皇帝讃歌は鳴り止まない   作:靉靆 

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絢爛:煌めく一等星

 

 

 

「──“あの人”曰く、渇望とは即ち力の源であるらしい」

 

 

シンボリルドルフは、幾度目かの“あの日”の微睡に耽る。

まるで初恋に思い耽る乙女のように、思い出を想起する少女のように、過去を懐かしむ老婆のように───ルドルフは、机上に頬杖をつきながら在りし日に己を変えた運命の日を語る。

 

 

「渇望とは読んで字の如く“渇きから生じる望み”───一時(いっとき)の潤いを得ても永劫満たされることのない欲望だ」

 

 

それは、己にとっての力の根源でありながら心身を蝕む呪い。

シンボリルドルフの魂の形であり色であり願いであり飢え──それが、渇望。

ルドルフの渇望とは即ち“勝利”への果てしない執着。

 

敗北を厭悪し、諦観を憎悪し、堕落を悲観する。

 

それはもはや、異常極まる狂気の性質である。

人としての普通も、ウマ娘としての幸福すらも論外と切り捨てる求道者にして利己主義者(エゴイスト)の在り方。

 

 

「これこそ私の本性、私の本能、私の本心。

醜く悍ましい恥知らずな飢えた獣の慟哭───これが、私だ」

 

恥など知らぬ、後悔などするものか。我が謳いし覇道に誤りなど微塵もあるものかと言わんばかりの傲岸不遜に悠々自適に。

 

諸人(ヒト)渇望(それ)を歪だと蔑如するか。

諸人(ヒト)渇望(それ)を汚穢極まりないと蔑み嗤うか。

 

されど知ったことか、勝手に言ってろと皇帝は冷徹に微笑(ワラ)う───あぁ、まさしく無慙(むざん) 無愧(むき)

 

故に、シンボリルドルフにとってこの“ウマ娘の世界”とはまさしく堕天の園(パラダイス・ロスト)───競走により勝敗を分つ弱肉強食。爛熟(らんじゅく)した果実の様に甘い腐臭が烈火の如く燃え盛るこの世界こそ、彼女にとっての楽園(パライゾ)に他ならない。

 

強者は強者で死に物狂いで搾取した勝利の美酒に存分に酔いしれ、己の知見の外にある格上への挑戦権が生まれし時より与えられる。

ウマ娘の“本能”を至上とした社会構造がルドルフの渇望に合致し、更には人格形成時の幼少期にスピードシンボリという“赦し”が存在していた事はまさに幸運であった。

 

 

「それでもなおキミは、私と共に死屍累々(ししるいるい)の覇道を歩むと言うのかね?」

 

 

頬杖をついたままにルドルフは、その表情を翳らせ鋭い視線を向かいに座する己の臣下──桐生院駿に飛ばす。

対する桐生院駿は腕を組みまるで思考に沈むかのように瞑目するが、一瞬の後にその双眸を開き苦虫を噛み潰したかの様な表情を見せる──まるで、ルドルフの言葉が気に食わないと言わんばかりに。

 

 

「……その程度のことで貴女への忠義が翳るとでも?

────無礼(なめ)るなよ」

 

 

その言の葉に、“怒り”の感情を滲ませる。

 

 

「もしも本気でそう思っているのなら……それは、なんたる侮辱だ」

 

 

次に浮かんだ表情(いろ)はまるで落胆。

悲しげに瞳を伏せる所作に、ルドルフは息を呑む。

 

「ルドルフ……キミに出逢うまでオレは死人(しびと)だった。

 己の欲望(ユメ)すらも吐き出せず意思すらも(うつつ)に紡げぬ、血と臓物と糞尿の詰まったただの肉袋でしかなかった」

 

生まれた時から纏わりつく父から刻まれた桐生院の呪い。

桐生院駿は、ウマ娘のために尽くすという夢すら一時は諦めていた──されど。されどしかし。

 

 

「───貴女という神威(ヒカリ)が、黄泉路(よみじ)を彷徨うオレを引き戻してくれた。オレに夢を紡がせてくれた。オレの雑念(まよい)を晴らしてくれた」

 

 

