サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
ファンファーレに関しては変に擬音を付けるとペラくなってしまう気がしたのでこれでいきます。改善案があったらぜひ教えて下さい。
それとマンハッタンカフェ、爆死しました。
3歳馬の頂点を決する大一番、朝日杯。返し馬を終えた出走馬16頭たちは、すぐそこまで迫った発走の時に備えてゲートの裏で輪を描くように競馬場のスタッフ達に引かれていた。
落ち着いている馬、首を上下に振る馬、行動は様々であるが皆これからレース・・・己の全てを出し尽くさねばならぬ全力疾走の時間が始まるのだと察している。
「イージー、リラ~ックス、リラ~ックス・・・ハァ、コレハダメカナァ」
6番のゼッケンを背負ったファミリータイズはひどくイレ込んでいる。鞍上のミゲルは出走までに少しでも落ち着かせようと首を撫でたり、軽く歩かせたりしているもののあまり効果は無いようだ。
「レジェンド・・・いける、これはいけるで」
反対に無駄に動くこともなく堂々としているのは、9番を背負うことになった笠松所属の地方馬、一番人気のレジェンドハンター。最初は落ち着かない様子ではあったものの、レースの時が迫るにつれ冷静になったのだ。
「セキト、気合はバッチリだね・・・痛っ・・・?ああ、なんでもないよ、大丈夫」
我らがセキトバクソウオーも、鞍上と共に静かに闘志を燃やしているが、その鞍上の様子を心配している。本人の言葉でまた輪乗りに集中し始めたが、やはり相棒の異変を気にしているようだ。
鞍上たちが出走各馬の最後のチェックとケアに追われる中、ゲート脇にヘッドセットを付けた男性の姿があった。競馬番組のレポートのため現地を訪れた
そのインカムに競馬場の中の実況席から
『1コーナーのポケット、スタート地点には右野アナウンサーがいます。右野さーん』
『はい、えー、3歳ですけれどもすべての馬が、つややかで、仕上がってるなぁ、と。立派な馬体をしていると思います。一番人気のレジェンドハンターはちょっとソワソワしてましたが2、3分前に落ち着きました』
打ち合わせ通り、輪乗り中の出走馬について主観で述べていく。
『そして11番、エイシンコジーンが芦毛ながらすごくいい馬体をしているなと感じましたね』
『なるほどねぇ〜』
『はい』
黍原との他愛のないやり取りの最中、スターターが台へと上がり、馬の横顔をモチーフにしたロゴのカゴが持ち上がると同時に赤旗が高く振られる。
『さぁ今スターターがスタート台に着きました。XX99年、グレード1のファンファーレも、ラスト3週のカウントダウンです!』
ウィナーズサークルの中で出番を待っていた楽団が、待ってましたとばかりに息を吸い込み、高らかにファンファーレを吹き上げだした。
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「わああああああああああ!!」
『ファンファーレと、大勢のお客さんの大歓声が、空に吸い込まれていきました。ゲート入りが始まっています』
ゲートにエンドアピール、マチカネホクシン、サクラデインヒル、と奇数番の馬たちが収まり、偶数番のセキトバクソウオーから順に収まっていく・・・その最中だった。
競馬場に大きなどよめきが広がった。
「おっと!」
『おぉーっと!?10番エイシンプレストン幸長福一、馬を降りていますけども・・・ちょっとゲートインの際に?』
エイシンプレストンがゲートを嫌い、急停止したせいで騎乗している幸長ジョッキーが馬から振り落とされてしまったのだ。
「こら、プレストン。ゲートに入らないと」
幸い振り落とされたと言っても足から着地できる姿勢であり、怪我も無かったのですぐさまエイシンプレストンの背に戻る。
『え、えー。幸長ジョッキー、エイシンプレストンに・・・乗りましたね、大丈夫そうです』
『ええ、大丈夫ですね』
その様に安堵する黍原と右野。エイシンプレストンが渋々といった様子でゲートに収まると、引き続きダンツキャストが誘導されていく。
『さぁまだまだキャリアの浅い馬たちです。それが収まりました。これは引っ張っていく馬、多そうですけどねー』
黍原の展開予想に、実況席の解説者が応じる。
『ん〜・・・他が行かなければレジェンドハンターが行くと思うんですけども、ダンツキャストもいますしねぇ。まー、ちょっと・・・早くなりそうかなって気もしますねぇ』
『最後にファイターナカヤマ収まりました』
そして、解説の間に15番ファイターナカヤマがゲートに収まったことで全16頭の枠入りが終わった。
間もなく異常なしと判断され、後はボタン一つで火蓋が切られるだけ。
スターターの指が、開放ボタンにかかる。
『ぜってぇ負けねぇ!』
『どんなにネバってモ、ゴールマエでヌイテやりマース!』
『笠松に・・・G1のトロフィーを持って帰るんだ!』
『やれるだけ・・・やってやる!』
各々の思いを燃やして、1600m先のゴールを目指して。
ーゲートが、開かれた。
『世紀末のクラシックG1神話の扉が!今開かれました!!』
『っしゃあ!』
「よしっ、良いスタートだよ!」
やったぜ。俺、3回目の出走にして遂にロケットスタート成功。いやー、調教で何回もやらされた甲斐があったわ。
って、感傷に浸る間もなく、俺よりも先に走ってるやつがいる!?
