IS外伝 Honor of Arena   作:debac

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第七話 原点

 

 

 雲に覆われた一面真っ黒な夜空の下、外周に設置されているスポットライトだけがアリーナを照らしている。障害物の無い平らにならされた砂地、その中に小さな人影がたった一つあった。多方向からの光源によってこの影は放射状に広がっている。明るい茶色のツインテールがライトの反射を受けて輝き、根本を束ねた黄色いリボンが夜風に吹かれて揺れる。

 

 人影は右手のブレスレットに触れてISを展開させた。黒とマゼンダのカラーリングを施した専用機『甲龍』は、小さく足踏みをしたかと思えば真上に向けて勢いよく飛び上がる。

 

 甲龍が限度いっぱいまで機体を加速させると、周囲の空気はひどくビリつき装甲が震える。あっという間にアリーナの高度限界まで近づく。そこで、一気に体を捻った。瞬時に背中が上を向き、地面に向かって急降下する。数秒の空白があって、激突する瞬間に更に身を翻した。地面に触れるか触れないかのスレスレの位置をほぼ平行に飛び続けるべく、バランスの保持を試みる。

 

 だが、急激な進行方向の切り替えがそれを許さない。僅かに重心がずれた瞬間、甲龍の両脚が地面を削り取り、そのまま前傾姿勢となる。反射的に両手を地面についたが、そこを起点として全身が何度かひっくり返る。甲龍はその身を以て急ブレーキをかけた形となり、砂を舞い上がらせながら数メートル進んだところでうつ伏せとなって停止した。

 

「もう少し、な気がするんだけどなあ」

 

 一旦甲龍を解除し、ISスーツの姿のまま鈴音は仰向けになって両手両足を伸ばした。背中一面に砂が付着する。ジャリジャリとした刺激が、ちょっとしたマッサージのようで無性に心地良い。まどろみを覚える中、イツァムとの闘いを思い出す。

 

 急加速、急停止、急旋回。これらを組み合わせる事で生まれるあの出鱈目とも言うべき超高速機動。言うだけならば単純明朗な彼女の動きを、少しでも自分のモノにしたくなった。無論、そこには専用機のコンセプトも絡む為、甲龍でどこまで近づけるかは分からない。こうして自主練に励んでいるが、昨日の今日でそう上手くいく道理もない。

 

 一夏を含めた他の生徒はすっかりプロトエグゾスの強さに恐れおののいているようだ。しかし、鈴音にはどうしてもあれを恐ろしいものだと思えなかった。今はただ、あの強さに近づきたいという事しか考えられなかった。自分が目指すべき場所は遥か遠い。しかし、自身の頭はこの上なく冴えている事も確かだ。

 

「やっほー」

 

 一つ、大きな深呼吸をする。そして、立ち上がろうとした時、朗らかな声と共に見慣れた慧眼の少女の顔がにゅっと頭上からせり上がってきた。

 

「ティナ? どうしてここに」

 

 鈴音は身を起こすと、驚きを含みながらルームメイトの名を呼ぶ。ティナ・ハミルトンはこの時間ならば、自室のベッドの上で菓子を頬張りながらくつろいでいるはずだ。実際、彼女は上下共に赤いジャージ姿という部屋着のままで目の前に立っている。寮からそのまま飛び出してきたようで、この場には不釣り合いとすら思えた。

 

「ルームメイトが自主練に集中してて中々帰ってこないからね。ちょっと心配になって、様子を見に来たの」

 

 体を強張らせる鈴音に、ティナはにっこりと笑顔を浮かべる。それから、手にしていたスポーツドリンク入のミニペットボトルを手渡した。よく冷えている。どうやらこの為にわざわざ買ってきたらしい。鈴音は軽い会釈をしてから口をつける。普段よりも甘味を強く感じた。

 

「さっきの動き。ちらっと見たけど、凄いじゃん」

 

「うん。この間の模擬戦の影響受けちゃって。まだ、全然モノに出来てないけどね」

 

 ティナの称賛に、自然と鈴音の顔から笑みが溢れる。

 

 だが、素直に喜ぼうとする一方で、鈴音は心の中の異物を感じ取った。胸につっかえるような、息苦しいような気分だ。思考が晴れた今、鈴音はその正体を直ぐに見抜く。そして、これまで感じ取る事すらしてこなかった感情に対して急に恥ずかしくなってしまった。間もなく、すくっと立ち上がってティナの方へと体を向ける。ついさっきまであった朗らかな表情は消え、代わりに、射抜くような真剣な眼差しがあった。

 

「ごめん。クラス代表替わってもらって」

 

 頭を下げ、静かに、それでいて力強く鈴音は言う。

 

「……何か、悪いものでも食べた?」

 

「あたしって食いしん坊ってキャラじゃないよね」

 

 半ば唖然とするティナを尻目に、鈴音は顔を上げると苦笑した。そういえば、数日前に一夏と似たような問答をした事を思い出す。だが、奇妙な事にその時よりもずっと心は穏やかになっている。そして、無意識の内に口が動いた。

 

「本当に今更なんだけど。あたしのわがままを聞いてもらったようなものじゃない。一度決まったクラス代表を後から来た人に替わってもらうだなんて」

 

 そう言う鈴音の視線が、ティナの顔から外れて横へ逸れる。

 

 ここまできて、どうしてか顔を見る事が叶わない。僅かに視界の隅に捉えた彼女が何かを言おうと口を開いたが、鈴音はそれを拒むように更に言葉を繋げる。 

 

