どうも、作者です。
感想くれた人、ありがとうございます。
以上。
「何…それ…。」
そんな大神の声が後ろから響いてくる。
それと同時に神狐の目が大きく見開かれた。しかし、驚いているのはこちらも同じだ。
「大神、どうしてここに…。」
「透君が、怖い顔でどこかに行くのが見えたから…気になって。」
後をつけてきたのか。
結界には防音機能など付いていない。俺がここにいることが分かったという事は、つまり最初から大神は話を聞いていた事になる。
「今の話、嘘だよね。
冗談なんでしょ?いつもみたいに、驚かせようとして。」
震える声で縋りつくように神狐へと問いかける大神。
だが彼女なら、洞察力の鋭い彼女なら既に分かっている筈だ。
神狐の語った話が真実であると。
自らの間違いを望むその姿は、けれど無言で首を横に振る神狐の姿によって正しいと突きつけられてしまう。
「…っ!
そんなはず無い!だって、せっちゃんは…!」
受け入れられずない大神は駄々をこねる子供の様にその表情を歪めて言いながら神狐へと近づいて行くと、神狐の肩へと手を伸ばした。
「あ…。」
だが、実体の無いものは掴めない。
大神のその手は神狐の肩を捉えることは無く、そのまま突き抜けてしまう。
まるで煙でも触ろうとしたかのように、何の抵抗も無かった。
通り過ぎてしまったその己が手を見つめて、大神は奥歯を強く噛み締める。
「すまぬの、ミオ。
妾は主に触れることは出来ぬ。」
神狐はそっとそんな大神の頬へと手を添える。
「昔の様に抱きしめてやることも、もう出来ぬのじゃ。」
その手の温もりを頬で感じることは無く、その手が頬の感触を感じることも無い。
それを理解してか、大神の顔は今度こそくしゃりと悲痛に歪められた。
「なんで…、嫌、嫌だっ!
だって、ウチ、まだ何もっ…!」
「ミオ…。」
そんな彼女を神狐は少し困ったような表情で見る。
大神とて分かっている。神狐の人間性を知っている彼女なら、尚のこと。
しかし、いくら頭で分かっていても感情は付いて来られない。
「…っ。」
嗚咽を堪える様に被りを振りながら、一歩、大神はよろりとふらつくように後退ると、鋭い眼を神狐へと向けた。
「せっちゃんが消えるくらいなら、ウチも、このまま…!!」
「ミオっ!!」
広間に神狐の怒号が響く。
その先を言うなとばかりに、強い意志の込められた声。
彼女のこんな声は初めて聴いた。
けれどその表情は、声とは裏腹に優しさと悲しさに満ちている。
「っ…。」
びくりと体を震わせて思わず口を噤んだ大神。
神狐は表情をそのままに大神へ向けて微笑んで見せた。
「すまぬ…。」
ぽつりと零されたのは、そんなたった一言。
だが一言でも、そこに込められた意味は幾層にも重ねられている。
「…、…っ…!」
それを受けた大神は口を動かして何かを言おうとして、けれど言葉に出来なくて。
そんな彼女の頬にはいつの間にか涙が伝っていた。
やがて耐え切れなくなった大神は、涙を拭うことも忘れて、逃げる様に広間から駆け出て行ってしまった。
その背を見送った神狐は少し疲れたようなため息を溢し、普段と同じ笑みをこちらに向けた。
「透よ、世話を掛けるようじゃが、ミオを追いかけてはくれぬかのう。」
「…あぁ、構わない。」
神狐はこう言っているが、本当は彼女自身で追いかけたい筈だ。
けれど原因が自分であるが為に、それすらままならない。
本来、こんな形で伝えるべきでは無かった。
もっと時間をかけて、順序を踏んで話していれば、動揺こそすれどもっと落ち着いて受け止める事も出来たはずだ。
だが後悔は先には立たない。
なってしまったのなら、今考えるべきはこれからどうすべきかだ。
「…神狐。」
「なんじゃ?」
広間を出る間際、背中越しに神狐へと声を掛ければいつもの調子で返事が返ってくる。
大丈夫か?
