IS外伝 Honor of Arena   作:debac

5 / 12
第五話 かの者ら、華麗にて熾烈につき

 

 鈴音がイツァムに挑戦状を叩きつけた日の放課後。模擬戦が行われるアリーナには学年問わず多くの生徒が集まっていた。やはり、ISアリーナという学園内ではあまり聞き慣れない所からやってきた凄腕のIS操縦者という存在は興味を抱かせるには十分なものなのだろう。

 

 と言っても、物々しい雰囲気という訳ではない。多くの生徒は興味本位で見に来ているだけだ。雲は少なく太陽の光が直接アリーナにさす中、飲み物とお菓子を持参しスポーツ観戦といった調子で模擬戦の開始を待つ生徒の姿もある。良く言えばのどか、悪く言えば緊張感の無い空気が漂っていた。

 

「鈴の奴、大丈夫かなあ」

 

 そんな中、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒと並んで観客席に座っていた一夏は呟く。彼の脳裏には昼間、食堂での鈴音の表情があった。ここ数日の間、彼女はぼんやりしていると表現すべきか、ともかく、どこか上の空だった。普段の彼女を考慮すればどうにも不釣り合いで、思わず体調を気遣ったらローキックで返されてしまった事を思い出す。

 

 だが、イツァムと模擬戦の約束を取り付けた事で騒然となったあの場から去る時だけは、妙に満足気に笑っていた。『口より先に手が出る』彼女の衝動的な一面は、一夏も良く知っている。彼女が何を狙っているかわからない以上、そんな彼女が早まった行動を取らないだろうかと深読みすらしてしまう。アリーナに向かう途中、この事をシャルロット達に話してみたら「新鮮さを感じているだけだろう」とそっけなく返され、結局、自分に出来る事はこうしてただ見守るだけとなった事が口惜しく思えた。

 

 不意に、布がこすれる音が耳に入ってきた。視線を横に向けると、ちょうど一人分の座席をあけたところに黒い日傘をさした赤髪の少女が座っていた。顔全体に影が落ち表情は分かりづらいが、その赤髪よりも暗い色味の赤いシャツ、そして真っ黒のスラックスという出で立ちは、ひと目で外部の人間であると分かった。

 

「ハスラー・ワンだ。今は、イツァム・ナーのマネージャーをやっている」

 

 視線を感じ取ったのか、少女は顔を一夏の方へ向ける事無く自ら名乗る。

 

 一夏は、背筋に冷たいものが走ったのを感じた。ハスラー・ワンと名乗った少女の口ぶりは、イツァムのそれとは真逆で、血が通っているとは思えなかったのだ。

 

「イツァム・ナーは手加減などしない。それは『侮辱』だと考えている。誰であれ、相手を対等に見る事が彼女にとってのトップランカーとしての矜持なのだろう。私には理解できないが」

 

 口ごもる一夏に、ハスラー・ワンは話を続ける。それは、今しがた彼自身が憂慮していた事への回答である事に気づくまでそう時間はかからない。

 

 観客席の空気が変った。丁度、一夏達の座る場所の正面にある入口から甲龍を展開させた鈴音が現れた為だ。一夏は頭を振って、鈴音の健闘をただ祈った。

 

 

 

 

 

※      ※      ※

 

 

 

 

「イツァム、ここはIS学園のアリーナだ。お前が普段いるISアリーナとは勝手が違うぞ」

 

「分かっているよ。空に上がりすぎたらエリアオーバー。その時は強制的にシールドエネルギーがゼロになる。これは『こっち側』とほとんど一緒か。違うのはシールドエネルギーが切れたら継続の可否問わず直ちに戦闘終了。わかりやすくて良いね」

 

 アリーナへ続く入り口の前で、イツァムは千冬から『この学園におけるアリーナのルール』の説明を受けると、満足そうに笑顔を浮かべプロトエグゾスを展開させた。瞬く間に頭全体が赤い装甲に覆われる。普段は右目でしか視界を確保できないが、こうしてISを展開させると視界がハイパーセンサーとリンクされ、遠近感含めてより鮮明なものとなる。失われている左手も同様だ。義手と呼ぶには遥かに性能の優れた腕が既に展開されている。脳が握り込むと命令すれば、神経のそれよりもずっと早い伝達速度で左腕が動作する。

 

