サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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元になったレースのゴール直後のア○シマさんの珍実況、参考にする為に聞きに行って吹いたのは自分だけではないと信じたい。

そしてこの小説で過去一長い話になった件。

運命のマイル戦、スタート。


力走、NHKマイルカップ(後編)

発走地点のゲートの裏から少し離れたところに、今日も競馬番組の現地レポーターである右野アナウンサーの姿があった。

 

「よし、いつでもいけます」

 

インカムの調子も良好。各馬の様子を見ながら後は中継を待つだけといった姿勢の中、ADからついに指示が飛ぶ。

 

「中継来ます!5、4、3・・・」

 

スタッフの声がお茶の間に響くなんていう事故を避けるためカウントダウンは残り3秒まで。口だけを動かすADとカメラを見つめ、右野アナは大きく息を吸った。

 

『それでは現地の右野アナウンサーに話を聞いてみましょう、右野さーん』

 

インカムに響くのは実況席の淡島アナウンサーの声だ。

 

「はい、五月晴れの青空が眩しいゲート裏です、ここ数日の好天で・・・ちょっと暑いくらいかもしれません」

 

『ええ、各馬がゲート裏で周回していると思うのですが・・・右野さんから見て調子良さそうだな、とか何か気になるって馬はいますかね』

 

そのセリフに、右野アナの目がゲート入りを始めた出走馬たちを改めてぐるりと見やった。

 

「えーと、特に・・・イーグル、カフェ、ですかね。気合を表に出していて非常に良いと思います。それからさっき返し馬のときにマイネルブライアンが少しのめってましたね」

 

話している途中でスターターがスタート台に乗り込むのに気づいた右野アナは少し早口で喋り、急いで切り上げる。

 

『はい、ありがとうございます!そしてG1競走NHKマイルカップ、いよいよファンファーレです!』

 

淡島アナも急いでファンファーレが鳴る事を電波越しに全国へと伝えた時、スタート台が高く上がり赤い旗が振られた。

 

 

♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜

 

 

 

♪♪♪♪〜♪♪♪♪〜

 

 

 

♪〜♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪ 

 

 

 

♪〜♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜〜〜

 

 

 

♪♪♪♪〜

 

 

「ウオオオオオオァァァァァ!!」

 

 

『ひぃえぁっ!?』

 

「あ!こらっ、大丈夫だ、落ち着け!」

 

『嫌ー!大きい音嫌ー!』

 

演奏の直後に上がる大歓声は、スタンドを震わせんばかり。時にファンファーレその物と並んで競走馬のリズムを乱してしまう。今日はその洗礼を受けた一頭が、大きく首を振り出してしまった。

 

「あっと!?ユウマが?ファンファーレに驚いてしまいましたかね、大きく首を振っています」

 

『久々ですからね、無理もないでしょう。さあそして、1番人気マチカネホクシンは落ち着いています』

 

右野アナの声に返事をしてから、一番人気の状況を伝える淡島アナ。

 

 

パドックで怯えていたはずのマチカネホクシンは、すっかり落ち着きを取り戻していた。

 

あれは昨年末の朝日杯。無事にゴールして減速している最中に、後ろから恐ろしい形相とスピードで自分をぶち抜いていった馬がいた。

 

『(アレは、ホントにオソロシかったデス・・・デモ・・・)』

 

奴こそ、セキトバクソウオー。今日も前の時のように恐ろしい雰囲気をまとっているのではと危惧していたのだが、いざ出てきてみればそいつはすっかりいつも通りだった。

 

拍子抜けしたが、それでもいつあの恐ろしい状態になるか分からないと警戒は怠れない。

そうやって警戒して、警戒して・・・気がついた。

 

『よくよくカンガエたら、アイツがミーにナニカしてくるハズナイデース!』

 

「いい落ち着きぶりだ。いつものレースが出来れば・・・行ける!」

 

件のライバルはレース中に噛んだり蹴ったりなんてしてこない。前のレースでも『どけ』とは言われたが避けていったのは向こうじゃないか。そう思い出したマチカネホクシンは、怯えを振り払ったのだ。

 

『タニサンのウワキアイテもイナイこのレース、ミーがモライマース!』

 

