人肌を削り落とすような激しい砂嵐が吹き荒び、数メートル先の視界すら覆い尽くす。太陽の光が差し込む事でかろうじて見えるのは、外壁が崩れ落ちところどころ骨組みの見える廃墟だけだ。その中には基礎部分から倒壊したり、別の建物によりかかるように崩れたりしているものもある。このような場所では人どころか、動植物の姿すらまるで見当たらない。
そんな死の空間を、一体の黒いフルスキンIS『ゴーストブル』が駆け抜ける。全身を角張った分厚い装甲で覆われ、前かがみになって飛行する姿は悪路を砕いて突き進む重戦車を思わせた。その背中には自身の身の丈とほぼ同じ大きさのスラスターユニットが左右三つずつ、計六つ接続されている。両足のふくらはぎにあたる部分は殊更に肥大化し、それらを覆うように装甲板が設けられ、その隙間にもスラスターユニットが取り付けられている。
全身という全身にあるこのスラスターユニットから青い炎が噴き出され、重量級のISを前方へと弾き飛ばし続ける。周辺の空気はビリビリと震え、凄まじいGがかかっている事を容易に想像させた。そして、この装甲の前には引っ切り無しにぶつかってくる砂嵐も虚しく音を反響させて遥か後方へと置き去りにされるばかりだ。
ゴーストブルはハイパーセンサーを頼りに、その巨体に似合わない機敏な動きで廃墟の隙間を抜けていく。そして、真っ赤に光るモノアイが未だ垂直に立つ廃墟を捉えると、スピードを維持したままその廃墟の外壁に突っ込んだ。丸穴があき、内部へと突入する。どうやらかつて立体駐車場だったものらしい。屋上まで吹き抜けになっていた。嵐の音がごうごうと内部で反響し続けている。
ハイパーセンサーには、別のISの反応がこの真上にある。拡張領域から取り出した火器を握る。左手にはドラム式のマシンガン、右手にはグレネードランチャーを。さらに、両肩にも装備を展開させた。それは、一対の巨大な握り鋏を思わせた。各装備の展開を終えると、その鋏の歯の部分が紫色に光り始め、口を開ける。すると、鈍い重低音と共にゴーストブル自体の姿が歪む。またたく間にその姿は肉眼では確認できなくなった。消滅してしまった。
だが、ゴーストブルは確かにそこに存在する。視界に捉える事は出来なくとも。そのまま、今度は吹き抜けを通りながら真上に向かって急上昇を始めた。僅かに遅れて、風が舞い上がる。数秒の後、屋上まであと数メートルのところまできた。すると、進行方向を少しだけずらす。先程見つけたISの位置とぴったり重なるように。結果、吹き抜けを通るルートから天井に激突するルートへと変わった。しかし、怯む事無く両手の武器を上に構えて天井に向かって連続して放つ。既にぼろぼろになっていた天井は紙くずのように破片を撒き散らす。ゴーストブルは上昇するスピードを落とす事無く、そして武器を連射したまま天井に体当たりし、外へと飛び出した。
恐らく『相手』は、こちらが廃墟の中に飛び込んだところまでは確認してるはずだ。しかし、ゴーストブルに装備させた鋏のようなユニット、ステルスフィールドは起動後しばらくの間、ハイパーセンサーからも肉眼からもその存在を消す。突然反応を消した事に動揺するだろう。廃墟の外に出たかと思うだろう。そこが狙い目だ。この激しい砂嵐の中、変わらず文字通り真下から脅威が来ているなど思いもしないだろう。だから、足元から火器を撃ち込んでこのまま飲み込んでやる。お前のお得意な超々至近距離戦に持ち込んでやる。ゴーストブルの装甲は厚い。負ける要素など無い。フルスキンの中で、悪意が嗤った。
しかし、再び外へ飛び出したゴーストブルは目の前の光景に、己が動揺した。完全な奇襲だったはずなのに、ハイパーセンサーに反応があった『相手のISの姿』が何処にも見えない。急ぎハイパーセンサーで周囲を確認する。そして、ゴーストブルは驚愕する。『相手』の位置と、自分の位置がほぼ重なっていた。つい先程、自分が奇襲を仕掛けた時と同じように。それが意味するのはつまり。
そこまで思考が回転したところで、真下から実弾とエネルギー弾の嵐を叩きつけられた。油断した、と歯噛みする。相手は、始めからこちらの動きを予測していたとしか思えなかった。自分が空へと突き抜ける時に撃ち抜いた瓦礫と激しい砂嵐に紛れてすれ違い、両者の位置は上下入れ替わったのだろう。そして、ほんの僅かな動揺と静止する瞬間を狙われた。弾丸が右脚部のスラスターユニットに直撃したちまち爆発する。
ステルスフィールドが不可視にするのはあくまで自身と、火器のように自身の触れているもののみ。周囲の風景に溶け込む事は出来ても、そこから突発的に発生した現象まで消す事は出来ない。何もないはずの空間でいきなり爆発が起きれば、それは居場所を相手に教えてしまうのと同じだ。豪雨のように降り注ぐ弾が急速に絞られる。それはより正確にゴーストブルの装甲を撃ち抜こうとしているのは明らかだった。
