どうも、作者です。
以上。
『…むぅ、やはり間違いは…無い様じゃな。』
浮かんでいた懸念。
それが真実だと、現実だということが調査の結果として現れた。
何度も何度も確かめた。
けれど、それが彼らの選択だというのならそれ以上でもそれ以下でも無い。
悲嘆、いや、どちらかと言えば落胆にも似た感情をセツカは胸に抱えながら村落から外へと出る。
帰路へとつくその背中越しには、鮮やかな桜吹雪がひっそりと静かに舞っていた。
『はぁ、結局一か月も掛けてしもうた。』
イヅモノオオヤシロへと続く道を駆けながら、セツカはぽつりと呟く。
空には大きな満月が浮かんでいる。
ミオと池を歩いた日から数えると、当日を含めて二度目の満月だ。
あの日から既に一か月の時間が経過していた。
セツカ自身ここまで時間をかける予定では無かったのだが、調査結果の裏付けなどをしている内にいつの間にか時間が過ぎていたのだ。
なお、出発の際にミオへと告げた大まかな日数は半分の半月である。
一応シキガミを使用して長くなるという旨は伝えておいたのだが、だからと言ってミオがどう思っているかはまた別の話である。
(どうやって機嫌を取ったものかの…。)
余程ご立腹であろう娘の姿を想像して、内心冷や汗を滝のように流しながら、打開策を探して思考を続ける。
(そうじゃ、土産を持って帰ればまだ…。)
そこまで考えて余計なことをするのはやめようという結論に至る。
仮に大層な土産を持って帰ったとして、それを調達するために時間をかけたと分かればあの娘がどんな反応をするかはセツカには分かっている。
それよりも一秒でも早く帰る事が、許しを請う上でも重要だ。
何よりセツカ自身、娘であるミオに会えないのは少し堪えていた。
(…早く、会いたいのう。)
考え事をしながら駆けるセツカ、すると、足元がおろそかにでもなっていたのかがっと勢いよく岩へとその足が引っかかる。
『おっと!?』
咄嗟にそのまま岩を蹴り壊して体制を整える。
『躓くなど、何十年ぶりじゃ…?』
セツカの記憶上、カミに至ってからに関しては初めての出来事。
予想以上に堪えているようだと、セツカは自嘲気味に笑いつつ、さらに速度を増してイヅモノオオヤシロへと急いだ。
ようやく街の外観が見えてきた頃、セツカは見慣れたはずのその光景にどこか違和感を覚える。
視覚的に見る光景としてはいつも通りなのだ。
しかし言葉に出来ぬ感覚として、何かが違うと本能に告げられる。
『なんじゃ…。』
ざわつく胸の内をそのままに、セツカは街に近づく。そして、ここでようやく違いに気が付いた。
明かりが一つも点いていないのだ。
月明かりに紛れて見えないだけかと思えば、そういう訳でも無い。
月は出ているものの、就寝するにはいささか早すぎる時間帯。
ここまで考えて、胸のざわつきは明確な不安へと姿を変えた。
街の中へと足を踏み入れる。
目の前の通りには誰一人住人の姿はない、恐怖を感じるほどの静寂が街全体を包み込んでいた。
『…おーい、誰かおらぬか!』
無情にも反響するその声を聴いて、誰かが飛び出してくる。
そんな希望にも似たセツカの行動に応える者はいない。
(…なるほど、さては帰りが遅くなった我へのお仕置きということかの。)
そういうことなら誰も姿を見せないのも納得だ。
街ぐるみともなれば、アカリ辺りも一枚かんでいることだろう。
腕を組んですぐに、セツカはいつもの様に不敵な笑みを無理やり浮かべて街の中を歩く。
あぁ、それなら早くネタ晴らしをして貰いたいものだ。
そうすれば、誰もが思わず笑みを浮かべてしまう程の驚きようをご覧に入れよう。
そうすれば、誰もが思わずあれは誰だと思う程の滑稽さをご覧に入れよう。
しかし優れた知覚能力を持つセツカは既に、街に足を踏み入れた瞬間には既に察していた。
