サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
近年稀に見る好メンバーとなった宝塚記念、勝利を飾ったのはタイトルホルダーでしたね!しばらくは古馬戦線の中心は彼と言っていいのではないでしょうか。
3着に入ったデアリングタクトも良い競馬をしていましたし、復活のときは近いかもしれませんね。
一方一番人気に推されていたエフフォーリアはあまり良いところもなく6着に終わり、またまた一番人気が勝てないジンクスは継続してしまいました。秋以降、一番人気の馬がG1を勝利する姿は果たして見られるのでしょうか。
そして、こちらは作者がトレスを駆使しながら描き上げたセキトバクソウオーのイメージになります。よろしければご査収ください。
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引退して、十回は季節が回った頃の冬の一幕。
「さぁ、セキト。今日も頼んだよ」
俺は、スタッフの人によっていつものように外へと連れ出されていた。
『おうよ・・・ふぅー』
皆さんご存知の通り北海道の冬というものは本州のそれとは比べ物にならないほど厳しく、今年もこの地域に降り注いだ雪がどかんと積もっていて。
人間の時、東京で暮らしていた俺から見れば信じられないほどの雪の量にはほぼ毎年の事とはいえ、冬になって銀世界へと変わる度に驚かされ、逆に見事なものだと感心してしまう。
『ん・・・!今日はまた、一段と冷えるな』
勿論それに伴って、空気も冷え込んでいる訳で・・・厩舎の外へと一歩踏み出したその瞬間、寒さが全身に刺さるような錯覚すら覚えて身震いする。
「大丈夫か」
『ああ』
それを見て体調に問題はないかと尋ねてくれたスタッフさんに礼を言ってから、問題ない、早く行こうぜと前掻きをして見せると。
すると彼も俺の意図を理解してくれたのか「じゃ、行くか」と一声掛かってから歩き出した。
それに着いていく形で俺も歩き出せば、一歩ごとに道に薄く積もった雪がぎゅ、ぎゅ、と軋むような音を立てて俺の蹄の形に沈んでいく。
ふと後ろを振り返れば、人馬がどこを歩いたのか一目瞭然な程にくっきりと足跡が刻まれていて、それがなんだか面白い。
「・・・セキト、今日は新入りがいるんだ」
『おお、また入ってきたのか』
足跡に見とれてどこか上の空になりかけていた俺だったが、スタッフさんの声によって現実に引き戻され、その話に耳を傾ける。
新入り、というのは恐らく一歳か当歳馬のこと・・・おっさん、俺の種付け料やら産駒の評判やらで相当ウハウハになったらしくてな。
それと、俺とスーの子どもたちが片っ端から活躍してくれたお陰で、朱美ちゃんもウハウハ。将来的に所有馬を功労馬として繋養できるスペースの確保を条件にマキバファームにガンガン出資して・・・。
結果、その辺の育成牧場なんか目にならないほどの総合牧場に成長してしまいましたとさ。
ハミや鞍付けと言った初期馴致からトラックコースでの乗り込み・・・そしていつの間にやら坂路までできたって聞いた時はまじでビビった。個人の牧場が持っていいような規模じゃないだろそれ。
で、そんな施設があれば使いたいのが世の常であって。マキバファームには周辺の地域から毎年沢山の当歳馬、一歳馬が集まってくるようになった。
勿論管理できる数に限界があって泣く泣くお断りする、なんてこともあるみたいだけど・・・毎年毎年「ここで育ててほしい」とお願いされる馬の数は増えているとかなんとか・・・。
しかし、こんな真冬の時期になって新入りとはまた珍しいな。
「何かあった馬なのかもしれないが、仲良くしてやってくれよ」
おっと、そう思っているのはスタッフさんも同じだったようで。どこか心配そうにそんなことを言ってきたから。
『おう!』
威勢のいい返事を返しておいた。
『(一体どんな奴なんだ?)』
しかしふと、ひょっとしたら成長が遅れていたり、気性に問題があって隔離されていたりしたのかな、なんて可能性が頭に過ぎる・・・まあ、それならそれでどうにかしてやるだけだがな。
成長が遅れているようなら体格が追いつくまでそれなりに庇ってやればいいし、気性に問題がある・・・威勢のいい奴なら怪我をしない程度に軽く捻ってやればいいし、逆に臆病なやつなら付き合い方を教えてやればいい。
・・・まるで、お前が直接教えているような口ぶりだなって?
