サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
ただ、まだ書きたいネタがいくつかあるので番外編の更新は続きます。
「やったか!」
巨大ヒグマに追われ続けて一週間。
ようやく聞こえた人の声の方へとそのヒグマを引き連れて突っ走り・・・悲鳴じみた朱美ちゃんの声に咄嗟に反応して右へとすっ飛んだ。
そんな俺が聞いたのは・・・使い古したフラグめいたおっさんの声。おい、それダメなやつだぞ。
「・・・いえ、ダメですね。でも、まだ・・・!」
案の定、今の不意打ちでヒグマを仕留めることは叶わなかったらしい。しかし熊撃ちと思わしき渋い声のおじさまに諦めた様子はない。いやん、ロマンスグレーが素敵。
てか、そうか、この人が朱美ちゃんの言っていた熊撃ちさんか。なんかさっきは俺ごとクマを狙ってるような気がしたけど・・・俺の気のせいだよな?
ところでそのヒグマだけど・・・振り返ってみれば、彼が放った弾丸は確かにヒグマに当たってはいるようだ。
けど・・・いずれも致命傷には至らなかったようで、すごい鳴き声を上げながらゴロゴロと転がるように悶絶している。
これは・・・チャンスじゃないか?
「ふっ!」
そう思ったのは熊撃ちさんも同じだったらしい。再び猟銃から弾丸を放つ・・・が。
『ガォォォ!!』
それに気がついたヒグマは飛び起きるようにして走り出し・・・山の奥へと逃走していく。
『・・・!』
・・・その時、確かにこっちを睨んだその目は、心なしか「覚えておけよ」と言っているような・・・そんな気がした。
手負いグマって言って、仕留め残ったクマは凶暴な性格になるらしいけど・・・今日負った傷が癒えるまでは、アイツも今までのようには動けないだろう。
・・・とにかく。
これで、牧場と、俺を襲った危機はひとまず去ったということ。
『あ"ーーーー・・・疲れたぁぁぁぁぁ』
「セキタン!!?」
長らく山中を彷徨ったこと、そして、久しぶりに人間に会えたこと、ヒグマがいなくなったこと・・・。
あらゆることへ安堵するあまり、4本の脚全てから力が抜けて地面へとへたり込む。心配した朱美ちゃんが駆け寄ってきてくれたが・・・すまん、今はとにかく休ませてくれ。
てか、冷静に考えたら一週間、水以外口にしてないんだぜ?ほぼ二十五歳の高齢馬がよく生きてたな。まあ、俺のことなんだけど。
こりゃあしばらく動けないなぁ、と考えていると、熊撃ちさんが「早く避難しないと熊が戻ってくる可能性が・・・」なんて説明をしてらして。
じゃあ早く逃げないと・・・と頭では思っても、あらら、やっぱり身体が言うことを聞いてくれないや、年寄りってやーね。
『みんな、すまねぇ・・・』
ブルルと鼻を鳴らして、頭を下げて。申し訳ないと謝れば、熊撃ちさんは俺の仕草に驚いたような顔をしたし、朱美ちゃんからは「いいからまずは休んで!」と叱られてしまったぜ。とほほ。
「ところで、セキト・・・いいもんがあるんやけど」
そんな時、薪場のおっさんがなにやらにやにやと笑いながら、腰の後ろに手を回して話しかけてきた・・・ん、この匂いは・・・ははあ、おっさん、その手に隠しているのは、アレだな?
赤くて、丸くて、あまーいやつ。
「ほれ、これでも食うて力出しや」
『・・・!それって・・・!』
そう言っておっさんが差し出して来たのは・・・俺の見立て通りにリンゴだった。
ただし予想外だったのは・・・そのリンゴが俺の誕生日とか、子供が大きなレースで勝った時とか、そういう特別な時にしか貰えない大きくて滅茶苦茶甘いやつだったということ。
『それ・・・いいのか!?』
首をぐいっと伸ばして、大好物であるそれに鼻先を近づけると・・・ふわーっと甘い蜜の匂いが入ってきて・・・食べる前からこれは特に「大当たり」の部類に入るレベルだと確信する。
「どうせ何も食うてへんのやろ?だったら腹はスッカラカンのはずやからな。しっかり食うて、まずは家まで帰るで・・・っと!」
『いただきます!』
おっさんが話し終わったその瞬間を見計らって、俺はリンゴにむしゃぶりついた。
噛み付いたその瞬間、しゃり、という音とともに口の中に広がる蜜の味。
ああ、あぁ〜!!そうそうこれこれ!この甘さ!!世の中じゃあ馬の好物はニンジンなんて俗説があるけれど、俺は断然リンゴ派!よくファンからニンジンや青草が届くけど、差し入れするならこっちでお願いしたいくらいだ!