 軽く体を揺らす。正常にプロトエグゾスが展開された事を確認すると、イツァムはアリーナへと進んだ。一瞬、眩しい程の光が視界を覆う。やがて、程よく踏みしめられた砂地が目の前に広がった。アリーナ外周には観客席が段になって設けられている。この場所から見る限り、満員御礼、とまでは行かないがそこそこ人の入りは良い。今日の観客はIS学園の生徒だ。自分が姿を見せるや否や、ざわつきが小さくなった。多くの視線が集まってる事がよく分かった。

 

 そして、自身が今出てきた入り口と正反対の方向には既に専用機『甲龍』を展開させていた鈴音の姿があった。既に得物である青竜刀『双天牙月』を両手に握りしめて臨戦態勢といった様相だ。フルスキンであるプロトエグゾスとは違い彼女の表情は顕となっている。その顔つきに昼間感じた苛立ちは無かったが、緊張しているようだ。

 

 イツァムは外周に設置されている時計に視線を移す。模擬戦の開始までのカウントダウンが始まっていた。だが、まだ若干の猶予がある事を確かめると、甲龍とのプライベート・チャンネルを開いた。

 

「凰、さっきは失礼な態度をとってすまなかった」

 

「……イツァム、さん?」

 

 その声のトーンは穏やかであったが、同時に真摯なものでもあった。いずれにせよ、鈴音にとっては突然の呼びかけなのは間違いなく、戸惑いと共に目の前のISを動かしているのがイツァム本人である事を確かめるように彼女の名を呼ぶ。

 

「貴方の事を調べさせてもらった。いくらIS適正があるからと言って短期間で国家代表候補まで辿り着くなんて、そう容易い事じゃない。理由はどうあれ、その意思と行動には、『敬意』が払われるべきだ」

 

 その言葉に、イツァムは鈴音が目を丸くするのを見た。

 

 一呼吸置き、彼女の口から発せられたのは、凰鈴音という人間への純粋な称賛。その言葉の節々に確かな悔悟があった。そして、彼女の言う『敬意』の意味するところを分からぬ程、鈴音という人間は薄情でも無い。

 

「静か、だね。トップランカーになってからはISアリーナに姿を見せると、観客が沸くんだよ。やかましいぐらいに。でも、今はとても静かだ。初めてISアリーナに立った時の事を思い出す」

 

 観客席をイツァムは一瞥する。時折、さえずりのような声が聞こえてくるが、そこに居たギャラリーは皆、かたずを飲んで二人を見守っていた。二人のIS操縦者が対峙し、不安とも期待とも取れるよな空気が漂っていた。それは、イツァムにとって懐かしい光景を思い起こさせるものだった。思わず、感傷に浸ってしまうが頭を振り、改めて鈴音を視界に捉える。

 

「よし。じゃあ、やろうか」

 

 鈴音は、その合図に頷いた。自身の頭の中が急速に冴えていくのを感じた。つい先程まであった畏敬の念は消える。代わりに心の中に闘争心が芽生え、体の内側から熱くなる。心身共に、目の前のISと闘う事への準備を整えたようだ。

 

 直後、戦闘開始を告げるブザーが鳴り響いた。そして、その音が鳴るや否や、先にプロトエグゾスが動いた。拡張領域から取り出した二丁のマシンガンをそれぞれ両手に持ち、右肩に発射口が横並びに二つ設けられた連装ミサイルを展開させる。それと同時に、背部のスラスターから大翼のような火が吹き上がった。身を屈めたかと思えば大地を蹴り、全身を加速させた。何の迷いもなく甲龍へと最短の直線距離を突き進む。一瞬遅れて、アリーナに土埃が舞い上がった。甲龍との距離がみるみる縮まる。瞬く間に連装ミサイルのロックオン距離に甲龍を入れると、イツァムは間髪おかずにそれを放った。同時に二発のミサイルが挟み込むように甲龍を狙う。リロード及び再ロックオンが終わると、直ちに続けてもう一度発射する。

 

 鈴音は少なくない驚きを覚えつつも、龍咆を構えながら後方へ飛び上がった。その動きに合わせて、自分を挟撃するように弧を描く計四発のミサイルが追跡してくる。誘導性能はあるようだが、その分速度が犠牲になっているようだ。前傾姿勢を取り、前方へと突き進む。そして、ミサイルに接敵する瞬間、両手に持っていた双天牙月で流れるように四発のミサイル全てを真っ二つにしてやった。一瞬、ミサイルの数が倍になったかと思えば、赤い閃光と黒い煙が生じてその全て爆発する。