実際、そうなんだよ。
俺が、一歳馬の群れに混じって・・・走り方とか、他馬との付き合い方とか・・・いろいろ教えてやる。
それが、俺のオフシーズンの過ごし方。
きっかけは・・・朱美ちゃんによってゴールドレース、通称ドレスの名を授かった俺とスーの娘が、スーと離乳した後に放牧地を走っていたんだけど・・・その未熟な走りを見ていたら・・・その。色々と気になっちゃって、口出ししちゃったんだよな。
そこでまた、ドレスも素直な性格をしてたもんだから俺のアドバイスを次々取り入れて走りをどんどん改善していって・・・育成に入る頃には、「ハミと鞍付けとコーナリング以外、教えることがなかった」ってお墨付きを貰うくらいにまで成長。
・・・そういえば飲み込みがいいからって少々やりすぎて『パパ嫌い!』って言われた時はガチ凹みしたなぁ・・・。3日くらい好物のリンゴも喉を通らなかったし。
その後ドレスの方から『自分が子供だった』って謝ってくれたけど・・・あれはかなりの修羅場だったわ。あれ以来我が子への教育は程々にしている。
そして、ドレスの走りが完成していく一部始終を見ていた薪場のおっさんがな、次の年になって「まさかとは思うが」と試しに離乳を終えた当歳馬の群れに俺を放り込んで。
・・・結果?できる範囲で応えてやりましたよ。
ちなみにその世代は未勝利で引退した馬がいなかったとか?わー、たまたまその世代の質が良かったんだろうなー。偶然ですよ、ははは。
・・・とは当然ならず。結局、種牡馬としての仕事がお休みになる夏から年末にかけて、当歳と一歳の面倒を見ることになりましたとさ。
まあ、お休みの間は死ぬほど退屈な時間を持て余して、走るか食うか、観光客の相手をするくらいしか無かったから別に構わないんだけどな!
『まぁ、今日も頑張りましょうかね・・・ふぁぁ』
「お、セキト、でっかいあくびだなぁ」
『悪りぃか』
さて、今日もお仕事のために外に出てしばらく経つが・・・寒さに刺激されたかようやくしっかりと目が覚めてきた。
思わずあくびが出て、それをスタッフさんに指摘されたが仕方ねーだろ。生理現象なんだから。
っと、そろそろ目的の場所である放牧地が見えてきた。今日は一歳と当歳、どっちだろうか。
「ほら、今日はさっき言った新入りがいる方・・・一歳の方だからな。頼んだぞ、『セキト先生』?」
『はいよっと』
どうやら一歳の方らしいな。それを教えてくれたスタッフさんが出入り口の扉を開けながら、からかうように『先生』なんて言ってきたから、適当に返事を返しておく。
『・・・ほいほい、さてさて。おーい!』
放牧地に放たれて、扉がしっかりと閉じたのを確認した上で奥に向かって大きく呼びかければ。
『あっ!せんせーだ!』
『先生おはよー!』
『おはようございまーす!』
生まれたときから比べれば馬体も大きくなり、もうじき競走年齢を迎える連中が、わらわらとこちらに走ってくる。
ちなみにだがこの中に俺とスーの子供はいない。というか一昨年も種付けはしたが不受胎だったんだよな・・・仕方ないけれど。
『おー、みんなおはよう。休んでる奴はいないか?』
『あっ、ギンスケ君が風邪ひいておやすみです』
『そうか・・・風邪か、お前らも気をつけろよ』
『『『はーい』』』
それはそうと後少しすれば、本格的な訓練が始まるこいつらだが。今はまだ言葉遣いも幼ければ、やっていることも幼くて。放牧地はまるで小学校の様・・・案外スタッフさんが言っていた先生ってのも冗談じゃあないかもな。
ところで、その口が言っていた新入りというのはどこだろうか?
