どうも、作者です。
ミオがイヅモノオオヤシロに来てから一年が経過した。
この頃になると街の住人ともすっかり打ち解けて、完全にミオは街へと溶け込むことが出来ていた。
『あー、また負けてしまいました。
ミオさん、ここ一年で急激に成長して。もうイヅモノオオヤシロでは敵なしですね。』
そう言って、空を仰ぎながら従者はミオと繋いでいた手を離す。
今の今まで彼女達が行っていたのはイワレ相撲。
イワレの制御を覚える他、普通に遊びの一種として従者が教えたのが初めだったが、これが思いのほかミオの興味とやる気に火をつけてしまったようで、最初はたどたどしかったイワレの制御も今ではセツカを除いたイヅモノオオヤシロの中で最も優れたイワレの使い手である従者を軽々と凌ぐレベルまで成長していた。
『イワレの総量も制御も、こんなに早く成長するだなんて。
頑張りましたね、ミオさん。』
優しい声。
従者はその顔に笑みを浮かべると、そっとミオの頭を撫でた。
ミオは少し照れくさいように笑いつつ、でもまだ慣れないのかどこか緊張気味にそれを受け入れる。
『あ、ありがとうございます。
でも、その、アカリさんが教えてくれたから、ウチ頑張れた。』
『…。』
それを聞いた従者、アカリは無言でミオを抱きしめる。
急な出来事で目を白黒させるミオだが、アカリは離そうとはしない。
『はぁ、本当良い子ですね、ミオさんは。
それに比べてあの方は…。ミオさん、寂しくないですか?』
『うん、みんながいるから』
腕の中でふるふると首を横に振るのを感じながらアカリはミオをさらに強く抱きしめつつ、ふとイヅモノオオヤシロにいない自らの主を脳裏に浮かべる。
数週間程前からセツカはイヅモノオオヤシロを離れていた。
その間、ミオの面倒は基本的にアカリが見ている。
すると必然的に長い時間を共にするわけで、そしてアカリは知っている。時折、ミオがぼうっとイヅモノオオヤシロの入り口の方向へと目を向けていることを。
『…でも今回ばかりは、あの方がすべて悪いとは言えないんですけどね。』
というのも、ごく最近とある噂がイヅモノオオヤシロへと流れてきて、それの調査の為にセツカは遠くの地へと赴いている。
その噂の重大性を知っているが故に、アカリとしてもセツカを責めるようなことは出来なかった。
『早く帰ってくると良いですね。』
『…うん、せっちゃんにもこれを見て貰いたい。』
そう言うミオの掌の上には、ごく小さな光の塊が浮かんでいる。
今はまだ完璧に形を成しているわけでは無いが、これは占星術に使用する水晶玉の源である。
つまり、これはミオには未来を見る素養がある事の裏付けであり、小さな子供にして、彼女は末恐ろしいまでの才を有していることになる。
(けれど、だからこそ素直に喜べない。)
未来を見る。
あぁ、それが出来れば将来、大成することは間違いなしだろう。
しかし、大いなる力には何かと代償が付くものである。
勿論力に対する代償もあるだろう、しかしそれ以上に未来を見るということは、未来に囚われる事と同義だ。
未来を変えようと動くにしろ、諦めて受け入れるにしてもその根本的な動機に未来が絡んでしまう。
見るべきは現在なのに、未来だけを見てしまいがちになる。
その線引きを完全に自らの中でコントロールするのは至難の業である。
万能と謡われるセツカですら容易に未来を見ようとはしない。
だが、だからと言って目の前の少女の才を潰すことは、アカリには出来なかった。
『…そうですね、見せて驚かせてあげましょう。』
『誰を驚かせるのかのう。』
『きゃあ!?』
誰もいるはずのない後方から突如として飛来してきた声に、アカリは幾年と上げたことの無い乙女チックンな悲鳴を上げた。
『ほほっ、まだまだ可愛いものじゃな。』
『くっ…この、セツ…。』
『せっちゃん!』
後ろから声を掛けた人物、神狐セツカはニヤニヤとした笑いを浮かべる。
それと同時に、アカリの腕の中にいたミオは誰かを確認した途端駆けていき、飛び込む様に抱き着いた。
『おかえり、せっちゃん!』
『おぉ、ミオ。