すぐさま背中の方のスラスターユニットで姿勢を戻し、後方へと飛ぶ。足元にあるコンクリートの壁に弾痕がつけられ破片が舞い上がる。右脚のスラスラーユニットを破壊された為に、安定した姿勢を保つ事は極めて困難になった。しかし、今はそこにエネルギーを使う場合ではない。そこでもたついたならば、『相手』はきっと見逃す事はしないだろう。上半身を二度三度ひねり、距離を少しでも離そうと試みる。
だが、それを引き止めるように全身を小規模な爆発が包んだ。先程攻撃を受けた部分が、時間差で爆発を引き起こしたらしい。これが「相手」の狙いである事は明白だった。今、どこに逃げようとしているのか分かるようにあえて攻撃するタイミングをずらし、一端距離を離そうと動いたタイミングでスラスターユニットが火を吹くよう仕向ける。それを裏付けるように、視界の隅に赤い影が過ぎる。次の瞬間、弾丸が豪雨のように再び降り注いだ。
ゴーストブルは、自分の判断に誤りが無かった事を認めた。それと同時に、『相手』が自分の想像していたよりもずっと素早く、必殺の距離まで近づいていた事を悟った。後の先をこうも容易く取って来るその技量。そして、それを躊躇なく実行する意思。これがISアリーナの覇者なのかと驚愕した。
ステルスフィールドの効果が途切れる。銃撃を受け、装甲に激しい損傷を負ったゴーストブルの姿があらわとなる。直ちに背後からの弾道が絞られた。脚部に続き、背中のスラスターユニットも爆発を起こす。そして、その爆発は連鎖し、とうとう分厚い装甲板を内側から破壊する。自らを制御するユニットを瞬く間に機能停止に追い込まれ、ゴーストブルはそのまま屋上に叩きつけられた。
「『ゴーストブル』が沈黙! 勝者は我らがアリーナの覇者! 烈火の女帝! そしてナインブレイカー! 『プロトエグゾス』だ!」
上空を飛んでいたUAVから興奮気味の実況音声が流れる。そして、今まで吹き荒れていた砂嵐が嘘であったかのように止まった。視界を覆っていた砂嵐は今日のような対戦の為に人為的に発生させていたものだったのだ。
視界が晴れた事で、ゴーストブルの目の前に立つもう一体のIS『プロトエグゾス』の五体満足な姿が鮮明になる。カラーリングは真紅をベースとし、アクセントとして紫色のラインが入ったこれまたフルスキンのISだった。しかし、全身を覆う装甲にも関わらず、その体躯はゴーストブルとは全く正反対だ。部分的に角張った造形ではあるが、西洋甲冑のように生身の人間の体型に沿うような姿をしている。その頭部には、正面に伸びるツノのように鋭いアンテナが突き出ていた。
そして、目元にあたる部分に搭載されたモノアイのカメラが妖しげに青く光る。ゴーストブルは恥辱を感じるが、既に機能を停止したISではいかなる抵抗も出来ない。ただただプロトエグゾスの沈黙の言葉を受け入れるだけだ。
こうしてISアリーナ専用エリア『ロストシティ』での一戦は終わった。多くの観客の予想通り、アリーナの覇者の勝利という結果と共に。
※ ※ ※
専用機『プロトエグゾス』でロストシティでの一戦を終えたイツァムは控室に戻るや否や右手のみを駆使し、乱雑に赤いISスーツを脱ぎ捨て真っ白いガウンに着替える。この一連の動作は、隻腕となってから何度も繰り返してきた為に流れるようなものとなっていた。それでも、ほっと一息をつくと鏡の前に立ち、少しばかり充血している自身の右目をじっと見つめる。いくらハイパーセンサーが機能しているとは言え、隻眼である彼女にとってここに少なくない負担がかかっている事は容易に想像がつく。そして、肌には汗が浮かんでいた。今すぐにでもシャワーを浴びて洗い流してしまいたいとイツァムは備え付けのシャワールームへと足を運ぶ。
しかし、そんな彼女を引き止めるように洗面台の脇に置いてあった端末から呼び出し音が鳴った。仕方無しにと足を止め、端末を手に取る。
「相変わらず挑戦者に容赦がないな」
端末から抑揚のない少女の声が聞こえると、イツァムはため息を一つついた。
「ゴーストブルの乗り手、ドクター・ジェーンと言ったね。一介の研究者でありながら、装備のチョイスといい見どころがある。闘い方のセンスも、ね。今日だって私をどうにかして打ち負かそうという意思を感じた。ま、その程度には負けやしないけども。
流石にハイパーセンサーからも反応を消した時は驚いたけど。あれが噂のステルスフィールドか。私がスラスターユニットを狙い撃ちした時、相打ち覚悟で突っ込んで来られたら装甲の差でもしかしたらもう少し良い勝負になったかもしれない。どっちにしても、そっちがその気ならきちんと真正面からぶつかってやらないと敬意を払った事にはならないだろ」
濡らしたタオルで軽く体を拭きながらイツァムは応える。多少なりとも不快感を拭えた事で、彼女の声の調子にも余裕が戻ってきていた。