しかもガンガン飛ばしてるし、もう3から4馬身は開いてる・・・これは大逃げか!?厄介な奴だ!
『第51回朝日杯!先行争い注目です。さぁダンツキャストがもう行っている!ダンツキャスト飛ばして飛ばしてハナを切っていった!二番手には好スタートを決めたセキトバクソウオー』
えっと、大逃げ馬はどう対処すればいいんだったか・・・ん?足音が一頭、やたら近いぞ?
『3番手にはピタリとくっつくようにレジェンドハンター、前は3頭の体制です』
『考え中のところをごめんね、君を目標にさせてもらうよ!』
『ウェ!?』
「
「悪いな岡田とやら!これがオレとレジェンドで出した勝利への作戦や!」
前は大逃げ、それから俺のすぐ後ろに白いメンコの黒い馬、レジェンドハンターっていうのか!そいつが張り付いていてやり辛いったら無い!足を緩めれば前が楽になり、速度を上げたら自分が消耗してしまうし、レジェンドハンターの思うツボだろう。
やべぇ、これがG1、そう簡単には勝たせてもらえねぇってことか!
『その後ろ、4馬身から5馬身差開いた、4番手にサクラデインヒル、インコースにエンドアピールがいます。その外通ってファイターナカヤマ、そしてここに、中団にラガーレグルス。その隣に8番のグラスベンチャーが付けた。その外にノボジャック、インを通ってトップコマンダー』
どうやら俺たちから離された中団の頭数が一番多いらしい。後ろを振り返ろうにもレジェンドハンターが邪魔で、何も見えない!
「セキト・・・!?」
ジュンペーが心配そうに声をかけてくる。ああ、大丈夫だって、お前には無理させたくないんだ。
久しぶりのG1のせいだろう。さっきジュンペーが跨ったとき、いつもと雰囲気が少し違うように感じた。
それが悪い予感で無ければいいんだが。
『マイネルコンドル、札幌のチャンピオンが続いています!黄色い帽子にエイシンの勝負服、エイシン・・・プレストンが行っています、内側に芦毛の馬体、エイシンコジーン、ショウナンラルクが続く。そして6番のファミリータイズ・・・縦長の展開になりました!!』
早くも俺たち先頭集団3頭は、第3コーナーに差し掛かっていた。コーナーを利用して僅かに後ろが見えたが、ちょっと開きすぎだろ!それにこの感じは・・・まずい、脚を使いすぎたか!?
このままだと・・・
『さぁ12番のダンツキャストが引っ張る展開の中!3番手から、単独の二番手に上がろうかというレジェンドハンターです!』
「岡田ァ!ひょっとして、そいつマイルは持たへんとちゃいますか!?福島に行っとけば良かったかもしれんなぁ!」
『どうやら君に、マイルは長かったみたいだね。このレース、もらった!』
大得意の右回りのコーナーで、スピードは落ちていないはずなのに後ろにいたレジェンドハンターが軽々と俺を抜き去っていく。くそ!ここは一緒に上がって・・・。
「セキト、焦るな!コーナーを抜けたら仕掛けるよ!・・・っ?」
『・・・ジュンペー、分かった!』
悪あがきかもしれないが、ジュンペーの言葉に従い、直線に向けて少しでもと脚を溜める。でもジュンペー、ちょっと変じゃなかったか?
一方でレジェンドハンターは先頭を走るダンツキャストって奴にグングンと迫り、どうやらここから押し切りを狙うようだ。
『前の方の流れはかなり早いのか!レジェンドが動いていく!竜胆勝利が今!単独2番手から先頭に迫る!』
そろそろ後ろの奴らも仕掛けてくる頃だろう。
『さぁ後方からはラガーです、ラガーレグルスもこの前の轍は踏まずと4番手位まで上がってきている!』
直線を向いた。ここからが真の勝負だ。いくぞ・・・!?
「セキト、行くぞ・・・ぐっ!?」
『ジュンペー!?』
ジュンペーがヘルメット越しに頭を押さえたのが音で分かる。これは、まさか!?