この街にはもう人はいない。
そして、もう一つ。
街の中に漂う、死の香りに。
『…っ!』
顔を俯かせたその瞬間、セツカの知覚範囲内に誰かの反応を捉える。
いや、誰かではない、これは…。
『ミオっ!』
場所は方向から見てイヅモ神社だとセツカは確信し、それと同時に駆け出した。
本来、セツカの知覚範囲はイヅモノオオヤシロを全体を覆っている。
何故いきなり反応が現れたのか、しかしセツカにそんなことを考えている余裕は無かった。
柄でもなくセツカは必死に走る。
それほどまでに、今の彼女は動揺していた。
程なくして、セツカはイヅモ神社へとたどり着くと、足早に中へと入り広間へと続く襖を開く。
『無事か、ミ…!』
飛び込んできた光景に、セツカの言葉はそこで途切れる。
セツカの知覚した通り、確かにミオは広間にいた。
しかしその顔にいつもの笑みは無く、その姿は床へと倒れ込んでおり苦しそうな呼吸を繰り返している。
『ミオっ!』
悲痛な叫びを上げたセツカはミオの元へと駆け寄ると、冷たいその体を抱き上げた。
『ミオ、聞こえておるか!
ミオ!』
必死に呼びかけるその声に反応してか、ミオの瞼が震えた。
『…せ、っちゃん?』
ミオは力ないその瞳にセツカの顔を捉えれば弱々しい声でセツカの名を呼ぶ。
『おかえり、なさい…。』
そして未だ苦しそうな呼吸の中で、ミオはそう言って笑みを浮かべた。
あまりにも衰弱しきったその姿に、セツカの胸に張り裂けそうな痛みが走る。
(これは…病か。)
ミオの安否を確認出来て幾らか余裕の戻ったセツカの思考がこの惨状の原因に当たりをつけ、セツカの顔に苦渋の表情が浮かぶ。
病、恐らくは感染症の類だ。
それも、ひと月で街を一つ壊滅させるほどに致死率の高い。
生き残りはミオ一人、つまりイワレの少ない順に死に至ったのだろう。
アカリなどアヤカシに至っている者は複数いたが、彼女達では対処が出来ない程の進行速度と拡散性。
(しかしそんなことが起きているのであれば、何故我に連絡をよこさぬ。)
これ程までに規模が大きければ、最後に連絡を送った時点で少なくともその傾向は出ていた筈だ。
それなのに、そのような連絡は何一つ届いていない。
(いや、今はそれよりも。)
疑問を突き詰めようとする思考を切り捨てて、セツカは目の前の事に意識を集中させる。
『大丈夫じゃ、ミオ。
病など我がすぐに治して…。』
言いながらワザを発動させようとして、セツカは言葉を止めた。
ワザが発動しない。
いくら発動させようとしても、一向に形にならない。
『これは…。』
『アカリさんが、言ってたの。』
困惑するセツカにぽつりぽつりとミオが呟く。
『イワレの制御が曖昧になってるって…。』
荒い呼吸の中必死に言葉を紡ぐミオ。
それを聞いてセツカは理解した。
シキガミで連絡を送らなかったのではない、送れなかった。
いくら消費が少ないシキガミと言えども、確かにイワレを使用しているのだ。
そして、それと同時にセツカ自身も病に侵されていると。
(まだ軽度じゃ、我なら無理やりにでもワザを発動させることはできる。
しかし、それでは時間効率が著しく下がってしまう。)
イワレを用いた治療において必要なのは外傷であれば打撲か切り傷かなど、病であれば病原体の情報。
それを知るためには、一度治療対象を調べる必要がある。
今回の場合セツカも見知らぬ病であるため、この過程は必要となるがそれには精密な制御が必要となる。
しかしその制御が曖昧な今、調査が完了するまでに時間がかかってしまう。
そして、目の前の少女の命がそれまで持ちこたえることは無い。
考え至った結論。
いくらセツカが否定しようとも、それが現実である事に変わりはない。
『…せっちゃん。』
広間へとミオのか細い声が響いた。
伸ばされたその小さな手をセツカはしっかりと掴む。