『なあ、お前たち。今日はなんか新入りがいるって聞いたんだが・・・』
今来たばかりの俺も放牧地を見渡し、件の馬を探しながらも一歳馬たちに尋ねると。
『あっ!いるよ!ほら、そこ!』
その中の一頭が頭で遠くを指しながら大きな声を上げた。
『どれどれ・・・おお、なるほど』
そちらを見やれば、いたいた。見慣れない黒っぽい毛色の馬が一頭。件の新入りとやらだ。
群れに馴染めず、黙々と草を食んでいるそいつは脚が長く、全体的にほっそりとした体型だ。長いところ向きなのか?
『なあ、なんであいつ一頭ぼっちなんだよ』
それよりも、だ。結構数がいるはずの一歳馬だが、誰一頭としてあいつに話しかけにいかないのが気になった。
そんな俺の苦言に一歳馬たちは。
『だって怖いんだもん!』
『怖い?』
『怖いのは怖いの!』
なんて言うばかりで。はて?何を同族に恐れることがあるのだろうか。見たところ気性が荒いって訳でも・・・寧ろ大人しい様に感じるくらいなのに。
『まあ、俺もついててやるからさ、まずは話してみろよ』
『えー!!?』
『文句言わねぇの!』
少なくとも新入りに問題があるようには見えない。恐らく何かしらの原因で怖がってはいるが、ちょん、と少し背中を押してやるだけでどうとでもなってしまう、そんな程度の問題だろう。
何かあったとしても、俺がしっかりとこいつらを守った上で謝ればいい。
そうと決まれば、他の一歳馬たちがおずおずと一歩、また一歩と後ずさっていく中で俺は新入りに声をかけた。
『おーい!そこのお前ー!ちょっとこっちに来いよー!』
あまり怖がらせない様気さくさを意識したその声に、新入りは一瞬びくりと身体を強張らせた後首を持ち上げ、その後に傾げてこちらに何かを尋ねてきている風だった。
恐らく自分を呼んだのか?と聞いているのだろう。不安と疑問と戸惑いが、一対一対一って顔をしている。
『そうそう!お前!ちょっと来てくれ!』
こちらも頷きながらもう一度声を掛けると、新入りはようやく脚を動かしてこちらに歩みを進めてきた。
『うん、そうそう・・・うん?』
そして、その件の新入りがゆっくりと近づいてくるのを見ている内に・・・恐らく、一歳馬たちがこいつを怖がっている理由に気がつく。
・・・なんか・・・あいつ、デカくね?
そう。
新入りは・・・バカでかかった。確かに一歳馬にとってこれは怖いわ。
いや、バカって付けるほどじゃないかもしれないけど、平均より明らかに大きいのは間違いない。
だって、現に目の前まで来たこいつは・・・他の一歳馬たちより一回りは大きいんだから。
発育がいいということは、基本的には多くの餌を確保できた優秀な個体と言うこと。
そして、大抵そういう個体ってのはボスである。
馬の世界でボスになれる奴ってのは大抵の場合二つに一つ。
雄大な馬格だったり、他馬への気配りが上手かったりで、自然と慕われ『周りがその馬を立ててボスになる』タイプか、喧嘩っ早く、元々のボスをコテンパンにして自分が立ち代わる『成り上がりの武闘派』のどちらかだ。
これはひょっとしてやべぇ奴に声をかけてしまったのか、と心の中で大量の冷や汗をかきながら思い始めたその時。
『あの・・・僕に、なにか御用ですか?』
俺の耳に入ってきたのは・・・拍子抜けするほどには至極落ち着いた声色の、丁寧な言葉だった。どうやら男馬のようだな。
『はぇ・・・?あ、ああ・・・』
いや、てっきり『オレ様に口出しするな!』とか『年上でも容赦はしねぇぞあぁん!?』的なタイプを予想していたから・・・こっちも力が抜けて、変な返事を返してしまう。
『ああ・・・やっぱ怖いですよね。生まれ故郷でもどういう訳か僕だけこんなに大きくなっちゃって・・・はあ・・・』
