ドラゴンが火を吹く。
精霊が空を舞う。
見慣れぬ獣が地を駆ける。
この世にいるとは思えない生物の軍勢が戦い合う、それはまるで神話の世界。
「夢だよね・・・これ。こんな光景が現実にある訳が無いっ」
戸惑いを隠せない傍観者、だがその瞳は恐怖に潰されるどころか興奮に燃えている。
天空からの雷が軍勢を貫く。中には腐敗する様にして崩れ去る対象や、対象に到達する前に掻き消えていく炎がある。
「こいつらは誰かに率いられて戦ってるんだ・・・じゃあコントローラーは」
「魅せられたか?」
「————⁉」
五感を超え、六感に響く感覚で、言葉が伝わってくる。
「この光景に心揺さぶられるか。お前もやはり『啓示』を受けるに相応しい者のようだな。ならばこの宴に加わるか。忘れるな、この世界は何時もすぐ隣にある」
*
「痛すぎでしょ・・・・こんな夢、三夜連続で見るなんて」
少年は今日も、朝目が覚め、何かに急かされるように学校に通う、そこに目指しているものがあるかも解らないまま。
人が惹かれる対象というものは、そんな漠然と決められた道の上にはなく、そこから外れた場所にあるものだ。
マジック:ザ・ギャザリング―――MTGとも呼称されるそれは、マナと呼ばれるエネルギーを生み出し、それを媒介に呪文を唱え、クリーチャーと呼ばれる駒を操って戦い競う、世界最古と言われているトレーディングカードゲームだ。世界最古と謳われるからにはそれをモデルとした「カードゲーム」は数多く生まれ、そのジャンルは娯楽商品の中では一つの文化を築いている。
「おはよーっ、友一、光!」
息を切らして走る少年・初基有人もまた、MTGに魅了され、生活の一部と思い込むほどに入れ込んでいるプレイヤーの一人である。
「おはよう、有人。そんなに全速力じゃなくても大丈夫だよ、まだあと20分はあるから」
走って来なければその余裕な時間は作れなかった訳だが、幼馴染・並哉友一の態度は何時もこのフォローだ。今まで彼に叱られた事、罵られた事などあったためしがない。
「てかその隈は・・・また徹夜でデッキ組んでたわね?」
「ず、図星っ」
「ったく・・・のめり込むのも程々にしなさいよ、あたしみたいに」
反面幼馴染が一人・嵐羽光の強気な口調も相変わらずである。その性格は小学生の入学したての頃からだが、むしろ有人にとっては激務の今であっても弱音を吐かないのだから、少し尊敬すらしている。
「撮影、昨日長引いたんでしょ」
「しょっちゅうよ」
「それで自己管理出来てるなんて凄いよ、僕なんか絶対・・」
「卑・下・す・ん・なっ! 人は人、自分は自分。あたしが偶々優等生だからって目指さなくていいの!」
返す言葉が無い。口論している訳では無いのに、言い負かされた気分になった。
*
「『巨大化』した『灰色熊』でアタック! ・・・これで通ってライフ0、あたしの勝ちね!」
「また負けちゃった・・・」
「光凄いっ! 僕らより時間無い筈なのにこの上達力だよ!」
「それ、褒めてんの? バカにしてんの?」
「そりゃあ前者だよ」
自分達の中学が、持ち込み規制が緩い事には感謝している。でなければ昼休み、多目的室でのMTG対戦が出来る訳が無いからだ。有人と友一は当然の事として、光の楽し気な表情は、本人は認めていないがこれ以上の物を有人は知らない。
「ところで有人、今日の放課後だよね?」
「ショップでの大会だね。どの位まで勝てるかな・・・」
「あぁ、あたしその時間仕事あるから。せいぜい頑張りなさい」
「それとそれまでの授業もね。趣味と学業は配分しないと悲惨だよ?」
友一の言葉が、少しばかり胸に刺さりかけた。
*
「地元でも勝負の世界は甘くない、かぁ・・・いけると思ったんだけどなぁ・・・」
イベントに参加した人数は10人。有人は二戦目において敗退となった。一戦目の時点で
負けてもおかしくない状況での運良くの勝利と自己分析したので、そこまで心に悔しさは残らなかった。
負けた以上特にショップには用は無くなったので、頼まれた夕食の食材を買いに行く、ところなのだが―――
「一応トップのプレイングも見ていくか。強くなる為には勉強も大事だっ」
「えっもう終わった⁉ 早っ・・・」
店長が言うには、決勝戦は一方的かつ迅速な試合だったという。
「ありゃあプロの戦い方だったね。カジュアルで満足してる奴の攻め方じゃなかったよ。それでいて試合が終わったら賞品も貰わずに一礼して退場、暗くは無いけど不思議な少年だったさ」
*
「話位聞いてみたかったな・・・デッキ構成も含めてどういうスタイルなんだろ」
実際に見ていないのだから謎のプレイヤーに対する疑問は尽きない。とはいえそんな事を考えていても分からないものは分からない。
「暗くなってきたな・・・買う物は買ったし帰ろ」
「グゥゥゥゥッ・・・・」
「————⁉」
突然と響く唸り声、それは紛う事なく獣のものだ。更に直後、有人の眼前の電灯が容易く曲がり、折れる。
「熊・・・⁉ 落ち着け、焦ったら逆効果だ。確か悟られずにゆっくりと・・・ん?」
暗闇から姿を現した獣、それは確かに熊だった。
だがそれは、我々の世界で認知されている者では、無い。
「ルーン爪!? ありゃあ架空の存在でしょ!?」
ルーン爪の熊。
紋様が腕に刻まれた熊など、世界には存在しない。
