IS外伝 Honor of Arena   作:debac

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第三話 善と恵み

 

 

 IS学園の校門前では、一触即発とも表現すべき空気が漂っていた。丁度、校門を境目にして学園側には千冬を筆頭としたIS学園の教師陣が並び、学園前駅側にはイツァムと赤髪の少女が立つ。その間には目には見えぬ、決して両者が歩み寄れない深い裂け目があった。眼下からおどろおどろしい風が吹き上がるようで真耶を始めとして何人かの教師は震え上がっている。

 

「予定の時間よりも随分早い到着だな。それに、今回の訪問人数は三人と聞いていたが」

 

 そんな中にあって、千冬は目の前の二人の女へ努めて冷静に口火を切った。

 

「二つ時間の早い便で先回りをさせてもらった。駅にはどこから集まったのか報道陣が詰めかけていた。予定通りの時間で来ていたら混乱は避けられなかった。もっとも、車両内にはそれを読んだ報道陣が詰めかけていたが。

 ISアリーナ運営の担当者は先んじて海洋プラットフォームの改修状況を確認しに向かった。恐らくそちらに滞在するつもりなのだろう。よってIS学園に滞在するのはイツァム・ナーと私だけだ」

 

「私は改修が終わった後の設備の確認と、まあ客寄せパンダみたいなもんさ。だから暫くは暇という訳。ついでに『滞在中は良かったら模擬戦をやってくれ』と言われてるよ」

 

 赤髪の少女の返答に、イツァムは笑顔を浮かべて続く。両者の反応は非常に対称的だ。少女の方には抑揚が全く無く、自身の発言に全く感情を乗せている様子は無い。一方で、イツァムの方は実に楽しげであった。報道陣に囲まれる事も、長距離移動する事も慣れている。そこにどんな感慨も生まれる事などない。今、彼女を愉快足らしめているのは目の前にいる織斑千冬から発せられられる殺気であった。

 

 イツァムにとっても、織斑千冬は知らぬ人間ではない。彼女が出場し、ブリュンヒルデとしてその名を知らしめたモンド・グロッソについてもだ。それ自体にまるで興味など無かったが、ここに来る前に当時の大会の様子も改めて見た。映像に映し出される彼女の活躍は実に痛快だった。ちぎっては投げ、という言い方では生温い。圧倒的な蹂躙がそこにあった。

 

 きっと、この女は総合部門だのなんだのと、何かと制約のある場ではつまらないだろうと思った。もっと相応しい場と力をぶつけてやらねば無礼であるとすら思った。第二回は弟である織斑一夏の誘拐によって途中で辞退をしていたらしいが、仮に二連覇したとしてもその偉業とやらで決して充実はしなかったはずだ。

 

 そして、実際に会って自分の中の予感は正解だったと確信した。こういう人間に、唯一、勝利という勲章のみを持たせたらどうなるのだろうか。今すぐにでも、何もかもを忘れてISを展開させて闘いたい。心ゆくまで激突したい。イツァムの中で、闘志が爆発しそうであった。

 

「勝手に予定を変更されても困る」

 

「クレームについてはDOVEとマスコミ関係者に入れてくれ。我々は無用な混乱を避ける為、可能な限り善処を試みただけだ」

 

 しかし、当の千冬はと言うと、くつくつと笑うイツァムを横目に赤毛の少女に睨みをきかせる。そして、赤毛の少女の方もまた、先程と変わらず抑揚のないまま言葉を返す。

 

「あの、織斑先生。こちらの方々は」

 

 苛立ちを募らせる千冬に対し、とうとう真耶が覗き込むように彼女の表情を伺い、目の前の二人について尋ねてきた。

 

「ああ、自己紹介がまだだったね。私はイツァム・ナー。ISアリーナのトップランカーをやってる。で、こっちの赤いのが」

 

「ハスラー・ワン。イツァム・ナーのマネージャーと考えてもらって構わない」

 

 二人が自己紹介した後、イツァムが肩をすくめて見せると真耶はわずかに後ずさった。イツァムは、彼女の無意識の行動をひと目見て「優秀」だがもう一歩足りないな、と心の中で評価する。そして、そんな彼女が割って入ってきた事で、すっかり毒気を抜かされてしまった。

