「ツモ、2000、4000です」
「ぐぁぁ、また飛んだぁ」
見事な親かぶり。半荘3回目にしてまたもトビ終了という大記録を打ち立てた須賀京太郎は涙目になりながら卓に突っ伏していた。
「やっぱり京太郎は京太郎だったじぇ」
同卓した片岡優希から煽られる。
しかし、1回戦開始前に「今日の俺はひと味違うぜ」などと言ってしまった手前、言い返すことができない。
「…ちょっと頭冷やしてきます」
「京ちゃん…!」
京太郎の幼馴染、宮永咲に声をかけられるも今は話せそうもなく。
この場から逃げることしか、今の京太郎には出来なかった。
逃げるように去っていった京太郎を見て、流石にやり過ぎてしまったと思った優希だったが、もう遅い。
「ゆーき、今のは言い過ぎだと思います。須賀君だって負けたくて麻雀を打ってるわけではないんですよ?」
「い、いつもの京太郎なら言い返すはずなんだじぇ!」
「それはいつもの京太郎だったら、じゃろ。半荘3回ともトビ終了でそれでも己を保てるんなら、とんでもないメンタルお化けじゃ」
「ゆーき、あとでちゃんと謝ってくださいね。親しき仲にも礼儀あり、ですよ」
「・・・はいだじぇ」
「結果は3回ともトビだったけど、京ちゃんもちゃんと成長してるよね」
同卓した染谷まこ、原村和からの説教を受け、俯いて肩を落としていた優希の頭を撫でながら咲は言った。
「私は少しずつですが須賀君が成長してるように感じました。3回目もトビではありましたが南2局に入るまで飛ばなかったんですから」
「確かにそうじゃの。ただ当の本人がそれを成長と認識してるかが問題じゃ」
和もまこも咲の感想に同意した。そう、京太郎は少しずつではあるが進歩はしている。
優希、まこ、そして和を相手に南2局までを戦ったのだから。ただ…
「東4局、私の和了りですか」
「そうじゃ。京太郎が変に勘違いしてなければいいのじゃが」
3回戦、東4局。和は京太郎の捨てた牌で和了ることも出来たが、敢えてそれをせずツモ和了りした。
だが、それは決して手加減をしたわけではない。寧ろ自分が勝つために起こした行動だった。
しかし、京太郎がそれを手加減されたと勘違いした可能性もある。
もしそう思っているなら、京太郎は自分の成長など全く感じることができないだろう。
誤解されるとまずい。今すぐにでも探しに行こうと立ち上がった和であったが、
「どこにおるかも分からんし、行き違いになるかもしれんから止めとき」
というまこの言葉に、和は渋々引き下がるのであった。
「畜生、なんで強くならないんだ」
そう、先ほどの和たちが挙げた懸念は実のところ当たっており、京太郎は自身の成長に気づけないでいた。
抜け出した京太郎の現在地は校舎の1階。ボーっと考え事をしている間に旧校舎からも離れてしまっていた。
そんな京太郎の目に飛び込んできたのは図書室の立て札。多少冷静にはなったものの、まだいつも通りの調子には戻っていない京太郎は図書館で時間を潰すことにした。
その場所で出会った一人の存在によって京太郎の運命が大きく変わることも知らずに。
「だれ、ですか?」
「うひゃぁ?!」
図書室に入るなり一人の少女から声をかけられた京太郎。図書室が施錠されていない以上、誰かがいるというのは当たり前なのだが、そのことを失念していたということと、部屋が薄暗く姿が見えづらかったこともあって素っ頓狂な声を上げる結果となった。
「あっ…そんなに怖かったですか、ごめんなさい」
少女は悲鳴を上げられたことに少なからずショックを受けていた。京太郎は慌ててフォローする。
「い、いや。図書室が開いてるから誰かがいるというのは当たり前だったのに、考え事してたからすっかり忘れてて…」
「悩み事、ですか」
いきなりのことに京太郎は戸惑った。
「考え事」としか説明しなかったのに、何故俺の考えていることが分かったのか。
そのことを尋ねると、
「流石にそんなに暗い空気を漂わせてたら、多分誰でも気づくんじゃないかなー」
と、少女は苦笑を浮かべながら答えた。どうやらかなり暗い顔をしていたらしい。
「あ…なんかごめん」
「ううん、気にしてないよ。それで、どんな悩みなの?」
「いやまぁ、大したことじゃないんだけど…。麻雀って知ってる?」
本当は初対面の人を相手に話す義理などはない。しかし、京太郎は思った以上に精神的に参っていた。
そのため、誰かに悩みを打ち明けたいという思いの方が強く、結果、京太郎はまだ名前も知らぬ少女に自身の悩みを打ち明けることにしたのだった。
麻雀が好きで麻雀部に入った京太郎。しかし、ほかの部員との圧倒的な実力差の前に、一向に成長しない自分自身に「俺には麻雀の才能がない」と諦観しかけていた。
その上、手加減されたのに勝てなかったんですよ俺は…
「んー、それって本当に手加減だったのかな?」
今までただ相槌をうつだけだった少女から声がかかる。無意識の内に、心の声が口から出ていたようだ。