 

 相手の初撃を難なく退けると、プロトエグゾスを視界に捉えたまま鈴音は更に突進する。既に衝撃弾の装填は完了している。砲身すら見えぬその不可視の砲撃を彼女はどう捌くのか。鈴音は、無性に期待に打ち震えた。

 

「不可視の砲弾か、良い武器だ。でも、こっちが真っ直ぐ向かってくるからって、それを真に受けていたら好機を見逃す」

 

 イツァムはその様子を見て、誰にも聞こえぬ声で呟く。

 

 プロトエグゾスの背部に吹き上がっていたスラスターの勢いが、破裂するように一際巨大化する。鼓膜を裂くような爆発音がアリーナに響いた。その瞬間、慣性などあざ笑うかのようにプロトエグゾスは甲龍の真上、遥か上空に吹き飛んだ。甲龍から放たれた衝撃弾は空を切り、遥か後方の砂地を削り取る。

 

 鈴音がプロトエグゾスの姿を見失った事に気がついたのは、一呼吸おいた後の事だった。上空から降り注ぐ実弾とエネルギー弾の混ざった豪雨と激しい衝撃、そしてみるみる内に削られるシールドエネルギーの警告音によって、ようやく思考を引き戻される。身を捩りなんとかプロトエグゾスの姿を捉えようとするが、振り向きざま、さっきと同じような爆発音と共にその出鱈目のような機動力によって側面へ回り込まれる。銃弾の嵐が止む気配はまるで無い。堪らず、龍砲を背後に向けて発射するが、無闇に撃たれた砲弾は空を切るばかりだ。

 

 油断と動揺を一緒に叩きつけられた事に恨めしく思いながらも、どこか鈴音は冷静であった。視界にプロトエグゾスを捉えられず一方的に攻撃されているこの状況で、次の一手へと切り替える程度には。常に死角を取り続ける事、それがイツァム・ナーの戦い方なのだろう。その根幹にあるモノは、ISの特性や適正などではない。ただただ、自分を遥かに上回る純粋な実力とセンスによって翻弄されているという事を嫌という程突きつけられる。だが、この模擬戦を見守っている生徒や、一夏の前でみっともない姿を晒すわけには行かない。何より、このまま無意味な抵抗を取り続ける事は、自分のプライドが許さない。

 

 それまで弄ばれるように空中で旋回を続けていた甲龍が、急上昇を始める。銃撃が迫りシールドエネルギーを削られ続けるが、はじめからそんなものなど存在しないかのように。間もなく、プロトエグゾスとの距離が開き、拡散する弾が甲龍の装甲をかすめるだけになる。

 

 『いつものように』距離を離して切返すつもりだろうか。イツァムは僅かな落胆を覚えながら追撃に移った。とは言え、推進部に十分なダメージを与えていない現時点では、なりふり構わず全速力で離れる相手との距離を詰めるのは難しい。つまり、このタイミングで鈴音が一時撤退する事は決して間違っていないともイツァムは考える。

 

 尤も、それがうまくいくのはあくまで逃走経路が延々と直線であった時の場合のみだ。加速する甲龍は瞬く間に上空のエリアオーバーするラインまで近づいている。さて、凰鈴音はどう動くだろうか。牽制がてらイツァムはマシンガンを断続的に放ちながら甲龍の動きを観察する。まさかこのままエリアオーバーで終了とはならないだろう。彼女の気質は、きっとそれを良しとしないはずだ。

 

 甲龍へと向けられていたマシンガンの弾道が次第に絞られていく。エリアオーバー付近まで来た事で、彼我の距離が目と鼻の先と呼べる程に縮まっている。どこへ逃げても追撃出来るよう、イツァムはプロトエグゾスのスラスターにエネルギーを溜めた。

 

 その瞬間、甲高い破裂音と共に、プロトエグゾスの装甲がビリつく程の強い衝撃が走った。爆発音とも異なるそれが、真上へと放たれた龍砲の超特大弾だとイツァムが気づいたのは、既にスラスターを全て止めた状態で背を向けたままの甲龍が猛スピードで落下してきたからだ。

