいながらも、しっかりとした街の全貌が見渡せる。
『…っ。』
今度は言葉が出ない様だ。
しかし、ミオは確かにそれを見て瞳を輝かせている。
『下に見えるのが我の街じゃ。』
下では街の中からこちらに手を振る住人の姿がある。
『これが、我らの街じゃ。
そして、今日から主の街でもある。』
とある場所では鍛冶を行い、とある場所では露店を開き、とある場所では子供たちが遊んでいる。
そうした街全体の動きが感じることが出来る。
『壮観じゃろう。
大勢が集まって営む街を一望するというのは。』
『うん…うんっ!』
興奮したように何度も頷くミオをセツカは優しく見守る。
これまで家族を持ったことの無い彼女に今、未だ知らぬ感情が芽吹いていた。
そんな折、くぅといるはずも無い子犬の声のような音が響く。
『腹が空いたのか。
うむ、では飯にするとしようかの。』
恥ずかしそうに俯くミオを前に、からからと笑いつつセツカは地上へと降下を開始した。
『邪魔するのじゃ!』
イヅモノオオヤシロの飯処へと、セツカはミオを連れて入り、声を掛ける。
すると奥の方から大柄な一人の男性が顔を出してきた。
『おぉ、セツカ様。
…それで、今度は何をするおつもりで?』
まずセツカの顔を見て、次に彼女の抱えるミオの姿を視界にとらえれば男の顔がぴしりと強張る。
『お主、我がいつもと違うというだけで随分な言いようじゃな。
この子は我の娘となったミオじゃよ。』
『いやー、だってセツカ様前科あるでしょ。』
男は後頭部をかきつつ苦笑いを浮かべる。
『別に良いじゃろう、主らは無事結ばれて夫婦になっ』
『良いわけがありますか!』
セツカが男のあまりの対応に唇を尖らせていれば、そんな彼女を後ろから引っ叩く形で先ほどの従者が現れる。
綺麗に後頭部を捉えられたセツカはミオを落とさないようにしつつも、しかし痛みに思わず蹲る。
『な、何故ここが分かったのじゃ。』
『降りてくる姿が見えたからです。
全く、あの時は散々でしたよ。』
さもご立腹といった風に従者は青筋を浮かべる。
過去、従者とこの飯処の男がまだ夫婦でなかった時。
二人が恋をして互いに想い合っていた頃、セツカによって半ば強引に想いを伝えあう形となってしまったのだ。
『むぅ、しかし実際上手くいったであろう?』
『あたしは結果ではなく、過程の話をしてるんです。
急に現れて相談に乗ってやるというから話したら…もう、思い出しただけで腹が立ってきました!』
詰め寄られるセツカの腕からするりとミオは抜け出す。
早くも何となく次の展開が読める様になってきたようで、実際従者のセツカへのお説教が始まった。
『お嬢ちゃん賢いね。ミオちゃんで良いかな。
あれは長くなるから、先にご飯食べてようか。』
『はい!』
元気の良い返事を聞いた男は、少し待ってなと奥に入る。
正座をさせられているセツカを横目に、ミオはおとなしく席へとついた。
しばらくして、男は料理を持って戻ってくる。
『ほいお待ちどう。
今日のおすすめのぼんじり定食だよ。』
置かれたお盆の上には食欲を誘う香りを漂わせるぼんじりと味噌汁、白米。
それを前にした時点で、既にミオの瞳は輝きに満ちていた。
一口に切り分けて口へと運ぶ、その瞬間ミオの顔に周りに花が開くような笑みが浮かんだ。
『お、気に入ったかい。』
その言葉にこくこくと頷いて見せるミオの姿に、男の顔も緩んだ。
『そうであろうそうであろう。
ここの食事はどれも美味じゃからな。』
『…あれ、セツカ様。
いつもならまだ説教は続くんじゃなかったですか?』
突如ミオの隣に現れるセツカに男は驚きつつ問いかける。
しかし、男が視線を向けて見るも未だにセツカは従者の前で正座をしている。
『分身を残してきた故問題ないのじゃ。』
『せっちゃん、凄い!』
これ以上ないドヤ顔を決めるセツカにミオの称賛の拍手が飛ぶ。
しかし、男は知っていた。
分身だと看過されたが最後、後で倍以上の説教がセツカを襲うことを。
『…セツカ様、デザートでも食べますかい?』
『うむ?
では貰おうかのう。』
そんなセツカを少し哀れに思い、せめてもの温情にと、男は奥からアイスを盛り付けてセツカへと差し出す。
九本の尻尾を上機嫌に揺らしながらそれを味わうセツカ。
なお、その後アイスを食べ終わった辺りで従者に分身であるとバレてしまい、結果的に夕暮れを超えてなお、説教は続いたという。
過去の会話文は『』で分ける。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。