呆気にとられている俺の様子を、怖がっていると勘違いしたのか新入りはそう言って大きくため息をついた。どうやらこの大きな馬体はコンプレックスだったみたいだな。
『あ、いやいやいや!怖いとかそんなんじゃなくてな!?ちょっと予想してたのと違って驚いただけだ』
また他の馬を怖がらせてしまったと落ち込む新入りに、少なくとも俺は怖がっていないと伝えれば、今度はその新入りが驚く番だった。
『え・・・?』
キョトンとした表情は年相応の幼さを纏っていて。
それを見ると、やっぱり馬体ばかり大きくなってしまったがこいつも一歳・・・もうじき二歳だけど、とにかくまだまだ子供なんだと分かって、くすっと小さな笑いがこぼれてしまう。
『俺はセキトバクソウオー。お前は?』
『あ、えっと・・・いや・・・特に名前は、まだ・・・』
『おっと、幼名を付けないところの生まれだったか』
兎にも角にも、お互いを知るにはまず自己紹介からだ。そう思った俺は自らの名前を名乗ったが、新入りには残念ながら名前が無かった。
競馬界では当たり前の光景ではあるけども、生まれたその時からセキトという立派な名前が付いていた俺からして見れば、名前がないって方が違和感が強いんだよなぁ。
それに、マキバファームでは基本的に生まれた仔馬にはみんな幼名があるし・・・こいつ一頭だけを名無しさんと呼ぶわけにもいかないだろう。
だったら。
『・・・ビッグ、ダイ・・・いや、なんか違うな』
俺は一旦目を閉じて・・・こいつにはどんな名前が似合うかと思案する。
そう、名前が無いのなら、付ければいいだけ!
勝手に命名大作戦、発動である。
というか今までも外からやってきた名無しの一歳馬、当歳馬にはこうやって勝手に名前を付けて呼びやすくしてたりする。
え、そんなことをして大丈夫かって?
・・・まあ、幼名って言ったってあだ名みたいなもんだし、どうせ俺がこんなことをしてるってのも人間たちには分からないんだ、問題はないだろう。
『えっ、いきなり考え出して、何を・・・?』
ああでもない、こうでもないと名前候補を色々とぶつぶつ呟き出した俺を、新入りくんは不思議そうな顔で見つめながら聞いてきて。
それに対して正直に『お前の名前を考えてる』と返してやれば、その表情はまたびっくりしたものへと変わり。『え』とだけ小さく声が出たのを確かに聞いた。
『何驚いてんだよ。名前がねぇってのは、想像以上に不便なんだぞ・・・現に俺は困ってるし』
俺の言葉に、新入りくんはしまったというような顔をしながら『すみません』なんて謝ってきやがった。
『いや、謝んなって!?気にするなよ?』
そう咄嗟に言った俺だが・・・うーむ。こいつ、丁寧なのはいいが、控えめというかなんというか・・・多分生まれながらにそんな激しい性格じゃないんだろう。
それに、さっきの口ぶりからして怖がられたことも一度や二度じゃなさそうだな。で、それを気にして、他のやつを傷つけまいとしている・・・。
そこまで考えたところで、『あ』と声が出た。
なんだよ。
こいつ、めっちゃ優しいんじゃないか?
気配りが出来て、他の馬と争うことを嫌い、目上には丁寧な態度と言葉遣い・・・。
俺みたいに中身が人間ってことも無いだろうし、この歳でそれらをこなしているって、冷静に見ればすごいことをしてやがる。
・・・うん、こういう奴が将来的に周りに立てられるボスってのになるんだろうな、と確信したその時。俺はこいつにぴったりであろう名を閃いた。
でっかい身体に、それに負けないくらい大きく、優しいハート。
そう、『ハート』。
・・・男らしくないって?いやいや何を仰る、男は度胸って昔から言うだろう。え、この場合は違う?
ああもう!しゃらくせぇ!
『うん、ハート。これがいいな』
決めた、もう決めた!
目の前にいる新入りくんが嫌がらなければ、俺はもうこう呼ぶって決めたもんね!