すまぬのう、帰りが遅くなってしまったのじゃ。』
そんな娘を優しく抱き留めながらセツカは詫びるが、そんなこと気にしていないとばかりに顔を押し付けるミオに自然とセツカの顔に笑みが戻る。
その姿に毒気を抜かれたのか、文句を言いかけていたアカリは大きく息を吐いた。
『ウチね、これ出来るようになったよ!』
そう言って、ミオはその手のひらに浮かぶ光の塊をセツカへと見せる。
セツカは、それを目にして驚いたように目を丸くした。
『ほう、もうその段階まで。
もしかすると、主はカミに至ることもあるかもしれぬのう。』
『セツカ様、それは…。』
ミオの頭を撫でながら言うセツカに、従者のアカリは少し責めるような声を上げる。
『分かっておる。
しかしミオとていつまでも子供という訳でもない。それに、何があろうと我がおる。』
『…?』
二人が何を話しているのか理解できずに、ミオはこてりとその首を小さく傾げた。
そんなミオの姿をみて、セツカはそのままミオを抱き上げる。
『気にするでない、ちょっとした世間話じゃ。』
『…せっちゃん、なんだか隠し事してる。』
いくら幼いとはいえここまで露骨では隠しきれはしない。
何かを隠していると察したミオはぷくりとその頬を膨らませた。
『そうじゃよ、我は秘密主義じゃからな。
ミオが大人になれば、また話すのじゃ。』
それを軽く受け流して、セツカはさらりとそう言ってのけた。
『もう、良いもん、ウチはすぐに大人になるから。』
『それは…もう少しゆっくりして欲しいがの。』
そう言ってさらに拗ねてしまうミオにセツカは苦笑いを浮かべる。
セツカとて、ここ最近一緒にいられないことを心苦しく思っている側面はあるのだ。一緒にいられないということはその成長を見ることもできない。
その上でさらに早く成長されては堪ったものではない。
『あ、そうだ。
せっちゃん、ウチちゃんとお魚さんのお世話してたよ。』
『ほう、偉いのう。
では久方ぶりに様子を見に行くとするかの。』
得意げにミオが言えばセツカはそのままミオを担いで、外へと向かっていった。
『あ、まだ報告が…、って言っても聞きませんか。』
そんな二人をアカリはそう声を掛けつつも、もう止まらないと思いなおし、諦めて見送る。
彼女も久しぶりの二人の時間を邪魔するのは本意ではない。
日の差し込む広間の中、アカリは一人セツカの持ってきた調査の結果へと目を落とした。
イヅモノオオヤシロ、その中心に位置するイヅモ神社の中には少し大きめの池が存在する。
水の中では色とりどりの魚が泳いでいて、足音でも聞こえているのか数匹ほどがこちらに向けて顔を出していた。
『うむ、元気にしておるようじゃな。
…少し肥えたかのう。ミオ、エサはやりすぎておらぬか?』
『あう、あの、お腹空いてるかなって…。』
そこは腐っても万能と呼ばれるカミ。
目ざとく変化を見つけたセツカがにやりと笑い腕の中の娘へと問い詰めれば、ミオはあっさりと白状した。
セツカの前では大抵の嘘は見抜かれるため、素直に真実を口にする方が利口である。
『ふむ、確かに食いではありそうじゃがな。』
きらりと目を光らせるセツカ。
その瞬間、先ほどまで顔を出していった魚たちは一目散に散って行ってしまう。
『せ、せっちゃん、食べたらめっだよ!』
『ほほっ、分かっておる分かっておる。
そもそも臭みが強くて我の好みではない故な。』
ぷんすかと怒るミオ。
なお本当に好みでないため食べないだけであり、好みの魚であった場合そも飼育すらしない。
そのため池の魚にとってはいらぬ心配である。
『…ふむ、ミオ腹は減っておらぬか?』
『ううん、お腹空いたのはせっちゃんの方じゃないの?』
食事の話が出たからか、真顔でセツカはミオへとそう問いかける。
しかしミオもミオでそれは察していて、図星を突かれたセツカは涼しい顔のまま飯屋へと足を向けた。
飯屋へと踏み入れば、カウンターの中に店主の男、マサルの姿がある。
マサルは来客に気が付くと気だるそうに扉へと視線を向けた。
『お、いらっしゃい…って、セツカ様。
いつお帰りになったんで?』
