サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
重賞制覇。それは一握りの競走馬にのみ許された勝利の美酒であり、更なる戦いの幕開けを知らせる出来事でもある。
のだが、めでたく重賞勝ち馬となった俺は今、それどころじゃなかった。
『ぐぅううう・・・痛い、んだけどなんか違うような・・・なんだこれは・・・』
クリスタルカップのレース後、美浦に帰ってきたはいいんだが、問題はその数日後の今日。俺は謎の脚の痛みに襲われていた。
『コズミ・・・じゃあないよなぁ』
なんというか、筋肉の痛みじゃない。足の中心、骨?なのかな、そこがギシギシギリギリと軋むように痛いって言えば分かるだろうか。
「セキト?どうしたんだい?」
『馬口さん、なんか脚が痛てぇんだよ』
「ハ行してる・・・脚かな?ちょっとセンセイを呼んでこないと」
調教の為に一旦は馬房を出た俺だったが、馬口さんがすぐさま異変に気づいてくれて、俺を馬房に戻してからセンセイを呼びに行った。
「どうしたんだ」
「なんだかセキトが脚を気にしているみたいでして・・・一応獣医に見せたほうがいいかと」
「ちょっと歩かせてもらっていいか?・・・ふぅむ、確かに痛がってるな」
やってきたセンセイも、俺の歩き方のぎこちなさが気になったようだ。
「獣医には連絡を入れておくからそのまま連れて行ってくれ」
「わかりました」
センセイの判断でそのまま医者送りになった俺は、トレセンの中にある診察施設の前で順番を待つことに。
『検査なんて数年ぶりだな・・・』
あーやべ、人間の時の定期検診を思い出してなんか緊張してきた。
「次の馬は・・・っと、あっ、セキトバクソウオー!この間はおめでとうございます」
『おぉ!?』
やがて施設の中からひょっこり顔を出したのは、あれ!?女性の獣医さんだ、珍しいな。
「これはどうも。
森さんっていうのか。小柄でメガネが似合ってて、中々かわいい人だな。
「ええ、さっき太島センセイから連絡がありました。レース後の、今日からこの症状が出たんですよね?」
「そうです、レースの翌日にコズミが出たことはありますけど、数日経ってから、しかも脚をいたがるなんていうのは初めてですよ」
そういえば馬になって此の方、脚を痛めたことなんてなかったなと思い出す。インブリード?だっけ、血が濃い割には頑丈なんだよな、俺。
「そうですか・・・恐らく軽症だとは思いますが、念の為にレントゲンも撮っときますね」
「よろしくお願いします」
おー、馬になって初のレントゲンだ。一応写るのは文字通り馬の骨だよな?ほんのちょっとだけ心配だ。
診察室に入った俺の鼻に、つんとした薬品のニオイが刺さる。うわ、これは慣れてない奴は辛いだろうな。
「まず触診から行きまーす・・・ほい、ほい、おっ、ここ、とか、腫れてます、ね」
『痛っ!?』
「うわっ!?」
森さんは俺の脚をあちこち触りながら呟いている。流石に痛いところを触られたときはビクッとして脚を上げてしまったが、森さんは「ごめんねー、痛かったねー」とフォローもお手の物。
「・・・はい、大体分かったんでレントゲン行きますね、そこの機械の前に立たせてください」
指示された機械は、白くてバカでかい。なんか人用の奴と似てるなーと思ったけどレントゲンはレントゲンなんだから構造の弄りようは無いか。
「はーい、じっとしてー・・・いい子ー、もう一枚行くよー」
なんか小児科を受診してるような気分になってきた。人基準の一説では馬の知能は5歳前後って言われてるらしいから間違いではないのかもしれないが。
ピピッ、と一昔前のデジカメみたいな音と共に、まずは左右から一枚ずつ、続いて前から一枚、ついでに後ろからも一枚。
それを4つの脚全部で行うんだから大変だ。俺だからスムーズに終わったが、これを普通の馬でやろうとしたら・・・うん、森さん、マジお疲れ様。
「はい、終了です、お疲れ様ー」
いやいや、こちらこそありがとうございましたと頭を下げたら、「んん?この子ひょっとして、言葉分かってる・・・?」と訝しまれた。
あ、やばい。かわいいってのは撤回するわ。この目は実験動物を見る目だ。興味の対象となったら最後なやつ。
「森さーん、次の馬が来ました」
「あ、はいはーい」
ぎょっとしたものの、次の馬が来たらしく森さんはその対応で入り口の方に歩いていった。お陰で俺は難を逃れ胸を撫で下ろす。うん、あの人がなんでハードな職業である獣医をやれてるのか分かった気がする。
「セキト、お疲れ様」
『あ、馬口さん、それくれんの?・・・うめー』
俺は馬口さんから診察中大人しくしていたご褒美にリンゴを貰ってもぐもぐ。甘くて美味い。ニンジン以上じゃないかこれ?
