コンクリートの打ちっぱなしの壁は所々剥げ落ち、それを守るように張り付いている径の大小様々な配管が、何本も上下に伸びている。天井のむき出しになった骨組みからは、蛍光灯がぶら下がり暖色の明かりが降りる。この照明が照らすのは、何の用途で使われるのか見当もつかないような機械ばかりだ。
今、イツァムはハスラー・ワンと共に、千冬の案内によって機械仕掛けの警備室を訪れていた。当然の事だが、この部屋は関係者以外の立ち入りを禁ずる場所であり、来賓である彼女らが足を踏み入れる事など本来ならばあってはならない。それでも尚、自分達のような人間がこの場にいるという事態を受けて、イツァムの目つきは真剣なものとなっていた。彼女の視線は、学園内の至る所を監視するモニターを一瞥する。現在の時刻は深夜0時を回っている。どのモニターにも人の姿は無い。
千冬が手元のキーボードを叩くと、モニターに映し出されていた映像が切り替わる。鈍く光る金属製の床、そして垂直に伸びる柱。その柱と直交する鉄骨には、等間隔に取り付けられた丸いスポットライトがあった。更にその上に視線を移せば、幅は5m以上はあるだろう大型のディスプレイまである。
イツァムは、その無機質な空間の正体をすぐに理解し歯噛みした。
「どうしてコルナートの内部映像が?」
「この映像はつい先程この学園に送りつけられたものだ。ご丁寧に、匿名でな」
千冬が淡々と回答すると、ふぅん、とイツァムの口からため息が漏れる。
イツァムにしてみれば、IS学園が外部との窓口をどのぐらい厳重に管理しているか分からない。少なくとも発信源を秘匿するという裏技とも言える方法で接触をするなどどれほどのものか。隣でその映像を眺めるハスラー・ワンの様子を横目で伺う。彼女の表情に、まるで変化はない。諦めたように頭を振って視線をモニターに戻す。すると、映像が再び変わった。
背景を見る限り、映像の場所はコルナートである事から変わっていないようだ。そこにいたのは一体の漆黒の巨人。全身に凹凸はほとんど見られず、のっぺらぼうのように表情も無く、後頭部が隆起している。下半身は膝部分が人間のそれに対し真逆、つまり後方へと折れ、両腕は肥大化し前かがみの姿勢をとっている。そして、これらの表面は光沢があるのかライトの反射で所々光っている。その異質な体躯を一瞥しても、得物らしい得物はまるで見当たらない。背後に映るシャッターの大きさを鑑みるに、ISの二倍程度のはあるだろうか。何かを待ちわびるように、じっとしている。
「VTシステム、か」
「以前この学園で姿を見せたものと形状は違うが、本質的には同じものだろうと我々は考えている」
イツァムは、その姿に心辺りがあった。いや、おそらくその場にいる誰もが同じなのだろう。だからこそ、彼女はその思いのままを口にする。
それに千冬も続いた。彼女の肩は震え、組んだ腕の先の拳がギリギリと握りしめられている。
モンド・グロッソの優勝者の動きを再現するVTシステム。一見すれば最強の模倣が叶うわけだが、IS操縦者に「能力以上の動き」を要求する為、肉体に甚大な負荷をかける事になる。搭乗者の安全など二の次と言わんばかりの代償が、禁忌のシステムと呼ばれる所以である。
イツァムの背筋に冷たいものが走った。これが、ただの記録映像ならば感想一つ言えばそれで済む話だ。だが、目の間のそれは現在起こっている事で、VTシステムのその機能を考慮すれば、自然と『一つの可能性』が導き出されるからだ。
「これ、誰が取り込まれているんだ?」
その表現は誇張も含まれていたが、同時に紛れもない事実だ。ISを動かす為の中身、つまるところIS操縦者が必要不可欠である以上、既にVTシステムの起動してるこの黒い巨人の中には誰かが居るという事実が。
「凰鈴音が行方不明になっている」
しばしの沈黙の後、モニターを睨みつけたまま千冬が口を開いた。
「放課後、自主練としてアリーナを使用しているのを最後に彼女は姿を消した。彼女のルームメイトから、中々凰が戻ってこないと連絡が来てな。調べてみたら凰はアリーナでの自主練を終えて片付けまで済ませている。途中で訓練を抜けたという可能性は無い」
