IS外伝 Honor of Arena   作:debac

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第十一話 黒い帳

 

 千冬はコルナートへ向かうヘリの中で、ある種の見当違いな思案に耽っていた。IS学園の所有するこのヘリの乗り心地は存外悪くない。内部は軍用のものを流用した事を思わせる無骨な構造だが、前後左右に二列ずつ、計四席の一面モスグリーンのシートは程よく体重を受けて沈み込みヘリ全体から伝わる衝撃を吸収してくれる。IS学園の外れから離陸する時も、一般的なヘリならば耳を塞がずにはいられない程に喧しいバタバタと鳴る特有の駆動音、所謂ブレードスラップと呼ばれる音もほとんど気にならなかった。ドイツでの教官時代に何度かヘリに乗る機会があったが、その時と同じぐらい快適だ。これならば騒音によって飛び起きるような生徒も居ないだろう。

 

 不謹慎であったが、千冬の脳裏には毎度面倒事に巻き込まれる弟の顔が浮かぶ。それと同時に、心の中で悪態をついた。こういう事に費やせる程に予算が潤沢ならば食堂にお高い酒でも置いてくれれば良いのに。そうだ、次の職員会議で提言でもしてやろうか、と。そんな事を考えてしまう程に、千冬の胸の内というのは実に穏やかで無かった。

 

「イツァム・ナーより連絡が入った。目標を沈黙させ、凰鈴音を救出する事に成功したとの事だ。織斑千冬、我々もコルナートへ向かうぞ」

 

 警備室で待機していたハスラー・ワンが唐突にそんな事を告げたのは、イツァムが先行しコルナートへ向かってから二時間程経ってからの事だった。初めて顔合わせをした時と何ら変わらない淡々とした口ぶりと、有無を言わさぬ冷徹な姿勢に、千冬は改めてこの少女から『自分こそISアリーナの主だ』と言わんばかりの傲慢さを感じ取る。同時に、IS学園に関わる事件だというのに、自分の預かり知らぬ所で物事が進んでいるという焦燥感も心の奥底から沸き立っていた。

 

 今、ヘリの中では千冬は後部座席の左側、ハスラー・ワンは前部座席の右側に座っている。お互い顔を突き合わせずに済んでいるのは千冬にとってある意味幸いと言えた。イツァムはともかく、この少女と思しき何かはどうにも信用出来ない。この一連の事件も、狂言だったのではないかとすら疑ってしまう。

 

「それと、これを渡しておく」

 

 『念の為』に備えようとした時、まるでそれを見計らったかのようにハスラー・ワンが振り返った。千冬は思わずぎょっとするが、彼女が黒い破片のようなものを差し出していた事に気づき反射的に受け取る。機内はお世辞にも明るいとは言えない。目を細めながら、それを天井の照明にかざす。自分が手にとったのは、一枚のメモリーカードだった。

 

「バージュはDOVEやIS学園の情報をいかがわしい連中に売りさばこうとしていた。狙いはさておき、その手の連中にIS学園への襲撃計画も持ちかけていたようだ。そういった情報も入っている。役に立つだろう」

 

 ハスラー・ワンの解説が耳に入ってくる。千冬は、緊張した感情に水をさされた事で却って冷静さを取り戻していた事を自覚すると、軽く頷いてからメモリーカードを上着のポケットにねじ込んだ。自然と、ハスラー・ワンと目線が合う。そして、彼女の意図を汲むと語気を荒げつつも言葉を発した。

 

「この学園を、凰を危険に晒した事への詫びのつもりか」

 

 この問いに、ハスラー・ワンは沈黙で返す。冷たい目線が脅しつけるように千冬へと注がれる。そこには『これで手打ちだ』という意思がありありと浮かんでいた。

 

 諦めたように椅子に座り直す。窒息する程に重たい空気の中でヘリを操縦する羽目になったパイロットには、せめて労いの言葉一つでもかけてやるべきだろうか。そんな事を思いついた時、ガクン、とヘリが一際大きく揺れた。体が浮き上がるような感覚が続けてやってくる。今まさに声をかけようとしたパイロットからヘリが着陸態勢に入った事を告げられた。高度が下がり、窓から見える風景が急速に変わる。

 