結局30秒と掛からず、大きなリンゴを種と芯以外全て口に収めた俺は、ゆっくりと残った果肉を味わった。
なんかその最中におっさんが熊撃ちの人から「熊が出るかもしれない山中に食料を持ってくるなんて、あんた死にたいんですか!?」なんてこっ酷く注意されていたけれど。
まあ、その食料のお陰で俺は久しぶりに腹にものを入れることができたんだ、その辺で勘弁してやってくれよ。
『・・・そろそろいけそうかな・・・よっ、と!!』
それから更に十分ほどが過ぎてから・・・ようやく身体にエネルギーが回ったのか、俺は少々よろめきながらも無事に立ち上がることができた。
「あ!セキタン!大丈夫なの?」
『ひとまずはな』
まずは、
そこでしっかりと身体を休めて、また、若駒たちの面倒なんかも見てやらないと。
「じゃあ、帰ろか」
「賛成!」
『おうよ!』
俺の様子を見て・・・これなら行けそうだと判断したおっさんの判断によって、俺たちは一度最寄り、とは行っても数百メートルは歩いて山道へと出て、そこまで進入して来てくれた馬運車へと乗り込み、牧場への帰還を果たした。
というかその帰路の・・・馬運車の乗り心地が最悪で・・・まあ、山道ならそうもなるって話ではあるんだけどさ。
ひょっとして、直接歩いて帰った方が体力の温存になったんじゃね?と思ったのはここだけの話。車を降りたら朱美ちゃんまでダウンしてたし。
しかも帰ったら帰ったで久しぶりに顔を合わせたスーが。
『お兄様!!なんて無茶をなさるのですか!!話を聞いたときにはもう会えないと思いましたわ!!』
そう言いながらあらゆる感情がごちゃまぜになった顔をしていて・・・そのまま迫られてしまったからもう大変。
柵越しに俺にくっついたまま離れてくれなくなり、厩舎で身体を休めなければならないからと何度説明しても理解してくれなくて、とうとう物理的に俺が離されるとひんひん鳴いて寂しがる始末。
何人かのスタッフさんが必死に宥めていたけど、ありゃあ落ち着くまで時間がかかりそうだなぁ。普段なら俺が側にいてやるんだが・・・ガリッガリのバッテバテな今日はそういう訳にも行かなくて。
スタッフの皆さん、非常に手のかかる妻ですが、どうかお願いします。
それから俺の厩舎に戻るまでの道すがら・・・会う馬会う馬、皆がみんな「生きてたの!?」とか「ボスが帰ってきたー!」といい意味で驚いてくれたり、歓喜の声を上げたりと思い思いのリアクションで俺の生還を喜んでくれていて。
『(意外と俺、慕われてんだなぁ・・・)』
自分は案外、人徳ならぬ馬徳のある存在だったのだと改めて認識する。
ならば、その心に応えるべく、俺はしっかりと食べて、寝て・・・身体を戻した上で、まだまだボスの仕事を続けなければ。
そう、これだけの大騒動にも関わらず、俺自身はまだまだ生きて、生まれてくる子孫たちの活躍を見守る気で満々だった。
満々だった・・・んだけども。
『ん・・・あれ・・・おかしいな・・・』
それからというもの、青草を食べても、飼い葉を食べても・・・中々浮いたアバラが引っ込んでくれないし、腹も大きくならない。
ちゃんとボロは出てるから、消化はしてるはずなんだけど。
首を傾げながらも、ならば更に食べるだけだ!と絶えず草を食んではいるんだが・・・それでも、痩せた馬体はそのままで。
『うぷ、やっぱりなんか変なんだよなあ』
そもそも草を食べられる量が段々減っている気がする。身体を戻そうとして牧草を口に入れても・・・なんだか『いらない』ってなっちゃうんだよな。若い時は青草なんかいくら食べても足りないくらいだったのに。
しかも、気を抜くとなんだかぼーっとして、いつの間にか座り込んでいることが増えた。そんなんじゃ足腰を駄目にしちゃうのにな。
そんな生活をしているもんだから案の定筋肉なんて落ちちゃって、またヒグマが出たとしてもあんな追いかけっこを演じることは叶わないだろう・・・あ、でも、囮にはなれるかも?
そんなことばかり考えている俺の異変を感じ取ったのか、薪場のおっさんもよく獣医を呼んでは俺を診てくれるようになって。
それが、月に一回、週に一回、そしてついには一日一回。獣医の往診が日常になり、点滴を受けながら健康状態のチェックをしてもらっていたある日のことだった。
「先生、セキトは・・・セキトを、何とか助けてやれんのかいな!?」
その日の診断結果を聞いたおっさんが、まるで懇願するように獣医の先生に縋っていた。
そして、肝心の先生はと言えば・・・それを見て、悲しそうな、哀れむような・・・とにかく、いい意味をまったく含まない顔をしていて。
「誠に申し上げにくいのですが・・・現状の医療で、出来る手は尽くしました。それでこの結果となると・・・」
おっさんに向けて放たれた獣医のその言葉と、顔を伏せたおっさんのリアクションで・・・とうとう俺は自分の身に何が起ころうとしているのか、理解する。
『(ああ、そういうことか・・・)』
どうやら、『そういうこと』らしい。
食欲が落ちているのも、馬体が戻らないのも。
その言葉で全部、納得する。
・・・思えば、生まれてすぐに命を落とした息子がいた。
少し育って、脚を折った子もいた。
育成に入って、突然の病に倒れ伏した子も。
厩舎で、競馬場で、牧場で・・・あらゆる場所で、理由で・・・アクシデントによって輝きを散らしてしまった子もいる。
そんな哀れな子どもたちに比べたら・・・俺の二十五歳なんて、充分な長生きだ。これ以上を望んだら、きっとそいつらに怒られちまうだろう。
『(あーあ、とうとうか)』
勿論、理解したとは言え、理解出来ただけであって・・・その事実を今すぐ全部受け入れられるわけじゃない。
ただ、『その時』に向けて・・・まだまだ出来ることはあるはず。
『・・・ナイト、ティオ。来てくれ、話がある』
その第一歩として。
『なんだい、父さん』
『なになに、じーちゃん、大切な話?』
診察を終えて放牧に出された俺は・・・近くの放牧地にいる息子と孫を、静かに呼びつけた。
納得の行く、『その時』を迎えるために。
そう決意をした日から時は流れて・・・。
凍てつくような雪が溶け、顔を出した大地から新緑色の目が顔を出し、やがて牧場に植えられた桜の木が、その花びらを開かせる頃になると。
季節が新たな命を運んでくるのとは反比例するように・・・とうとう俺は、枯れた大木の様な姿へと変り果てていた。
とは言えそんな身体なりに元気ではあるし、病気じゃないんだからもうどうしようもねーって話だし、俺自身はそんなに気にしていない。
・・・因みにさっきの枯れた大木って表現だが、ティオの発案だったりする。ホント変な所で頭がいいんだよな、アイツ。
『・・・はぁ』
しかし、どうしたことだろう。最近はいつも重い重いと引きずるように動かしていた身体だが・・・今日は一段と重い気がする。
でも、いつも通りに牧場を見渡せる場所まで歩いていって・・・あれ、何も見えないや。
一旦は不思議に思ったものの、すぐに原因を思い出した。
『あ、そっか・・・目、駄目になったんだよな』
そう、前々から危惧されていた目なんだが・・・あれから一気に駄目になって、ほとんど真っ白な視界になっちまった。
もう実質身体にくっついてるだけって感じだし、耳もあんまり聞こえなくなってて・・・あ、でも鼻だけは健在。リンゴやみんなの匂いだって分かるし、もしも気に入らない奴が来たら噛み付いてやる。
というか目が見えないことを忘れるなんて、こりゃあいよいよ俺もボケが始まったか?