「ナインブレイカーの矜持、か。まあ良い、本題だ。日本でISアリーナの拠点設立の話が進んでいる。専用エリアの目処も立ったようだ」
「ああ、あの国でその話が進むなんてDOVEも今回ばかりは随分と積極的だね」
「イツァム・ナー。お前も行くことになった。私も同行する。出発は明日だ。準備をしておけ」
「はあ?」
端末からの突然の伝達に、素っ頓狂な声を上げてイツァムは手にしていたタオルを思わず落としてしまった。
ISアリーナ、それはISを一対一で闘わせる一種の闘技場だ。ISの兵器としての有用性が認められた直後には既にその原型は作られており、その歴史はISとともにあると言えた。IS操縦者ならば『ほぼ』自由に参加する事が出来、その戦績によって順位付けが行われる。ルールは至ってシンプルで、相手を戦闘不能にした者が勝者だ。使用する武器に基本的に制限はない。地形を変えるような巨大榴弾だろうと、ISごと真っ二つにするような大出力のレーザーブレードだろうと許可される。それを使いこなした上で勝者になれるかどうかは別として。
このISアリーナに登録されている者の内、上位十名は『ランカー』、更にその頂点に立つものは『トップランカー』となる。現在のトップランカーであるイツァムはその戦闘の熾烈さからいつしか烈火の女帝と呼ばれISアリーナを、彼女を知る者にとって絶大な人気と畏怖の対象になっていた。
そして、ISアリーナの対戦は時に辺り一面が文字通り焼き尽くされる程の結果になる場合もある為、専用のエリアで行われる。それは、ロストシティのようにゴーストタウンになっていた場所を改修したり、砂漠地帯だったり、あるいは傷跡残る旧戦場であったりと様々だ。
この専用エリアは現在、世界各国に数十箇所存在する。内容が内容だけに、専用エリアの新規設置にあたっては国を相手にしての交渉になる事がほとんどだが、そもそもアリーナの運営については複数組織からの共同出資によって設立された『DOVE』という運営会社が一手に担うという形になっており、その中には国の関係機関も含まれていると専らの噂であった。
と言うのも、半ば公然に新装備を試す事が出来たり、純粋な腕試しであったりと事情は様々であるが、このアリーナの運営と興行には莫大な実利が動く。実利主義な一面を持つ組織にとって、そこに乗らない理由など無いのだろう。特に、ISアリーナにおける一切の責任もDOVEに丸投げ出来るという、ある種の隠れ蓑なシステムもそれに拍車をかけた。
日本でISアリーナの拠点が作られる話はイツァムも以前からそれとなく聞いていた。ISの発祥の地とも呼べる国でISアリーナを設置する事が出来れば大きな話題になるというDOVEやそのスポンサー達の判断らしい。しかしながらその調整は実に難航していた。どうやら世界で唯一の教育機関であるIS学園との折り合いがうまくいかず、国際IS委員会も首を縦に振ろうとしなかったらしい。それが、ようやく動き出した事にイツァムは少なくない驚きを覚える。
だが、彼女にしてみればそれは然程重大な事ではなかった。何故ならば、彼女にとってその実力を振るう場所があればそれで良いのである。スポンサーの意向や、IS学園及び国際IS委員会との摩擦などもっての他であった。
「今日の対戦が終わればお前に暫く対戦の予定は無い。IS学園といえばあのブリュンヒルデが教師をやっている場所だ。奴の教え子と模擬戦をやって欲しいと先方からも依頼が来ている」
「それは、依頼というか交換条件というかさ。要するに『そっちもそれなりの誠意を見せろ、例えばアリーナのトップを連れてくるとか』ってやつだろ?」
イツァムは半ば呆れた様子で肩をすくめ、落ちたタオルを拾い上げる。端末から聞こえてくる内容は、相変わらずの無茶な要求だった。
いつだったか、ある国で専用エリアを作る事になった際、ISアリーナの有用性を実証する為に自分が駆り出された事があった。その国の代表候補生と闘い勝つ事が出来れば認める、というものだった。その時はISアリーナを侮辱されたような気がして普段よりも輪をかけて容赦なく闘わせてもらった。だが、そこに充実感は無かった。彼女が求めているのは闘争、つまりは情け容赦のない力の激突であり、一方的な力の誇示でも蹂躙でもないのだ。
しかし、今回は少しだけ食指が動く。日本にはあの世界最強と名高いブリュンヒルデが居る。そして、そのブリュンヒルデが教鞭を取るIS学園には世界から国家代表候補が集まるとも聞く。ついに自分が足を踏み入れる事の無かった世界とはどのようなものなのだろう。
程なくして、結局イツァムはIS学園に向かうという要求を受け入れる事にした。日本には、どれほどの実力を秘めた者がいるのか。あわよくば自分を超える者がいるのではという期待を抱いた為であった。