 ヘリから見えるコルナートの姿が大きくなってきた。人の気配は無く、緩やかな波の音だけが辺りに響く。とても直前まで戦闘があったとは思えない程に静かだ。だが、上方の開口部より降下するにつれ千冬の顔が強張った。金属製の支柱はへし折れ、壁は剥がれ構造体が顕となっている。床の何箇所かがめくれ上がり、その縁は紙くずのようは破片となってあたりに散乱していた。激しい戦闘があった事を想像するに難しくない。そんな中で、小さな人影を二つ見つけると、途端に先程までハスラー・ワンに抱いていた感情が薄れていく。

 

 イツァムは柱を背に腰をおろしぐったり頭を下げている。それとは対称的に、この状況に似つかわしくない程の満面の笑顔で鈴音はヘリに向かって両手を振っていた。千冬は、無意識の内に緩んでしまいそうになった頬を右の掌で覆った。何かの拍子にハスラー・ワンや鈴音にこんな姿を見られたらと思うと急に気恥ずかしくなる。そして、ハスラー・ワンの話が事実であった事にようやく胸をなでおろした。

 

 軽い衝撃が一つあって、ヘリが着陸する。今にも決壊しそうな感情の濁流の中で、果たして鈴音にどんな言葉をかけてやれば良いのか。千冬の中で答えは一向に出てこない。そんな彼女を嘲笑うかのように、ハスラー・ワンが目の前を横切った。直ぐ側にある扉がスライドし、外気が入り込む。土埃が酷く舞い上がっていたのだろうか、口の中に僅かにジャリジャリとした感触が生まれた。一度、瞼を閉じて深呼吸をする。いかにも大儀そうに全身を力ませて立ち上がり、ハスラー・ワンに続いてコルナートへと降りる。鈴音が、駆け足気味に歩み寄ってきた。

 

「心配かけてすみません。あたしは今の所無事なんですけど、イツァムさんの方が酷いみたいで。あと、犯人はあの穴に落ちて身動き取れなくなってます」

 

 しかし、開口一番、はにかみながら笑う彼女からそんな言葉を投げかけられたものだから途端に可笑しくなった。一体全体、彼女はここで何を成し遂げたというのか。千冬は頭を振る。寸でのところで自身の感情が表に出るのを防ぐ事が出来たのはきっと、普段の立ち振舞のおかげだろう。

 

「そうか。イツァムは私が運ぶ。聞きたい事は山程あるが、こんな所に長居は無用だ。体が動くというのならば、さっさとヘリに乗れ」

 

 そう言いながら、鈴音のすぐ脇を通り過ぎる。多少の言い方のキツさを分かっていたが、これ以上向かい合っていると碌でもない問答をしてしまいそうだった。視界の片隅で、鈴音が頭を下げてヘリに乗り込むのが見えて口の端から小さなため息が漏れる。

 

 ハスラー・ワンはと言うと、たった今鈴音の話にあがっていた、床に空いた巨大な竪穴を前かがみになって覗き込んでいた。犯人とやらの様子を伺っているのだろう。ここまで来たのならば、最早IS学園として下手に手を出すべきではない。普段から彼女らがそうしているように、ISアリーナに関する事はDOVEに任せてしまえば良い。その為に彼女はこんなところにいるのだろうから。

 

 投げやりな感情をその場に置いて、千冬はイツァムの前に立つ。自然と、彼女を見下ろす格好となるが、当の本人はまるで気にした様子もなく顔だけを千冬へと向けた。

 

「いやあ、IS学園の生徒は本当に優秀だよ。普段の指導の賜物かな」

 

 その表情は血の色が薄く、若干青みがかっている。身動き一つ取る気配も無い。目立った外傷は認められないが、どうやら鈴音の話は事実のようだ。それでも、イツァムは鈴音や千冬らを労った。一見すれば皮肉かと思う程の発言ではあったが、全く嫌気のない空気に、親しい友人とするような話しぶりに、千冬はどうしても毒気を抜かされた心地になる。

 

「外傷は無いな。フルスキンのおかげか」

 

 果たして千冬は、イツァムの問いに答える素振りを見せず身を屈める。そして、イツァムの右手を握るとそのまま自身の首にかけて引っ張り上げた。彼女は一瞬苦痛に顔を歪めるのが見えたが、この程度ならば慣れたものだと敢えて無視する。そんな心情を理解したのか、耳元で小さな笑い声が聞こえた。

  

「踏み潰されそうになっていたから体中が芯から痛い。運ぶなら優しく頼むよ」

 

「医務室についたら今度こそまんじゅうを嫌というほど食わせてやる。だから、それまでは我慢しろ」

 