『父さん・・・大丈夫?』
『・・・ああ、ナイトか。大丈夫だ、いつもと変わらん』
話しかけてくれた息子の声を認識するにも時間が必要で、最近はたった一言反応するにも、少し遅れてしまう始末。
なんつーか、すっかりヨボヨボのおじいちゃんって感じだ。
『はは、俺もすっかりジジイだな・・・』
苦笑しながら顔を上に向けるとなんとなくだが雲は無く、空が広がっているのが分かる。道理で背中が温かい訳だ、今日は快晴なのだろう。
今の俺の目にはそんな空の色も、まるで霞がかかったように白く濁ってしまっていて・・・ああ、あの澄み切った青空が恋しいなぁ。
「おーい、セキトー!元気かー!?」
『ん?・・・あ、おう!スタッフ君!』
己の老いを実感する中、見回りもかねて俺の様子を見に来た人物が一人・・・うん、この匂いはスタッフ君だ。彼が、長い紐のような・・・ああ、これは引き手か、それを俺に見せながら「今日はどうする?」なんて聞いてきた。
これは、散歩に行くかどうか尋ねてきているサイン。最近は体調次第で行ったり行かなかったりしてるんだが・・・今日は行けそうだな。健康のため、行かせてもらうぜ。
見えない目で大丈夫かって?
それが意外と大丈夫なんだよな。牧場のどこに何があったかとかってしっかりと覚えているもので、その感覚に従うだけでぶつかるとか、どこかに身体を引っ掛けることなんてほとんど無いんだよ。
それに、完全に見えてないってことでもないから、最悪目の前から車なんかが来たりしたら反応は出来る、逃げられるかどうかはまた別問題だけど。
「これで・・・よしっ、と」
『よし、行くか!』
体の表面から微かに伝わる衝撃が、俺の頭絡にしっかりと引き手が付けられたということを伝えてくれて。
さあ、今日もボスとして・・・なにも異常がないか、しっかりと見回らないとな!
「セキト、お疲れ様ー」
『はー、疲れた疲れた、休も休も・・・』
あー、歩いた歩いた。
今日は珍しく調子が良かったみたいで、一度歩きだしてしまえば嘘のように身体が動いてくれたもんだからそのまま牧場の放牧地巡りをしてしまったぜ。
ちょっと遠いところで放牧されている連中にも久しぶりに会えたし、今日の散歩は充実していたの一言だ。
因みにパトロールの方もめでたく異常なし。まったく、いつまでもこうあって欲しいもんだなぁ。
それにしても・・・そう考えるとホント、朝の身体の重さは何だったのか?
・・・まあ、そんなことばっかり考えてても仕方ないな。そろそろ俺の放牧地も見えてきたし。
「じゃあな、セキト。しっかり休めよ」
『おう!』
そのまま歩みを進めて専用の放牧地に帰ってくると・・・スタッフ君が引き手を外してくれたから、俺は身体を休めようと直通になってる馬房へと向かう。
『あ、父さん、おかえり』
そんな俺を見て、早速ナイトが出迎えてくれた。
『おう、ただいま。ちょっと休むから、その間の番は頼んだ』
『了解!』
俺が休んでいる間に何か起きたら大変だからな。万が一の時は俺に知らせてくれる様ナイトに見張りを頼んだら、快く返事をしてくれた。これで安心。
『よっこいしょ、ふぅ〜・・・』
俺の身体を考慮してか、たっぷり目に敷かれた寝藁に座り込んだ後、何となくそんな気分だったから身体を横たえて、脚を投げ出す。
『ふぁー・・・気持ちいい・・・』
人間で言えば羽毛布団のような極上の寝心地。しかも万が一の時は食べられるってんだから、これ以上のベッドがあるだろうか。
因みに寝藁の味は・・・なんというか、噛み終わったガム?とにかく無味無臭で、少なくとも俺は自分から食べようとは思わないかな。
『ふぁ・・・』
しかし、今日は沢山散歩したからだろうか。妙に眠い。
うとうととしている内に段々と目蓋が重くなってきて、まばたきが増えてきて・・・。
もともと時間は一杯あるんだ・・・たまには昼寝に没頭する日があったって、怒られはしないだろう・・・。
そう、と決まれば・・・。
少し、眠ろうか・・・な・・・。
・・・そして、冬とは思えない暖かな気候の中・・・驚くほど穏やかに、眠りに落ちた俺だったが。
一定のリズムを刻んでいたその寝息と、身体の動きが・・・いつの間にか止まっていた事に気づいた者は。
・・・俺自身も含めて、誰もいなかった。
『・・・起きろ、おい、起きろって』
・・・んん?俺に話しかけてくるのは誰だ。申し訳ないが俺は今昼寝中でな。緊急の用事でなければ後にしてほしいんだ。
『むにゃ・・・あと5分・・・』
話しかけてきた相手を見ることもせず、思わずそう返事を返すと。
『いいからっ・・・!起きやがれってんだ!セキトバクソウオーさんよぉ!!』
『ふぁっ!!?』
相手が一転して怒鳴りつけるような大声を出してくれたもんだから、驚いたあまりに飛び起きる・・・ってあれ?