マチカネホクシン自身は、エイシンプレストンよりも自分が秀でている、と自慢の脚で谷騎手に証明しようとしていた。

 

「行くよ、ホクシン」

 

北極星(北辰)の名の通り額に輝きを頂く黒馬が、静かに発走の時を待つ。

 

 

 

『2番人気、イーグルカフェもいい雰囲気のままここまできています』

 

『(今まで、何度悔しい思いをしてきたのだろうか)』

 

イーグルカフェは少し立ち止まって空を見上げ、今までの道のりを思い返していた。

 

アメリカで生まれ、母と別れてから単身異国の地へ海を渡ったかと思えば、競走馬としての厳しい日々が始まった。

 

勝てると思っていたところからの連敗。如何に自分が甘いと思い知らされ、勝ちたいとどれほど努力をしてきただろう。

 

そしてようやく掴んだ未勝利戦、更にG3の輝き。しかしそれも前走で粉々に打ち砕かれ。

 

『前走の悔しさ、ここで全てぶつけてやろう』

 

あの日、前を走っていた赤と黒のメンコのライバルはいない。それが余計にイーグルカフェの闘争心に油を注ぐ。

 

「さあ、イーグル。君の力を見せてやろうじゃないか」

 

荒鷲は、ゲートの中で翼を繕い、爪を研いでいた。

 

 

 

『3番人気セキトバクソウオー。マイルでの実績は朝日杯4着のみですが、十分優勝を狙っていける仕上がりです』

 

『(G1・・・G1、かあ)』

 

セキトバクソウオーは人の時はテレビ越しでしか見たことのなかった東京の芝生を、今まさに踏みしめているのだと改めて実感していた。

 

『やっぱり朝日杯の時とは、全然ちげぇな』

 

スタンドの盛り上がりも、見える景色も。そして何より、ライバル達の仕上がりや伝わってくる気迫も。

「これがG1だ」と言わんばかりの重圧が、目に見えない重さを増していく一方。それでも。

 

『そんなものに押しつぶされてたまるか、ってんだよ』

 

減らず口を叩いてから、目を閉じれば思い返されるのは牧場で待つ牧場長のおっさん。今はどこで何をしているのか分からない仲間たち。

 

それから朱美ちゃん、太島センセイ・・・そしてジュンペー。

 

「バクソウオー、ゲートだよ」

 

勿論背中にいる獅童さんも。その手綱に促されたセキトは、抵抗することなくゲートに入っていった。

 

『G1、獲ってやる』

 

赤い駿馬が、鞍上と共に額と心の炎を激しく燃やす。

 

 

 

『最後に大外18番、ピサノガルボがゲートに向かって、まもなく全馬ゲート入りが・・・完了しました』

 

やがて18頭、それぞれの馬と人が、それぞれの思いを抱いて。その全てがゲートに収まると、淡島アナも一呼吸おいてからレースの実況に移った。

 

『さぁ出でよ勇者たち。第5回NHKマイルカップ・・・スタートしました!』

 

「よしいけっ!」

 

ゲートが開かれたその瞬間、セキトバクソウオーはわざと、ほんの少しだけ他馬より遅れてゲートを出た。

 

 

 

 

 

『っと、これでいいんだよな?』

 

獅童さんのタイミングに従って、俺はゲートの開放からちょっとだけ遅れてスタートを切った。

 

そのまま加速しつつも先団には追いつかない位置・・・7、8番手くらいかな?に付いた。少しゴチャ付いてるけど走りづらいって事もないかな。

 

『揃ったスタートに・・・おっとセキトバクソウオーやや遅れたか、今日は後ろからになりそうだぞ?』

 

「えっ!?セキトバクソウオーがいない!?」

 

「後ろからだと!?」

 

実況の声で、前を行く馬の背から驚いたように何人かが振り返った。よしよし、後方待機策が思ったよりも刺さったようだ。遅れたんじゃなくてわざとですよ。

 

『その他は揃ったいいスタートでした!さあここから先行争い、ユウマです、ユウマがいきました』

 

『やったあ!レースだ!走るのたーのしー!』

 

「ユウマ!そうだ!行け、行け!」

 

先頭はユウマってやつが1馬身ほど離して気持ちよさそうに逃げている。

流石にここに出られるような奴だし、かかって自滅なんてしてくれそうにないな!

