【本編完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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どうも、作者です。



個別:大神 25

 

 『ん…。』

 

 暗い広間の中で黒い狼の少女は意識を取り戻し、その目を開いた。

 

 力の入らない体。ぼんやりとした思考。

 そして、自分は今まで何をしていたのかという疑問が彼女の脳裏に浮かぶ。

 

 『ミオ…聞こえておるか?

  ミオっ!』

 

 『せっ、ちゃん…?』

 

 そんなミオの様子に気が付いたように横合いから聞こえてくる声に。少女、ミオは微かな記憶に残る名前を呼びながら、その声の方向へと視線を向ける。

 

 『…違う…だれ?』

 

 しかし、そこに居たのは見慣れていた筈の姿とは程遠い、ミオよりも幼く見える小さな狐の少女。

 ハッキリと思い出せない中でも断言できるほどに、変わり果ててしまったその姿。

 

 『…無理もないのじゃ。

  こんな姿では我…いや、妾の事など分かるはずも無かろうて。』

 

 それを前にして困惑するミオに、彼女、神狐セツカは少し困ったように笑みを浮かべる。

 けれど、その表情には紛れも無い安堵がはっきりと表れていた。

 

 『妾は神狐セツカじゃよ。

  体は縮んでしまっておるがの。』

 

 にわかには信じがたい言葉にミオは首を傾げた。

 

 『本当に、せっちゃん?

  でも、なんで小さく…。』

 

 『うむ、そうじゃ。

  この姿は…少し力を使い過ぎての、その影響でこんな姿になってしまったのじゃ。』

 

 そう言って両手を広げて見せるセツカを見てミオは、そうなんだ、と一言だけ溢す。

 

 しかしそれは真実ではあるものの、些か語弊が混じっている。

 セツカ自身も気づいていないが、これは彼女の心境が影響したが故の結果であった。

 

 周りを覆う環境、魂だけとなったセツカが作り出した彼女自身の姿。

 どれもこれも、セツカの起こした事象全てには彼女の心の内が影響している。

 

 セツカの状況も把握したところで、今度はその周囲へとミオは目を向ける。

 その先に広がるのは一つの街を必要なものだけ選んで、小さく纏めたかのような街並み。

 

 『何が起きたか、覚えておるか?』

 

 『…。』

 

 セツカの問いかけに、ミオはゆっくりと首を横に振る。

 

 『そうか…。』

 

 それを確認したセツカの顔には様々な感情が同居していた。雑念を振り払うようにセツカは頭を振ると、ミオへと向き直る。 

 

 『ならば、説明せねばな。

  イヅモノオオヤシロで少し暴動が起きての。その最中で主は強く頭を打ったのじゃ。記憶が混濁しておるのはその影響じゃろう。』

 

 セツカは、そうミオに嘘の説明をした。

 

 記憶を無くし、街を無くし、隣人を亡くして混乱している中で、唯一そばにいてやる事ができるのはセツカのみだ。

 故にセツカは自らの状態をミオに知られるわけにはいかなかった。

 

 『暴…動…。

  そうなんだ…。』

 

 何も思い出せない、けれど何か悲しいことが起きた事だけは覚えていた。

 そして、あっさりとミオはその事実を記憶の抜け落ちた穴を埋めるように自然と受け入れる。

 

 一つ、幸と呼べるとすれば、ミオの記憶からセツカの記憶と共に以前の記憶も薄らいでいる為、かつてのイヅモノオオヤシロが失われたからといってそこまで気にする事は無い事だろう。

 

 『ミオ、本当に身体は何とも無いかの?』

 

 『うん、大丈夫。』

 

 過剰に心配するセツカに少し照れ臭そうにミオは笑う。

 

 『それなら…良かったのじゃ…。』

 

 そんなミオとは対照的に。

 セツカは自嘲を含んだ笑みを、その顔に浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (満月の日まで、残り12日。)

 

 

 「それでね、フブキったら出せば出す程うどんを食べちゃうの。」

 

 優しい微笑みを浮かべながら話す大神。

 

 場所は一階の広間。

 朝食を食べ終えたところで、例の如くひょっこりと現れた神狐を交えての雑談会が開かれていた。

 

 「ほう、あの娘が。

  しかし以前の訪問の際はそこまで食料は減ってはおらなかったぞ?」

 

 「自重してたんだろうな、あれでも。

  一応始めて来る場所だっただろうし。」

 

 ぼんやりとうどんを消し去るかの如く完食していく白い狐の姿を頭に浮かべる。

 

 「…フブキ、今頃何してるのかな。」

 

 話題に出たためかぽつりと思い出したように大神は呟いた。

 

 「どうだろうな、元気ではいるんじゃないか?」 

 

 しばらく会っていないが、どうせ今頃ミゾレ食堂のうどんを根こそぎ平らげているに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、透の予想通りミゾレ食堂にいた白狐に店主は悲鳴を上げていた。

 

 「どんだけ食べる気だい!

