サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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夏休み編二本目。

今回は怖くないホラー・・・いや、オカルト回?

なんというか、動物には人には見えないものが見える的なアレや、田舎に帰省したら祖父母の幻と出会った的なアレを目指して書いております。別名ご都合主義。

いやホント、セキトの先生になれるような近親馬がいて良かったぁ。


【夏休み編Ⅱ】お彼岸Mid Night

どうも。相変わらず休養中のセキトバクソウオーだ。

 

朱美ちゃんが仔馬ちゃんを買ってからはだいたい半月くらい。登録審査は終わってるから名前を考えるんだって張り切っていた。

 

最近の話題と言うと、牧場の馬たちの間でにわかに噂になっていることがある。

 

それは「夜の放牧地に見慣れない半透明の馬が現れる」っていうもの。どっかの学校の怪談かよ。

 

馬鹿らしいと思う反面、何頭もその馬を見たという奴がいてまったく気にならないと言うのも嘘になる。

 

おっさんも「なんか最近二歳馬の元気があらへんなぁ」なんて言ってるし、なにか起きているのかも知れない。

 

 

『・・・よいしょ!お兄さま、おはよう!』

 

『くっ・・・なあ、最近幽霊の話があるらしいんだ、君は何か知らないかい?』

 

あれほど怒られたっていうのに、相変わらず俺のいるパドックに侵入してくる仔馬ちゃん。彼女に噂の幽霊馬の事を聞いてみると。 

 

『ゆーれいさん?わたしはお家にかえるから見たことないけど、1つ上のお兄ちゃんお姉ちゃんがゆーれいがでたー!っていってるのはきいたよー』

 

とのことだ。うん、まだ1歳馬(この時代だと2歳だけど、紛らわしいから1歳馬で!)たちのイタズラの可能性も捨てきれないが、何かしら「出る」のは間違いなさそうだ。

 

『なるほど、そのお兄ちゃんお姉ちゃんがどんな感じだったか、分かるか?』

 

『うんとね、えっと・・・たぶん、ほんとにこわがってた。ぜんぜん楽しそうじゃなかったし』

 

これでイタズラの線も消えたな。だったら、俺がその幽霊とやらの正体、確かめてやるしかねえ。

 

『そうか、ありがとな』

 

貴重な情報を提供してくれた仔馬ちゃんを、口先で撫でる。

 

『えへへ、お兄さまがよろこんでくれるなら、よかった』

 

『ぐふぅっ』

 

相変わらず破壊力の高い呼び方だ。俺は何回目かも分からぬ旅立ちをしそうになる意識を、必死に肉体に押し留めた。

 

 

 

 

 

『さて、と』

 

その日の夜。上手く話が伝わってなかったのか、それともそんな事しないと思われたのか。とにかくトレセンと違って、牧場で俺が使っている馬房の前にベニヤ板のような障害物は無い。

 

つまりここをこうしてこうやってやれば・・・。

 

『よっと、大成功!』

 

外れた馬栓棒がカランカランと派手に音を立てた。それで目を覚ましたり、なんだなんだと騒ぎ立てる奴もいる。

 

勿論このままではおっさんたちに騒ぎが伝わって強制収監一直線。そうなっては困るので『すまん、俺だ!』と声をかけて謝っていけば、

 

『どうやって出たんだよ!?』

 

とか

 

『またお前か・・・』

 

という感じに驚嘆だったり呆れの声とともに段々と騒ぎは収まっていった。

そのまま通路をのし歩き、最後の難関、厩舎のドアの前へと立つ。

 

施錠自体は馬房の入り口なんかにも使われてる単純構造の鍵がいらないタイプだったから、簡単に外してやった。

不用心・・・というかこれも時代ってやつか。ましてや馬が解錠するなんて夢にも思ってないだろうしな。

 

『さて、と・・・ふんぬぬぬ!』

 

後は力一杯ドアに体重をかけながらスライドさせるだけなのだが、これがまた馬の身体だとキツイ!ぴったりと閉まった取っ掛かりに馬の口は引っかからないし、手が使えないってだけでここまで苦労するんだからホント人の手って素晴らしい進化の成功例だと思う。

 

『はー、はー・・・せー、の!』

 

何回トライしたかは覚えてないが体重と横向きにかかる力によって重い扉が動き、遂に俺が通れそうなくらいの幅が出来た。

 

『ふー・・・!やったぜ!』

 

一息ついてから、悠々と屋外へ繰り出していく。

 

1歳の時以来、久しぶりの夜の牧場だ。

夏にも関わらずきんと冷えた空気に、ふと空を見上げれば数え切れないくらいの星々が輝いていた。

 

『すっげえ・・・』

 

東京や茨城では中々お目にかかれないその輝きに、しばし目を奪われる。そういえば1歳の頃は走ることばかりに夢中で、あまりこうやってゆっくりと空を見上げたりなんてしなかった。

 

『っと!幽霊幽霊!』

 

しかし今日の本命は幽霊探査。仔馬ちゃんが言っていた様に1歳馬が怯えていた、というなら出現ポイントはあの思い出深い広い放牧地だろうか?