『ハート・・・?』
『どうだ?嫌じゃないか?』
しばらくぽかんとした様子を見せていた新入りくんだったが、そう呼んでいいか尋ねてみると。
『ハート、ハート・・・。うん、嫌じゃないです、ふふ』
何回か口に出してみて、感覚を確かめる新入りくん。
そして、満更でもないっていう様子でようやく微笑んだ顔を見せてくれた。お?割と馴染んでくれた感じか?とりあえず安心したわ。
『気に入ってくれたなら良かった』と声をかけると、新入りくん、改めハートは『母さんの名前と同じなんです』と教えてくれて。
・・・おうふ、俺としたことが。これは痛恨のミスだ。
『すまねぇ、まさかお袋さんと同じ名前とは・・・別の名前の方がいいだろ?』
そう謝ったが、ハートの方から。
『大丈夫ですよ、この名前、すっごく気に入りましたから!』
とフォローを貰ってしまった。
まー、今更他の名前を考えつく訳でもないし、本馬がそれでいいって言ってくれてるんだから、ここはそれに甘えさせてもらうとしようか。
しかし、こいつ、よくよく見れば、黒い毛色・・・青鹿毛とは行かないまでも鹿毛?黒鹿毛?暗い色味の毛並みに、額から鼻先の途中まで走る白い流星が良く映えている。
どうみてもイケメン・・・いや、それとはちょっとジャンルが違うような気が。この場合は『男前』と言うべきだろうか?
うーん、この顔、どこかで見覚えがあるような気がするんだが・・・やっぱり馬になって久しいせいか、遥か昔のものとなった人の記憶なんて思い出せないや。
まあ、それよりも、だ。今はまだ不安に揺れている眼だが、その奥の光は強く。確固たる意思をたたえていて・・・ああ、これは。
間違いなく、『走る馬』だ。
今はまだひょろひょろとしているが、本格的な育成はこれからだ。体型なんて幾らでも変わっていく。
もし、もしもだ。このまま馬体が良くなっていけば、重賞、いや、G1だって。
『(こりゃあ、久々に・・・!)』
この仕事を任されて以来の大物候補の来訪に、俺は自然と口角を持ち上げたのだった。
それからというもの。種付けの仕事が入るまでの僅かな期間であったが、俺はしっかりとハートを始めとする一歳馬たちに走り方を叩き込んでいた。
ちなみに俺のスタイルは追い運動を参考に、一日数回、鬼ごっこスタイルで群れごと後ろから俺が追いかけて気になるやつの走りなんかをアドバイスやらなんやらで矯正していく感じ。
こういうことをしているのはスタッフさんたちもよく知っているから、俺が放たれた放牧地の馬は追い運動いらずだったりして「手間が省ける」ってよく褒められる。それに、俺自身にとってもいい運動だしな。
あ、勿論明らかに様子が変だったり、体調がすぐれない奴はお休みして、見学に徹してもらってるから安心してくれよ?
『ほら!疲れても諦めるな!しっかり首を使え!』
『セキト先生の鬼教官ー!』
『なんだとー!?』
バテるとフォームが崩れる癖のあるやつを捕まえて対応策を指摘してやったり。
『こら!右も左も回れないと後で大変なことになるぞ!』
『うひゃあ!バレた!』
得意な左回りばかり走ろうとしている奴を見つければ、わざとその左側につけて右回りの練習もさせたり。
段々と人を乗せ始めたはずのこいつらだが、まだまだきゃあきゃあ、わいわいとしていて、なんというか小学校から中学校の部活動の時間って感じだなあ。皆それぞれ、成長してはいるんだけど。
そんな中で、ハートはと言うと・・・。
『はぁ、はぁ・・・まだ、まだぁ!!』
『おー、相変わらず真面目だな!ハート!』
『はい!』
なんというか・・・こいつの真面目さは見上げたものだ。スタッフさんによるとしっかりとトレーニングに取り組むから、他の奴らよりも遥かに早い速度で調教が進むのだという。
しかし、本格的なトレーニングは始まったばかりなせいか、ひょろっとした身体には筋肉が付き始めたばかり。ちゃんとレースで走れるようになるにはまだまだかかりそうといった感じなのが残念でしかたない。