「つまり、この学園のセキュリティを突破して誰かが凰を誘拐、そのままVTシステムに取り込んだって言いたいのかい?」
「情けない事にな」
イツァムの追求に、自嘲気味に千冬は口角を上げた。
誰にも悟られず、平時とはいえIS学園のセキュリティを突破し一人の生徒の身柄を拘束する。イツァムの記憶の中に、そんな芸当ができる人間に心当たりがあった。同時に、疑念が過る。『そんな行動』が許されるのだろうか、と。思案しかけたところで頭を振り、一人納得する。おそらく、『この静寂こそ正解』なのだろう。
「それと、この映像に併せてメッセージが届いた。『コルナートでイツァム・ナーを待つ』と。もちろん、送り主は凰ではない」
「だろうね。わざわざ凰があんなものに乗って私を待っているとは思えない。誰かは知らないがこれが挑戦だってなら乗ってやるよ。大切なファンを見捨てるのも後味が悪い」
イツァムの当然と言わんばかりの反応に、千冬は驚きのあまり顔を彼女の方へと向けた。それまでモニターを食い入るように見ていた彼女の目が、丸くなっていた。
「お前、まさか本当に一人で行くつもりなのか。こんなあからさまな罠に」
「IS学園から外部に人が出す事が容易でない事は分かっているつもりだ。どうせ、凰が行方知れずなのもまだ公にしていないんだろう? 何事も無く明日がくれば良いに越した事は無い。それに、わかりきってる罠ならかえってやりやすいよ」
千冬のそんな驚愕とは裏腹に、イツァムは不敵な笑みを浮かべる。一見すれば、それは余裕の表れと取れるのかも知れないが、側に居た千冬は確かに感じ取っていた。その胸の内に静かな怒りがあるという事を。
※ ※ ※
南からの潮風がプロトエグゾスの装甲を撫でる。眼下に広がる海を照らすのはたった一つの月明かりで、絶え間なく吹き上がる波の下は底なし沼のようだ。こんな所で墜落すれば、目印も無く救助は極めて困難だろう。
IS学園を発ってから景色の代わり映えしない中、イツァムはそんなとりとめもない事を考えていた。道中に障害など無く、プロトエグゾスのスピードならものの数分で目的地についてしまう。両手のマシンガンも、肩のミサイルも異常が見られず何時もの通りに使える事はとうの昔に確認した。結局のところ、これは暇つぶしでしかなかった。さもなければ、きっと自分は腹の底から沸き立つ怒りに飲み込まれてしまうだろう。
遠くに見えていたコルナートの姿がはっきりとしてきた。外装はほぼそのまま海洋プラットフォームの形状を流用している。ただ、海洋プラットフォームとして機能していた頃に存在していたであろう作業用のクレーンやアンテナ等は全て撤去され、グレーに塗装され直した四本の丸い支柱が海面から空へと向かって伸び、途中には何箇所か手すり付きの簡易な足場が見える。この柱を窓の無い一面の壁が囲っているが、上面はぽっかりと円形状に口を開けている。縁は異形鉄筋が剥き出しになっている。どうやらまだこの部分は作業途中らしい。イツァムは記憶を掘り起こす。確か、完成したらISの攻撃が空へと逸れて行かないようにドーム状の屋根で覆われる部分だ。コルナートの柱の根本には何隻かの作業船が停泊したままになっていて、クレーン車などの作業車両の姿は屋上に何台か見える。念の為、ハイパーセンサーも使って五感を拡張し、人の気配が無いかを見渡す。だが、少なくとも外に気配は無い。
プロトエグゾスが高度を下げ、口の中から飲み込まれるように侵入する。改装を終えたばかりの、まだ真新しい金属の表面が月明かりを受けて鈍く光っている。事前に聞いていたとおり内部は広く、IS学園のアリーナ程ではないが空中戦をやるに十分のようだ。
やがて、床が近づいてきた。一旦上体を起こし着地する。それとほぼ同時に周囲のスポットライトが一斉に点灯しコルナートを、ISアリーナを照らす。真正面に、映像で見たままの漆黒の巨人が居た。
「……バージュ、居るんだろう! トップランカーが来てやったぞ!」
だが、イツァムはそんなものなどお構いなしと言わんばかりに『犯人』の名を叫ぶ。
「これはこれは。お待ちしておりましたよぉ。コルナートへようこそ」