 

『その後ろから白い帽子が2頭、トッププロテクターとファイターナカヤマです』

 

トッププロテクターもファイターナカヤマもユウマを逃さず、かつ後ろに追いつかれないペースでと逃げに近い走りをしている。俺としてはその作戦が一番疲れるんだけどな。

 

その後ろに芦毛の馬体が見える。あれはカタコトがチャーミングなマルターズスパーブちゃんか。あれ?その後ろに真っ黒なスイートオーキッドちゃんがいる、今日は先行策か。

 

『マルターズスパーブも早めの競馬にもっていくのか、さぁスイートオーキッドの青い帽子が見えます、立川広典は早め4番から3番手』

 

「もう少し前にいたほうがいいかな・・・」

 

『今日こそ、今日こそ私が頂きに辿り着くのですわ!』

 

スイートオーキッドちゃんの騎手さんが手綱をしごくのが見えた、って、えぇ!?もっと前に行くのか!?大丈夫!?

 

『外ネオポリス、真ん中に青い帽子が上がっていくスイートオーキッド、外に回ってオレンジの帽子がダイワカーソンです』

 

『全員とっ捕まえて、ボクが勝つんだ!』

 

『あら、どうぞご勝手に。勝つのは私でしてよ!』

 

『お二人さん・・・どうぞ潰し合ってくれ、そうなればオレの勝ち筋が広がるってもんさ!』

 

うーん・・・この辺の連中は本当に良くわからない。特にネオポリスなんて人間の時に聞いたこともない名前だし、こうなったらレースから無視だ無視!

 

『少し離れてファイターナカヤマ下がっている、後はセキトバクソウオー今日は後ろから、ラヴィエベルがここにいます、真ん中を突いてはアグネスデジタルと波止場清、そしてその後ろトーヨーデヘア前頭浩希がいます、その外を行っているハセノバクシンオー、更にマイネルブライアンです、鞍上南雲G1初挑戦』

 

ん?馬群が詰まってきている。そろそろ位置取りを変えないとやばくないか・・・って周りを囲まれてて動けねぇじゃねーか!やられた!包囲網だ!

 

『ようやく気づいたね・・・!僕みたいに弱い馬でも、集まってこうすればまともに戦える!』

 

アグネスデジタル!?お前が主犯か!

 

「くっ!行き場が・・・!」

 

『獅童さん、なんとかしようぜ!』

 

『行かせないよ!』

 

馬群の隙間を縫おうとした瞬間、前にいた一頭が空かさず進路を塞いできた。

 

『トーヨーデヘア!?何するんだよ!』

 

『何って君を勝たせない作戦だよ!』

 

そうやって俺が馬群の中でもがいている一方、アイツはその影響が及ばない外を走っていた。

 

『成程。この位置ならば、セキトの様にはならないであろう』

 

「セキトバクソウオー・・・すまないけど、今日は僕達が勝たせてもらう!」

 

その馬は、イーグルカフェ。はやる気持ちを抑え、翼を広げる瞬間を、鞍上の指示を今か今かと待っていた。

 

『外にイーグルカフェがいました、あとプラントタイヨオーがいてノボジャック。マチカネホクシン谷譲はこの位置です!』

 

「お前の脚ならここからでも、外からでも届くはずだ!」

 

『!タニサン!?もうイクんデスネ!?オーケー!マチカネホクシン、イキマース!』

 

実況に呼ばれるやいなや、マチカネホクシンは鞍上にぐいぐいと押され加速していく。馬群を嫌ったんだろう、そのまま外へと持ち出しているから大外で全頭差し切るつもりのようだ。

 

『さあもう先頭は3、4コーナの中間に差し掛かった、さぁ何が来てもおかしくないぞ〜・・・前は3頭!』

 

ああっ、もう直線じゃないか!馬群を捌かないと、と思ったらトーヨーデヘアがするすると最内をあがっていく・・・あそこだ!