それはさておき・・・俺の脚、重症じゃないといいな。
その数時間後、厩舎でリラックスタイムを満喫していた俺だったが、診断結果が届いたとの馬口さんの声が。早速耳を立ててセンセイとの話を盗み聞きだ。
「・・・というわけで骨自体に異常はないが、両前脚の管骨前面に炎症と見られる腫脹の所見が見られる・・・骨膜炎でしょうということです」
「つまるところ・・・ソエということか」
あー。成程。ソエか!道理で痛い訳だ!
確か完全に骨格が出来上がる前の馬に強い負担がかかると発症してしまうダビ○タなんかでもおなじみの故障だったはず。
まあその某ゲームでも最悪数ヶ月間厩舎で放って置けば大体治るように、さほど気にするようなもんじゃない。
それと、ソエを引き起こした原因なら心当たりがありまくりだ。ほぼ間違いなくこの間ラストスパートに使った二段ロケット走法の弊害だろう。
うーん、やっぱりまだ得られるメリットよりダメージの方が大きいか。多用は厳禁だな。
とは言えちゃんと治療すれば大方簡単に治る疾病であるし、痛いのも少しの間我慢すれば・・・ってあれ?センセイ?どこに電話をしてらっしゃるんですか?ショウラク治療?って何ですか?
「夏になる前にもう一回くらいは使っておきたいからな・・・こいつの回復力なら2ヶ月もあれば十分だろう」
回復力?治療なのにセンセイの口から回復力ってワードが出てくるって、その時点で嫌な予感が。
「どうも。
しばらくして、何故か枠場に入れられた状態で待機していた俺の耳に入ったのはそんなどこかで聞いたようなセリフに似たような声。
顔を上げて誰が来たのか確認したら、あの札幌で出会った笹針の獣医だった。
ちょっと待て。なんでお前がここにいる。
「お久しぶりです、太島センセイ」
「どうも、しばらくぶりです。いやあ、札幌の時は幸運でしたよ。まさか馬の治療の名手である筋井さんの連絡先を頂けるなんて」
「いえいえ、あの時はたまたま他の馬の治療に呼ばれていて、そこに丁度新馬を勝った馬の状態が悪いと聞いていてもたってもいられなくて・・・」
名手だかなんだか知らないがそれからまたあの忌まわしきカバンをゴソゴソと弄って・・・え?何ですかそれは、新手のダウジングマシン?
「今日は焼烙治療とのことで、このコテを使っていきます」
「ええ、よろしくお願いします」
コテ?って確かお菓子なんかに焼き印を入れる道具だったような?焼き印、焼き、焼きゴテ・・・ハッ!?
何をされるのか気がついた俺はその場から逃げ出そうとしたものの、そうだ、既に枠場の中にいたんだった!