「多分、ね。あたし、今までずっと、『ゴール』しか見てこなかったんだと思うの。そこに行く為に何をするべきなのか、何が出来るのか少しも考えてこなくて。それで、きっと沢山迷惑かけていたなって」

 

 ティナは言葉を失った。何時ものような快活さが見る影も無く肩を落としたルームメイトの姿に、本当に『あの凰鈴音』なのかと疑う程に困惑してしまっていた。

 

「……まあ、クラス代表になってたと思えば、二組の事ほっぽり投げて早々一組に顔出しに行ったりとか。あんまりクラス代表らしい事してないからそこは気になってたけど。

 一組はともかく、三組や四組の子なんて、積極的にクラスの取りまとめとか、訓練の補佐やってるって話だよ」

 

 しばらく唸った後に、吐き出すようにティナはこう応える。そのどれもが鈴音にとって心当たりがあるし、全く反論の余地も無い。嫌味を入れているような、しかし、親に諭されれているような気分になり、鈴音は背を丸めてしまう。

 

「本当に、ごめん。勝手な事ばっかりして」

 

 いよいよ己の視線は下へと向く。ティナの言葉が、ずしりと心にのしかかって、痛みを与える。彼女の言う通り、転校したその日にクラス代表を替わってもらい、何をするかと思えばその足で一組へ向かって一夏への宣戦布告をして、それからもあまり二組の事を考えていなかった。無人機が乱入してきたクラス代表戦の時ですら、二組の皆の心配を他所に、自分の気持ちは別の方へと向いていた。それは、きっと自分のやるべき事で無かったのだろう。なまじ文字通り血の滲むような努力の末に獲得した実力とIS適正があるが故に、天狗になっていた、と言えるのかもしれない。

 

「でも、さ」

 

 ひしひしと罪悪感に苛まれる中、頭上でティナの声が聞こえた。そこに、ほんの少し柔らかさが含まれている事に気づいて、鈴音は顔を上げる。

 

「やっぱり、こう面と向かって頭下げられると、ね。それに、今はちょっと違うじゃん? 理由はわからないけど一生懸命頑張ってる。見てるこっちが応援したくなるぐらいに。そういう風に私達を引っ張ってくれるクラス代表なら、歓迎するよ」

 

「……あ」

 

 鈴音の喉の奥から、声にもならないかすれた音が出る。彼女がティナの言葉を受け入れるまで、しばしの時間を要した。自分本位な願いから始まった『凰鈴音』を肯定してくれるような言葉に戸惑っていたからだ。きっと、今の自分は口をあんぐりとあけて、傍から見ればなんとも間抜けな面構えをしているのだろう。

 

 ティナの表情は、和らいでいる。鈴音は思わずはっとなった。その表情は、自分がIS学園に転校して初めて彼女と出会い、ルームメイトとして生活を共にし始めた頃の表情によく似ていたからだ。

 

「ほらほら、ポカンとしないの。ちゃんとやるって決めたんなら、しっかりしなきゃ。『三日坊主』だっけ? とにかく、すぐに投げ出しちゃダメだからね」

 

 そんな鈴音の姿を見てティナがクスクスと笑う。しかしながらその瞳は、僅かな震えも起こしていない。

 

「……うん、うん。そうだね。それがきっと。今のあたしに出来る事なんだ」

 

 鈴音は頭を振って、力強く自分に言い聞かせるように応える。『深み』から引き上げてくれたティナの慧眼が、妙に愛おしく思えた。

 

 

 

 

 

※      ※      ※

 

 

 

 

 

 自主練を終えた鈴音は校舎から出て、夜風にあたる。自身のツインテールの先がかすかに浮く程の風が気持ちが良い。少しばかり火照った体を撫でられているような気分だ。結局、たった一日の自主練ではイツァムのような動きを模倣する事など到底出来るはずもない。付け焼き刃にすらならなかったが、これまでのように『焦り』に体を引っ張られるような事も無い。

 

 我ながら単純だ。まだ何一つ自分の出来る事が進んでいないのに、もう出来上がった気持ちになっている。今、自分の中にあるこの原動力はイツァムへの憧れなのだろうか。一度冷静になるべく頭を振る。とてもじゃないが片腕を吹き飛ばすような事はしたくない。しかしながら、イツァムの存在は自分が思うよりもずっと大きな影響を与えている事も事実だ。

 

 そして、この事実は自分が一歩を踏み出すきっかけも与えてくれた。ティナを始めとしたクラスメートに対してずっと抱いていたしこりは消えて、背中を押してくれるという事がとても嬉しかった。やるべき事は多く、その為に出来る事はまだ少ない。だが、そのどれもが一つの大きな流れのように繋がっていくのだろう。そう思えば、不思議と心が高鳴った。体が熱くなって、たまらず深呼吸を繰り返す。

 

 不意に、人の気配を感じた。あたりを見回す。しかし、人の姿は見えない。自主練の直後で感覚が鋭くなっているのだろうかと首をかしげる。だが、極近くでブゥーンと機械の駆動するような音が聞こえた。慌ててもう一度周囲を見る。何者かが居る。鈴音は直感した。ブレスレットに触れる。甲龍を展開させるべきか、一瞬躊躇した。だが、『悪意』がそれを見逃す道理もない。

 

 突如、黒い影が鈴音の背後に現れた。それは瞬く間に彼女の口と右手を押さえつけて身動きを封じ、そのまま飲み込んでしまう。悲鳴が上がったかと思えば、その場を過ぎった一陣の夜風がかき消してしまった。

 

 そしてこの瞬間、凰鈴音という少女はIS学園から姿を消した。

 

 

 

 

 

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