 

「バクソウオー!あそこに!」

 

『おう!』

 

『あっ!しまった!』

 

内を走っていたトッププロテクターに塞がれてしまう前に俺もその場所を突いて馬群の脱出には成功した・・・のだが。

 

『いくぜ、ってあれっ?あらっ!?』

 

勝負どころなのに、なぜか走法を変えられない!?

 

「バクソウオー!いつものアレはまだか!?」

 

俺の手応えが変わらないせいだろう。獅童さんが少し慌てたように声をかけてきた。

 

ハイペースで引っ張られる内に脚を使っていたのか?それとも左回りのせい?

 

もしかして・・・俺にマイルって。

 

 

『いやいや、まだその判断は早いよな!ふん!あ、よし!』

 

「よし、切り替わった!行くよ!」

 

力ずくで走り方をピッチに切り替え、獅童さんの手綱さばきもあって無駄なく東京の第4コーナーを回っていく。やっぱり左回りだとぎこちないな。

 

『よっ、また来たぜ!』

 

『君のその走り方、聞いてはいたけどほんとに変態じみてるな!』

 

『そりゃどうも!』

 

そのままインを走るトーヨーデヘアの更に内側に、身体をねじこむ。変態とは心外な。それは後ろのアグネスデジタルのためにあるような言葉だ。

 

ラチのスレスレを通り、身体の傾きが戻ると俺の目に映ったのは、果てしなく続いてると錯覚すら起こしそうなほど真っ直ぐな緑の一本道。

 

さあ、泣いても笑っても、ここからが最後の直線だ!

 

『ここでセキトバクソウオーがインを上がって、8枠の2頭もじりじり、ネオポリス、真ん中マルターズスパーブ、そしてユウマ、最内トッププロテクターの白い帽子、早くも原の手が動いている!』

 

「行けぇ!トップ!」

 

『今度は逃さないぞ、セキトバクソウオー!』

 

後ろからトッププロテクターが吼えた。

 

 

「無茶はさせたくないけど、負けたくもないね!」

 

『セッカクココマデキタンデス!ヒキサガルワケニハイキマセーン!』

 

その隣のマルターズスパーブちゃんも負けじと叫んだ。

 

『さぁ黄色い帽子、マチカネホクシンは後ろから3頭目!どこから切れ味を発揮するんだ!?』

 

「ホクシン!走れぇぇぇ!」

 

『エンジン、ゼンカイ!!デェース!!』

 

更に、大外のマチカネホクシンの声が聞こえた。あの末脚は警戒しなければ!

 

『何が来てもおかしくないぞ!さぁその才能を解き放てー!!』

 

実況に合わせる様に、俺の脚もストライドに切り替わる―

 

『・・・あっ!?』

 

「バクソウオー!どうした!?」

 

筈だった。残り300mを切ったその時、俺の身体ががくんと揺れる。あれ?おかしいな。脚の運びはストライドでも、ピッチですらなく。バラバラに崩壊して、隣りにいたはずのトーヨーデヘアが遠くに離れていく。

 

そして、視界の隅から、俺の代わりと言わんばかりに外から一組の人馬が恐ろしい勢いで上がっていくのが見えた。

 

 

「イーグル!飛べぇぇぇぇ!」

 

『・・・参るっ!』

 

それは、今レース最大のライバルとしていたイーグルカフェと、名手丘本雪緒に他ならなかった。

 

『な、ナンテスエアシ・・・』

 

なんつー脚だ。あのマチカネホクシンが置いていかれるじゃねぇか。

 

負けられねぇと思って脚を伸ばそうとしても、バタバタと空回りする脚の回転が更に崩れただけ。

 

『お先に失礼しますわ!』

 

後ろにいたはずのスイートオーキッドちゃんの真っ黒な馬体が先に行くのが見えた。それだけじゃなく、次々と他の馬体も俺の前へと去っていく。

 

何で置いていかれてるんだ。俺。いつもの伸びは?走り方は?一体どうしたってんだよ。

 

「これは・・・ちょっとダメか」

 

ふと、背中の獅童さんから諦めたような声が聞こえた。

 

ああ・・・そういうことかよ。後200mも残してるってのに、あれ程アンタはG1に飢えているのに。そんなに簡単に諦めが付くような姿になってるのかよ、俺は。

 