「すぐに終わるからね」
治療の最中、手綱をがっちりホールドした馬口さんの顔は俺にとって悪魔にしか見えなかった。
「うん、大分良くなってきたね」
それから1ヶ月はプールだったりウッドコースを軽く走ったりで体重を増やしすぎない事に努め、全力で走れないことに苛立つこともあったが脚のためだ。仕方ない。
幸いにもその甲斐あって両前脚に生成された人工ミステリーサークルは大分縮んでいた。そして、何故か痛みも随分と引いた。
いや効果があるからこそ治療として残ってるとは聞くけど、本当になんで効くんだろうなあ・・・。
この分ならまた近い内にレースに出られるんじゃないか?と思っていたら太島センセイが朱美ちゃんと出走レースについて話し合っているのが聞こえた。仕事が早いな。
「ええ、選択肢は2つあると思います。一つはG1である東京のNHKマイルカップ。距離は若干不安ですが・・・朝日杯で4着に突っ込んでますし、実力を発揮できれば可能性はあるかと」
朝日杯・・・そういえばジュンペーの治療は進んでいるのだろうか。
馬の身である俺には残念ながらそういった情報は入りづらく、なんだか切なくなってきた。
「2つ目は、京都のオープン戦、葵ステークスです。こちらは出走馬のレベルはそこまで気にする必要はありませんが・・・斤量が少し重いかな、と。どちらも病み上がりにはきついレースですが・・・」
っと、あんまり湿っぽいのも良くないよな。
センセイの話に意識を戻そう。
NHKマイルカップか葵ステークスなぁ。
どっちに出るにしたって朱美ちゃん次第だけど、朝日杯がどう映ったかによるかな。
傍目には暴走とも取れるわけだし。
「・・・そうですか、はい、わかりました。ではセキトは脚元も良くなって思い切り追えるので本番に向けて仕上げます。はい、はい。ええ、それはもう勝ちに行きましょう!」
センセイは電話を切ると、続けて誰かに電話をかけた。
「もしもし、丘本さんですか。ええ、こんどのNHKマイルカップなんですが、馬主さんに意向を確認したらイーグルカフェとセキトバクソウオーが出走するつもりらしくて。ええ。どちらに乗るのか決めていただきたくて・・・そうですか。はい、分かりました」
センセイの口ぶりからして、俺はNHKマイルカップに出るのか。通話の相手は丘本さんだ。イーグルカフェにとっては新馬の時から乗り続けてる主戦らしいから、今回かち合ってしまった以上俺かイーグルカフェか選ばなきゃいけないんだな。
『今度こそ勝利を収め、大衆に我が存在を知らしめるのだ』
そのイーグルカフェは、珍しく気合を表に出して燃えに燃えていた。その原因は恐らく俺が休んでる間に出走したニュージーランドトロフィーだろう。
前走の共同通信杯を勝っての出走だっただけに期待も大きかったのだが・・・直線でのびあぐねて着外だったそうだ。
因みに勝ち馬はエイシンプレストン。流石3歳チャンプといった所だろうか。奴も次走はNHKマイルカップと発表している。
自信を付けてきた所でこの結果だけにショックも凄まじかったようで数日は見てらんないくらいにしょげていたが、ある日『吾輩は自惚れていたようだ』と吹っ切れてからはいい顔になった。
馬主がNHKマイルカップ出走を俺より先に表明しており、イーグルカフェ自身もG1制覇に向け鍛錬に励んでいる。っと、センセイの電話が終わったようだな。
「ふー・・・まずはセキトに乗れる騎手を探さないとな」
丘本さん、どうやらイーグルカフェを選んだみたいだ。まあ今回はイーグルカフェが先約だったみたいだし致し方無し。それに対して俺はまた鞍上変更かぁ。今度は誰が俺に乗るのやら。
『ふむ。どうやら我が乗り手は吾輩を選んだらしいな。鬼に金棒だ』
イーグルカフェがドヤ顔に近い表情で言ってきた。この野郎。選ばれたのは鷹でしたってか。あ、鷹はホークだった。
『ああ。背中の人間は変わるが負ける気はないぞ』
『望むところだ』
なるべくなら上手い人がいいな、なんて思いながら俺は2回目のG1に向けて、隣のライバルに啖呵を切りつつ気持ちを燃やしていた。
次走、NHKマイルカップ!
更新は金曜の22:00予定ですが、作者がバッドコンディションの「風邪気味」を獲得したので更新無いかもしれません。