そう紡ぎそうになった口を咄嗟に唇を噛んで噤んだ。
「いや、何でもない。」
代わりにそうとだけ誤魔化して、今度こそ大神を追ってその場を後にする。
馬鹿か俺は。
大丈夫なわけがないだろう。
大神を探して境内を見て回っていれば、幸いすぐに彼女の姿は見つかる。
氷が一面に張っている池の前。
そこに、大神は呆然とした様子で池を眺めて立っていた。
昔魚を飼っていた池、恐らく神狐の話にも出てきたものと同じだろう。
「…何も思い出せないの。」
「大神…。」
近づいて行くと、大神は池を眺めながらぽつりと零すようにそう言う。
凍り付いた水の中に命は無い。反射する自らの顔と対峙するように大神は言葉を続けた。
「街の人との思い出も、せっちゃんと満月を見た記憶も、何も。
さっき聞いた話の中でウチの知ってることなんて、何一つ無かった。
なのに…。」
言葉を進めるにつれて、彼女の声に涙が混じり肩が震えた。
「それなのに全部、本当の事だって分かる。
根拠なんて何もないのに、確かにそれはウチが昔に経験した事なんだって。」
恐らく彼女の中に封じられたという記憶。
まだ完全に消えたわけでは無いそれが、彼女に教えているのだ。
「ねぇ、透君。」
だがそれが分かるのなら、迎えた結末もまた然り。
名を呼びながらこちらへ振り返る大神。
その瞳からはぼろぼろと大粒の涙がこぼれ続けていた。
「どうしよう、ウチのせいで…せっちゃんが…。」
自分を救おうとして、自らの命を捧げた神狐。
その事実を受け止めきれずに、大神は押しつぶされそうになっている。
「分からないよ。
もう、どうしたらいいか…。」
いつもは聡い大神が、進むべき道を見失っている。
それほどまでに、彼女の中で神狐という存在は大きかった。
けれど。
「…大神なら、分かるだろ。」
「分からない…分からないよっ!」
思考に飲まれ、取り乱しそうになる彼女の腕を掴む。
「いいや、分かるはずだ!」
今のままでは駄目だ。
少なくともこんな形で二人が離れてはいけない、そんな時間はもう無い。
声を上げれば、大神は驚いたように目を見開いた。
「街に出掛けた時に、話してくれたよな。
大神の時間がもう残り少ないって。」
夕方に大神からそう聞かされた。
残り時間が後数年だと。
「でも、それは…。」
「違わない、状況は一緒だ。
ただ立場が入れ替わっただけで、本質は何も変わってない。」
置いていく側と、置いて行かれる側。
この話には最初からその二つの立場しかない。
だからこそ、大神なら分かる。いや、大神にしか分からない。
前者から後者へと入れ替わった彼女だから。
「お前は、どうして欲しかったんだ!
俺に話した時、大神は何を思っていた、何を望んでた!」
「ウチは…。」
震える声でぽつりぽつりと、大神は言葉を紡ぎながら支えを求める様に俺の肩へと額を当てる。
握られた服の裾は、千切れてしまうのではないかと思う程に強く力が込められていた。
「最後まで…一緒に…。」
「なら、そうしてやれば良いんじゃないか。
支えが欲しくなったら、いくらでも寄りかかってくれて良いから。」
そんな彼女を落ち着ける様に軽く頭を抱けば、すぐ隣から嗚咽が聞こえだす。
彼女の抱く感情がどれ程のものか、俺には推し量ることもできない。
だが、せめて支えよう。
大神が全てを受け入れられるまで、必要だというのなら。
大神が落ち着いたところで彼女と二人、神狐の待つ広間へと戻る。
幾らか整理は付いたようで、大神の目は少し腫れてはいるがそれでも彼女に先ほどのような不安定さは無かった。
広間では先ほどと同じ場所に座る神狐がこちらに気が付くと、無言で視線を向けてくる。
「あの、せっちゃん。
ウチ…。」
少し気まずさを感じているのか、大神はうまく言葉を紡げないでいる。
「ミオ。」
そんな大神を見て、今度は神狐が声を掛けた。
「腹は減っておらぬか?
