サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
妙にはっきりと思い出せる一生分の記憶を辿り、ああ、おそらく生まれ変わったんだろうなぁと真っ暗な空間の中を漂いながら俺はぼんやりと考えていた。
記憶の末端にあるのは、深夜の東京、相次ぐ連勤で蓄積していた疲労、そこに突っ込んできた信号無視のトラック。誰がどう見ても、近頃流行りの小説も真っ青なテンプレ死である。
それなのに何故、俺はこうして思考できているのか?そう思った時一つの可能性へと至ったのだ。
輪廻転生という言葉をご存知だろうか。
大雑把に言えば人間は死んだ後、善き行いをした者は再び人やより上位の存在へ、逆に悪い行いをした者は虫や家畜といった生き物へと生まれ変わるという仏教の教えだ。
どこか遠くの出来事のようにも感じられる「前世」を見る限り俺は善人でもなければ悪人でもなく、平々凡々そこそこ真面目に生きてきた奴であったらしい。
だから、また人間かそれに近い何かに生まれ変わったのだろうと期待していたのだ。
まどろみと思考を何回も繰り返しているとある時、空間自体が大きくうねりだす。その衝撃で完全に目を覚ますと同時になるほどここは母親の胎内だったのかと納得し、俺は新たな「人生」に胸を踊らせていた。
なかなか外へ出られず四苦八苦する俺の両腕を掴み、外へと誘う存在によって再びこの世に生を受け。
脱力したまま床の上に投げ出されるまでは。
「よっしゃ、生まれたでー!」
「母親は無事か!?」
「あっ、タオル!」
え?と戸惑う俺を他所に、この世へと誘った張本人であろうおっさんたちは何やらバタバタと忙しそうだ。とりあえず体を起こそうとしてみると、むむ、なんだか手足が異様に長いぞ?
えーと、こういうときはひとまず落ち着くんだ。落ち着いて深呼吸をー。
「ぶしゅん!」
・・・しようとしたら、鼻と喉の奥から大量の水が逆流してきてむせた。なんなんだよ畜生。
そういえば生まれたにしては産声の一つも上げていない俺に対しておっさんたちはノーリアクションだななんて思っていたら、いきなり体をタオルで拭かれだした。
「おーし、羊水も吐いたな、大丈夫そうや。どれどれ?」
ふと、おっさんが片手を俺のケツから手を回して、今度は何をする気だ・・・って、あっ、そこは、やめ、あふん。
「おー!オスだ、立派なもんが付いとるわ!」
・・・この世に生まれて数分。見知らぬおっさんに大事なムスコを弄られました。ボクモウオヨメニイケナイ。というか、今生でも俺はオスなのか。ん?オス?こういうときは男とか言わないか普通?まるで動物みたいな・・・。
俺はハッとした。周りを見渡せば、三方を木造中心の壁に囲まれていて、その内内側を向いた一面だけが大きく開いている。その空間の天井と床の中心あたりに柵があり、床一面には母親の胎内から飛び出してきた俺を受け止めたと思わしき黄金色の藁がふっかふかに敷かれている。
こんな状況で生まれてくる生き物なんて、俺は一つしか知らない。
「この牧場期待のG1候補生やな!」
おっさんの眩しい笑顔の一言で確信できた。
・・・真面目に生きてきた俺は、サラブレッドに生まれ変わったみたいです。
XX97年。 北海道のマキバファームという小さな牧場で一頭の牝馬が出産を迎えていた。
「ほら、ロッチ!もっと頑張りや!」
昨年のセリで牧場にやってきたばかりの鹿毛の牝馬、通称ロッチ。
新しい環境に慣れきらないまま出産を迎えたせいか、なかなか仔を産み落とそうとせず、スタッフたちは困り果てていた。
「ちょっと様子が変かな・・・仕方ないですね、診てみます」
なかなか仔馬が生まれてこないと連絡を受け駆けつけた獣医が袖をまくり、意を決して牝馬の穴に手を突っ込んだ。
仔馬を探してしばらく中を探っていると、ようやく触れた前足がビクッと震え、生きているという事実に安堵しつつも納得したような表情を見せる。
「・・・ああ、これじゃあ生まれてこれないわけだね。足が中で
「なんだって!?」
獣医の言葉に顔を青ざめる50代ほどの男性。牧場長の薪場(まきば)だ。しかし獣医はすぐにこの程度ならすぐに整復できる、と落ち着いた様子で言いながら手早く仔馬の位置を修正していく。
「はい、出来ました。これで引っ張ってみてください」
「わかったわ・・・お、お!?おおお!?」
獣医に従い、前足を引っ張ると彼の言う通り、先程までの難産が嘘のように仔馬はするすると柔らかい藁の上へと生まれ出た。
「よっしゃ、生まれたでー!」
勝利宣言をするかのように大きめの声で叫ぶ薪場。
「母親は無事か!?」
獣医が出産を終えたばかりのロッチを気遣うと、下げていた首を持ち上げた。出産が長引いて疲れているものの異常は無さそうだ。
「あっ、タオル!」
あまりにあっさりとした終幕に、呆然としていたスタッフもタオルを取りに駆け出した。
「それにしても立派な子やなー」
薪場が生まれたばかりの仔馬の近くに寄った丁度その時、ぶしゅん!と可愛らしい鳴き声とともに羊水を吐き出したその姿を見て安堵する。
「おーし、羊水も吐いたな、大丈夫そうや、どれどれ」
スタッフから受け取ったタオルで体を拭いてやりながらも、気になっているのは仔馬の性別だ。怖がらせないようそっと腹側から手を回すと、立派な男のシンボルが手に触れた。
「おー!オスだ、立派なもんが付いとるわ!」
はっきり言ってこの馬の父親は今の所この近辺の牧場で種付けできるようなクラスの馬ではなかった。4、5件探し回ってようやく1頭か2頭、見つけられるかどうかだろう。
まして母親のロッチも由緒正しい名牝の血を引く血統の持ち主だ。そこに名牝のクロスがあるとなれば、体質の不安よりも先に期待が勝ってしまう。
この馬だ!と多少の無茶をしてでもロッチを競り落とした薪場にとって、無事に生まれてきたこの仔馬は正に希望の星。
「この牧場期待のG1候補生やな!」
気づけば、口から自然とそんな言葉が零れていたのだった。
主人公が活躍する路線は恐らく他の転生馬とは被らないとは思います。それと、活動報告なんかで父親当てアンケートとかやってもいいのかな・・・?