『身体が・・・軽い?』
何ということでしょう、先程まで鉛の様だった身体が、嘘のように軽くなって・・・今なら若い時と同じ・・・いや、それ以上に走れそうなくらいだ!
『こりゃあ早く皆にも知らせないと・・・って、ん?んん?』
まるで突然若返ったかのような調子の良さが嬉しくて、早く外に出てナイトを呼びつけようとしたところで・・・ようやく周りの風景が牧場とは様変わりしていることに気づいた。
『ここ・・・どこ?』
まず、柵が無い。というか地面と呼べるものがない。
じゃあ俺はどこに立ってんのさって言われたら・・・空中?いや、浮いてるわけじゃないんだけども。
えーっと、地面がないのに、しっかりと地面を踏みしめて立っている感覚はある・・・って、なんか訳分かんなくなってきた。
というか、よくよく周りを見渡したら・・・なにここ、月とか火星とか、よくわからない変な色の星とか一杯浮いてる・・・宇宙?一体何が起きたら牧場が宇宙空間になるんだ。てか目も見えてるし。
昼寝効果のお陰か妙にクリアになった頭で、前世の知識までもを引っ張り出し・・・あれこれ、どれそれ、いろいろと考えては見るものの何一つこの不可思議空間に当て嵌まるものなんて無くて。
ああ、訳が分からな過ぎて頭が痛くなって来たぞ・・・一体何がどうしてこうなったんだ。誰か俺に説明して欲しい・・・。
『よぉ、セキトバクソウオー、目は覚めたか?』
いきなりこんなところへと叩き込まれ、呆然としている俺に・・・先程眠りから叩き起こしてくれた声の持ち主が再び話しかけてきた。
『ん・・・誰・・・ウェッ!?』
思わずそちらのほうへと顔を向け、その姿を確認すると・・・俺は思わず変な声を上げてしまう。
『随分と久しぶりだな!』
そう堂々と声を張り上げ、そこに立っていたのは・・・紛れもなく『俺』だったからだ。
おいおいおい・・・赤い馬体に、額に一点だけ置かれた炎の様な流星に、後ろ脚の白い部分、蹄の大きさまで・・・紛れもなく、聞いてた俺の特徴とぴったり一致してやがる。
まさかドッペルゲンガー!?・・・じゃ、ないよな?もしそうだとしたら俺、これから死ぬってことになるんだけど。
しかもそいつ、久しぶりって話しかけてきてるし・・・多分、何処かで会ってるはずなんだよな、けど、んー・・・一体どこで・・・。
『もう、なんだよ!『オレ』のこと忘れたのかよ!?』
あの、何処かで面識ありましたっけ?なんて聞くわけにもいかず。しばらく考え込んでいると、俺そっくりな馬は地団駄を踏み、まるで子供のような態度を見せ・・・。
『・・・あ』
それで、ようやくピンときた。
今の今まで忘れていたけれど・・・まだ俺が現役だった頃、欧州へと遠征した時、不思議な夢を見たような覚えがある。
確か・・・もう一頭自分がいて、なんやかんやとあってそいつとレースして・・・。
・・・あー!そうだ!完全に思い出したぞ!
『お前、夢の中でレースした・・・もう一頭の俺だな!!?』
こいつは俺の精神の中に閉じ込められた『本来この肉体の持ち主になるはずだった魂』・・・つまり『本来のセキトバクソウオー』だ。
確かあのときはお互いの存在がどうのこうので勝負したんだよな、その後どうにかなったけども。
『そうそう!なんだ、ちゃんと覚えてんじゃねーか!安心したぜ!』
俺の方から、その正体へたどり着いたことを伝えると、もう一頭の『オレ』は満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに言った。
そして、そうやって彼にご満悦頂いたところで・・・俺の方からも質問を投げかける。
『なあ、『オレ』よ。気がついたらこんな場所にいたんだけど・・・ここが何なのか分かるか?』
『分かるぜ、んーと・・・そうだなあ・・・』
この不思議空間について尋ねてみたら、なんと『オレ』はその正体を知っていると言う。これはラッキーと思いつつ、しばらく唸る彼を見ていると・・・。
どうにも、答え自体は分かっているけれども、それをどう俺に伝えたものかと悩んでいるようにも思える。
そのまま見守っていたら、やがてこちらをちらりと見やって。
『・・・ストレートとオブラート、どっちがいい?』
なんて聞いてきたから。
『・・・じゃあ、ストレートで』
今更だけど俺、そこまで頭が良くないからなぁ。下手にオブラートに包まれたところで理解できないってよりは、多少傷ついたとしても最初にストレートに言ってもらった方が後が楽な場合がある。
だから、今回もその経験則に則ってストレートに言ってもらうことを選択したんだけど・・・。
『オレ』の口から出てきた言葉は、想像もしてなかったものだった。
『なんだ!気を使う必要とかなかったな!んじゃ言っちまうぞ!ここはな・・・天国だ!』
『天国!?』
おい、こいつ今なんつった。
思わず言われたその言葉を、頭の中で二、いや三度繰り返す。
テンゴク。
てんごく。
漢字にしたら・・・天国・・・だよなぁ。
・・・うん、少なくとも、周りの光景を見る限り楽園とかそういった意味での天国って訳じゃないのは理解できた。
と、なると・・・天国って言葉に残された意味は、あと一つ。
『おい、おいおいおいおい・・・!?』
でも、その意味って。つまり、そういうこと・・・だよ、な?