だが、有人はそれを知っている。
「グオオオッ!!」
だが、今は頭を動かす時ではない。敵意を抱いたかのような咆哮で我に返り、有人は一目散に走り出す。
「何なんだよっ、くそっ!」
裏道に逃げ込むが、凶暴な獣相手では気休めにもならない。障害物のつもりの廃棄物も容易く押しのけ、距離は少しずつ、だが確実に縮まっていく。
そして、
「・・・・死ん、で・・・ない・・・?」
恐る恐る、目を開ける。
逃げる道中、突然と視界が回転し、死を覚悟した有人の目に映ったのは、一人の赤髪の少年の背中と、黒焦げになって事切れているルーン爪の熊だった。
「オイ、状況飲み込めるか」
「えっ、はい! 見ての通りクリーチャーに襲われた所を・・・」
「感心っ、放心とはなってねぇな。とりあえず今夜は野宿を覚悟しな。後はまぁ、身の危険は心配すんな。その為にオレが来たんだからな」
余裕を感じる口調、不敵な笑みすら浮かぶ気に満ちた顔、震えはせず、しっかりと地に足を付けたその身体、そして彼の手にあるモノ———
漠然と確信した。この人は、戦える人だ。
「どうやらお出ましみてーだな。離れんなよ、えーっと・・・」
「有人です。初基有人」
「了解。二度は言わねえから、しっかりな」
間も無く夜闇から「次」が現れる。
「熊とジャガーか。だが残念、数で押しゃあ良いってモンじゃねえんだよ」
少年の手中から、正に魔法の如く現れた大きな獣が、飛びかかるジャガーを踏み潰す。その姿は一見ワニに似るが、明らかに現代の動物とは異なるものだ。
同時にこの獣を有人は理解した。獣が現れた直後、近くの下水道が干上がったの見て、
「沈泥を這うもの・・・?」
「おっ、詳しいじゃん。お前もプレイヤー?」
「・・趣味、ですけど」
「じゃあ尚更、ケガはさせらんねぇな!」
有人の手を掴み、少年は沈泥を這うものに跳び乗る。それは少年の合図と共に走り出した。
「引き離せるんですか・・・?」
「まあ追ってくるのが灰色熊だからな、走って逃げても・・・ってある位だし。でも今逃げてるのはそういう目的じゃないぜ」
やがて森林地帯へ彼らは突入する。
「っし! チャンスだ、頼んだぜ!」
紅い閃光と共に、頭上から大柄の猿人が現れる。猿人はそのまま襲ってくる灰色熊と殴り合いになった。
「あれは密林の猿人!? でも1/1ですよ、真正面から戦ったら・・・」
「3分前だったらそうだったかもな。だけど、周り見てみな?」
やがて獰猛さが増した密林の猿人の動きは、灰色熊よりも俊敏になる。そして連撃から決め手の一発が灰色熊を葬った。
「森はこいつの攻守を高める。特にタフネスは灰色熊を上回ってるからな」
*
命の危機は脱した。だが、夢でも見ているかのような不可解な感覚は、一時間位の時間の経過では薄れる筈がない。
「まぁそうなるわな。日頃遊んでるゲームの怪物が現実に襲い掛かってくる・・・他人に話しても信じてくれるワケ無ぇだろーし。お前も辞めたくなったか、MTG」
「とんでもない!!」
「っと! いきなりどうした、我に返って」
「むしろもっとやりたくなりました! あの世界が現実にあったなんて! あなたは色々知ってるんですよね!? 教えられるだけ教えてください!!」
「えぇ・・・そんな反応する奴、お前が初めてだわ」
ドン引き・・・したのは確かにそうなのだが、少しそこに面白味も感じてしまった。無論、無知な少年を「こちら側」に引き込むのは様々な意味で危険な行為ではあるのだが、この爛々と光る目を見る限り、殴ってもついて来るタイプの人間だろう。ならば———
「言っとくがお遊びなんかじゃあ断じてねーぞ。無理だと解ったらスッパリ忘れて元の生活に戻るんだな」
「はいっ!! ・・・って言っても、あなた達は具体的にどんな事を?」
「っと、名乗りもせずに失礼だったな。俺は炎樹火弥。一応まぁ、ここら辺で高校生やってるんだが、実は——」
「リアライザーって言うんだろ? 確かにコイツは素晴らしい力だ、その気になれば警察だって黙らせられる。お前みたいに真っ当に生きるのが理解できねぇな!」
有人と火弥の足元に電流が走る。その動きは明らかに自然現象では無く人為的なものだ。
「誰だアイツ? イキってそうな不良なのは分かるんだが」
「ゲっ、炎樹さん知らないんですか⁉ ここら辺にいるグループの一人ですよ、名前知らないけど」
「水渡空舞だ、その名をお前達も刻む事になる。敗北の屈辱と共にな!」
空舞は懐から輝くカードを取り出し、かざす。衝撃にも似た大音が伝わり、有人だけがその場から弾き飛ばされた。
「痛っ・・・! 何なんだ今のは・・・」
「悪ぃな初基少年、どうもゲームを挑まれたらしい。目を凝らせば分かる通り、オレ達リアライザー同士の正式な戦いはこういう障壁に囲まれる。雑談以外部外者は干渉不可能だから、そこんとこよろしく」
これが僕の世界を変えた、最初の夜だ。思えば、これが『啓示』と言うべき体験なのかもしれない。
目の前にあるのは、生きるか死ぬかを賭けた、戦いの世界だ。でも僕の中には、高揚感が渦巻いていた。
命を奪うのが楽しい訳じゃ無い。
命を懸けて守りたいものがあるかも、まだ分からない。
それでも僕が心を滾らせ、望んでいた世界がそこにあるのであれば、
この啓示は、たぶん運命だ。
MTG:Realize
第1話
『啓示の日』
続く