 

「あなた方の今後はこれからこちらでも詰めるとして、ひとまず来賓用の部屋へ案内する」

 

「ルームサービスは期待して良いのかい? ああ、まんじゅうが怖い」

 

 その一方で、イツァムと赤髪の少女、ハスラー・ワンの二人に警戒心を顕にしても何の意味もない事を悟った千冬はため息をついて踵を返す。校門での異様な空気を察した生徒達が野次馬になりつつあった。無用な混乱を避ける為に善処する。たった今ハスラー・ワンが言った事自体に千冬も同意する。つまり、まずはこの場をおさめて、本件については後ほど理事長と国際IS委員会にたっぷり問い詰めれば良い。

 

 そもそも、IS操縦者を育成する為の教育機関であるIS学園と、IS操縦者同士に決闘を行わせるISアリーナは全く正反対の性質を持つ。千冬ら教師陣が今回の来訪を知ったのは五日前の事だった。あくまでISアリーナはエンターテインメントと言うが、運営会社であるDOVEを含めてその実態を調べれば調べるほどISアリーナは無法地帯としか思えなかった。なにせ、専用エリアがまるごと吹き飛んだり、IS操縦者が再起不能一歩手前になったりという噂が絶えない。

 

 そういった血生臭さを持つISアリーナの人間に対して警戒心を抱くな、という方が無理な話だろう。千冬の内心に義憤が混じる。一体、国際IS委員会も、IS学園の経営陣も、何を考えているのだろうか。

 

 

 

 

 

※      ※      ※

 

 

 

 

 

「『IS学園にいる間はIS学園の指示に従うよう伝えてある。模擬戦については当事者同士が同意するならば協力してやって欲しい』か。全く節操ない事だ」

 

 イツァムとハスラー・ワンの二名を来賓用の部屋に案内した後、千冬と真耶は教務室に戻り彼女らの対応について揃って頭を悩ませていた。彼女らが国際IS委員会やIS学園との契約を反故にするとは考えにくかったが、学園内で自由にさせるのも気が引けた。

 

「明日、午前中の内に学園内の案内をしておきましょうか」

 

「……そう、ですね。アリーナと食堂と、トレーニングルームぐらいで十分でしょう。後は向こうの要求に応じて対応すれば良い」

 

 口の中に含んだコーヒーに普段よりも苦味を強く感じながら、千冬は真耶の提案を受け入れる。

 

 ハスラー・ワン曰く、廃棄されていた海洋プラットフォームがISアリーナ専用エリア『コルナート』へ改修されるまであと三日ほどかかり、それと前後してイツァムが設備の確認及びプロモーションで現地に向かう予定になっているという。これらの予定が順調に行けば、一週間程度でIS学園を離れるらしい。

 

 その海洋プラットフォームはIS学園より数十キロ程離れている。天気が良ければ直通のモノレールからの景色に小さく映り込む程度の距離だ。だが、もし。コルナートとしての運営がうまくいったのなら、IS学園にも少なくない影響が出るだろう。千冬はたまらず苦虫を噛み潰す。

 

 そんな彼女を尻目に、真耶は自分のデスクにある端末を操作し、国際IS委員会によって管理されているISコアの所有者のリストを眺めている。すると、しばらくして首をかしげた。

 

「イツァムナー。マヤ神話の神の名前、ですか。彼女の専用機『プロトエグゾス』のコアは、メキシコの所有として確かに登録されていますが彼女自身の事を含め、それ以外の情報が出てきません。ISアリーナ以外で活動する事は滅多にないみたいです」

 

「唯一はっきりしているのは、彼女がISアリーナのトップランカーである事だけ、か」

 

 千冬の苦い反応に僅かに震えつつも、真耶はISアリーナについて調べ始める。イツァムらが日本に入国した事を報道する記事が既にいくつかヒットする。その中には「ISアリーナの覇者対ブリュンヒルデ」といった明らかに特定個人を煽るような見出しや、「いよいよIS学園もご乱心か?!」というようなもあった。前者は兎も角、後者は然るべき対処が必要だと真耶は考え、同時に明日の職員会議での議題の草案を脳内で練り始めた。