『第4コーナーのカーブから直線向いて!さぁ早くもレジェンド先頭、レジェンド先頭!その後ろからオレンジの帽子ラガーレグルスも来ているぞ!』
『ジュンペー、どうしたジュンペー!?』
「くっ、うう!セキ、ト!大、丈夫!だ!行け!ゴールまで、どんなに、スピードが出て、も!しがみついて、やる、から!」
『・・・クソっ!』
やばい!ジュンペーの発作が出た!一秒でも早くレースを終わらせなければ、そう思ってストライド走法を繰り出そうとして、止めた。
今俺が全力疾走したら、ジュンペーはどうなる?
本当にゴールまでしがみつければいいが、もし手を離してしまったら?
・・・サラブレッドがスパートを掛けているときのスピードというのは、時速約60km。自動車に匹敵する。
瞬間的にはもっとスピードが出ている馬もいるらしいが、どちらにせよジュンペーは自動車にシートベルト無しで乗っているも同然だ。
「セキ、ト。どうした。ほら、早く・・・スパート、だ」
続々と後続に抜かれながら悩んでいると、ジュンペーが震えながら力なくムチを俺の視界に伸ばし、そのままムチを力なくターフへと落とした。
『う、うぁ』
なんだこれは。俺はどうするのが正解なんだ。
『ああああ・・・』
センセイ、朱美ちゃん、おっさん。・・・ジュンペー。教えてくれよ。
『うわあああああああああ!!』
誰か、俺に・・・教えてくれよ。頭が真っ白になった。
「ホクシン!行けえええええ!!」
『さっきドーチューでイチドもヨバレナカッタデース!このイカリ、ハラサデオクベキカー!』
『残り100を切った!マチカネホクシン!マチカネホクシン突っ込んできた!』
「レジェンドォォォォ!!行ってまえぇぇぇ!!」
『笠松の仲間に!ピッカピカのトロフィー見せたるんやあああああ!!』
『先頭レジェンドハンター!レジェンド粘る!地方馬の悲願達成まであと少しだ!』
「・・・っ、プレストンッ!!」
『・・・差し切るっ!!』
『内を通ってエイシンプレストン伸びてきた!!エイシンプレストン!』
『プレストンかレジェンドか!レジェンドかプレストンか!?プレストンか!プレストンだ!エイシンプレストン内からかわしたかわしたかわしたー!かわした所がゴール板ー!』
「そんな・・・オレとレジェンドが差し切られるやなんて・・・」
『・・・そ、そんな・・・』
「プレストン・・・っ!やったよ!僕達が勝ったんだ!」
『・・・や、やった、の?』
遥か前の方で決着が付いたのが見えたが、そんなの、どうだっていい!
ジュンペーが、ジュンペーが死んじまう!!
『3着はマチカネホクシン・・・っと、何だ!?5、6番手の当たりから・・・セキトバクソウオー!?すごい勢いだ!?』
『あああああああああああああああ!!』
『うわ!?』
誰かが驚くような声がした気がするが、それよりも早く。早く速く疾くはやくハヤク!!もっと!もっと!!
「な、速い!!」
『うああああああああああああああああ!?』
どけ!どけ!どけ!どいつもこいつもどけ!ジュンペーがヤバイんだ!!
『セキトバクソウオー、エンドアピールをかわして4着でゴールインです・・・っと止まらない!?セキトバクソウオー止まらない!ゴール板を過ぎてもセキトバクソウオー、スピードを落としません!爆走しています!スタンドからどよめき!』
『どけ』
『ヒッ!?イ、イッツソー、ク、クレイジー・・・』
「ホクシン、大丈夫か?驚いたな・・・マイルまでの馬だと思ったんだが・・・あっ、ジュンペーさん!?」
『どけ』
『うっ!?・・・なんだ、さっきの馬じゃないか、それにしては雰囲気が全然違ったけど』
「レジェンド、大丈夫か?何やあいつは、危ないやつやな・・・っと、岡田の奴!?」
「っ、アイツ、なにをやってるんだ!?」
『セキトバクソウオー、大丈夫でしょうか・・・っと、スタンドの方から太島調教師が現れました。馬場に入って・・・これは・・・』
「セキトオオオオオぉぉ!」
「ヒン!?」
センセイの声が聞こえた。どこだ。後ろか!!
センセイ、マジでファインプレーだ!おかげでちょっとだけ冷静になったぜ!