『な、なあ・・・『オレ』。また、聞いてもいいか・・・?』
『なんだー?』
この『事実』を知っているのかいないのか・・・『オレ』はのんきにそう反応した。
けど、こっちとしてはそれどころじゃあなくて。
『・・・俺、は・・・その、えっと・・・死んだ、のか・・・?』
そこにある『事実』を認めるのがまだ怖くて。臆病風に吹かれた俺は情けなくも自分の身体ではなく・・・目の前に立つ『オレ』に尋ねた。
そして・・・。
『うん、死んだ!』
『ふぇあ!?』
俺は『オレ』に、その重苦しい事実を、深刻さなんて微塵も感じさせないほどに底抜けに明るく返されたもんだから変に拍子抜けしてしまった。
けれどそれが良かったのだろうか?悲しいとか辛いとか、そういった感情よりもこいつへのツッコミが優先されて・・・大きなため息が出る。
『はぁ・・・やっぱりか・・・というかお前、ちょっとは空気読めよ・・・』
『?』
俺の言葉に、よく分からないという様な表情を見せる『オレ』。
ああそっか、こいつ、そもそも俺以外の馬と関わったことがないんだった。そりゃあ空気を読めって言われたって分かるわけないわな。
それにしても・・・あー、とうとうか。
今にして思えばあの身体の怠さや重さはお迎えの前兆だったんだろう。そして、眠っている時にそのまま苦しまずポックリ・・・。
ああ、誰がどう見ても羨ましがるほどの老衰です、本当にありがとうございました。
納得はしている・・・けど、せめて出産シーズンが終わるまで生きていたかったなぁ。
だって、今年生まれる俺の子供たちは俺の顔を知らず生きていくんだぜ?そう思うと切ないような、寂しいような・・・。
そうだ、突然残されちまったスーは大丈夫だろうか?アイツのことだから後追いしてきそうな怖さがあるんだが。
・・・あ、やべ、ちょっとだけ『会いたい』って思っちまった。ダメダメ、こっちに来ちまった以上、あっちには戻れないんだから。
こんな時は、何か他のことで気を紛らわせるに限る。胸の奥に渦巻く気持ちを抑え込もうと・・・俺は、こいつが『天国』と称したこの場所がどうしてこんな宇宙空間じみているのか、と『オレ』に尋ねてみた。
『・・・なあ?天国って言う割には随分と宇宙みたいな場所だが』
その言葉を聞いて、待ってましたとばかりに勢いよく答え始める『オレ』。
『ああ!それはだな!天国って言っても、ここはまだ入り口なんだ!』
『入り口?』
入り口、とはどう言うことだろうか。俺は更に続きを促した。
『もっともっと奥の方に行くと、ホントの天国があるんだけど・・・もしかしたらまだ生きてなきゃいけないのに、間違えてここに来ちゃった奴が帰れるようにってわざと長くしてるんだってさ!』
『へえ・・・』
鼻高々、といった様子で説明してくれる『オレ』。こいつがなんでそんなことを知っているのかはともかく、まさか物理的に長い道で死者以外を帰しているとは・・・臨死体験ってやつの真実を知ってしまった気がする。
とは言え俺だって今は死んでるからこの事実を誰かに伝えることもできないんだけどな。
・・・その後も、
そこで気づいたのは、案外この道を行くペースってのは、馬それぞれだってこと。
後ろから『ごめん!早くまたあの人と走りたいんだ!』と、どこかで見たような額に小さな星を持った鹿毛の馬が全速力で駆け抜けていったかと思えば。
のんびりと前を歩いていた、一本線に近い流星を持った栗毛馬に『よかったら先に行くかい?』と言われ道を譲ってもらったりして。こちらもどこかで見覚えがあるような。
そうやって、一歩、また一歩と進めていく中で・・・急に、『オレ』が足を止める。
『お、どうした?』
急な出来事に俺も歩みを止め、『オレ』にそう尋ねれば、彼は後ろを振り返ったまま、不思議そうに『なんか呼ばれた気がする』と呟いて。
そのまま後ろへと身体を向けると、一気に走り出そうとして・・・しかし今度は、俺のことが気になるのか、ちらり、ちらりとこちらへ視線をやってきた。
俺を置いていきたくない、とでも言うように。
その頃。
夜明けを迎えたマキバファームでは大騒動が起こっていた。
「タオル!!早よせんか!!」
「はい!」
「あわ、あわわわわ・・・!?」
「今更だけど僕たち、ここにいていいのかな・・・!?」
繁殖牝馬たちを収めている厩舎の一角。いつもは馬の嘶きぐらいしか音がない筈が、今日はドタバタ、薪場と複数人のスタッフがあれやこれやと右往左往して。その中には何故か朱美とジュンペーの姿もあった。
「ベル!もう少しやで!しっかりきばれや!」
そんな中で・・・薪場は馬房の中で、今まさに仔を産み落とさんとしている牝馬、ブラックベルベットへと声をかける。
大きく開かれた鼻孔は絶えず空気を取り入れようとし、時折立ち上がってはまた座ってを繰り返し・・・初産であるはずの彼女だが、本能のまま母親としての勤めを果たそうとしていて。
「(まったく・・・!産む気配なんて全然あらへんかったのに・・・セキトの仕業か!?)」
薪場がそう思うのも無理はない。何を隠そうこのブラックベルベットの出産は前日までほとんど兆候を見せないまま始まったものであり。
まるで自分に関わった人々を悲しませまいとするかのように・・・早朝、セキトバクソウオーが馬房で亡くなっているのが見つかり、連絡を受けた朱美とジュンペー、その他大勢が駆けつけ、急遽お別れ会が始まったその直後。
ブラックベルベットが放牧地で破水しているのを、一人のスタッフが見つけたのだ。