『ウチ、せっちゃんに出会えて…良かった。』
『違う…違う。
駄目じゃ、そんな、まるで最後のような。』
握る小さな手。
力がどんどん無くなっていくのを感じながら、セツカは首を横に振る。
いつもは不敵に笑みを浮かべているセツカ。
だが今の彼女にその面影はなく、ただ抱く感情がそのまま表情へと現れていた。
そんな彼女の動揺ぶりは、つまりセツカにとってのミオの存在の大きさに繋がる。
ミオもそれを感じ取っており、その顔には儚い笑みが浮かんだ。
『ウチね、幸せだったよ。』
それだけ、セツカへと伝えると同時にミオの手から力が完全に抜けた。
残されたその言葉は呪いの様にセツカの心へと傷をつける。
『…ならぬ。』
今正に失われんとする小さな命を前に、セツカの口から明確な否定が零れ落ちる。
『ならぬ…ならぬっ!』
その瞳に浮かぶのは一つの執念。
死なせてなるものかと、何を擲ってでも救うという強い意思だ。
『せめて、主だけでも。
主だけは…!』
片手でミオを支えながら、セツカはもう片方の手を宙へと掲げる。
そして。
『我が命に代えたとしても、決して死なせはせぬ。』
彼女の手刀は、易々と骨を突き破りセツカ自身の心臓を穿った。
「とまぁそんな訳で、今に至るという訳じゃ。」
「…。」
イヅモ神社の広間。
話終えた神狐から告げられた真実に思わず呆然とする。
集中が乱れ、広間を覆っていた結界は解除されるがそれすらも、今は気にする余裕はなかった。
「今の話、本当なのか…?」
「うむ、間違いなく起こった過去の事実じゃ。」
確認するように問いかければ、神狐は強く頷いて見せる。
大神から聞いていた話とは、随分と様子が異なる。
街を亡ぼした病、そして、大神もその被害に遭った。
「でも、そう言うことならどうして大神に死の運命が出る。」
そうだ、今の話が大神の問題に関係しているから神狐はこの話をした。
しかし、目の前には確かにシキガミではあるが神狐は存在していて、大神は生きている。
理解できずに聞き返せば、神狐は苦汁を舐めたようにその顔を歪ませる。
「…失敗したのじゃよ。」
「失敗?」
復唱すれば、神狐はこくりと頷いて肯定して見せる。
「妾はこの命を代償にミオを救おうとした。じゃが、それは命をイワレと見立てたワザの行使と似ておる。
イワレが単体でワザは使えぬであろう、故に妾とは別に使用者が必要となった。」
「けど、その時は神狐と大神しか居なかったんじゃ…。」
それも、当時の大神では意識すら危うい筈だ。
そんな状況で都合よく他の人物が現れるとは考えにくい。
「左様、治療のような精密な作業は出来ずともまだ妾もワザの使用自体は可能であった。
故に、妾はまずシキガミを生み出したのじゃ。ミオの記憶を媒体としての。」
「記憶…。」
何となく分かってきた。
大神は昔の記憶が曖昧だと言っていた、それは忘れたわけでは無く、これが関係していたのだろう。
「記憶、と一概に言ってもの。
つまりは記憶の中にあるより鮮明な人物像をシキガミとして流用するのじゃ、とはいえ綺麗にそこだけ切り取ることは出来ぬ、関係する記憶も丸ごと抜け落ちてしまう。」
「…じゃあ、神狐が使おうとした大神の記憶の人物像は。」
いや、聞かずとも分かる。
当時の話の中で、最も大神の中で存在の大きかった人物など、一人しかいない。
「そう、妾じゃ。」
単的に告げられたその事実は、予想していた上で尚衝撃を受けるには十分であった。
「ミオの命が救えるのならこの命など安いものじゃ、いくらでも擲ってくれる。
しかし、ミオの中から妾が消える。それを目の前にして、一瞬躊躇してしもうた。受け入れ切れなかったのじゃ。」
そこまで話すと、神狐は自嘲の笑みをその顔に浮かべた。
「蔑むが良い、嘲るが良い、見下すが良い。
妾は愛娘一人満足に救えぬ、愚か者じゃ。」
