俺には,彼女がいる。その子とは,家同士での絡みが多かったことや,歳が近かったということもあり,よく遊んでいた。小学校に上がってもその関係は変わらなかった。そのうち俺は小さいながら,その気持ちに気づき始めた。中学生になってからは,違う学校だったからか,年頃だったからか,わからなかったけど,家同士の1ヶ月に1回の外食以外で絡むことがなくなり,疎遠みたいになっていた。しかし,俺の気持ちは冷めることはなかった。そして,高校に上がってから,俺の状況は一変した。
「太一,ちょっといらっしゃい。夕食をいただきながら,大事な話があるの」
その日,母が自室まで俺のことを呼びにきた。こんなことは,今までなかった。
そして,俺の向かいに両親が座り,食卓を囲んだ。いつも今日あったことを聞いてくる父も今日は静かに食事を口に運んでいた。でも不機嫌というわけではなかった。
(話ってなんだ…こないだのテストのことか?でも,ノルマはクリアしているはず…いままでなかったから,わからない…)
そんなことを考えていると,父が口を開いた。
「太一,おまえに話さなくてはいけないことがあるんだ」
「うん。さっきお母さんから聞いたよ。」
「うむ,それはお前の今後の話だ。」
今まで両親に言われたことは全てこなしてきたつもりだった。言われた大学もしっかり判定をもらっている。
「と言いますと?」
「ああ,これは,私が勝手に決めてしまったことなんだが,嫌ならば断ってもいいのだ。」
そういう時父はすごい深刻な顔をした。今まで無理してでも、明るく見せていた父がこれまで隠せていない時はあったが,隠していない時はなかった。こんな父を見るのは,高校生ながら,初めてだった。
「それは内容によるけど,どんなこと?」
「それは太一,お前に許嫁ができるということだ。」
「………え?」
落ちたスプーンの音が部屋に響く。俺は硬直した。そこからしばらく虚空の時間が流れた。
(許嫁ということは,家族がらみで仲良くないと成立しないはず…てことは?!)
「ふ、ふーん…で相手は?」
「それは…………東雲すみれさんだ。」
「誰だよ?!」
俺は勢いよく椅子から立ち上がり,椅子が横転した。その途端、俺の意識は途絶えた。
「うわぁ!!」
次意識が戻った時、窓の外は明るくなっており,俺の下にはベットがあった。
(ああ,なんだ夢か…)
すると自室の扉が開き,同い年ぐらいの女の子が入ってきた。
「太一さん,どうしたんですか?」
その子は,制服にエプロンをつけ,八重歯のある新婚の妻のようだった。
「ん…おはよう、栞子」
「はい。おはようございます。朝ご飯できてますよ。」
「うん。毎朝ありがとう、栞子。でもごめんね」
「どうしたんですか?」
「びっくりして,腰抜けて動けないんです。」
「もう,しょうがないですね〜」
そう言うと彼女は,俺に近づき、俺をベットから起こす。その時の彼女は,どこか機嫌良さげだった。そしてふと,彼女の左薬指を見る。そこには,小さめの宝石がついた指輪が付いていることを確認した。俺も自分の薬指に指輪がついているか,確認する。ちゃんと栞子と柄は違うが、同じような指輪が付いていた。
この指輪は,父が,「お前たちの婚約指輪だ。本来は婚約指輪とは,女子がするものだが,お前らはあまり自覚がないだろうから,指輪をしといた方が,自覚が芽生えるだろう」とのことでもらったものだ。
「助かったよ栞子。ありがとう」
「困っている人を助けることは,当たり前のことです。」
「さすがは生徒会長だね」
「生徒たちも見本になるのが生徒会長の勤めですから」
そんなことを話すながら俺らは椅子に座り,朝ごはんを食べる。今日の朝ごはんは,鯖の塩焼きに,ほうれん草の味噌汁,目玉焼きとご飯だ。
「「いただきます」」
(好きな人の手料理が毎日食べられるなんて,幸せだ〜)
「美味しいですか?」
「うん。美味しいよ。」
「それはよかったです。」
「栞子は,いいお嫁さんになるね〜」
「そ,そんな,やめてくださいよ//」