  うどんの在庫が無くなっちまうよ!」

 

 「だってー、寂しいんですもん。」

 

 すすり泣きながらうどんを啜る白狐、もとい白上フブキは、独り神社で過ごす寂しさに耐えかねて近頃ミゾレ食堂に顔を出すことが増えていた。

 

 その辺りの事情は聴いていためミゾレが驚くようなことは無いし、多少融通を聞かせることも良しとしていたが、こうも頻繁に来られては食料の方が先に尽きてしまう。

 

 「ったく、半月くらいで何さね。

  そのくらいで音を上げてたらこの先もっと苦労するよ。」

 

 「それは分かってるんですけど、今までミオが基本的に一緒でしたし。

  透さんにあやめちゃんと、最近は人がいることが当たり前になってたので…。」

 

 フブキとて一人になった経験が無いわけでは無い。

 けれど長らくその感覚を忘れていたため、反動がかなり大きくなっているのだ。

 

 それを聞いたミゾレは一瞬はっとして、次には思いつめたような表情で口開いた。

 

 「…同情はしないよ。」

 

 「…はい、求めていませんから。」

 

 けれどフブキはあくまで穏やかに答える。

 誰よりそれを理解しているのは自分自身であると、彼女は知っている。

 

 「それより、うどんのお替り貰っても良いですか?」

 

 「本当、勘弁してくれないかね。」

 

 そう言って器を差し出してくるフブキに、ミゾレは頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「して、もう一人はどうなのじゃ。

  あの鬼の娘は。」

 

 白上の話題が出れば、必然的にもう一人にも話の白羽が立つ。

 神狐の問いかけに対して、俺と大神は揃って目を見合わせる。

 

 「百鬼の方は…見当もつかないな。」

 

 「ウチも、あやめが今何してるのかは聞いてない。」

 

 一応キョウノミヤコにいるとは聞いているが、それも半月経った今もそうであるとは限らない。

 もしかすると、何処か遠くの地まで足を延ばしている可能性もある。

 

 「占星術で調べたり…はしないか。」

 

 「そうだね、無くしものだったりなら話は別だけど、基本的に有事の際以外は他の人の行動は占わないかな。」

 

 占星術というのは悪用しようと思えば、いくらでも悪用できてしまう。それ故に、扱う人物には相応の倫理観が求められる。

 大神がその辺りしっかりしているのはこれが影響している側面もあるのだろう。

 

 「ふむ…。」

 

 すると、何やら黙り込んでいた神狐が不意に意味ありげに声を上げた

 

 「透にミオよ、あの鬼の娘にはよくよく気を配ってやるが良い。」

 

 そんな神狐の顔は真剣に満ちていて、大神と二人揃って疑問符が頭の上に浮かぶ。

 

 

 「百鬼にか?」

 

 「せっちゃん、それって?」

 

 どういう事なのか。

 それは当然の疑問ともいえるだろう。

 

 「いやなに、鬼という種族は珍しいからの、それが何かしらの重荷になる事も時にはあるのじゃよ。」

 

 神狐はそう言うが、やはり如何にも要領を得ない。

 大神も同じようで、首を傾げている。

 

 「んー、確かにウチも鬼を見かけたのはあやめが初めてだけど…。」

 

 「神狐、何か知ってるのか?」

 

 その神狐の言い方は何かを隠している様に見える。

 指摘して見せれば、迷うように神狐は頬をかいた。

 

 「少し鬼の知り合いがおっただけじゃ。種族的に色々とあったようでの。

  前の訪問の様子を見た所その辺りはもう大丈夫そうじゃが、一応の。」

 

 「それなら…まぁ、覚えておくが…。」

 

 もう大丈夫だというのなら、これ以上追及するのは野暮か。

 思えば百鬼は白上達と出会ったのもここ数か月の話だし、まだまだ知らないことが多い。

 