眼が灼かれる程に眩い神威(ヒカリ)に触れた。

己の夢を己の意思として吐き出した。

人生を絡め取る鬱陶しい因果すらも是正した。

 

──桐生院駿は、シンボリルドルフと出逢い紛れもなく()()()()()のだ。

 

 

「言ったはずだぞ。

総てに懸けて誓い、キミを支えると。

ルドルフ───貴女への忠義に、一切の嘘はない」

 

 

詰まる所桐生院駿もまた、ルドルフと同じ“狂気の住人”である。

常人なら関わることすら忌避しかねない怪物の(サナギ)に躊躇なく近づき黄金の(たてがみ)を靡かせる飢えた獅子(ケモノ)に忠誠を誓うのだ、その程度の覚悟など遠の最初にできている。

己の充足の為に他者(ライバル)を蹂躙し尽くす事に戸惑うものか。総てはこの世界の闘争の本質。

 

打ち倒す為に、打ち倒される為に、朽ちる為に、朽ち果てる為にこの世界は競争を軸として成立しているのだから。

 

 

「───やはりキミは、私のトレーナーに相応しい」

 

 

そして、己と“同類”の渇望の呻きにルドルフは歓喜を口にする。

彼女が腰掛けているのはなんの変哲もないパイプ椅子だと言うのに、まるで荘厳な玉座かと錯覚する。

立ち上がり、ただトレーニング用のジャージを羽織るだけの所作に、まるで外套(マント)を翻す皇帝の姿を錯覚する。

(ほとばし)る神威を収めることなくシンボリルドルフは、牙を剥き出し瞳孔(ひとみ)を開いた。

 

傍若無人(ぼうじゃくぶじん)余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)神色自若(しんしょくじじゃく)泰然自若(たいぜんじじゃく)に───我思う、故に我在り(コギト・エルゴ・スム)

その神威滾る姿こそまさしく“皇帝”に他ならない。

 

 

「貴方の忠義に報いよう。

 貴方の指導に従おう。

 貴方の憧憬に足るウマ娘であり続けよう。

さぁ命令(オーダー)を寄越したまえ、()()()()()()()。今の私ならば例え幾百の坂路すらも駆け抜けそうだ」

 

「承知した、皇帝(ルドルフ)───共に“凱旋”を成すとしよう」

 

 

今ここに、遥かな“門”を目指す主従が誕生した。

 

 

 


 

 

 

 

 

───始まりは、単なる戯れだった。

 

 

ガキども同士のじゃれあい。ただの“かけっこ”とでも言うべきお遊び。

だからと言って手を抜く奴は一人もいない、ガキらしく負けるもんかと互いに本気で走って競い合った。

 

『またシリウスの勝ちだー!』

『やっぱりはやいなぁ、シリウスは』

 

私を褒める友達(ダチ)たちの言葉が心地よかった。

時々負けることはあっても、集団の中でいつも私が一番にゴール線をつっきって先頭の景色を見納める度に言いようのない快感が身を襲った。

 

『ねぇねぇシリウス。ルナちゃんも誘ってあげようよ!』

『そうだよ!みんなで走ったらもっとたのしいよ!』

 

『良いぜ、今度連れてきてやるよ』

 

始まりは単なる戯れだった。

始まりは友達(ダチ)たちの親切な一言だった。

始まりは───私の愚かな()()だった。

 

私よりも一つ年上のルナは、いつも一人だった。

近所のガキたちと少しばかり話はするが、絶対に一緒に走ろうとはしなかった。

最初私は『もしかしてルナは速く走れる自信がないんじゃないのか』なんて事を思いながら、いつも通り屋敷の縁側で小難しい本を読むルナを誘った。

 

 

『わたしは良いよ、シリウス。きっと、みんな退()()()()()()

 

 

悲しそうに、怯えた様に目を伏せるルナの横顔を今でも鮮明に覚えてる。

 

『足が遅くても笑うやつなんて一人もいねぇよ。一緒に走ろうぜ、ルナ』

 

当時の私はそれを自信の無さによるもんだと捉えていた。

子供が自分の失敗を恥じる様に、ルナも誰かに自分の弱さを見せたくないのだとそう思っていた。

それが、私の生涯最大の()()()とも知らずに。

 