暫くして、金属質の甲高い反響音と共に柱に設置されていたスピーカーから音声が返ってきた。厭味ったらしく所々語尾の伸びる口調にイツァムは堪らず眉をひそめる。
「それ、凄いでしょう? ISアリーナで得た膨大な戦闘データとVTシステムを融合させた中々の傑作です。『クラッシング』とでも呼びましょうか。中にいる凰さんもきっと喜んでいますよ」
だが、スピーカーからはお構いなしにと声が続く。やはり目の前の巨人、バージュが言うには『クラッシング』という名のISに鈴音が取り込まれているようだ。イツァムは周囲を見渡す。少なくとも視認できる範囲にバージュの姿は無い。恐らくこの建物の中のどこかにある管制室から高みの見物を決めているのだろう。
「よくもまあ、ISアリーナを、DOVEをコケにするような態度が取れるもんだ」
「あなたにとっては残念な事かも知れませんがね。『イツァム・ナーがトップランカーに居座り続ける事』が都合の悪い方々もおりまして。これも、ま。新しいビジネスチャンスってやつです。そういった訳でスポンサーの意向により、消えてもらおうかと」
なるほど単純明快だ。品の悪いジュークボックスにイツァムは独り言ちて、興味をクラッシングへ移す。相変わらずそれは微動だにせず、合図を待っているように見えた。IS学園にて行われたツーマンセルトーナメントの最中に暴走したVTシステムによるものとは形状が異なっている。バージュの言うようにVTシステムそのものとは似て非なるものなのだろう。ISアリーナの戦闘記録が蓄積されているというのなら、きっと驚異そのものだ。
「さてさて、折角の専用エリアのお披露目です。長話するのも無粋でしょうし、存分に闘ってもらいましょうか」
ブツっとスピーカーからの音声が途切れる。それと同時に、クラッシングが動き始めた。身を屈め、背中の肩甲骨付近がうねりながら盛り上がる。やがて、前翅のような形状に変形し一対の巨大なスラスターユニットに変形するや否や、風の音を置き去りにする程の猛スピードでプロトエグゾスに向かって突っ込んできた。それが、鈴音との模擬戦で自分が仕掛けた戦術と瓜二つな事に気がついたイツァムは奥歯を噛み締める。
プロトエグゾスは後方へと飛び上がり、クラッシングから一定の距離を保ちつつマシンガンを放つ。実弾とエネルギー弾が混ざり合いながら上空より降り注ぐが、クラッシングは地を滑るように進路を変えさらに加速した。弾丸の嵐は空を切り床に幾つもの弾痕を残す。その最中、クラッシングの両腕が歪み剣身2メートルはある巨大な実体剣へと姿を変えた。それだけではない。両肩からも生えるように円筒状の砲身が伸びる。
刹那、プロトエグゾスのすぐ脇を目に見えぬ『何か』が過ぎった。凄まじい衝撃が空気越しに伝わる。イツァムが周囲の空気の強烈に震える音を聞いたのはそれから少し遅れての事だった。この『何か』は直撃こそしなかったが、生身に大型車両が激突してきたような衝撃に、思わず体のバランスが損なわれてしまう。
「あんなものまで」
鈴音と模擬戦をしていなければ、クラッシングから放たれたモノが龍砲と同じ性質ものである事に気が付かなかっただろう。明確な殺意をもって狙えばこれほど強烈なものに変容してしまう事に、イツァムは舌打ちをしつつも冷や汗をかいた。プロトエグゾスを撃破する為の最適解として導き出されたものが直前に自身と闘った甲龍の模倣とするならば、これほどイツァムの神経を逆撫でさせるものは無い。きっと、初めからバージュはこれが狙いなのだ。
プロトエグゾスが身を翻し上昇する。クラッシングはそれを追うように床を蹴った。イツァムは胃の中がひっくり返るような気持ち悪さをぐっと飲み込み、プロトエグゾスを一気に最高速度まで加速させる。視線を下へと向ける。クラッシングは、その巨体さなどまるで存在していないかのようにピタリとプロトエグゾスの後ろをついて離れない。一瞬震えると、その肩部の砲身がプロトエグゾスへと向けられた。
「これは……成長しているのか?」
