IS外伝 Honor of Arena   作:debac

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第九話 目覚める龍

 

 クラッシングの振り上げた剣がプロトエグゾスの背後へ迫り、左腕を切り裂いた。肩から分断されたそれは錐揉み回転をしながら宙を舞う。遂には重力に従うがまま床に叩きつけられ、幾つかの微小な破片を撒き散らす。

 

 イツァムは既に自分の体から離れていったモノへ微塵も興味を示す事なくその場を離れ、右腕の中で震える鈴音を柱の影に一旦下ろす。手を離す直前、不安を強めた鈴音の体が一層強張った。肩をすくめ、右の手のひらで少女の頭を撫でてやる。返答は無かったが、一度頷くとその表情がほんの少しだけ和らいだ。

 

 決意を新たに踵を返す。その視線の先に、ゆっくりとこちらに向かってくるクラッシングの姿があった。先程までとは打って変わったその動きに、まるで始めから鈴音の介抱を促していたように見えた。

 

 今、イツァムの中には寸でのところで鈴音を庇い、既に失った経験のある部位を改めて犠牲にしただけで済んだ事によるある種の安堵があった。同時に、この信じがたい状況に目をみはる。クラッシングから、確かに鈴音を救出した。搭乗者の居なくなったISは動かなくなるはずだ。しかし、この黒いISは間違いなく再起動し自分に向かってきた。そこには明確に『殺意』があった。

 

 近づいてくる巨人を見やる。腹部に、鈴音が引きずりだされた事で出来た大きなクレーターがあった。そこに軟体性の装甲が流れ込み、全身の節々がボコボコと沸き立つ。やがて、何事もなかったかのように元の姿へと戻っていく。だが一点、これまでと違うところがあった。胸部の辺りが、内側から押しのけるように盛り上がる。やがて、それは門のように左右に開き、一人の女の上半身が顕となった。

 

 腰まで伸びる長い黒髪。前髪は眉までかかる程度で真っ直ぐ揃えられ表情は顕になっている。糸目と見紛う程の細目の目尻は上がり、眉の細さもあって視線の鋭さは増す。

 

「ドクター・ジェーン。……そうか、はじめからそのISに二人居たのか」

 

 イツァムは驚きと共にその女の名を告げた。IS学園に来る直前、専用エリア『ロストシティ』で出会った挑戦者の名を。

 

 ドクター・ジェーン。これがISアリーナで彼女の呼ばれる名前だ。フルスキンの重量級IS『ゴーストブル』を操り、トップランカーに挑戦する程の実力を持つ。そんな彼女が、異形のISの操縦者として目の前にいる。もちろんその時はお互いにフルスキンであった為に直接顔を合わせた訳では無い。イツァムが彼女の事を知ったのは、挑戦を受けた際にハスラー・ワンより相手の情報を受け取った時の事だ。

 

 イツァムは、この事実を素直に受け入れる。無論、クラッシングの中に身を潜めていたという事に、では無い。ゴーストブルに搭載された兵装『ステルスフィールド』は起動すれば不可視となり、ハイパーセンサーからも痕跡を消す。イツァムが納得していた理由はこれだ。彼女のISならば、IS学園に単身潜入し鈴音を誘拐する事が可能だろうと考えていた。だが、その予想が当たっていた事に対して喜びなど欠片も感じられなかった。

 

「全く、無茶するよ。そのISは二人乗りじゃあないだろうに」

 

「戦闘データの蓄積と反映をリアルタイムで行うにはこれが最適だった」

 

 失望を含んだ充実感を、イツァムは吐き捨てる。

 

 一方、放たれる殺気とは裏腹に、ジェーンの口ぶりは実に落ち着いていた。或いは、そうでなければ鈴音のようにVTシステムに意識ごと奪われるという状況に陥ってしまうのだろう。それに釣られるように、張り詰めた空気の中でイツァムは彼女へ尋ねる。

 

「あんたが研究者としての一面を持っている事は聞いていたが。VTシステムにも関わっていたって事か」

 

「私は開発者の一人にすぎない。IS学園でのVTシステムの暴走事件の後、研究所は破壊されてしまったがな。いずれにせよあのまま運用するには無理があった。戦闘データの新規収集が必要だった。

 バージュの誘いは渡りに船だった。ISアリーナは、実にちょうど良かった。強者のデータを収集、際限なく成長し、強化していく。搭乗する人間の限界すら越えて。

 その果てに、ようやく『お前』に届いた」

 

 ああ、とイツァムの口からため息が漏れる。そして、覚悟を問わんとする真剣な面持ちで、諭すような真摯な眼差しで。極当たり前のように、彼女はこの言葉を発した。

 