『(やっぱり、見事な飛びだよなぁ・・・おっと)』
そんなハートの、じわじわと良くなっていくその走りを眺めている中で。こいつの体格の良さの理由の一つであろう事実がはっきりした。
『おら!また飛びが小さくなってるぞ!お前はせっかく脚が長いんだからそれを生かさねぇでどうする!』
『はい!!』
こいつ、脚が長いんだよ。
だから初対面の時、体高がかなり高くて立派に見えたって言う訳だな。そっちに関しては最早俺を追い越すのも時間の問題って感じ。最近の子は発育がいいなあ、なんて。
で、そんなに脚が長いってことはだ。当然走った時の一歩の大きさもかなり広い。これは競走馬になる上で限りなくメリットとなるだろう。
まあ、その分加速に時間がかかったり、コーナーで膨れたり、なんてこともある訳だけど・・・それはそれ。こいつにはこのままストライド走法を極めてもらうとしようか。
『・・・よーし!今回はここまでにするか!』
やがて、俺の特訓タイムが終わると、一歳馬たちは次々と放牧地に伏せたり、ふらふらと水飲み場の方へ向かったり、死屍累々といった様子になっていた。
『はー、はー・・・ハートくん、速いよぉ・・・』
『いやいや!君も速いって!ほら、この前より差が縮まっちゃったし・・・』
そんな中でふと、ハートの方を見やれば・・・他の一歳がバテているというのにまだ余裕がある。汗こそかいちゃいるが、まだまだ走れると言った風で。
そんなハートが、俺の視線に気づいたのかこちらへと向き直り、近付いて来ながら言った。
『はぁ、はぁ・・・父さん!まだまだお願いします!』
『す、少し休憩してからな・・・?』
『はい!』
どうよ、この真面目さ。あれ程走ったってのに、『まだまだ』と特訓を要求してきやがる。自分に厳しい、ストイックな面もあるのかもしれないな。
こりゃあいよいよ化け物みたいな奴だと確信できたし、しかも最近は割と全力を出さないとしっかり相手をしてやれなくなってきた。そして俺が先にバテる。
はっきり言ってしまえば、スタミナお化け。こいつの血統なんて知らねぇが、もし覗くことが出来るならばその血筋にはメジロマックイーンやらタマモクロスやら、往年のステイヤーの名が登場することだろう。
後、こいつ、『なんか他人の様な気がしないんです!』とか言って俺を慕うあまりにいつの間にやら『父さん』と呼んでくるようになりやがった。
初めて呼ばれた時に思わずぎょっとして、『お前には生みの父親がいるのにいいのか』と尋ねたら、ハートの奴、平然とした顔で。
『え?僕にはもう、その生みの父親?と、それに僕のことを「男前だ」って褒めてくれた親父の、二人の父がいるんです!
なんて答えてくれやがって。俺のことを実の親のように慕ってくれるのは嬉しい反面、そんな存在が3人もいるのか、と呆気にとられたのがもう半分。それから、それで『父さん』呼びなのか、と変に納得してしまった。ハートの本当の父親よ、なんだかすまない。
さて、それはさておき。
『(こいつは俺が追い回してるだけじゃ、限界があるな・・・)』
今までのことを纏めると・・・間違いなくこいつはステイヤーだ。しかし、それの指導をしている俺はスプリンター。
どうしても生まれ持った資質の差ってのは如何ともし難く・・・俺は、自分の力だけではこれ以上こいつの力を引き出すことはできないと結論付けた。
というか、これ以上本気で走って、そのまま種付けシーズン突入!なんてなったら・・・高確率で俺の身が持たねぇ。想像するだけで震えが起きるレベルだ。
幸か不幸か、一ヶ月もすればもうじきそんな種付けの時期に入る・・・そして、そのシーズンの間に入厩の時を迎えるであろうこいつとはもう会えなくなるだろう。
その事実もあって・・・俺は、『セキト先生』ではなく、思い切って競走馬の先輩としての言葉をハートに伝えることにした。