 

 そして、プロトエグゾスが甲龍を受け止める姿勢を取る間も無く、二体のISが激突する。

  

 これには流石のイツァムも冷や汗をかいた。IS自体が動くのならば、ある程度その先は読める。しかし、その発射した瞬間すら不可視の砲撃による反動でぶっ飛ぶとなれば勝手が違う。これまでの撤退行動は『仕切り直し』ではなく『十二分以上に空間を圧縮させる時間を稼ぐ為。そして、まっすぐ自分を追わせる為』という発想に堪らず高揚を覚えた。

 

「捕まえたぁ!」

 

 鈴音が叫ぶ。そこでイツァムは、甲龍の左手ががっちりとプロトエグゾスの右の二の腕を掴んでいた事にようやく気がついた。甲龍の勢いは止まらず、その自重も加わりプロトエグゾスは上昇していた時よりも遥かに早い速度で地面へ急降下していく。

 

「このまま地面に激突させてやるわ!」

 

「無茶するねえ!」

 

 もがくプロトエグゾスに、甲龍の、文字通りの鉄拳が叩きつけられる。既に両者の距離は二の腕一本分のみ。加えて、地面との激突する瞬間までもう時間は無い。それでも彼女はその戦術を変えようとするつもりは無いらしい。直接ISで殴りつけるなど、自身のシールドエネルギーを目減りさせるもので既にダメージを受けている甲龍にとっては自爆も良いところだ。

 

 だが、果たして彼女の言うようにこの勢いのまま地面に激突させれられれば差の開いているシールドエネルギーなど何の意味も無くなるだろう。プロトエグゾスが銃口を向ければそれそのものへ鉄拳が飛ぶ。逃げようと試みても、彼女に掴まれている事、そして、乱打がそれを許さない。

 

「……愉しい!」

 

 無意識の内に、イツァムの口から感情が溢れた。ISと言う超科学の結晶を身にまといながら、やっている事は極めて原始的な殴り合いだ。本能の戦闘行動だ。最早、両手の銃器は役に立たない。無用の長物となったそれらを 投げ捨て、急降下する中でイツァムもまたプロトエグゾスの拳を以て甲龍に自身の拳を以て反撃に応じた。

 

 つい先程まで近距離での機動力を活かした射撃戦が、いつしか格闘戦と呼ぶのも憚られる野蛮な喧嘩に変貌した事に、観客席の生徒達はざわつく。しかし、それが聞こえているであろう鈴音もイツァムもそれをやめようとしない。二人共、観客の事など完全に意識から抜け落ちてしまっていた。鈍い金属の激突する音が、何度も何度も響く。時折、火花を散らしながら。

 

 そして、『その時』が来た。勢いを殺す、などという行動をする素振りも見せなかった二体のISがアリーナ中央の地面に突っ込んだ。その瞬間、砂の波が幾つも地面から舞い上がる。煙幕と呼んでも差し支えの無いほど砂煙が周囲を立ち込め、辺りの視界を覆い尽くした。

 

 観客席が、耳が裂けんばかりの悲鳴で溢れかえる。ただの模擬戦だと思ったら、授業ですら、危険事例としてすら見た事の無い展開となってしまったが故の、当然の反応だろう。やがて、舞い上がった砂は地面に落下する。晴れた視界の先には、甲龍は地面に仰向けで大の字になって寝そべっている姿と、その側に立つ装甲をいくらか損傷したプロトエグゾスが姿があった。

 

「全く、とんでもない」

 

 笑顔でイツァムは悪態をつく。激突する瞬間、ダメ押しで鈴音が甲龍を加速させた事で何とか事態を好転させる事が出来た。勢いを増した甲龍の動きをそのままそっくり利用し、甲龍を受け流して自分と鈴音との位置を入れ替えてやる。これが、寸での所で彼女が出来た大きな反撃だった。重量、加速度、とにかく鈴音の決死行の全てを利用させてもらった。その結果が、これだ。

 

「行けると思ったんだけどなあ」

 

 空を見上げていた鈴音が淡々と言葉を漏らす。後悔がほんの少し混ざっていたが、その言葉とは裏腹にどこか満足げのようにイツァムには見えた。

 

 ブザーが鳴り響く。それは、模擬戦の終わり、即ち、イツァムが勝者である事、鈴音が敗者である事を告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。