乗ってるアンタがそうなんだ。センセイだって、朱美ちゃんだって。もう早々に諦めて次のレースに気が移っていることだろう。

 

なんだかそれが悔しくて。そんなに力も残っていないのに、俺だけが往生際悪く諦めきれなくて。強くハミを噛んだらなぜだか視界が滲んで。

 

目から、何かがこぼれ落ちていった。

 

 

 

『坂を登るっ!!』

 

『あと少し・・・!もう少しだ!』

 

競馬場に響く少しばかり暑苦しい人間の男の声を背に、我が相棒の愛の鞭を身体に受けた吾輩は正に鷲の如く直線を飛んでいた。

 

『全くの横一線!スイートオーキッド!トーヨーデヘア!・・・イーグルカフェッ!』

 

阿呆が。ようやく吾輩の名を呼んだか。赤き僚馬を含め、とっくに多くの馬を抜き去っていたというのに。

 

しかし赤兎馬とは千里・・・よくは分からぬが途轍もなく長い道のりを一日で駆ける馬を指すというのだから、アレは赤兎馬ではなかったのだろう。

 

セキトなどという高尚な名はあいつには勿体ない。今日からはバクソウオーと呼んでやろう。

 

「全部!差し切れえぇぇぇぇ!」

 

『承知した!』

 

相棒が珍しく声を荒らげた。それだけ強き思いのこもった叫びであるのだろう。ならば、吾輩もそれに相応しく全身全霊で応えなければならぬ!

 

『外からイーグルカフェッ!マチカネ!マチカネ!イーグルカフェ!トーヨーデヘア!イーグルカフェ!内からトーヨーデヘア!トーヨーデヘア!』

 

『これで、僕もG1馬に・・・』

 

「おい!来てる!外から一頭来てるぞ!デヘア!おい!」

 

先頭を駆けるトーヨーデヘアという名の輩は、既に勝った気でいるようで、騎手が注意を促しているというのに全く気がついていない。

 

よろしい。ならば吾輩が油断大敵という言葉を我が身を持って教えてやろう。我々競走馬にとって基礎中の基礎であるその言葉を頭に焼き付ける絶好の機会である。

 

『トーーヨーデヘアッ!外からイーグルカフェ!』

 

 

『そこの馬よ!一つ助言をしよう!自分に酔うのはゴールを駆けてからにするのだ!』

 

『へっ!?』

 

彼の目が吾輩を捉えたのは、既にゴール板なる吾輩らの蹄に似た青い構造物を過ぎた後だった。

 

 

 

 

 

『並んだ並んだ並んだ並んで!ヴッ!?・・・全く並んで入線!3番手マチカネホクシン!これは分からない!全くわかりません!!最内トーヨーデヘア前頭浩希か!?それとも外からイーグルカフェ丘本か!?勝ち時計1.33.5と上がっています!』

 

イーグルカフェとトーヨーデヘアが並んだところで、ゴールを駆け抜けていった。

 

史実通りならイーグルカフェが勝っているのだろうが、それ自体は既に俺にとってはどうでもいいことだった。

 

『負けた・・・』

 

そう、負けた。俺はレースに負けたのだ。

 

しかも今まで4着までには来ていたというのに、今日は掲示板すら外すというひどい有様だ。

 

『くそ・・・くそぉーーっ!!』

 

「バクソウオー・・・」

 

何度嘶いても、結果は変わらない。分かりきってはいたが抱いた思いを抑えきれず、目からとめどなく溢れる雫は一つ残らずターフに吸い込まれていった。

 

 

 

『はぁ、はぁ・・・』

 

「ちょっとは落ち着いたかい?・・・帰ろうか」

 

『ああ、獅童さん、すまねぇな・・・』

 

レースが終われば敗者は去るのみ。しばらくしてようやく落ち着きを取り戻した俺はクールダウンが終わった後、さっさと引き上げて待機所に入る。

 

そこに書かれた「8」という数字に、改めて敗北という結果を真正面から受け止めることになった。

 

「まあ、そんなに気にするな。お前には次がある」

 