牧場の大黒柱の死というあまりに大きな哀しみに暮れる中、彼によって「ベルが破水した!」と、一大イベントの始まりが告げられては。
経験のあるなしに関わらずスタッフ達も大混乱、皆が皆感情が迷子になったままとにかく生まれてくる命を助けなければと動き出したのだった。
「場長!出てきました!」
「おお!・・・んんっ!こいつは・・・!!」
やがて、座り込んだブラックベルベットから仔馬の脚先がずるりと現れると。
「赤毛や!こいつ!セキトに似て赤毛やー!」
薪場がそう歓喜の声を上げた通り、その毛並みは確かに父親譲りの真紅をたたえていた。
『・・・なあ、行かないのか?』
『・・・』
黄泉の旅路を往く途中。
突如として立ち止まった『オレ』は、後ろの方・・・つまり、現世の方から呼ばれているとそちらの方を向いたまま、立ち尽くしていた。
しかし、あっちから呼ばれてるってことはだ。
『オレ』は・・・また、新たな命として生まれ変わってこいと。そう言われているのかもしれない。
・・・それって、すごい幸運なんじゃないのか?
なのに、あいつと来たら。こっちの方をちらちら、ちらちらと伺ってくるばかりで・・・一向に旅立とうとしない。
せめて見えなくなるまでは見送ってやろうと立ち止まっている俺だが・・・流石にイライラしてきたぞ。
あいつは一体何をしてるんだと思いつつも見守っていると、急にそわそわしだして・・・かと思えば突然。
『いいのか?』
と聞いてきた。
『何がだ?』
一体何を聞かれているのか全くわからなかったから、そう返してやれば『オレ』は。
『いや、ここでさ・・・なんとなくなんだけど、お前が行けば、お前は、また、生きられるんじゃないかなー・・・って・・・』
『だろうな』
何ということだ。この期に及んで、こいつは未だに俺を気遣ってくれているようだった。
・・・けれど。
『だけど、残念なことに、俺にはなーんも聞こえねえんだわ』
どれほど耳を澄ましたって、『オレ』の言う、呼び声なんてものは俺の耳には全く聞こえてこないのだ。
お呼びでない奴が理を破って無理矢理に現世に帰ろうとした所で・・・碌な結果にならないだろうってのは、容易に想像できた。
だからこそ。
『・・・『オレ』。いや、まだ名前もねー誰かさんよ。せっかくのチャンスなんだ』
新たな生の権利が与えられた、目の前で立ち尽くしている俺そっくりな存在に・・・最後のエールを送ってやろうじゃないか。
『さっさと行け!とっくに死んでる『俺』に構うな!もうお前は・・・『俺』でも、『セキトバクソウオー』でもない!分かったら早くあっちの世界で・・・お前自身になってこい!!』
『!』
怒号にも近い俺のその声に『あいつ』はびくりと身体を強張らせたものの・・・俺の言葉を聞いて、目を見開いた。
『いいのか?本当に、いいのか・・・?』
こいつ・・・まだ言うか。だったら。
『文句なら、もう一回死んだ後に聞いてやる』
こっちだって、そう言ってからそっぽを向いて・・・これ以上お前のぐずりに付き合う気は無いと意思表示してやった。
俺は現世に未練がない・・・と言ったら嘘になるな。けど、どうせ遅かれ早かれスーも、子供達も、いずれこっちにやって来るんだ。
だったら、限りある『生』という時間は、俺の一時の寂しさを埋めるよりも、『あいつ』に消えない思い出と、大切なものを作るための馬生として回すべきだろう。
『・・・っ、く、あ・・ありがとうッ!!忘れねぇ・・・オレ、生まれ変わっても、お前のこと忘れねぇよっ!!』
俺の独断で決めたことだが、その内容がなにか『あいつ』の琴線に触れたのか、いきなり泣き出しやがった。
『いいからもう行けっての!』
これ以上ここにいてもらってももう面倒くさくなる一方にしか思えなかったから、俺は少々語気を強めて、『あいつ』の旅立ちを促す。
『っ、あ"ぁ!』
それに応えるようにして・・・『あいつ』は、とうとう現世に向かって、一歩、二歩、速歩で踏み出たかと思えば、すぐに
『いい・・・走りだった、な』
流石俺と同じ身体の存在だった魂。あれならどんな時代のどんな馬になったって、競走馬としてのパフォーマンスを求められる限りは最高の結果で答えてくれることだろう。
というか。
『・・・あいつ、俺よりG1勝つんじゃねえか?』
早くもそう危惧してしまうくらいには見事な走りっぷりだったぜ。
二十年、あるいは三十年、はたまたもっと先か?俺とは別の馬としての生を歩んだあいつの土産話が、今から楽しみだ。
そして。
『先ぱーい!こっち、こっちですー!』
『・・・おっ?』
今度は一頭で、ゆっくりと不思議空間を歩んでいた俺の耳に・・・微かだが、懐かしい声がした。
『んー・・・懐かしい、のは懐かしいんだが・・・一体誰だったか・・・どうせなら行ってみるか』
『先輩!先輩で合ってますよね!?』
しかし、いまいち誰の声だったか思い出せなくて、それが余計もどかしかったから・・・声の出処を探して走ってみれば、その声が段々と大きくなってきて・・・。
『先ぱ、うわっ!危なっ!!?』
『うおっと!』
最後は、新緑の草原と、青く晴れ渡った空が無限に広がる空間へと突っ込んだ。
急に風景が変わったことに驚いてバランスを崩したものの、何とか立ち止まって・・・。
ブルブルっと首を振るってから顔を上げれば、図らずしも突進する形となってしまった俺を何とか躱したと思わしき漆黒の馬がいた。
・・・ん?こいつ、よーく見たら・・・青鹿毛の馬体も、大きな流星が走るその顔も、どこかで、見たような・・・って、あ!!