そろそろ食事時じゃ。」
その顔に浮かぶ優しい笑みに、ようやく大神の顔にも笑顔が戻った。
「…うん、ウチぼんじり定食が食べたい。」
「うむ、ミオは本当にぼんじりが好きじゃのう。」
その後、宿に戻り三人で食事となった。
神狐は実体が無い故に食べれはしないが、それでも雑談を交えつつ和やかな時間を過ごすことが出来た。
二人の時間も必要だろうと、一足先に温泉へ入ることにした俺は湯に浸かりつつ、今日の出来事を思い返す。
改めて振り返ってみると、とても一日の出来事とは思えない情報量に頭痛がした。
大神と神狐。
二人は…まぁ、少しトラブルもあったがもう問題は無いだろう。
「…問題ない、か。」
自分の何とも楽観的な思考に呆れる。
問題ありありだ、けれど俺に出来ることなど限られている。
そもそも既に終わっている話だ。
言うなれば、全てが遅すぎる。
これを覆そうとするなら、それこそ時間を遡るしか無い。
…夢物語にも程がある。
それが出来ないから、こうなってるんだ。
「…。」
空を見上げれば変わらずの曇天が重々しく鎮座している。
その向こう側にはきっと夜空が広がっている。だがそこに月は存在しない。
新月から満月までのおよそ14日。
二人に残された時間はたったこれだけ。
…少なすぎる。
「…はぁ。」
「ほう、思いつめたようにため息を付いて、どうかしたかの?」
突如として後ろから聞こえてきた声に驚いて振り返れば、そこには金色の狐の見た目少女が立っていた。
「神狐?
大神の傍にはいなくて良いのか?」
温泉に入ってからまだ十分程度だ。
積もる話もあると思ったが、それにしては早過ぎる。
「今日は色々とありすぎたようでな、ミオも泣き疲れて今は眠っておる。」
「そっか…、いや、だからって男湯に入ってこなくても良いだろ。」
一瞬納得しそうになってしまった。
ここまでさも当然の様に入ってこられると自分の中で常識が崩れそうになる。
「ほほっ、妾と主の仲じゃ。…はっ、それとも裸の付き合いをしろという事かの?
透よ、浮気はならぬぞ?」
「違うから服の裾に手をかけないでくれ。」
本当に脱ごうとする神狐に割と本気で勘弁してくれと懇願すれば、なんじゃ、と若干不服そうに神狐はその手を下ろす。
なんでちょっと残念そうなんだよ。
「まぁ、冗談じゃ。
主と少し話をしたくてのう。」
「話って?」
聞き返せば、神狐は改まった様子でこちらを見る。その表情はどこか晴れ渡っている様にも見える。
「主には感謝しておるのじゃ。
おかげでミオとの仲も、保つことが出来る。」
「結果論だけどな。
俺があの場で聞いたりしなかったら、もっと良い結果になった。」
少なくとも、大神があの場に来ないようにもっと配慮するべきだった。
急にあんな話を聞かされては、心の準備もあったものではない。
しかし、神狐はそれを否定するように首を横に振る。
「良い結果などない。
そも、ミオには最後まで伝えぬつもりであったのじゃ。」
それを聞いて、思わず驚いて声が漏れた。
伝えないというと、過去の真実の事だ。
けれど、それでは。
「ミオの中から妾の記憶は消える。封印中の記憶を引っ張り出そうとすればそれに付随して現在までの記憶も再徴収されるのじゃ。
故に何も話さず事を終えるつもりであった。どうせ、全て消えてしまうのじゃからな。」
後に残されるのは、ここにいる理由も分からなくなった大神。
それ以外の事は覚えているのだから、恐らく元居た場所、シラカミ神社へと帰ることになる。
「それに、ミオも取り乱しておったであろう。
主が居てくれなければ、あの子もこんなに早く気持ちに整理は付けられておらなかった。」
確かに話を聞いた後の大神は神狐の言う通りだった。
けれど、今は。
「それなら次の満月の日に、本当に大神の中から神狐の記憶は消えるのか。」
「このままなら、の。
けれど、今は主がおる。」
それはどういう…。
話を聞いたくらいで記憶が戻らないのは、先ほど証明されたばかりだ。
俺から大神に神狐の話をしたところで、意味はない。
「もしかして、俺の記憶を使うのか?」
同じ原理であれば、それも可能なはずだ。
不意に思いついて聞いてみれば、しかし神狐は否定する。