 

「ISアリーナ。遠い国の噂のようなものだと思っていたのですが、本当に存在していたんですね」

 

 それから、しばし記事を眺めていた彼女は率直に感想を述べる。彼女自身も学生の頃からISアリーナの話は聞いた事があった。しかし、当時の大多数の人間と同様に「そういうものがあるらしい」程度の認識でしかなく、国際的な大会である『モンド・グロッソ』を真似たものでしかないとも思っていた。当時から世界中でモンド・グロッソを露骨に意識した小規模なイベントは散在していた。そして、どれもが例外なく先細りいつの間にか噂にものぼらなくなった。

 

 だからこそ、ISアリーナもそのうちの一つだと思っていた。まさか、それが今尚続いていてこの日本にもやってくるとは。少なくない驚きを真耶は覚える。そんな彼女に、千冬は委員会や理事長から聞き出したISアリーナの情報を話し始めた。

 

「大々的に広報されるようになったのはごく最近ですからね。正直なところ、今回の彼女達の訪問によってIS学園からあのアリーナに登録する人間が出ない事を願うばかりです。はっきりいって血なまぐさい。

 全く、IS学園が日本にあるからと言って、日本国内の出来事にIS学園が巻き込まれるとは」

 

「登録って。そんなに簡単に出来るものなんですか?」

 

「ISアリーナ自体は、IS適性のある者がDOVEに連絡すれば今すぐにでも登録出来ると聞きます。それこそ、適正問わず、この学園の生徒でも。しかし、参加出来るかどうかというと話は別です。IS操縦者として再起不能な怪我を負うリスクもある。血なまぐさい、と言ったのはこの事です。国家代表候補みたく何かしらの組織に属しているなら、まずそこからストップをかけられるでしょう。

 そういった事情もあって、ランカーはおしなべて異質扱いされています。イツァムのようなトップランカーともなれば尚更。彼女らは何者にも束縛されず、アリーナで闘う事にのみ価値を見出しています。もっとも、そのおかげで劇物であるのは間違いないが排除されるべき危険分子扱いされないで済んでいる、という見方もあるでしょうが」

 

「なんというか、私には良くわからない世界です。力比べをしているだけ、前時代的なようで」

 

 ため息を漏らす真耶に、千冬は頷いた。果たしてこの学園にいるのだろうか。イツァムのような、ただ只管に強さのみを求めるような人間が。

 

 それと同時に、千冬にはもう一つ気になる事があった。イツァムのマネージャーだと言った、ハスラー・ワンという少女の事だ。イツァムの娘と言っても通じそうな程に彼女は幼く見えた。そんな彼女に自分がどれだけ『意識』を向けても彼女は反応しなかった。側に居たイツァムが楽しげな反応をしていた事が目立ち、かえって腹ただしくなる程に。干渉せず、されず。ただそこに存在しているだけ。それが、ハスラー・ワンという人間ではないかと思った。

 

 実際、IS委員会は彼女については『単なる付き人』だとして詳しく話さなかった。千冬も、本命はトップランカーであるイツァム・ナーと、結局会わずじまいとなってしまったが先行して海洋プラットフォームに向かったアリーナ運営の担当者の二名だと考えていた為に、それ以上の追求はしなかった。しかし、実際に彼女らと相対してあの異質さを目の当たりにした事で、委員会が口を噤んだのは『彼女は優先順位が低いから』という単純な理由ではない気がした。

 

 イツァムナー。マヤ神話において完全なる善を司り、人間に文字や作物の栽培方法等幾つもの恵みをもたらした慈悲深き神。今、お供を連れてIS学園にやってきた「彼女」は果たしていかなる恵みをもたらすつもりなのだろうか。千冬は柄にもなく天に祈った。どうか彼女らが機嫌を損ねて神罰など下す事無く、この訪問が無事に終わる事を。

 

 

 

 


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