セツカに気が付いたマサルは驚いたように目を丸くする。
『つい先ほどじゃ。
何か軽食でもと思っての。』
『なるほど、ならちょいとお待ちを。』
その要望を聞いたマサルはそのままキッチンへと引っ込み、しばらくしてその手に二皿のパンケーキを持って出てくる。
『はい、お待ちどう。』
『『おぉー!』』
山盛りに盛られた生クリーム、いわゆるカロリーの爆弾とでもいうべきそれにセツカとミオは揃って完成を上げる。
そそくさと手を合わせると、すぐに食器を手に取った。
『疲れた体には糖分が染みるのう。』
『マサルさん、これ、凄く美味しいです!』
口々に褒められれば、マサルも悪い気はしない。
ぶっきらぼうに見せながらもマサルは照れたように鼻頭をかいた。
雑談を交えつつ二人は舌鼓を打った。
しかしそれも束の間、あまりの美味しさにぺろりと完食してしまう。
『して、我のいない間に何か変わったことは起こっておらぬか?』
食後にお茶を飲みながらセツカはマサルへとそう問いかけた。
彼女以外にもアカリやマサルも含め、能力の高い者がイヅモノオオヤシロにはいるが、やはりその長としてセツカも気になるのだ。
『えぇ、特には。
強いて言えば風邪が流行りだしたくらいで、それもこの季節なら仕方ないでしょう。』
『ふむ、そうか。』
この頃イヅモノオオヤシロでは熱を出すものが増えていた。
しかし、気温の低い季節ということもあり、彼らにとっては日常の範囲内であった。
『また近いうちに調査に出る。
その間、ミオの事を頼むのじゃ。』
『言われずともですよ。
自分にとっても家内にとっても、ミオちゃんは自分の子供のようなものですし。』
マサルとアカリは夫婦である。
二人の間に子供がいない為か、二人は自らの子供のようにミオの事を可愛がっており、セツカも彼らの事を信用していた。
しかし、それはミオ本人にとっては関係のない話でもあり。
『せっちゃん、また何処かに行っちゃうの?』
くいとセツカの服の袖を引っ張りながら、ミオは寂し気な声を発する。
彼女もアカリとマサルの事は好いているし、よく面倒を見てくれる二人にはよく懐いていた。
だが、それでもやはりセツカはミオにとって特別なのだ。
『…すまぬの、ミオ。
すぐに帰る故、許して欲しいのじゃ。』
『うぅ…。』
いつもは素直に返事を返すミオだが、こればかりは簡単には呑み込めないのだろう、うなり黙り込んでしまう。
『それに、我は帰ってきたばかりじゃ。
何も今すぐ出発するわけでは無い。』
そんなミオの頭を撫でつつ、セツカはいつもよりも優しい声で慰める。
『…じゃあ。』
ぽつりとミオが零しかけた言葉を、じっと黙ってセツカは待つ。
『じゃあ、それまではずっと一緒にいてくれる?』
『勿論じゃ、我も最初からそのつもりじゃよ。』
そんなミオの問いかけに即答するセツカに、ようやくミオの顔に笑顔が戻った。
『…ちゃんと仲直りはできましたかい?』
二人のやり取りを見ていたマサルは、内心はらはらとしながら状況を見計らって声を掛ける。
『うむ、問題なしじゃ。
では、我らはそろそろお暇するかの。』
『マサルさん、ごちそうさまでした。』
茶も飲み終えて立ち上がるとそのまま場を後にする二人に対してぷらぷらと手を振りながらマサルは見送る。
『本当に明るくなられた。』
そう呟くマサルの顔はどこか安心に満ちていた。
イヅモノオオヤシロ、活気に満ちたその通りをセツカとミオは並んで歩く。
『むぅ、別に抱えて歩くくらいなんて事は無いのじゃぞ?』
セツカの言うように、飯屋を出るまではセツカに抱えられていたミオだが、唐突に自分で歩くと言い降りてしまったのだ。
『だって、さっき恥ずかしかったんだもん。』
『しかし…ぐぬぬ。』
セツカとしては抱えて歩くことが割とお気に入りであり、しかし無理に抱える訳にもいかず若干残念そうに唸り声をあげた。
『セツカ様、ミオちゃん!』
街を歩けば、二人の姿はよく目立つ。
そのため道行く人々はセツカとミオを見つけては、手を振り声を掛ける。
そんな彼らへと笑顔で手を振り返すセツカの横顔をミオは見上げていた。
『む?