「否、それも有りじゃが、他にもっと良い方法があるであろう。」
有りなのか。
思わずそう頭に浮かんでしまう。
表情に出ていたのか、神狐はくすりと笑いながら指を真っ直ぐこちらに向けた。
「主自身が術者となるのじゃ。」
「…俺が?」
目を丸くして問いかければ、神狐は力強く頷いて見せる。
「待ってくれ、そもそも俺はそんな高度なワザは使えないぞ。」
俺が術者になるというのならいくつか問題が発生してしまう。
いくらイワレの制御が身についてきたと言えども、それ以外に関してはずぶの素人だ。
それが出来るのならばそうしたいが、それなら俺の記憶を使って神狐が制御をした方が良い。
「あぁ、そこは心配いらぬ。正直ミオを救うという意思があればそれだけで良い。あとはある程度のイワレが制御能力が必要じゃが、それももう大丈夫じゃろう。
どちらかというと術者となる条件の方が厳しくての。」
「それを扱うための条件か。」
然り、と肯定すると、神狐はおもむろに手を前に出すと見慣れた水晶玉を作り出す。
「結界の修復用の…って、まさか。」
「うむ、最初から結界に不備など無い。
こうして条件も既に整えておるのじゃ。ま、このカクリヨにおいて主しか該当せぬがの。」
一瞬何のことかと疑問に思うが、不意に浮かび上がった可能性を口にすれば軽々と首肯されてしまい、思わず苦笑いが顔に出る。
どうやら、最初から神狐の掌の上にいたようだ。
「この話だけはミオには出来なかった故、この場で話したのじゃ。」
「…だろうな。
大神にとって、神狐が消えることに変わりは無い。」
そう返せば、神狐は少し驚いたように目を丸くした。
「…どうした?」
「いや、そう言えば妙に冷静じゃと思っての。」
冷静。
彼女からそう見えているのなら、上手く隠せているという証左だ。
「身近な人間が居なくなるのに、何も感じない程冷酷じゃないつもりだ。」
神狐とは短い付き合いだが、それでも話をして、共に暮らした。何も感じない筈がない。
だがこれで俺が狼狽えていては、大神を支えることなど出来はしない。
「なぁ、神狐。
本当に消えるのか。」
「…うむ、ミオを救うにはこれしかないのじゃ。」
散々話してきたが、それらも全て、神狐セツカという人物が居なくなる事を前提としている。
その中で、最善ととれる方法を上げているに過ぎない。
「…なら、そうするしかないだろ。」
それは分かっていたつもりだ、けれど、こうして直面するとやはり堪える。
深く息を吸って、どうにもならないもどかしさと共に吐き出す。
「主、良い男じゃな。
惜しいのう、あと十…いや、二十年年老いておれば…。」
「万年幼女の姿して何言ってるんだか。」
「妾とて昔は凄かったのじゃぞ。
こう…ぼんきゅぼんじゃ。」
必死に手で表現しようとしているが、現在の姿ではただただ虚しいだけである。
それを感じ取ったのか、さらにムキになろうとする神狐をどうどうと押しとどめる。
「むぅ…、主も昔の妾を見れば思わず唸るはずじゃ。」
「残念だが、俺はもう大神しか見えないんでな。
…ところでなんだが。」
話題を切り替える様に声を掛ければ、神狐は何じゃとこちらを不思議そうに見る。
「そろそろ上がりたいから、出て行って貰えないか。」
そんな彼女に、はっきりと伝える。
なお、既に重要な話は終わっており、大神も眠ってしまったのなら部屋の方に運んでやらないといけない。
だが、その道中にいるのが目の前の金色の狐だ。
それを聞いた彼女はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた
「ふむ…ここから動かぬと申した場合どうなるのじゃ?」
「結界使って無理やり動かす。」
「おおう、それは反則なのじゃ。」
座った眼で脅せば、慌てて神狐はその場から姿を消した。
駆け出て行ったわけでは無い、何時かの様にその場から突如として居なくなったのだ。
「…そっか、もう隠す必要も無いのか。」
それと同時に、もう引き返せないのだと突きつけられた。
そんな気分を引きずったまま、俺は温泉を後にした。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。