「神狐…。」
その声音からはありありと、今なお彼女の心に根付いている深い後悔が感じ取れる。
記憶から消える、神狐の言う通りそれも失敗した事と関係しているのだろう。
けれど、何となくそれだけが理由ではない気がした。
「…。」
一瞬、それについて聞いてみようか迷う。
だが、今はそれよりも大神の現状について聞く方が先決だ。
「それで、大神は今どういう状態なんだ。」
「…うむ、妾は救う直前で失敗した。それは事実じゃ。
じゃが完全に失敗したわけでは無い。どちらかと言えば、途中で中断されておる状態じゃ。」
中断されている。
そう表現されて、ふと頭に浮かんだのは自らのワザ。
二段階に分かれた結界だが、つまりそれと同様に現在に至るまでずっと途中の状態で維持されていると。
「途中であるが故に、ミオの中にはまだ記憶は封印のような形で残っておるし、妾も完全に命を使い切らずに体は失い魂だけが残ってしもうた。」
「それで実体が無いと。」
そうだ、大神にはおぼろげだが残っている昔の記憶もあるようだった。
それは一重にまだ消費されていないからという事のようだ。
「うむ、自らの失敗を悟って、魂だけとなった妾は留まるために慌てて自らをシキガミ化した。
しかし如何にも、状況が異質故にこのような結果になったようじゃ。」
「…なるほどな。」
大体の事情は把握できた。
それと同時に体の底から大きく息を吐きだす。
頭がパンクしてしまいそうだ。
なんだ、この状況は。
もう、全てが終わっているではないか。
「…前に、覚悟を決めるって言ってたよな。」
「む、そうじゃな。」
今の話を聞いて、ふと温泉での出来事を思い出す。
あの時は何のことか見当もつかなかったが、今ならわかる。
「それは、大神の記憶から消える覚悟だな。」
「その通りじゃ。
…ミオからは残り時間は後数年と聞いたのであろう?」
神狐からの質問に、頷いて肯定を示して見せる。
「正確には、後数年で中断が出来なくなる。
今のミオは中断した結果、命を繋いでおる。そして、維持するだけでも力は消費するものでの。それが維持できなくなれば自ずと元の状態へと戻り、そのまま止めていた運命に戻る事となる。」
維持するだけで、後数年。
つまり、このまま何もしない場合の残り時間。
「じゃあ、完遂する場合はもっと短いのか。」
「うむ。」
これ以上消費をしない上での残り時間なら、行動を起こすために必要な力の残量はそれとは一致しない筈だ。
それは後どの程度残っているのか。
「次の満月じゃ。」
「…は?」
聞き間違いかと思い、聞き返す。
冗談だろう、新月は今日、なら次の満月は。
「後半月、これがミオを救う前提での残り時間じゃ。
次の満月の夜、妾は今度こそミオを救い、消える。」
「後半月って、もし他に二人とも助かる方法が有ったら…。
…いや、そんなものが有ったら、神狐は実行してるよな。」
多分、これはもうどうにもならない。
少なくとも、既存の方法では他に大神を救う方法は無い。
それが分かっているからこそ、神狐は覚悟を決めたのだ。
「じゃから、透。
その後の事は主に任せたいと思って居る。主なら信用できる。」
「それで…妙に俺と大神をくっ付けようとしてたのかよ…。」
あぁ、全部繋がった。繋がってしまった。
それなのに、なんの達成感も充実感も無い。
こんな形で二人が引き裂かれるのだと思うと、やるせない。
「何…それ…。」
不意に後ろから聞こえてきた声、目の前の神狐がその瞳を丸くする。
その反応を見るまでも無く、声の主が誰なのか分かった。
振り返れば、広間の入り口。
大神ミオが呆然としてそこに立っていた。
そんな感じで過去回終了、次回から完全に現在の話に戻る。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。