「そこまでして。心も、体も。良識だとか、世の中のありとあらゆる理だとかも不要と断じて。お前は強くあろうとするのか」

 

 クラッシングの足が止まった。既に、両者の距離は五メートルも無い。

 

「生死など、結果の残滓に過ぎない。私は超える。お前を倒し、ナインブレイカーを超える。『これ』は私そのもの。『これ』にはそれが出来る事を、証明してみせよう」

 

 淡々と語られるジェーンの決意を聞き、イツァムは満足げに頷く。それが合図のように両者はにじり寄った。プロトエグゾスは右手にレーザーライフルを展開し、クラッシングは両の実体剣を構えながら。

 

 それは、古い時代の決闘さながらの光景だった。方やガンマン、方や剣士という異種の組み合わせだが。程なくして、にじり寄った両者の距離はとうとう二メートルを切った。既にプロトエグゾスのレーザーライフルの出力は最大となり、銃口部から青い光が露出している。恐らく、一発放てば使い物にならなくなるだろう。一方で、クラッシングの二刀はたった今見せつけた通りISの装甲を容易く破壊する。半壊しているプロトエグゾスが斬撃を受ければ、搭乗者も無事では済まされない。果たして言葉はなく、一撃必殺の意思を携えた静寂だけがこの場を支配する。

 

 それからどれだけの時間が経過したかは定かではない。イツァムもジェーンも、互いを睨み合ったまま微動だにしない。二人の息遣いが遠いところから聞こえてきた。そんな中、先程までの戦闘で酷く損傷していた壁の一角が剥がれ落ち、床へと落下する。甲高い残響音が、緊張の糸を切る。一閃が、走った。

 

 もし、プロトエグゾスが五体満足の状態であったならば、レーザー弾が先にジェーンの頭部を撃ち抜いていただろう。しかし、左腕を失った事による僅かな重心のズレによって、引き金を引くタイミングが遅れた。刹那の時間にも満たないような、存在を認識する事すら困難な空白によって、雌雄は決せられた。

 

 イツァムは、実体剣が下方より振り上がるのを見た。剣の切っ先が、プロトエグゾスの胸部を逆袈裟に切り裂く。自身の決定的な敗北を文字通り刻みつけられた。フルスキンの装甲が代わりに持っていかれなければ。ゾッとするイツァムの体が、間髪入れずに強烈な衝撃に襲われた。いつの間にか放たれた不可視の砲弾の直撃を受けた事に気がついたのは、プロトエグゾスが床に叩きつけられ、何度ものたうち回った後の事だ。

 

 その反動を全て殺す事が出来ず、骨に響く痛みと衝撃にイツァムは襲われる。いくらISが優秀な防御機能を持っていたとしても、搭乗者が体を動かさねば意味を成さない。そして、彼女にはその意思こそあったが、全身を這い回る苦痛と吐き気により肉体への伝達が阻害されていた。

 

 その中で、床越しに等間隔の振動が伝わってくる。横たわる視界の半分は所々破損した金属製の床で占められ、残りの半分を自身へ徐々に近づく漆黒の脚が遮った。

 

「懐かしいもんだ」

 

 イツァムの呟きに、その脚がピタリと止まる。

 

「ハスラー・ワンとやりあった時もこんな感じだったよ。腕をもがれて目がかすむ。生きてて二度もこんな経験をする事になるとはね」

 

「それでも尚諦めないか。冷静とは程遠い」

 

 プロトエグゾスの全身が震える。もがくように、頭部だけが上がった。ボロボロになったモノアイのカメラが巨人を見上げた。

 

「ああ。こういうのは、慣れているんだ」

 

 イツァムがそういうや否や、プロトエグゾスの上半身が床を鞭打り、反動で全身が大きく浮き立った。スラスターを吹かし、飛び上がろうとする。だが、その背中をクラッシングの巨大な脚が勢い良く踏みつけた。行き場を失った推力がプロトエグゾスを強烈に揺さぶる。上下に挟まれる圧迫感と痛みを受け、イツァムがとうとう苦悶の表情を浮かべる。唯一の幸いは、頭部が未だ装甲に包まれていた事でこの表情をジェーンはおろか、バージュや鈴音にも見られずに済んだ事だろう。

 

「今度こそ、お前が『下』だ。その意思ごと、踏み潰す」

 

 クラッシングからかけられる圧力が増し、イツァムの肉体が、プロトエグゾスの装甲ごとギリギリと締め付けられる。だが、ジェーンの予想に反し悲鳴の一つも上がらない。動きを全く封じられ、じわじわと死の気配が近づいているというのに。

 