なんじゃ、我の顔に何かついておるかの。』
『ううん、何でもない。』
不安げに自らの顔を撫でるセツカに、何処か誇らしさと羨望を胸に抱きながらミオは首を振り、セツカからは見えないように微笑んだ。
『…ほう、ミオ、こちらに来てみよ。』
さらりと辺りを見渡していたセツカが何かに気が付いたようにミオへと声を掛ける。
ミオがそちらへと目を向けると、そこにあるのは鍛冶屋。
『おや、これはセツカ様。』
鍛冶屋の男は近づいてくるセツカの姿に気が付くと、そう気さくに挨拶をする。
『この髪飾り、見事なものじゃな。』
『えぇ、そうでしょう。
最近作った物の中でも最高傑作です。』
セツカと男が二人で話している間にも、ミオはその髪飾りをじっと見つめていた。
『…気に入ったようですね。』
『そのようじゃ。
これをもらえるかのう。』
男から髪飾りを受け取ると、セツカはそのままミオの頭へとつけてやる。
『うむ、似合っておるぞ。』
『…。』
一瞬ぽかんとした顔で固まるミオだが、自らの頭に触れて、すぐにその顔には笑顔が咲き誇った。
きゃっきゃとはしゃぐミオを横目にセツカは目の前の男へと視線を戻す。
『ふむ、見た所あまり鍛冶をしておらぬようじゃが…何かあったか。』
毎日見てるわけでも無しに変化に目ざとく気が付いたセツカに問いかけられて男は驚いたように目を丸くし、頬をかいた。
『…実は、少し武者修行に出ようかと。
なので荷物は増やせないんですよ。』
『なるほど武者修行か、それは良いのう。』
男はイヅモノオオヤシロでも有数の鍛冶師である。
この向上心も彼がそうである所以の一つなのだろう。
『主の成長、楽しみにしておるのじゃ。
帰ってきた折にはまた見させてもらうとするかの。』
『えぇ、是非にも。』
そこで話を終えて、セツカは未だはしゃいでいるミオを連れてその場を後にした。
『せっちゃん、疲れてない?』
日も落ちて夜の帳が街を覆い隠してきたころ、不意にミオはセツカへとそう尋ねる。
『む?
我がそんなそぶりを見せたかの?』
『ううん、でも、せっちゃん返ってきたばっかりだったから。
それなのに、ウチの我儘を聞いてくれて…。』
申し訳なさそうに言うミオに、思わずといった形でセツカは笑い声を上げる。
それを見てミオは目を丸くした。
『異なことを申す。
疲れてなどおらぬよ、ミオ、主と共にいるだけで我は元気になれるのじゃ。』
安心させるように言えば、ほっとしたような顔を浮かべるミオ。
セツカはそんなミオに証明するように、彼女を抱き上げる。
『あ、せっちゃん…!』
『なに、もう誰も見ておらぬよ。
それとも我にこうされるのは嫌であったか?』
慌てたような声を上げるミオであったが、セツカがにやりと笑いながらそう問いかければ顔を俯けてそんな訳はないと否定する。
それを見て満足げに頷くと、セツカは帰り道を歩く。
やがて、イヅモ神社の池の前まで来るとセツカはその足を止めた。
『ミオ、鏡花水月という言葉は知っておるか?』
『なあに、それ。』
ミオの不思議そうな声に、セツカは目の前にある池へと指を向ける。
魚たちは既に眠りについているのか動きは無く。
凪いだ水面には、頭上に輝く満月が映し出されていた。
『そこに映る満月。
すぐそこに見えども掴むことは出来ぬ、それが故の儚さ。そう言った趣を表す言葉じゃ。』
『…?』
セツカの説明を聞くも、あまり理解は出来ないようでミオは首をこてりと傾けてしまう。
『よく分かんない。』
『ほほっ、そうかそうか。』
まだ少し早かったかと、笑い飛ばすセツカ。
しかし、ミオは『でも…。』と言葉を続ける。
『お月様は、綺麗。』
そう言って、空を見上げるミオに釣られて、セツカもまた上空の満月へと目を向ける。
『…そうじゃな、それが分かるだけで十分じゃ。』
空を見上げる二人の姿を空に浮かぶ満月は何時までも照らし続けていた。
そう、こんな時間が何時までも続くと誰もが、満月すらも、そう考えていた。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。