 余計な詮索は避けてきたが、その辺りはもう少し踏み込んだ方が良いのかもしれない。

 そう結論が付いたところで、この話は終わりとなる。

 

 「おっと、そろそろ茶が切れそうじゃな。」

 

 「あ、ウチが入れてくるから大丈夫。」

 

 そう言ってシキガミを呼ぼうとする神狐を遮って、大神が席を立つ。

 

 「透君、何のお茶が飲みたい?ほうじ茶?」

 

 「ありがとう、大神。

  じゃあ緑茶を頼む。」

 

 にこやかに聞いてくる大神に希望を伝えると、彼女はそのままキッチンの方へと駆けて行ってしまった。

 

 「むー…。」

 

 その背を見送っていると、横合いから神狐がじっと見てきていることに気が付く。

 

 「え、何?」

 

 流石にそんなに見られては落ち着かない。

 何事かと問いかければ、神狐は何処か神妙な顔つき口を開く。

 

 「…主、ミオの事を今何と呼んだのじゃ?」

 

 何と呼んだか。

 また変な事を聞いてくるな。

 

 「それは…まぁ、普通に大神って。」

 

 「それじゃ!」

 

 そんなことを思いながら応えるが、何がお気に召さないのか神狐はそう言い地団太を踏む。

 

 「主らは恋人同士なのであろう、それなのに名前の一つも呼んでやれぬのか、透よ!」

 

 「いや、恋人同士じゃないしな。」

 

 ぷんすかとおかんむりな彼女に事実をそのまま伝えてみれば、神狐の目が点となった。

 どうやら、盛大な勘違いをしていたらしい。

 

 「…む?主ら想いを伝えあったのではないかの?」

 

 「あぁ、うん。

  その後の出来事で流れたけど。」 

  

 イヅモノオオヤシロで想いを伝えった直後に、大神から悩みを打ち明けられてその後も色々とあった。

 

 「想いを伝えあったのであれば、それはもう恋人同士であろう。

  加えて、一つのベットで同衾までしておいて違うというのは無理があるのじゃ。」

 

 確かに神狐の考えは至極自然な流れであると言えるだろう。

 しかし、そのことについては既に先日大神と話し合っている。

 

 「本来ならそうするんだろうけどな。

  けど今は大神には俺の事を気にする余裕があるなら全部神狐、お前に向けて欲しい。ってことでその辺りは保留になってる。」

 

 「何と…妾の存在が枷になるなど…。」

 

 そう言って神狐は悔し気な表情で両手を地面についてしまう。

 割と本気で落ち込んでいる神狐を前に、少々居たたまれなさが生まれる。

 

 「しかし、晴れて両想いになったことは確かなのであろう?」

 

 だがその中でも何かしら活路を見出そうとする神狐にいきなり聞かれて、思わず言葉に詰まった。

 

 「あー…、まぁ、そういう事には、なるのか?」

 

 「何故そこで疑問形なのじゃ。」

 

 若干自信なさげなその答えに呆れたように、神狐からジトリとした視線を向けられる。

 

 「まぁ良い、しかしそういう事なら呼び方くらいそろそろ変えても良いのではないかの?」

 

 「いきなり言われてもな…。

  急に呼び方を変えるのも不自然だろ。」

 

 神狐は簡単に言っているが、既に大神で定着してしまっている以上いきなり変えるのは敷居が高い。

 それに、そういった話は後にしようと言い出した俺が進んでやるわけにもいかない。

 

 「別に、呼び方を変えたからと言って恋人になるわけでも無かろう。」

 

 「それはそうなんだが…。」

 

 というか、大神を名前呼びにしようとしたことは以前にもあるのだ。

 しかし、その時は羞恥に負けて結局現状維持という形で落ち着いた。

 

 それも有り、やはり呼び方を変えることには抵抗がある。

 

 「ぐぬぬ、強情じゃな…。」

 

 渋る俺に業を煮やしたようで、神狐はもどかしそうに体を震わせる。

 

 「二人とも何の話してるの?」

 

 と、そこでお盆に湯呑を乗せた大神がキッチンから戻ってくる。

 不思議そうにこちらを見る彼女の姿をみて、神狐の瞳が煌めいた。

 

 「おお、ミオ。 

  丁度良い所に。」

 

 何の事だか分からない、といった風に首を傾げる大神。しかし、それにお構いなく神狐は言葉を続ける。

 