薄皮一枚の所を不可視の砲弾が過る。クラッシングからの二度目の砲撃が、先程よりもより正確になっている。プロトエグゾスの動きを予測して先に砲弾を置いたようだった。驚く間もなく、彼我との距離が徐々に詰まってきている。プロトエグゾスの加速は変わらない。となれば、それはクラッシングの機動力が更に上昇しているという事を意味していた。
バージュの言葉が脳裏を過る。膨大な戦闘データとVTシステムを融合させた、と。前者が意味するところはこの瞬間も含まれているのだろう。その身を以て戦闘データを収集、直ちに反映させてVTシステムを利用し最も理想的な動きを実行する。理論上、目標を達成するまで無限に成長する。ただ目の前の敵を破壊する為だけのサイクル。これがもたらす搭乗者への対価は、VTシステムの比では無いはずだ。
イツァムは歯を食いしばる。プロトエグゾスの軌道は最早円弧ですら無く、ほぼ直角、あるいは鋭角を描く。だが、クラッシングの追撃が緩む事は無かった。むしろ、プロトエグゾスが動けば動く程追跡は最短距離を通り正確なものとなる。2つの影が、幾何学模様を宙に幾つも描いた。やがて、砲身がプロトエグゾスへ狙いをつけると、大きな唸り声が再び上がった。
強烈な衝撃と共にプロトエグゾスの右手に握られていたマシンガンがひしゃげる。イツァムは慌ててそれを手放すと、鉄塊が遥か後方に置き去りにされて爆散した。恐らく、次に狙いをつけられたらきっともう逃げられない。むしろ、このまま追跡され続ければ、それだけクラッシングにデータを与え成長の余地を与える事になる。ある程度まで成長してしまえば、『先に搭乗者の方に限界がくる』だろう。それでも、クラッシングが動きを止めるとは思えなかった。
プロトエグゾスがクラッシングの方へと振り返る。両手の実体剣を振り上げながら黒き巨人が目前まで迫っていた。たった今破棄したマシンガンの代わりに、すぐさま拡張領域から長い砲身を携えたグレネードランチャーを展開させると、まずは一発撃ち込んだ。
クラッシングの懐で火球が発生する。近接信管故に直撃こそしていないが、動きが鈍った。振り上げられたままの両腕に左手のマシンガンを連射しつつ、リロードを終わらせたグレネードを胸部に向かって更に一発打ち込む。クラッシングが怯んでいるのか、或いはこの攻撃すらもデータとして蓄積する為に受け入れているのか。イツァムは黒き巨人の意図を測りかねていた。
「機能停止まで追い込むには時間も無い、か」
だが、それ故に彼女は至極冷静に観察していた。実弾がクラッシングに撃ち込まれる度、クラッシングの表面がゴムのように波打つ様子を。それによって、何発かの弾丸が勢いを失いを失い落下する。グレネード弾が爆発する瞬間も同じだ。衝撃を吸収するようにクラッシングの表面はゴムのように波打ち変形する。この現象は、戦闘データを蓄積し、直ぐに反映させる為の必要な処置なのかも知れない。だが、一発一発の威力に比例してクラッシングの表面が歪むという事に、イツァムは活路を見出した。
クラッシングが身を震わせ、プロトエグゾスへの突進を再開する。この程度の火力なら押し切れると学習したのだろう。イツァムはプロトエグゾスの装甲の下で実に嬉しそうに笑う。そして、彼女もまたクラッシングに突撃した。
間もなく訪れた相対する二機のISが正面衝突は、コルナートが真っ二つに裂けんばかりの衝撃波を引き起こす。このような事態を想定して作られていたであろう柱は震え、ワンテンポ遅れて炸裂音と共に外方向へ向けて圧し曲がる。床は一部が盛り上がった事で更に衝撃をまともに受け何枚かひっくり返り、まるで紙くずのように吹き飛ばされてしまった。そして、その中に、プロトエグゾスが持っていたであろうマシンガンも見えた。
「精密射撃は苦手なんだ。まあ、死にはしないだろう。多分」
イツァムは、平然と呟く。左手には、プロトエグゾスの身の丈程の銃身を持った白銀のレーザーライフルがある。左右方向に狭く真っ平らであるが、手元のグリップ部分へ行けば行くほど上下に広がっていく特異な形状だ。そして、そのレーザーライフルの銃口部分が、まるで初めからそういった用途であるかのようにクラッシングの脇腹に突き刺さっていた。痛覚を持たぬであろうクラッシングでさえ異物感を得て身を捻る。それとほぼ同時に、レーザーライフルとクラッシングの連結部から青い光が漏れた。クラッシングの表面が一際大きく波打ち、甲高い爆発音が何度も響く。
