サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
体調不良が続いてましたがなんとか間に合いました。
ちょっとクオリティが落ちてます。
いちょうステークスの激闘から一週間と少し。
レース後、あれだけヘロヘロになっていたのが嘘のように俺は急激に回復し、センセイを驚かせた。
「新馬の後はあれだけバテてたのに・・・どういうことだ、消耗が激しいタイプじゃないのか?」
調教で追われて体質が強くなったとか、そこまで身体に負担がかかっていなかったのではとか色々考察していたけど、センセイごめんなさい、俺にもよく分かりません。
まあ、とにかく思ったよりもダメージが少なかった俺は、美浦のコースを駆けていた。
体力強化の為でもあり、新馬戦で使えた脚がいちょうステークスで使えなかった理由を探すためでもある。
今日は、ジュンペーが思い当たる節があるというので、試しに二本目のウッドチップを右回りで走っているところだ。
『・・・やっぱり、なんか走りやすいんだよなぁ』
何故だろうか、一本目の左回りよりもより脚が進み、心地よく走れている。
「セキト、いくよ」
『おう!』
背中のジュンペーからの合図で、疑問を振り払ってぐん、と加速する。
間違いなく新馬で走った時の最後の方と同じ感覚だ。
「さあ、行けっ!」
『いいのか!?・・・よっしゃあ!気持ちいいぜー!』
「やっぱりそうか!」
全力でいけ!というサインのムチが入った瞬間、俺の脚は最高速に到達する。その瞬間ジュンペーが何かに気づいたようだったが、スピードに酔いしれた俺は特に気にすることもなく、ゴール地点のハロン棒を駆け抜けた。
『いやぁ、なんだか今日の調教は非常に有意義だった気がするぞ』
終始気持ちよく走り抜けることができた俺は絶好調。
全身から蒸気機関車のように湯気を立ち上らせ、胸を張って歩く。
早朝のきりりと引き締まるような気温の低さが気持ちいい。
ん?向こう側から誰か走ってくる・・・太島センセイ!?血相を変えて、更にストップウォッチを掲げて。大慌てで走ってきている。なんだなんだ。
「じ、ジュンペー、なんだこのタイムは、本当にセキトがこのタイムを出したのか!?」
センセイはストップウォッチをジュンペーに見せながらそう尋ねた。
「ええ、間違いなくセキトのタイムです。ストップウォッチの故障じゃありませんよ、さっき何回も動かしましたが、正確でした」
ん?俺のタイムがどうした?というかジュンペー、なんか笑ってないか?
「なんてことだ・・・こんなタイムを出されちゃ、朝日杯、意識してしまうじゃないか」
朝日杯、って・・・朝日杯フューチュリティステークス!?あ、この時代は朝日杯3歳ステークスか。ってそういうことじゃなくて!
「タイムだけなら古馬並み、ですね」
ああ、ジュンペーが笑ってたのはそういうことか、って古馬並み!?3歳の俺が!?そう思ってセンセイのストップウォッチを見ると。
『あんじゃこりゃあ!?』
何も言わなければ古馬が出したとしか思えないような、驚異的なタイムが刻まれていた。
「脚元は・・・なんともありませんね」
馬房に戻ると、馬口さんが俺の脚をチェックしてくれた。今日もシステムオールグリーン。異常なし。
「それじゃあ、私はもう一頭上がってくるやつがいるんで」
馬口さんはそのまま次の担当馬のところへと向かうらしい。いってらっしゃーい。
「ジュンペー、あのタイムはなんだ、どうやって出したんだ」
一旦落ち着いたところで、センセイがジュンペーにあのバケモノ級のタイムの話を持ちだした。
「センセイ、まずは落ち着いてください」
珍しく興奮したようにまくし立てるセンセイを制するジュンペー。いや、マジで俺あれどうやって出したの。教えてジュンペー。
「あ、ああ」
センセイも自分が冷静さを失っていたと気がついたのか、いつの間にか普段の調子に戻っていた。
「まずは結論から言いますね、セキトは・・・右利きです」
「右利き」
センセイがジュンペーの言葉を繰り返す。
右利き?確かにさっきの俺は右の前足を先に出して走っていたな。
「それに対して、この間のいちょうステークス。スパートをかけようとした時には回りのせいでしょう、左手前で走っていたんです」
「驚異的な末脚を見せた新馬戦は右回りの札幌だったな・・・」
センセイの考察に頷くジュンペー。
「はい、おそらくそこです。セキトは右回りの競馬場なら、とんでもない脚を発揮できるんだと思います」
そうか、手前か!