『なあ・・・ハート』
『なんですか父さん!また特訓ですか!?準備は出来てますよ!』
ハートに声をかけた途端、彼はうれしそうに尻尾を揺らしながらそう興奮した様子で喋りだした。
いやー、一言話しかけただけでこのやる気。世の中どんな言葉をかけたって全くやる気を起こさないやつだっている中でこれだもんなぁ。
見習いたいし、褒めてやりたいくらいだけど、俺だってこいつに付き合ってバテバテでそれどころじゃない。ほんと同じ馬なのに一体どうなってるんだ。
『いや、今日はもう走らねぇ。それよりも少し聞いてほしいことがある』
鼻息を荒くし、走りたいとはやるハートを抑えながらそう伝えれば。
『話、ですか?』
さっきまでの威勢はどこへやら、一瞬ぽかんとした顔をした後、すぐさま話を聞く体勢を取ってくれた。マジいい子だわ。
『多分、俺とお前が一緒に放牧されるのは、あと数日だけだ』
『え・・・!?』
そして、俺の言葉に今度は驚いた表情を見せる。
『それって、そんな・・・いきなり、どうして・・・?』
そのまま自分に否があったのではないかとぶつぶつ呟き出すハート。いやいや、何もお前は悪くないって。
『こればっかしは人間様の都合でなぁ。俺は子供を作らなきゃいけないし、お前は・・・』
『・・・人を乗せて、走る?』
励まそうとした俺の言葉を遮るようにして、ハートは恐る恐る、こちらに尋ねるようにしながら確かに言葉を紡ぎ出した。
『お、もう分かってんのか、流石だな』
これは見事な正解。この歳でそこまで分かっているなら大したもんだよ。けど、花マルにはちょっと足りないかな、と。ここは競走馬の先輩としてアドバイスをすることにしよう。
『でも、ただ走るだけじゃ駄目だ。背中の人と、力を合わせないと』
『力を合わせる?』
『ああ』
いまいちピンと来ていない様で、俺の言葉を復唱するハートに肯定の声をかけてから、続けた。
『これから先、お前は色んなところを走る。で、最後の最後で苦しくなった時・・・そんな時に背中に乗っている人間が・・・『相棒』が、力をくれるんだ。負けるな、あと少し、あと少しだ、ってな』
脳裏に過ぎるは、俺の背中で手綱を扱き、鞭を振るい、けれどその一つ一つにしっかりと意味が込められていたちょっと泣き虫な相棒の姿。
騎手としては斜陽の時が近づきつつある筈の、しかし確かな経験を重ねた彼は今、どんな馬の背にいるのだろうか。
そんな彼に導いてもらえる馬が羨ましいとちょっとだけ思いつつ。
『あい、ぼう・・・』
『うん。そいつのためなら、何が起きたっていいから、応えたい、全力で勝ちたいって思えるような・・・そんなやつのこと』
またしても俺を真似るように呟やいたハートにそう付け足してやれば。
『僕も、そんな人に出会いたいです』
と。みるみる内に真っ直ぐ、目を輝かせながら、俺にそう宣言してきて。
『出会えるといいな』
『はい!』
そう言いながら見せたハートの笑顔は、登る太陽のように眩しかった。
そして、俺の予想通りそれから今年の一歳馬の放牧地を訪れることができたのは2、3回だけで。
スタッフさんの呟きから一緒に放牧される最後の日を知った俺は、一頭一頭に『しっかりやれよ』とか『達者でな』と声をかけて回り。
当然、ハートにも『お前は真面目だから、ちゃんと走れば結果はついてくるはずだ。思い切りやってこい!』と威勢よく言葉をかけたんだけど・・・。
「セキト、お疲れ様。今の牝馬が今年最後の相手だよ」
『うひー・・・疲れた疲れたぁ・・・』
ようやくのことで種付けシーズンが終わって、北海道にも夏の気配を感じ始めたその頃。
『ん・・・あれっ、父さん!?父さーん!!』
『・・・うぇっ!?』
種付けを終えて、どこか力なく厩舎へと向かっていた俺はどこからかかけられた声に仰天する羽目になった。
嘘だろ、そんなバカな。いくら仕上がりが遅いって言ったって。