「俺の捨て牌で和了れたのにスルーしたんだ、手加減だろ?」
その言葉に少女は一瞬考え込む素振りを見せたが、
「では仮に、その人があなたの捨て牌で和了したらどうなってたの?」
と更に質問を重ねた。一体何が言いたいのかさっぱり分らない。しかし、
「それは、俺は飛んで終わるけどさ…」
そこまで言って、京太郎はふと違和感を覚えた。
待てよ、確かに和が俺の捨て牌で和了すればその時点でゲームは終わる。だけど、
「「和(その人)はトップに立てない!」」
二人の声が重なった。そうでしょ?と少女は京太郎に微笑みかける。
ここにきて漸く京太郎は気づいくことができたのだ。自分は勘違いをしていたんだと。
そして、自身の悩みが晴れるのと同時に目の前の少女に京太郎は強く惹かれた。
この子は麻雀を知っている。そして、初心者の俺よりもずっと強いのだろう。
「君のおかげで悩みが晴れたよ、ありがとう。俺は須賀京太郎っていうんだけど、君は?」
「須賀くん、ね。私は洞内観奈(どううちみな)だよ」
「そっか。洞内さんにお願いがあるんだけど」
もっと強くなりたい、みんなに勝ちたい。その強い想いが…
「俺に麻雀を教えてください!」
京太郎にこの言葉を紡がせたのだった。
「須賀くん」
頭を下げてからどのくらい経っただろうか。観奈から声をかけられて京太郎は顔を上げた。
「そのかわり、私のお願いも聞いてくれる…?」
上目づかいで聞いてくる観奈。
二人の身長差からそうなるのは当然なのだが、
その破壊力に、京太郎は思わず「俺でよければ何でもするよ!」と答えてしまいそうになった。
「それは内容によるけど…。洞内さんのお願いって何?」
「え、えっとね…。その…」
その質問に答えづらそうにする観奈。
少し間をあけ、意を決したように口にしたお願いに京太郎は呆気にとられてしまうのだった。
「そう、私がいない間にそんなことがあったのね」
まこから事情を聞いた麻雀部部長、竹井久は京太郎の不在に納得していた。
未だに一度もトップで終わったことがない京太郎。
それでも麻雀が好きと言えるのは凄いことである。
だが、それもいつまで続くか分からない。
京太郎に麻雀を教えるのも、こちらもインターハイ予選へ向けて少しでも強い人と打ちたいという思いもあり、その対応は完全に後手にまわっていた。
「それにしても遅いですね。鞄は置いたままなので、まだ校内にいるはずですが」
和の心配に、そうじゃのとまこが同意する。
京太郎が出て行ってから始めた半荘が先ほど終わったところなので、時間にすると40分近く経っていることになる。
「やっぱり探してきた方がいいんじゃ…」
と咲が発言しかけたとき、部室のドアが突然開いた。
「ただ今戻りましたー」
京太郎が帰ってきたのだ。
「京ちゃん、どこ行ってたの?皆心配したんだよ?」
「ご、ごめん。でも、もう大丈夫。復活したぜ!」
「京太郎は立ち直るのが早いのぉ。今回はもっと時間がかかると思っておったんじゃが…おや?その子は知り合いか?」
「さっき知り合ったばかりだけどね。今回立ち直ることが出来たのはこの人のお陰なんだ」
そう言って京太郎は後ろにいる人物、観奈に視線を移した。
「えっと、須賀くんの友達になった洞内観奈です。よろしくお願いします。」
「綺麗な金髪・・・。これは、将来有望そうね」
久は観奈を見るなりそう判断する。
その視線は顔ではなく胸の方に向いていたが、観奈は気にしないことにした。
「ちみ!麻雀できるのか?」
「は、はい。一応は・・・」
「それはいいわね、一局やってみない?」
「え、でも須賀くんを鍛えた方がいいと思うんですが・・・」
「うーん、それもそうねぇ。じゃあ優希以外の一年生同士でやってみましょうか」
優希の口から「じぇ?!」という声が上がるが、京太郎を酷く煽ってしまったことに対する罪の意識もあって何も言えず、メンバーはあっさりと決まった。
「じゃあ親決めからだね。時間も押してるし、今回はさい振りはなしでいこうか」
伏せられた東、南、西、北の牌。
「洞内さんからどうぞ」という和の指示を受け、観奈は躊躇なく「北」を取った。
それを受け他の3人も牌を選んでいく。
その結果咲が起家となった。
席に座りながら、和はそういえばと呟く。
「自己紹介がまだでしたね。私は原村和といいます。よろしくお願いしますね」
「そういえばそうだったね。私は宮永咲です。あんまり時間はないけど、楽しんでいってね!」
「はい、ありがとうございます。精一杯頑張りますね」
二人のやり取りを受け、残りの面々も自己紹介をした。
「じゃあ、始めよっか!」
咲の発言に卓を囲んだ全員が頷く。
「東一局ぅ、スタートだじぇぇ!」
という優希の元気な掛け声とともに対局が始まった。
東→咲
南→京太郎
西→和
北→観奈
です。 対局どうしよっかなぁ・・・。