「え〜事実だもん」
「それに,わ,私のことをもらってくれる未来の旦那様は…もう…決まっているではないですか…//」
そんなふうに,照れて言われると、こちらまで恥ずかしくなってくる。
「あ…そうだったね//」
そこからは,どちらも黙々と朝食を食べた。
「「ごちそうさまでした」」
「そういえば,なんの夢を見て,あんな大きな声だしたのですか?」
食べ終わった食器を洗いながら栞子が聞いてきた。
「あ〜……言わなきゃダメ?」
「ダメです」
栞子がぷくっと膨れる。俺は,そのほっぺを突く。すると,段々と空気が抜けていく。最後にプシュと音を立てて,空気が抜けた。その顔があまりにもシュールで,一人で笑ってしまった。
「もう!やめてくださいよ!すごく恥ずかしかったんですから//」
「ごめんごめん。あ〜〜面白かった〜」
「で,どんな夢だったんですか?!」
「一年前の春,許嫁ができるって言われた時の夢」
「そうだったんですね。それでどこにびっくりする要素が?」
「えっと,父さんに,許嫁は栞子だって言われるんだけどさ,夢で違う人の名前言われたからさ,そこにびっくりしたってこと。」
「あ,そうだったんですね。」
「あと,そんな夢見たからか,起きてすぐに栞子の顔見れて,安心した。」
「そんなのいつでも見れますよ//」
「そうだね。そういえばもうこんな時間だけどいいの?」
「今日は,何もないので時間には余裕があります。」
「生徒会ないなんて,珍しいね」
「昨日のうちに終わらせましたから」
「習い事に,生徒会と,スクールアイドル……大丈夫?無理してない?」
「無理などしていません。自分で始めたことなのですから,頑張って当然です」
少し誇らしげに言う栞子を俺は心配になった。昔から人のためになんでもする子だから,その分自分のことを後回しにしてしまう。それが栞子の魅力でもあったが,それが自分を追い詰めているのではないかと,俺はつくづく思うのだ。
「栞子……」
「なんです…ひゃっ!」
俺は洗い物を終えて,手を引いている栞子に抱きついた。次第に栞子の顔も赤くなってきた。
「ど、どど、どうしたんですか?!太一さん!」
「ごめん。なんか色んなこと考えてたら,わかんなくなって、とりあえず抱きしめた。」
「なんですか?!それ!離してください!」
「え〜やだ,ソファー座ったら,離すよ。」
そして,ソファーの座り,俺はまた栞子を後ろから,抱きしめる。
「あの…離してくれるのではなかったのですか?」
「ん〜,そんなこと言ったっけ?あ,これ寝れる〜」
「言いました!あと寝ないでくださいよ。ああ,髪に顎乗せないで…」
その髪は,サラサラで,シャンプーの匂いがした。その匂いが,眠気を誘うように,俺は,安心して,寝てしまった。
「………さん」
「……んん…」
(誰かに呼ばれてる気がする………誰だろ)
「太一さん」
(この声…栞子…?)
「太一さん!」
「んあっ!」
「ほんとに寝てたんですか?あれだけ寝ないでって言ったではないですか!」
「ごめん。シャンプーの眠気に誘われてつい」
「それじゃ,行きますよ,学校」
そう言うと,不意をついて,栞子は俺の拘束を破った。
「行かなくていいでしょ〜」
「ダメですよ!私は生徒会長ですから。それに,私がいる限り生徒を不登校になんてさせません。それも…同居中の人を//」
「やっぱり敵わないね。従いますよ。生徒会長」
そんな話をしながら,彼女は左手についた婚約指輪を外した。
「今日もつけて行ってくれないんだね。」
「アクセサリーの着用は,校則で禁じられてますから。」
「生徒会の力でなんとかならないの?」
「どうでしょう」
「頑張ってくださいよ〜」
そんなことを言いながら,俺も指輪を外し,テーブルに置く。その横には,栞子の指輪がある。
「じゃあ、行こっか」
「はい」
そう言って,二人は,玄関へ向かい,靴を履く。一緒にドアから出て,
「「行ってきます」」
と,誰もいない部屋に,放つのだった。