ガキどもの戯れ、なんてことはない“かけっこ”。走る距離は約4ハロン程。

成長すれば“ああ、そんな事もあったな”と思い出になるだけの一幕。

 

 

『──────勇往、邁進』

 

 

その他愛ないはずの一幕を───私は今も、鮮明に覚えてる。

小さな背中は遥かな遠くに、影すら踏めず。“かけっこ”中のルナの顔すら拝めずただ後塵を拝した。

 

 

『か、はっ!……ひゅ……く、はぁ……っ』

 

 

瀕死と紛う程に私の息は絶え絶えで、脚もガクガクと震えていた。

私以外のやつなんて立つことすらままならない。

そんな無様な私たちとは対照的に、ルナは息切れすら起こさず悠々と呼吸を繰り返していた。

格が違う。才能が、器が、技術が、何もかもが──私はほんの少したりともルナには届いていない。

 

『────あはっ

 

汗でぐっしょりとなった俯いた顔を上げたその時、私が見たのは──恍惚の表情を浮かべるルナの姿だった。

だらしなく緩められた表情筋と虚げな瞳は、どことなく妖美な雰囲気を纏っていやがる。

 

 

()()()()、シリウス!』

 

 

あぁ、そうか。そうだったのか。

お前は今まで───()()()()()()()()()()()

 

それからは常に、挑戦の日々だった。

毎日毎日毎日毎日繰り返し飽きる事なく諦める事なく、私はルナに挑み続けた。

時には泥に濡れながら。

時には肉体を疲弊し切りながら。

時には敗北の悔しさに涙を流しながら。

何度も何度も挑み続けて漸く私は、ルナに対してクビ差敗北までに至った。

 

結局負けは負けだ。だけど最初の大差惨敗に比べれば私は成長したぞと、ルナの奴に向き合ってみれば───そんな浅はかな自尊心(プライド)は、容易く砕け散る。

 

もはや(シューズ)としての機能を果たしてない襤褸繊維。

ルナ自身は隠してるつもりだろう身につけた(おもり)

そして何より───領域(ゾーン)を使った証左である紫電は、レース中たった一瞬のみの閃光だった。

 

 

『ごめん、なさい……っ』

 

『───あ?』

 

『ごめんなさい……シリウスっ』

 

 

──────────────

 

──────────

 

───────

 

────

 

──私はその時、胸中に抱いた“何か”で全身が灼けつく音を聞いた。

 

 

『巫山戯るな』

 

逡巡(しゅんじゅん)の暇などなくすぐに、自分の中に渦巻く感情の名を理解していた。

これは───“怒り”だ。

 

『巫山戯るな、巫山戯るな……っ』

 

己の勝利を誇らず狼狽(ろうばい)するルナへの“怒り”。

真剣勝負に情けをかけたルナへの“怒り”。

()()()()()を放棄し敗者へ懺悔するルナへの”怒り“。

 

 

『巫山戯るなよ無力な私(シリウスシンボリ)ッ!』

 

 

そして───そんなルナを()()()()()()()()()自分自身への“怒り”。

ルナにとっては私たちとの競争も苦痛だっただろう、窮屈だったろう、不快だったろう。

 

言うなれば空を舞う鳥が羽を折り畳み、這う虫と同じ視線で大地で競走する様なもんだ。

獰猛な獅子が自慢の爪牙(そうが)を使わず狩りをする様なもんだ。

 

ルナに……シンボリルドルフにとって私たちはまさしく飴細工(あめざいく)。加減し注意し触れねば割れて砕けちまうそんな矮小な存在だ。

“本気”を出しきれない奴の相手なんぞ煩わしくて仕方ないだろう。

 

あぁ、自分が不甲斐ない。

ルナに“敵”とすら認識されない己の不甲斐なさと、“嫉妬”なんて醜い感情を抱く私自身に憎悪と嚇怒すら覚える。

 

 

────それ以来、私はルナに挑むことを諦めた。

 

 

私じゃ力不足だ、役不足だ。何かもが足りちゃいない。

……いや。そんなモンはただの言い訳だ……私はこれ以上、ルナの“飢えた瞳”を見続けるの恐ろしくてしょうがなかった。

なんて卑劣で愚昧で恥知らずな臆病者。自分に理解できないモンを恐れて逃げる(ザマ)は、まさしく滑稽だ。

 