「それはそれは。全く怖い事を言うねえ。勿論熱いお茶も用意してくれよ」

 

 二人は、IS学園で初めて顔を合わせた時のやりとりを思い起こさせる会話をしながらヘリに乗り込む。既にシートに腰をおろしていた鈴音がそのやり取りを聞いて怪訝そうな表情を浮かべていたが、千冬もイツァムも、とうとう解説してやる事など無かった。

 

 

 

 

 

 

※      ※      ※

 

 

 

 

 

「ひ、ひひ。いひひひ」

 

 コルナートから数十キロ離れた海上にて、小型のモーターボートを操舵するバージュは狂ったように歪んだ笑みを浮かべていた。潮風によって乱れた髪を直そうともせず体は酷く震え、凍えるように冷たい指先はほとんど感触を失っている。目線は正面を向いているはずなのだが、どこへ向かおうとしているのか。その瞳は皆目見当もつかない程に虚ろだ。

 

 ドクター・ジェーンにイツァム・ナーの再戦の場を与えて改良されたVTシステムのデータ取りを行いつつ、トップランカーを排除する事。それが彼女が逃亡する為に用意した手土産だった。だが、結果は散々なものだ。まさかVTシステムの生贄にした凰鈴音がジェーンを打倒するとは全く想定していなかった。挙げ句に、コルナートの管理システムのコントロールもいつの間にか奪われ、クラッシングと甲龍がエリア外に落下していく時も何も手を出せなかった。こんな事になるならば、VTシステムのコントロールを無理やり掌握してイツァムを抹殺するべきだった。だが、後悔してももう遅い。『逃げるあて』も全て失った。もはやこの身一つで一刻もどこかへと早く逃げなければ。

 

「DOVEに潜り込んであちこちとパイプを作ろうとしていたようだな。悪名高いあのテロ組織とも、か。節操の無い事だ。」

 

 背後から少女の声が聞こえた。反射的に目を見開く。その声に、良く聞き覚えがあった。だが、こんなところで聞く事になろうとは全く考えていなかった。額に脂汗が浮かぶ。咄嗟に、腰に下げていたホルスターから拳銃を抜き、振り返った。

 

 その瞬間、眼下から赤い光の筋が過ぎった。そして、それとほぼ同時に手にしていたはずの拳銃が宙を跳ねる。バージュは、そのグリップを自分の右手が握り込んだままになっているのを見た。やがて、暗い海に落ち僅かな水飛沫を上げる。一連の挙動が、コマ送りのようにあまりにもゆっくりと流れる。その映像を最後まで見届けてから、恐る恐る視線を落とした。

 

 手首より先に本来あるはずの右手が無くなっていた。代わりに、酷く焼け焦げて真っ黒になった手首の断面がジュクジュクと蠢いている。ショックのあまり脳が痛みはおろか、熱すら感じる事を拒む。それと同時に、自身を支えていた両脚から急速に力が抜けてその場にへたり込んでしまった。

 

 彼女の視線の奥に、ハスラー・ワンの姿があった。左腕はまるまる赤い装甲に包まれ、甲の付け根からレーザーブレードが伸び、それが発する赤い光が煌々と輝いている。死神に射竦められ、バージュは悲鳴一つもあげられない。

 

「内通者の始末。手を組んだ組織の炙り出し。お前の成そうとした事にイレギュラー要素は存在せず、何一つDOVEから離れていない」

 

 ハスラー・ワンがそう告げると、ゆっくりと歩き出した。ボートの底が軋む音が、徐々に大きくなる。バージュは、それが無理な事だと頭で理解しながらも、逃げようと後ずさる。だが、程なくして船首側のフレームに背中がぶつかり、目を見開いたままの表情が一際苦悶に歪んだ。

 

「我々は『管理』は出来ても、越えて行く者を『追跡』する事は出来ない。それが我々の役割。そして、『お前は管理される側』だ」

 

 その言葉と共に、ハスラー・ワンの左腕が振り上る。そして、目も眩むような赤い光が、周囲を照らした。

 

 バージュは、それが自分の胸元に突き刺さる瞬間を見た。死にゆく者へのせめての手向けなのか、不思議と痛みは無かった。胸の中に鋭利な刃物が沈んでいく感触だけが広がっていく。間もなく、どこにも逃げる事を許さないように黒い帳に囲まれ、己の意識とこの世界との繋りが途絶えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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