 「主、透から名前で呼ばれたくは無いかの?」

 

 「…へ!?」

 

 一瞬理解に時間を要した大神だが、すぐに状況を把握して素っ頓狂な声を上げる。

 それと同時に持っていたお盆がその手を離れた。

 

 「ちょっ!?」

 

 慌ててそれを掴み、地面に落ちるのを防ぐことに成功して安堵の息を吐く。

 しかし、大神の意識は完全に神狐へと向いてしまっていた。 

 

 「き、急に変な事言わないでよ!」

 

 「急にではない、常々思っておったことじゃ。」

 

 顔をほんのりと朱に染めた大神と感慨深げに頷いている神狐が言い合うのを前に、若干現実逃避気味に大神の持ってきてくれた二つの湯呑の一方をいただく。

 

 ホッとするような暖かさに香り豊かな茶。

 こんなに上手く入れることが出来ないため、こうして入れて貰えるのはありがたいことこの上ない。

 

 「しかし、主も興味はあるじゃろう?」

 

 「それは…あるけど…。」

 

 ぼそりと呟いて、大神はこちらにちらりと視線を向ける。

 少し、雲行きが怪しくなってきたな。

 

 それにしても、このお茶は美味い。

 どのように入れているのか、後で教わるのもアリだな。

 

 「うむ、ならば話はまとまったの。

  …これ、透。いつまで現実逃避をしておるつもりじゃ。」

 

 「ん?」

 

 気が付けば、いつの間にか視線の矛先がこちらに向いている。

 じっと見てくる二対の瞳を前に、直感的に逃げ場は無いことを悟った。

 

 そして顔を赤くしたままで、大神はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 「…透君、その、ウチの事名前で、呼んで欲しい、んだけど…。

  良いかな。」

 

 「…。」

 

 束の間の沈黙。

 けれどその内に多くの葛藤を繰り返し、やはり覚悟を決める他ないという結論に至った。

 

 「…分かった、呼べばいいんだな。」

 

 多分、胸に手を当てればその手が振動するほどに心臓は大きく鳴っている。

 そして続く言葉を、大神は赤い顔で、神狐は目を輝かせて待ち望んでいた。

 

 「ミオ、これで良いか。」

 

 幾ばくかの間の後、覚悟を決めて名を呼ぶ。

 しかし、いざ呼んでみると思っていたよりは抵抗も羞恥も少ない、むしろこちらの方がしっくりと来るような気すらした。

 

 「うん、透君。

  …なんだかすごく新鮮かも。」

 

 「そりゃ…大神の事を名前で呼ぶのは初めてだしな。」

 

 照れくさそうに笑う大神にそう返すが、しかしむっとしたように大神は赤い頬を膨らませる。

 

 「…透君、名前。」

 

 「え、一回だけじゃなくて?」

 

 確認に聞けば、大神はこくこくとしきりに頷いて肯定して見せる。

 まさかの固定方式に、自らの顔が強張るのが分かった。

 

 「おい、神狐からも何か言ってやってくれ。」

 

 「何じゃ?

  名前で呼べばよかろうなのじゃ。」

 

 最後の希望に縋るも、むしろ焚きつけた張本人である。

 助け船など出すはずが無かった。

 

 期待するような視線を向けてくる大神。

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら見守る神狐。

 

 仲がよろしいようで何よりだが、こんなところでそれを発揮しなくても良いのではなかろうか。

 

 「…あの、タイムアウトは有りですか?」

 

 「「無しだよ(なのじゃ)」」

 

 そう声をそろえる親子を前にして何が出来ようか。

 打つ手なしと、両手を上げて敗北を認める。

 

 「ね、透君。

  もう一回呼んでみて?」

 

 先ほどまでの羞恥は何処へやら、殊の外名前呼びが気に入ってしまった様子の大神に催促される。

 

 「ミオ。」

 

 「なあに、透君。」

 

 早くも慣れてきたのかスムーズに呼べるようになってきた折、それを聞いて嬉しそうにする大神の姿に意識しないようにしていたにも関わらず、顔に熱が籠ってしまう。

 

 「うむうむ、恋愛とは斯くも良きものよな。」

 

 こんな筈ではなかったのだが、神狐と大神の二人が満足しているのなら、これで良かったのだろう。

 そう考えると今の状況が如何にも可笑しく感じて、自らの顔に笑みが浮かぶのを感じた。

 

  

 

 

 

 

  

 





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