ルナにはもう関わらない、関われない。私は永遠にアイツを────。

 

 

 

『────シリウス、()()()()()。私は遂に、己が旅路の勝利(こたえ)を知った』

 

 

 

だが、次に会った時のルナは何もかもが違っていた。

 

視線は揺れることなく真っ直ぐと己の覇道を見定め、雄々しい有様に呼応するかの様に肉体からは歓喜にも似た心臓の鼓動が聴こえ、迸る神威(オーラ)は直視する者全てを屈服させる。

 

理解した。理解させられた。

──シンボリルドルフは、今此処に漸く()()()()()()

 

何がルナを……ルドルフを変えた。

何を以ってしてお前は()()()()()()()()()()

 

また、私の内から火に焚べた薪の様に燃え盛る“嫉妬”の音が聞こえた。

誰を妬んだのかなどすぐに分かった──私は、ルドルフに寄り添えた“誰か”に嫉妬したんだ。

 

私にはお前を変えられなかった。

私はお前に寄り添えなかった。

私なんかじゃお前を受け入れられなかった。

 

その真実ゆえの嫉妬が、ルナを変えた“何か”に燃える。

 

 

『嗚呼。己に流れる血が熱い──私は、今まで死んでいたのだな』

 

 

どこか達観した様な瞳で懐かしむように耽るルドルフに、私の心は乱される。

あぁ、行くな。行かないでくれ。遠く、遠くに。私じゃ届かない遥か彼方果てなんかに行かないでくれルドルフ。私はまだお前に何も伝えきれてない。

 

 

『───()()()()()()、シリウス。私の旅路(ユメ)を終わらせて見せろ』

 

 

────そんな女々しい想いを過らせる私へ、ルドルフは“呪い”を残した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茅蜩(ひぐらし)の鳴らす音が夏の到来を際立たせる。

それなのに少したりとも暑さを感じない。

額を伝うのは恐怖からの()()()だろう。背筋に氷柱(つらら)を突きつけられた様な不快感に鳥肌が立つ。

 

原因は言わずもがな。

幼少から嫌というほど味わった眠れる獅子の闘気。皇帝の醸す神威の威圧感。遺伝子に刻まれたと錯覚するほどに()()()()()()が呼び起こされる。

 

 

()()()()()()1()8()0()0()()()()()()()()()()()()! シンボリルドルフが完勝でゴールイン!! 圧倒的な力を見せつけ勝利を掴み取りました!』

 

 

────“絶望のメイクデビュー”

 

この勝負を言葉として表現すればこうだろう。

まさに鎧袖一触、まさに快勝圧勝、まさに横綱相撲。

自分以外の他者の存在などそれこそ論外と言わんばかりに、ルドルフはその実力を最初の一戦で証明した。

 

()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()

 

あの時に見た遠き背中は更に遥かへと。

技術はより洗練され、精神は他の全てを淘汰し、肉体は“本格化”の初期を迎え昔と比べるまでもなく別格と理解(わか)る。

一年後、同じ舞台に立ったとしても十中八九私はあの領域には辿り着けない。あぁ───なんて、残酷な事だよ。

 

だけどあの時と同じく変わらないのは、死屍累々のターフの上で一人息すら乱さず澄まし顔で佇むのその姿だ。まるで舞台(ランウェイ)の上にいるかのように悠々と歩んでやがる。

 

 

思わずその流麗な所作に見惚れていた───その時。

 

 

「今此処に宣言しよう───私は“始まりの三年”で、トゥインクル・シリーズの頂点を獲る」

 

 

その麗しい美貌をレースを観ていた一般人、記者、ウマ娘諸々に向ける。拡声器を使わずとも宣誓(こえ)は轟く大喝破として大気を伝い人々の鼓膜へと響いた。

 

その宣誓はまさにこの場の全て、或いはこの国総てのウマ娘にとって青天の霹靂だった。

空気が凍る、沈黙が場を支配する。一つ上の世代には三冠を期待されるダービーを制した二冠ウマ娘ミスターシービーが君臨しているというのに、それすらも踏破して見せようと言う気概を感じさせた。