 この真紅の仮面を破壊して素顔を拝んでやろうか。一瞬そんな考えがジェーンの思考に過る。しかし、今やそれは無駄なはずだ。自分が求めるものはこの力によるナインブレイカーの打倒だけ。もう間もなくプロトエグゾスの装甲が、破裂するが如く裂ける。そうすれば、流石にこの闘いも終わるだろう。ジェーンは、胸中に渦巻く不安を押さえこむように、今まさにプロトエグゾスに伸し掛かっている脚に更に重みをかけた。

 

 

 

 

※      ※      ※

 

 

 

 

 自分なんかをかばってしまったが為に片腕を破壊され、またたく間に追い詰められていく。

 

 柱にもたれかかる鈴音の瞳には、ずっとプロトエグゾスの蹂躙される様子が映っていた。イツァムの最期の抵抗も虚しく、彼女は今まさに踏み潰されようとしていた。鈴音には、まるで理解出来なかった。どうして、逃げようとしないのか。敗北を認めて、勝負を終わらせようとしないのか。焦りと、不安と、怒りが湧き上がる。身の危険を感じながらも、何も出来なかった凰鈴音という愚か者などとっとと見捨ててしまえば良いのに、と。

 

 ようやく体の自由が戻ってくる。震えながら上げた右手のブレスレットは無事のままだ。あのジェーンという女の意識はイツァムに向いている。今ならば甲龍を機動させて、一目散に撤退すればきっと自分は助かるだろう。そして、その足でIS学園に助けを求めるべきなのだろう。

 

 だが、鈴音はその考えを『常識』としながらも、決して是だと認める事がどうしても出来なかった。例え、この場が何者かの意思によって作られたものであったとしても。

 

 鈴音は思う。今、自分がやるべき事とは何か。目の前のそれは、悪だと思った。アリーナの名誉を、イツァムの願いを踏みにじる行為だと思った。それを打倒しなければならない。見過ごしてしまえば、きっと自分は弱いままだ。そして、これが今の自分のやるべき事だ。ならば、今、自分の出来る事とは。そこまで考えて、鈴音は理解する。イツァムは言っていた。『やるべき事と出来る事が一致するならば、迷う事はない』と。

 

 鈍い痛みの走り回る体は、いつの間にか鋼鉄の床を蹴って走り出していた。衝撃が、直に足から骨まで響く。しかし、直ぐに痛みは収まった。次の瞬間にはもう、甲龍の装甲が足を包んでいた。視界がゆがむ程、体が急加速した。今まで体感した事のない衝撃が、体を襲う。しかし、体の奥底から湧き上がる何かが、鈴音の背中を強く押した。そこには、『龍』が居た。

 

 突然発生した爆発音へジェーンが振り向く。甲龍を展開させて真っ直ぐこちらに向かってくる鈴音の姿があった。その姿をひと目見て、ジェーンの得た感情は『不愉快』だった。甲龍の後方に続く一対の龍砲が、自身へと向けられている。不可視の砲弾故、発射する直前までどこを狙うかを示す必要などどこにもない。だというのに、その砲身はジェーン本人へと露骨に向けられている。「お前の相手は私だ」と言わんばかりに少女の視線は鋭い。

 

 そして、空気が震えた。ジェーンの予想通り、龍砲から砲弾が放たれた。学習したVTシステムが高速で計算した弾道を、鋭い痛みと共にジェーンの脳に注ぎ込む。数秒の後、クラッシングの左腕が振り上げられ、実体剣の刃先で砲弾を受け流した。遥か後方の柱が衝撃を受け圧し曲がった。

 

 甲龍は身を翻し、二機のISが十数メートル程離れる。プロトエグゾスの時と状況は異なり、お互いの得物では決して相手に届かない距離だ。

 

「私でさえ口を挟まなかったのに。神聖な決闘の場に乱入してくるなんてとんでもない人ですねえ。ドクター・ジェーン、あなたの目的はナインブレイカーの打倒でしょう? 物事には優先順位というものがあるはずですが?」

 

「……黙れ。お前と私の優先順位は違う」

 

 スピーカーから再び発せられたバージュの言葉に苛立ちを覚えたジェーンが語気を荒げると、慌てて回線を切る音が聞こえた。どうやらここまで明確に反抗されるとは思っていなかったらしい。情けない奴だと思いながら、ジェーンは甲龍を見やる。

 

 クラッシングが甲龍に対峙する。自然と、ジェーンが鈴音を見下ろす格好となった。プロトエグゾスとのこれまでの展開を目の当たりにしていたであろうにも関わらず、この挑戦者の瞳はいささかも震えていない。その瞳に、ジェーンはクラッシングの剣先を向ける。

 

「戦場でひとたび刃を向ければ、言葉による問答など最早何の意味もなさない」

 

「望むところよ」

 

 凛とした発声と共に鈴音が不敵な笑みを浮かべ、双天牙月を構えた。

 

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