『やっぱり!!先輩!お久しぶりです!!』
『・・・!やっと思い出せた!!本当に久しぶりだな!!マンハッタンカフェ!!』
最後にもう一声掛けられて、やっとその声の主を思い出す。
かつて同じ厩舎に所属し、出るレースは別々ながらもお互いに励まし合って・・・共に栄冠を掴んだ後輩、マンハッタンカフェ。
このままあの世での感動の再会・・・と行きたいところだったが。
『お、思い出した・・・って、ボクのこと忘れてたんですか!?酷い!』
俺のセリフの内容に気がついたマンハッタンカフェが文句を付けてきた。
『悪ぃ悪ぃ!!なんせ二十五年も生きてたもんだからな!色んなことがすっぽ抜けてたんだ!こうして思い出せたんだから許してくれよ!!』
『むー・・・』
俺は本当に悪かったと真摯に謝ったが・・・忘れられてしまっていた悲しみや怒りと、思い出してもらえた嬉しさという相反する感情に挟まれて、頬を膨らませるかのようなマンハッタンカフェ。
『ほう、忘れていた・・・とは。いいご身分だな、バクソウオー』
『あんなに仲良くなったんだ、忘れたとは言わせないよ』
『そうッスよ、バクソウオーさん!』
『僕もまぜてもらいたいな』
そんな俺らの背後から・・・幾つもの
『お前ら・・・』
ああ、その顔を一つ一つ、しっかりと確かめていけば、懐かしい思い出が昨日のことのように蘇ってくる。
最初に話しかけてきた鹿毛の牡馬は、2歳の時から引退するまで、なんだかんだと縁のあった悪友にして、時に大切なことを学びあったイーグルカフェ。最後はスーを押し付けて悪かった。
次に口を開いた栗毛の牡馬は・・・クリスタルカップで顔を合わせたのが最初、G1を先取りされたり、一緒に香港に遠征したり・・・本当にいろいろとあった友人、アグネスデジタル。
3番目・・・一見するとイーグルカフェと見間違えてしまいそうな、彼と同じ鹿毛の牡馬は高松宮記念で激しくデッドヒートを繰り広げ、何故か俺を慕ってくれたショウナンカンプだ。
そして4番目。額に星のある鹿毛の牡馬・・・って、んん?こんな奴、俺と関わった馬にはいなかったよーな・・・。
って。
『あんた誰だよっ!!?』
『あ、バレた?』
俺のリアクションが面白かったのか、クスクスと笑う牡馬・・・道理で見覚えが無いわけだよ!滅茶苦茶焦ったじゃねーか!!関係ないやつがしれっと混ざってくんな!
けど、そう噛み付いたところでそいつは余裕綽々という態度を全く崩さず、むしろ俺のことを慈しむような目で見ているような気すらするんだが。
ここまで来たら、逆にその正体が気になってきたぞ。
『で、あんた、本当に誰なんだ』
謎の牡馬に、そう聞いてみれば。
『君の、父親』
未だニコニコとした表情を浮かべた彼から返ってきたのは、たったの一声。
だが、俺にとっては・・・それがまた、とんでもないことであるのは間違いなかった。
『・・・はぁ!?』
俺の父親・・・ってことは、まさか、さ、サクラバクシンオー!?
・・・そう言われてみれば、確かに額の星も、脚先の白さも、人の時の記憶にあるそれと一致するような・・・。
しかし、なんで、なんでそんな歴史的名馬がこんな所にいるのだろうか、と。頭の中はグルグルのグチャグチャだ。
『そ、その・・・歴史的スプリンターである、サクラバクシンオーさんが、どうしてここに・・・』
とても追いつけそうにない事実にたじろぎながらも、なんとか言葉を絞り出してサクラバクシンオーと名乗るその馬に目的を尋ねれば。
『僕たちは競走馬だから・・・目的は一つに決まってるでしょ?』
『っ!?』
その言葉と共に俺に向けられるその眼差しは先程までとは一転して・・・倒すべき相手へと向けられる鋭いものへと変わっていた。
俺だって競走馬で・・・ましてや、今は全盛期の頃に戻っていると思わしき状態なんだ。
最後に出走したのは二十年程前だが、しかし、父親のこの視線の意味が分からないほどには落ちぶれちゃいないぜ?
『なーるほど。そういうことかよ・・・いいぜ、親父。一戦交えようか』
要は、『どちらが速いのか、確かめに来た』って事だ。わざわざご苦労なこった。
『最強スプリンターの座・・・奪い取ってやる!』
ま、どんな条件だろうが、こっちも負けてやる気は全く無いけどな!