あまりにも傲慢、あまりにも不遜───されど迸るその覇気が全てを黙殺し皇帝としての威厳を絶対たらしめる。

 

───まるで百足(ムカデ)だ。

後退を知らず、諦観を知らず、前進する事で己を己足らしめる武者の蟲だ。

 

 

「その後に、私はロンシャンにて“門”を抉じ開け()()()()()()

かつて夢敗れたスピードシンボリの“悲願”を、今度こそ完遂する」

 

 

霹靂は鳴り止まず。むしろ轟々と鳴り響く。

遠回しに芝居回しな台詞(セリフ)。だがこの場の全てがその真意を()()()()()()()()()()

 

無謀だ、バ鹿バ鹿しい。たかがメイクデビューの舞台を勝った程度で何を宣言している───言おうと思えば、幾らでも飛ばせる野次があっただろう。しかし誰もが、避難の嵐を紡ごうとしても寸前で言葉を詰まらせる。

 

あぁ、分かるとも。その気持ち、その恐怖、されど身に溢れるその憧憬も──私にはしかと分かる。

 

天上の主たる“皇帝”を前にした民は、ただ黙して(こうべ)を垂れて(つくば)うのみだ。

 

 

「故に刮目せよ───“勝つ”のは私だ」

 

 

圧巻の勝利宣言を言い放ち、ルドルフは観衆に背を向け地下バ道へと去っていく。

其処で漸く観客たちは呼吸の仕方を思い出した様に(どよ)めき始める。

在る者は皇帝の狂気に畏怖を抱き。

在る者は皇帝の(したた)かさに嫉妬を覚え。

在る者は皇帝の雄々しさに信仰心を芽生えさせた。

 

今この時こそが、歴史の特異点。皇帝の描く貴種流離譚(モノミス)の始まりの序曲。それを───誰もが悟った。

 

 

「……この光景もアンタの筋書き通りか───“叔母様”?」

 

「──いいや、シリウス。これより開幕する舞台は皇帝(ルナ)による無双劇(オポテュニズム)

私がしてやれたのは、“あの日”ルナの渇望を聞き届けたくらいのものだ」

 

 

心底嬉しそうに口角を上げる身内の姿に苛立ちが募る。

スピードシンボリ。この国の新たなる可能性を導き出した偉大なる開拓者であり───そして、ルナを変えた恨めしい存在。

 

醜い嫉妬だと自覚しよう、もはや稚児(ちご)の八つ当たりだとも認めよう。それでも私は、私自身が匙を投げた“赦し”を成したこの人を妬まずにはいられない。

 

 

「……なぁ、叔母様」

 

「──どうした、シリウス」

 

 

しかし、今だけはこの厭忌(えんき)を捨て去ろう。

 

 

「───、────。──────」

 

 

「ほう。それはまた、随分と()()()()()()()をする」

 

プライドすら捨てた私の()()()に、叔母様はルドルフに似たその顔でまるでこれが愉悦な出来事だとでも言わんばかりに薄ら笑いを浮かべる。

 

 

「だがお前はそれで良いのか?

近い将来、()()()()()()()()()()()()()()()()を捨ててでもその選択を選ぶのか。

その是非についてはどうだ、シリウス」

 

 

是非?是非だと?是非を問うたかこの私に?

全くもって愚問だろう無知蒙昧も甚だしい───いい加減私の“激情”を理解しろよ、スピードシンボリ。

 

 

「───是非などあるかよ。

ルドルフの描く覇道の先が()()()だと言うのなら、私はアイツよりも先にその可能性を開拓しなきゃならない」

 

 

天皇賞?グランプリ?ジャパンC?

 

素晴らしいじゃねぇか。どれもこの国では至上の誉れだろうよ。どれか一つでもその栄誉(タイトル)を得ることができればどれ程幸福だろうか───だが、それじゃあ駄目だ。

 

ルドルフの定めた目標(ゴール)は“それ”じゃない。アイツはそれすらも“通過点”として見ている──ならば、どうすればいい。

知れたことだ、答えなんて既に出てる。

 

 

「天上天下に唯我独尊を謳いながら、適正の有無の不明瞭すらも関係ない。

私は、アイツが至上とする舞台で“皇帝”としてのシンボリルドルフを玉座から引き摺り降ろす」

 

 

───“凱旋門賞”

 

全てのウマ娘の悲願であるあの舞台、ルドルフが覇道の到達点として述べたあの舞台こそ、私が鉄火を携え征くべき戦場(いくさば)だ。

 

この国と異なるバ場への適正すらも不明瞭だと?