ジュンペーを落とさないよう身を翻し、センセイの方に向かう・・・重さの掛かり方が違う。ジュンペー、気絶してるな。首にもたれ掛かるような体勢になってうまいこと引っかかってくれたらしい。ケツの方に倒れなくてよかった。
『おっと、セキトバクソウオー、ここで反対側、直線の方へ駆けて行って・・・ああ、今捕まりました。場内からは拍手が起こります』
「セキト!一体どうしたんだ?」
「ぶひぃんっ、ぶるるぉん、ぶふぉおおんっ!」
ジュンペーの異常をセンセイに伝えなくてはと、焦りから普段は出さないような声が次々と俺から発せられる。
首を回し、頭をジュンペーにこすりつけて、必死でセンセイにジュンペーの異常を訴えた。
「セキト?ジュンペーがどうか・・・ジュンペー!?おい、しっかりしろ!おい!ジュンペー!!救急車!救急車だ!」
よかった、伝わった!センセイが大声で救急車を呼んだからか、キツイサイレンを鳴らすことなく白い車体が直ぐにやって来た。
『セキトバクソウオー、調教師の声を聞いたからかどうやら落ち着いたようです・・・っと?これは・・・ああっ、セキトバクソウオーの鞍上、岡田順平!どうやら馬上で意識を失っているようです!』
実況の声に、スタンドから悲鳴が上がった。
『ジュンペー、しっかりしろ、大丈夫か』
救急隊とセンセイの協力で俺の背中から引き降ろされたジュンペーは、救急隊員さん曰く呼吸も脈拍も正常だが、やはり意識を失っていた。
「万が一があるといけないので、病院に搬送します」
「分かった」
救急隊の皆さんはぐったりしたままのジュンペーをストレッチャーに乗せて救急車に積み込むと、今度こそうるさいサイレンを掻き鳴らしながら病院に向かって走り出す。
『ジュンペー・・・』
「・・・いくぞ、セキト」
それを見送っていると、センセイが俺の手綱を握った。そうだな・・・次のレースがある。俺は帰らないと。
そう思って一歩を踏み出そうとした瞬間。
『あっ?』
急に全身の力が抜けた。腹や頭がターフに叩きつけられる。
「セキト!?」
センセイの声がする。ごめんなさい、ジュンペーに続いて俺までぶっ倒れて。
でも今はちょーっと寝かせて下さい。マジしんどいんです。もう無理っす。
「セキト、どうしたんだ、セキト!」
おやすみなさい。
はい、ジュンペーは失神、セキトは大暴走の末倒れるという恐らく現地観戦者にとってトラウマ級の朝日杯となりました。というわけで朝日杯の被害馬第2弾は影が薄くなってしまったこの馬で。後半は史実ネタバレ満載です。活躍しすぎてもはやおまけが本編。
今回の主な被害馬2号
・エイシンプレストン 鹿毛 牡
父 Green Dancer
母 Warranty Applied
母父 Monteverdi
・被害ポイント
史実通り優勝したが、新聞に載ったのはジュンペー
次回更新は金曜22:00予定です。
ー※以下史実ネタバレ注意※ー
・史実戦績
32戦10勝
朝日杯3歳ステークス(G1)
クイーンエリザベス2世ステークス(G1)
など
・史実解説
11月頭にデビューし2着になると、半月後に出走した二回目の新馬戦で一着。
そこから朝日杯に挑むと、先行するレジェンドハンターをゴール寸前で捉え、1着。G1馬となる。
年明けのきさらぎ賞は9着に沈んだが続くアーリントンカップ、ニュージーランドトロフィー4歳ステークスと連勝。その後骨折が判明し休養に入る。
復帰初戦は秋のスワンステークス。ほぼ最後方からレースを進めて上がり最速の末脚を繰り出したが6着。
マイルチャンピオンシップに出走したものの5着となり、4歳シーズンを終える。
年が明けて2001年、年齢は据え置かれた4歳のまま、京都金杯に出走したが15着に沈む。ダートを試すため根岸ステークスにも出たが12着、前の馬から6馬身差離される散々な結果だった。
その後中山記念、ダービー卿チャレンジトロフィー、京王杯スプリングカップ、安田記念と出走した後オープンの米子ステークスで1年2ヶ月ぶりに勝利。
続く北九州記念で1年3ヶ月ぶりに重賞制覇。
関屋記念3着を挟んで毎日王冠は接戦を制して1着。マイルチャンピオンシップもゼンノエルシドから僅差の2着と健闘した。
年末は香港マイルに出走、6番人気の評価を覆して優勝し海外G1馬となる。
5歳初戦は中山記念。60kgのハンデを背負って出走し5着。
次走はアグネスデジタルと共に再び香港の地を踏み、クイーンエリザベス2世ステークスに出走すると、優勝すると同時に日本馬ワンツーを決めた。
この翌年もこのレースで勝利し連覇を達成したが、それ以外に勝利を上げることはなく引退。種牡馬入りした。
しかし産駒の中から重賞勝ち馬が出ることはなく、2019年、引退馬助成の対象となったことから種牡馬を引退し、余生を過ごしている。
・主な産駒
ケンブリッジエル 牡(母セイントセーラ) 67戦4勝
シルクロードステークス3着