獅童さんの手でゼッケンが外され、首をうんと軽く叩かれる。完走おめでとうって意味だろう。みっともなく泣き喚いたせいかなんだかいつも以上に疲れた。ぼーっとしながら出入り口を見つめていると。

 

 

『クソ・・・!あと少しだったのに!悔しいけど、あいつの言う通りだ』

 

トーヨーデヘアが上がってきて、2着の枠に入る。やはり軍配が上がったのはイーグルカフェだったか。

 

その後様子を見に来たセンセイも獅童さんと一言二言「長かったな」「長すぎました」と会話を交わすと、お疲れと俺の首をポンポンと撫でるように触れて早々にイーグルカフェが入るのであろう1着の枠へ行ってしまった。

 

あれ?なんだろう。この感情は・・・寂しい?

 

 

一方勝ち馬であるイーグルカフェがウイニングランを終えて引き上げてくると、センセイと丘本さんが満面の笑みでガッチリ握手を交わした。

 

そして、休憩もそこそこに枠から出されると、そのまま来た道を引き返していく。

 

『む、まだ何かあるのか』と本人はちょっと不満そうだったが渋々外に出ていった。ウィナーズサークルへ向かったのだろう。

 

『勝ちましたイーグルカフェ、父はガルチ、母はネットダンサー、母父はヌレイエフ・・・』

 

 

実況がイーグルカフェの紹介をしているのが耳に入ってくる。俺だっていつか、あそこに立つ。そう固く心に誓うのに、ちらりと見えたあいつの誇らしげな姿は十分だった。

 

 

 

『G1を勝つとは、ここまで気持ちのいいものなのか!』

 

そこからしばらくして帰ってきた奴は、NHKマイルカップの優勝レイを肩に掛けて、嬉しそうに歩いていた。

 

『よう、おめでとう』

 

なかなか疲れが抜けず、待機所に留まっていた俺がそう声をかけると、イーグルカフェから出たのは逆に俺を心配するような声。

 

『祝言、感謝する。しかしセキ・・・バクソウオーよ。貴様一体どうしたのだ。直線はまるで走りを覚えたばかりの仔馬の様だったではないか』 

 

馬基準だとそう映るのか。酷いもんだ。言い訳をしようとして、それもなんか違う気がしたから観念して正直に話すことにした。後わざわざ呼び方を変えたのも気になるし。

 

『・・・長すぎたんだよ、俺に1600は。それからなんだよ、いきなり名前を下の方で呼んだりなんかして』

 

『ふむ、やはりそう言う馬もいるのか。呼び名を変えたのは、千里を駆けるという赤兎の名は貴様には高尚過ぎるからだ』

 

『はは、確かにそうだな』

 

言われて納得。たかだか1600mでバテてるようじゃ、本物の赤兎馬には及ばんわな。

 

でもよ。もしもレースの距離がそれ以下だったら。その時は。

 

『イーグルカフェ、もしもだ。もしも俺とお前が、1600以下のレースでまた戦う事があったら・・・その時は、センセイがいるのは俺の隣だ』

 

『ほう、言うではないか。では、またの機会を楽しみにするとしよう』

 

まあ、そうは言ってもイーグルカフェは中距離寄りのマイラーだ。実を言うと1600以下のレースに出た回数なんて、片手で数えられるくらいしかない。

 

それでも負けっぱなしなんて許さねえってプライドが燃えてるんだよ。この辺り、俺も馬としてはバクシンオーの血をしっかり引いてるんだなってなんだか面白くなってきた。

 

『ああ、その時は・・・負けない』

 

 

かくして、俺のNHKマイルカップは結果だけ見れば過去最悪にして、後々から見てもキャリア最低の結果に終わった。

 

しかし、ここで得た悔しさは大きな燃料となり、俺の中で燃える炎はますます熱く、赤く。燃え上がっていくのだった。




セキト、マイルに散る。

次回更新予定は本編は金曜の22:00予定になります。
おそらくこの後ちょっと未来の掲示板回が更新されます。



・今回の被害馬
 特になし

・被害ポイント
 ミスターサウスポー不在により一部競走馬(スイートオーキッド〜ハセノバクシンオー)の着順が繰り上がり
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