 

嗚呼そうかよ。だがそんな事が言い訳になるものか。

アイツはやる、必ずやる。例え柔く重い芝を踏みしめようともルドルフはそんな道理(ルール)すらもねじ伏せるだろう。

ならば私も、その理に打ち勝とう。否、()()()()()()()()()()()

 

 

「そして“シリウス”こそが最も煌めく優駿(ほし)であると証明する──それが、私からアイツへ贈れる唯一の手向けだ」

 

 

決めたからこそ、果てなく征こう。

それ以上の理由なんて私には必要ない。

────この手に“勝利”を掴むため。

 

 

 

「お前の意思はよく分かった。

 クラシック(まで)に相応の結果を残せたのなら、私もお前の覚悟に報いるとしよう」

 

 

無論だ。なんの結果も残さずに()()()()()をするはずがないだろ。否が応もなく認めさせてやるとも、存分にな。

 

 

『───()()()()()()、シリウス。私の旅路(ユメ)を終わらせて見せろ』

 

 

嗚呼承諾した。終わらせてやる。終わらせてやるとも。

明けない夜などあるものか、醒めない夢などあるものかよ。

陽はまた昇る、微睡の夢も永遠には続かない───だから、負けるな。

私がお前を打ち倒すまで、手前が見知らぬ誰かに打ち倒される結末なんぞ断じて許すか。

勝て、勝ち続けろ───その旅路(ユメ)の果てで、私は()()()()()

 

 

────心中で()()()()()への宣誓を成し、私は背を向けレース場を後にした。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「──才能とは、いつも非常識なものだ」

 

 

己を忌避するかのように背を向け去るシリウスの後塵を拝しながら、スピードシンボリは孤独の中で独り()ちる。

 

 

「ルナ──お前という“輝き”に惹かれた亡者がまた一人、冥府魔道を歩み出したぞ」

 

 

運命が(カード)を混ぜ、賭場は一度、勝負は一度きり。相手は最強の皇帝(ジョーカー)

されど降参(サレンダー)の選択肢なぞ度外視にシリウスは賭け金として栄誉を、友情を、未練を、その全てを(コール)した。

 

例えそれが、瞬き程の刹那の好機と知りながらも。

例えそれが、那由多(なゆた)の彼方に一つの泡沫の勝機と知りながらも。

 

───打倒シンボリルドルフ。

シリウスシンボリが携えた執念の一太刀(ひとたち)は、ただその為だけに研ぎ澄まされる。

一念鬼神に通じる───剣客が自在に飛び交う燕を斬り伏せる程習熟する様に、シリウスもまたルドルフと同じ“領域”へと至るだろう。

 

 

終わりなき修羅道(パライゾ)を求めし皇帝(ルドルフ)が至高の天に座し、敗衄と挫折に溺れた天狼星(シリウス)が絢爛に煌めき───今は幼き漆黒(クリスエス)が大輪の花の如く天稟(てんぴん)を開花させる。

 

 

「──嗚呼、なんと美しい優駿劇(サーガ)だろうか」

 

 

その光景を、近い将来に(うつつ)となるであろうその絶景を想像し、スピードシンボリは歓喜を謳い礼賛を吼えた。

 

 

 

 




シリウス「凱旋門賞でルドルフを倒す」

皇帝ルドルフ「素晴らしい」
欧州最強の勇者「ほーん」
嵐の豪脚「へぇ」
元祖鉄の女「がんば」
ヴェルメイユの女王「やって見せろよ!シリウス!」
十二連勝ドイツ最強「なんとでもなるはずだ!」
英愛ダービー覇者「弧線のプロフェッサーだと!?」



〜ウイニングライブ〜

ルドルフ「響けファンファーレ♪届けゴールまで♪」


鉢巻ペンライト装備トレーナー「ル・ド・ル・フ! ル・ド・ル・フ!」




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