『おぉー、いいね、いいねぇ!!君みたいな、気概のある仔を待ってたんだ!!』
周りの空気をヒリつかせる程度には闘志を溢れさせる俺に、余裕のままそう答える親父。
そんな時だった。
『お、面白そうなことやってんな!!』
『アッハッハ!!俺も出させろ!ヤマトー!お前もこーい!!』
『何やってんの父さん!?あ、久しぶり!レースは参加するからね!』
『バクシンオーさんのご子息と走れるなんて・・・!私、久しぶりに燃えてきました・・・!』
高まるムードを察したのか、その辺から有名、無名、知り合い、知らない奴・・・ありとあらゆる馬たちが集まってきて、もうしっちゃかめっちゃか。
ああだこうだと押し合い、へし合い、議論とは言えない議論の結果、もういっそ全員走ってしまえということになって。
『いや、多すぎだろ・・・』
『ふふ、ここではこうなることなんて日常茶飯事だからね、早く慣れたほうがいいよ』
俺たち親子を含む、余裕で3桁に届いているであろうほどの数の馬が平原にずらりと並んだ光景が広がっている。
ある意味壮観なその眺めは、まるでこれから合戦でも始まるかのようで。
『みなさーん!用意はいいですかー!』
半分見とれ、半分呆れていると、いつの間にやら今回のスターター役を務めることになったマンハッタンカフェの声が、辺りに響き渡った。
『おっと!俺は大丈夫だぜ!』
『僕もだよ』
順々にその声に答えて、スタートの時を今か、今かと待ちわびる出走馬、約数十頭《名》。マジで戦国時代かよ。
『・・・うん、皆さん、大丈夫みたいですね、じゃあ、行きますよー!』
やっとのことで確認が終わると、いよいよマンハッタンカフェが、開戦の時を告げようとしていた。
『位置について・・・』
・・・サラブレッドの歴史は、血の歴史なんて言葉がある。
人と共に生きる道を進むことになった家畜すべてが、何かしらの要素を求められる中・・・馬という生き物に求められた要素の一つが、脚の速さだった。
優秀な者だけが子孫を残し、そうでない者は容赦なく切り捨てられる。
そんな、ドラマと言う者もいれば、ただの残虐行為だと言う者もいる過酷な歴史を繰り返して・・・選別された血が、俺たちの身体に流れている。
そんな積み重ねを経た血が、また新たな
『用意・・・!』
もう、それが人の手によって造られたものだとか、自然界ではありえないとか・・・そんな御託は関係ない。
俺たちは、愚直なまでにその衝動に従って、一番速いのは自分だと証明する為に。
『どんっ!!』
果てのない草原に向かって、一斉に駆け出した。
そして・・・。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・生ま、れた・・・」
すっかり太陽も登り、敷地を燦々と照らすほどの時間となったマキバファームで、また新たな命が生まれ落ちた。
父親に似た漆黒の毛並みを持つ、最強と称えられし牝馬はまだ羊水に塗れたままの初めての仔を愛おしげに舐め、赤毛を纏った仔馬もまたそんな母親の愛情に時折鳴き声を上げ、自分は確かに生きていると答えている。
「一時はどうなることかと思うたが・・・ベルも無事、仔馬も無事・・・万々歳やな・・・!」
薪場の息も絶え絶えになる程の大混乱の最中に生まれたその仔馬は・・・今朝方、この世を去ったセキトバクソウオーのラストクロップの一頭。
「あ・・・!」
ふと、愛馬の死を受け入れるために牧場を訪れていた事で、図らずもその誕生に立ち会うことになった朱美が仔馬を見て声を上げる。
「なんや、どうした、天馬さん・・・」
呼吸が整いきらない中、薪場がその意図を尋ねると、朱美は・・・何も答えることなく、つぅ、と涙を一筋流し。
「・・・あ、あぁ・・・ま、まさか」
ジュンペーまでもが、仔馬の姿を見て、言葉を失っていた。
「ど、どうした!?大丈夫か!?」
「あ、あ!!場長、場長!!立ちます、立ちますよ!!」
二人のリアクションに対し何事かと慌てふためく薪場を他所に・・・スタッフや朱美に見守られながら、赤毛の仔馬は最初の試練に立ち向かい・・・見事、四肢を踏ん張って立ち上がって見せると。
おぉー、と、一部始終を見守ることになった一同から小さく歓声が上がり、しっかりと仔馬の姿が確認できるようになって・・・厩舎全体が安堵の空気に包まれる中、朱美が今にも泣き出しそうな声色でようやく言葉を紡ぎだす。
「薪場さん・・・思ったとおりです・・・!」
「なにがや?」
「あの子・・・セキタンに、そっくり・・・!!」
そう指摘され、改めて仔馬を見た薪場は・・・あんぐりと口を開けた後、確認するように呟いた。
「・・・ホンマや。デコの模様だけじゃなく、後ろ脚の白いところも、身体の形も・・・ウリ二つや」
まるで、クローンかなにかなのではと疑われても致し方ない程には、その仔馬は父親にそっくりで。
『ひひーんっ!』
小さなその身体から力いっぱいに放たれた力強い嘶きは・・・まるで、この世に生まれた事を全身で喜んでいる様でもあった。
天寿を迎えたセキトバクソウオーですが、彼はまだまだ止まらないようで。
その血を受け継ぐ産駒たちも多く残っていて、この世界ではセキトの血統は次の世代へと続いていくことでしょう。
さて、本作、『サラブレッドに生まれ変わったので最速を目指します』ですが、連載開始から約半年と2ヶ月、時折作者が放牧に出たりといったアクシデントもありましたが・・・本編は無事完結と相成りました。
それもこれも、この小説と言えるかどうかも分からない、作者の思いの丈を吐き出しただけの作品を長らくご愛顧くださり、励ましとなる感想を送って頂いた読者の皆様のおかげだとおもっています。
長らくの応援、本当にありがとうございました!