手前とは馬が走るときに左右の前脚のどちらが先に地面につくかってことだ。
左脚が先に付けば左手前、右脚が先に付けば右手前ってな。重心の関係で左回りなら左手前、右回りなら右手前で走らないと外へと吹っ飛んでってしまうんだ。
ところでどこかで見たデータだったんだが、馬は訓練次第で左右どちらの手前でも走れるようになるが、調教前の馬を調べたら牡馬は左手前、牝馬は右手前が得意な馬が多かったらしい。
つまり右手前が得意な牡馬である俺は、少数派ってことだ。
いや、スプリンターで左手前が得意であっても高松宮記念くらいしかでかいレースが無ぇな!?それよりは右手前が得意で良かった。
「ますます朝日杯を意識してしまうじゃないか」
「意識しちゃってもいいと思います、十分勝負になりますよ!」
センセイの言葉を肯定するジュンペー。全ては馬主である朱美ちゃんの判断次第だが・・・多分OKだろうなぁ。
センセイは朱美ちゃんに電話をかけた。
「どうも、調教師の太島です・・・あっ、天馬さんですか」
どうやら無事繋がったらしい。電話の向こうから朱美ちゃんの元気な声がする。そういえば短期放牧に出されたとき以来、2ヶ月ほど会ってないんだよな。
また会いたいな、なんて思っていると、世間話を終えてセンセイが本題に入ろうとしているところだった。
「ええ、それでですね・・・右回りでセキトバクソウオーの持ち味を活かせる大舞台、朝日杯に出走したいのですが・・・どうでしょうか」
「えっ?いちょうステークスを見てたらマイルは長いんじゃないかって?それはそうなんですが・・・今日の調教で素晴らしいタイムを叩き出したんですよ」
おや?なにやら長引いてるな。
「ええ、それはもう、古馬並みのタイムでして、私個人の考えなのですが・・・朝日杯でも通用する、と考えてまして」
朱美ちゃんが珍しくゴネてるのか?センセイが朝日杯にかける熱意を語っている。
「はい、はい・・・そうですか!ありがとうございます!絶好の仕上げで応えさせていただきます!」
おお、流石策士太島昇。見事朱美ちゃんを説き伏せたようだ。
電話を切ったセンセイは、なんだか疲れたような様子で肩を落とした。
「はぁ、よかった。天馬さん、どんどん競馬の知識を身に付けてきてるじゃないか・・・京王杯はどうかとか福島じゃ駄目なのかとか、親父さんがそうだったとは言え、本当に馬主になったばかりなのか?」
まあ朱美ちゃん、自分が馬主になったばかりではあるけど、馬主の父親は長い間見てきたっぽいからなぁ。そりゃちょっと勉強したらローテーションとか適正距離とかの概念は覚えるよな。
そんな感じで朱美ちゃんの学習能力に感心しつつ、センセイが今日の調教を終えたジュンペーを俺の馬房の前に呼び出して朝日杯出走の意向が固まったことを伝えると。
「よしっ!センセイ、出るからには勝ちにいきましょう!」
軽くガッツポーズをしつつ、嬉しそうにそう言った。
「当たり前だ。セキトもこれまで以上慎重かつ厳しく仕上げていくから、覚悟しておけよ」
センセイもG1となると、そこにかける想いや闘志を隠しきれていない・・・え、厳しくって、またカイバ減るの?やだなぁ。
かくして3歳牡馬の大一番、朝日杯3歳ステークスに向けて本格的に身体をつくることになった俺は、コースをウッドチップから坂路に移し何本も駆け上がる。
「こら!セキト!もうおしまいだよ!休むのも仕事!」
時にジュンペーに手綱を強く引かれるほどの本数を駆け抜け。
「こいつは平地とほとんど変わらん感じで坂路を上がってくな」
センセイからお褒め?の言葉をいただくほどのパワーを身に付け。
「セキターン!G1頑張ろーねー!」
「ひひひひーん!」
「うわぁっ!?天馬さんの声でスピードが!?セキト、落ち着けー!」
坂路コースの途中でたまたま調教を見に来た朱美ちゃんにうっかり声をかけられりなんてした時には嬉しくて自己ベストが一秒縮んだりした。
そうやってあっという間に一ヶ月とちょっとが過ぎて。
「完全に仕上がりましたね」
「ああ、仕上がったな」
ジュンペーとセンセイが言うとおり、赤い馬体は燃え上がるようにピカピカに仕上がっている。
今日は馬運車に乗り込んで決戦の地、中山競馬場に向かう日だ。
そして、俺と同じ馬運車で同じ地に向かう奴がもう一頭。
未だ2戦未勝利のイーグルカフェだ。
『前の2戦は不覚をとってしまったが、此度こそ勝利という王冠を手にするのだ』という本人の言葉通り今度こそ、という闘争心が溢れ出ているのが見て分かる。
今回は朝日杯の前日、土曜日の未勝利戦に出るんだそうで、せっかくなら一緒に運んでしまおうと俺と同じ馬運車に相乗りになったようだ。
鉄製の昇降口を踏み込んで、馬運車の一角に収まると、イーグルカフェが珍しく驚いたような表情を見せた。
『貴様、本当にセキトバクソウオーか?気迫も、表情も、まるで別馬だ。何があったのだ』
そう言われても自分じゃよく分からない。だからこう答えておいた。
『G1ってのは皆こうなるんだよ』
『そうか・・・早く追いつきたいものだな』
イーグルカフェの声は決意と、ほんの少しの寂しさを含んでいるようだった。
朝日杯まで、あと、数日。
俺たちの決意や思いを覆い隠すように、馬運車の扉が閉められた。
次回、G1。
アンケートにご協力いただけたら幸いです。
次回更新は月曜22:00を予定しています。