このレーザーライフルは、一発あたりの威力はマシンガンの比でない一方、発射時に高い熱量を持ってしまう欠点がある。その為、過熱から生じる爆発という事態への安全装置として、一定の発射間隔を設けられている。高威力の単発式、それがこの武器の特性だ。だが、イツァムは、何の躊躇いもなくその安全装置を切ってレーザーライフルをマシンガンの如く連射していた。たちまちにレーザーライフルの至る所が赤熱し黒煙を吐く。
クラッシングの装甲を波打つ衝撃が急速に大きくなり、やがて、レーザー弾に押しのけられるように歪み始めた。数秒の後、ガチンと弾けるような金属音がプロトエグゾスの手元で鳴った。あっさりと発射限界を超えたレーザーライフルの内部機構が破損し、物言わぬ鉄塊と化した。既に銃身そのものが、歪に膨れ上がり変形している。
間髪無く撃ち込まれた強烈な衝撃と、レーザーライフルが伝える過熱にクラッシングが身悶えしている。苦しんでいるようにイツァムには見えた。ほくそ笑み、レーザーライフルをプロトエグゾスの手から離す。
クラッシングが大きく背を反らした。短期間に最適化されたシステムが、イツァムの次に行動を極めて正確に予測した。だからこそ、イツァムはその通りにしてやった。ほぼ密着状態のまま、グレネードランチャーを突きつける。クラッシングの脇腹に突き刺さったままの、今まさに爆発せんとしていたレーザーライフルへと。
三度目の火球は、一際大きなモノとなった。クラッシングの表面は最早人型を失い、汚泥のようにドロドロとなる。その中から鈴音の姿が見えた。唸るクラッシングとは真逆に、彼女の瞼は閉じられ既に意識は失われているのが見て取れる。
見計らったように、プロトエグゾスがその左手をクラッシングの腹部に突っ込ませた。急速に硬化しつつあるコンクリートのような感触を他所に、腕を奥深く侵入させ鈴音の背中に回すと力のまま引きずり出す。悲鳴のような金切り音が鳴り響く。クラッシングの内部と酷く擦れた事で手首から前腕部にかけての装甲が削げ落ちる。そして、空いた右腕で鈴音を抱きかかえると、損傷の激しい左腕は彼女の肩に添えた。
搭乗者を失ったクラッシングが体を震わせながら膝をつく。プロトエグゾスは、そこから一旦離れ、近くにの柱の側に一旦着地する。
「……イツァム、さん? ここ……は?」
鈴音の口からうめき声が漏れ、瞼が震えながら開いた。クラッシングによる超大な負荷によるものなのだろう。彼女の顔はイツァムの方へと向いてこそいるが、瞳は震え焦点がまるであっていない。ハイパーセンサーを通して彼女の健康状態を確認する。意識がやや混濁しているのは見ての通りで呼吸は弱々しいが、それ以外のバイタルサイン、即ち血圧や脈拍、体温は良好だ。きっと今のこの症状も、暫く横になって休めばたちまちに回復する。
「出来たての専用エリア『コルナート』の中さ。ひどい内覧会になってすまないね。どうしてこんな所にいるのかとか、そういう細かい話は後だ。IS学園から応援を呼ぶよ」
イツァムは顔を綻ばせ、冗談交じりに鈴音の質問の応える。
しかし、鈴音の顔からたちまちに血の気が引いていく。目は見開き、唇を震わせている。それは、たった今の戦闘の影響でない事をイツァムは直ぐに悟った。
「後、ろ。来る……。」
その言葉で、イツァムは目を覚ます。そうだ。重要な事がまるで抜け落ちていた。鈴音がこの場に一人でやってくるはずがない。誰かがここに彼女を連れてこなければならない。それも、IS学園のセキュリティを抜けて。そんな芸当が出来る人間を一人、知っていたというのに。その人間とは、バージュでは無いと確信していたのに。
「はははは! 搭乗者を引きずり出す、IS学園の時と同じじゃあないか! その程度の事、想定していなかったとでも?!」
唐突に、施設内のスピーカーからバージュの叫ぶような笑い声が響いた。
背後から動かぬはずの『悪意』が迫った。イツァムは悪寒を感じ取り、鈴音を抱きかかえたまま金属の床を蹴った。