『なんでお前、ここにいるんだよ!!?』
『えへへ・・・僕、ここから出られるのはまだまだ先みたいです』
『マジか・・・』
俺の目線の先に映るのは、困ったような、からかうような。いろいろな感情を含めながらも、とりあえず笑っておこうとしている。そんな、2歳になって幾らか立派になったものの、まだまだ幼さを残したハートの姿だった。
・・・結局そんなハートがようやくここを巣立ったのは、初めて出会ったばかりの頃と同じ、真冬の日だったことを、なんとなく言っておく。
―それから、3年の年月が過ぎて。
かつてセキトが『ハート』と呼んでいたそのサラブレッドは、日本競馬の年末の風物詩、有馬記念へと出走を果たし。
数多くの名馬が現役に幕を下ろしたその大舞台で・・・ラストランを迎えていた。
「これが最後・・・行くよ!」
『はい!』
スタートと同時、一瞬黒鹿毛かと見間違うほどにはゼッケンに刻まれた名前通りに漆黒に染まった馬体を躍らせ、馬群の先頭へといの一番に繰り出していくと。
540kgもの体重通りに隆々とした筋肉を輝かせ、2500mにも渡る長い長い道程をただ一度も先頭の座を譲ることなく驀進していく。
3歳1月という遅いデビューから、スプリングステークスでは実力を示したものの春の二冠では、女帝の血を引く怪物を始めとするライバルに涙を呑み。
しかし秋になると菊の大輪を咲かせ、有馬記念では3着。再び巡った春には今日もその背に跨がる名手、谷譲を迎えて盾の栄冠に輝き。
秋にはジャパンカップを制したものの、二度目の有馬ではひとつ下の菊花賞馬の豪脚に屈し・・・3度目の春はG1となった大阪杯、そして春の天皇賞を連覇。
宝塚記念こそ大敗してしまったものの、秋になり調子を取り戻した彼の馬は秋の盾を手中に収め。そしてジャパンカップの3着を挟んで。
3度目の正直と言わんばかりに、
『これは!追い出しのタイミング!我慢比べとなるのか!?』
実況がそう語ると同時に。
「さぁ、行くよ!」
谷の鞭が左のトモへと振るわれ。
『っ!』
その瞬間、ゴーサインに素直に応じた黒き王者の馬体が、加速していく。
『くそ!なんでだよ!オレだってスタミナはあるのに!?』
『やられた!!あいつだけ脚をしっかり残してやがったっ!!』
『すべての思いを込めて!!谷譲!!ステッキ!一発!二発!!離す!離す!!』
天才と王者が織りなしたその堂々たる走りに、道中スタミナを削りに削り取られた後続の馬たちはなす術なく引き離され。
その一方的な強さを目の当たりにした観客たちは、まるで『祭り』かなにかのように大きく、大きく歓声を張り上げ、その熱が更なる熱狂を巻き起こしていく。
『あと100ぅ!!』
実況までもが大きく声を張り上げ、息を呑むあまりにそれきり黙ってしまったことで、ラストランの結末を見守る観客の一員となったのではと錯覚してしまうほどの状況の中。
『これが!!漢の!!引き際だあぁぁぁァァァッ!!』
その仕事を思い出した実況の声に送られるようにして、王者は、最後までその座を誰かに譲ることなくゴール板を駆け抜け・・・これが最後かと惜しむように、高らかにその名が叫ばれた。
『キタサンブラックぅぅぅぅ!!』
そう・・・彼の、競走馬としての名はキタサンブラック。
これにてG1、7勝。芝のG1に限れば歴代史上最多勝利を飾り、日本競馬史に。
何よりも。
彼という時代に立ち会ったファンの心に、永久にその名と勇姿を焼き付けた、そんな瞬間であった。
・・・そして。
そんな彼が王者へと至る前。幼き日を支えた、『3人の父』もまた。
彼の活躍によって、それぞれが大きな話題となるのだが・・・それはまた別の話である。
はい、という訳で・・・キタちゃん(実馬)との絡みでした。育成がセキトの故郷で行われ、両者に絡みがあったことがIFとなっています。
他にも番外編を準備中で、掲示板ものになる予定です。