 

そう目星をつけて懐かしい道をパカパカと進んでいると。

 

 

『ひえええぇ幽霊だあああ!』

 

『出たあああああ!?』

 

やはり件の放牧地から、1歳馬たちの悲鳴が聞こえてきた。

 

『出やがったか!』

 

あの怯えっぷり、1歳馬たちがパニックで怪我をしてしまうかもしれない!彼らを落ち着かせるため、俺は目的地に急ぐ。

 

スプリンターの脚にかかればこのくらいの距離、あっという間だ。

 

『お前ら!どうしたんだ!』

 

『ゆ、ゆゆ、ゆーれい・・・!』

 

『オジサン助けてー!』

 

俺の声に反応して、柵越しに助けを求める1歳馬たち。オジサンって・・・俺まだ4歳なんだけどな。

 

って、それはともかく本当に幽霊がいやがるのか!なんとかして中に侵入しなくては。

 

柵を飛越(踏み切ってジャンプぅ!)するか?いやいや、それだと失敗したときのリスクが恐ろしすぎる。

ここは安全策をとってちゃんと出入り口から、だ!

 

口を使って通路から放牧地をつなぐ柵を塞いでいるパイプを抜き取り、中に入ってからそれを戻して2本目、直接放牧地に繋がるパイプを抜く。

 

1歳馬たちが集団脱走、なんてなったらおっさんたちの信頼は木端微塵だし、第一それはそれで怪我に繋がってしまうからな。

 

そして放牧地に侵入すれば、すっかり怯えきった1歳馬たちが俺の周りに集まってきた。

 

 

『にーさん、助けてくれよう』

 

『アイツ、最近毎日出てくるんだ』

 

『おうおう、とにかく落ち着け。その幽霊ってのはどこにいるんだ』

 

泣きじゃくるそいつらをなだめつつも、幽霊がいるという場所を聞きたいのだがなかなか上手く行かない。と。

 

『っ!?来たな!』

 

そうこうしているうちにどうやら向こうの方からおいでなすったようだ。耳がピクリと反応する。蹄の音がしないのに耳が動いたのは気配を感じた時の反射的なもの。

 

相変わらず暗視カメラの様な視界だが、その一部がボヤケていてこの世ならざる者がそこに「いる」と分かる。

 

長い4つの脚と力強い首、ピンとたった耳・・・うん、確かに馬の幽霊だな。

 

奴さんはどうやら俺に興味があるらしく、ゆっくりとこちらに歩みを進めてくる。

 

『ひゃああこっちきたあああ!』

 

『嫌ー!』

 

『もうダメだ・・・!おしまいだぁ・・・!』

 

1歳馬たちは逃げ出してしまったが、あいつらを守るためにも俺は逃げるわけにはいかねぇ。逆に一歩を踏み出し啖呵を切る。

 

『俺はセキトバクソウオー!!幽霊野郎!お前は何者だ!』

 

『・・・!?』

 

幽霊馬の動きが、止まった。

 

そして周りをきょろきょろと見回すような動きをした後、微かにだが『おお、我としたことが』と声がしたような気が。

 

瞬間。びゅう、と風が吹く。

 

『うっ!?』

 

なんて風だ、あまりの強さに目を閉じるしかなかった。

 

 

 

『・・・お初にお目にかかる。我はサクラシンゲキ。桜の名を持つ一派のサラブレッド也』

 

『!?』

 

聞き慣れぬ声に目を見開くとさっきまで幽霊が立っていた場所には額と鼻筋に小さな星がある立派な黒鹿毛の馬がいた。

 

そして、今なんと名乗った?サクラシンゲキ、だと。そんなバカな。確かもうこの時代には。

 

『既に三途の川を渡った身ではあるが、今は彼岸が近い時期故、こうして黄泉の国から現世への外出が許されたのだ』

 

なるほど、彼岸か・・・。地獄の釜の蓋が開いたりご先祖様の魂が帰ってくるだの言われているが、あの世から帰ってくるのは人間だけじゃないってことなのか。

 

『そうか。ところでアンタはなんでここにいるんだ?ここで生まれたって訳でもないだろう』

 

幽霊の正体が分かったところで、今度はその目的を尋ねる。

 

『強いて言えば・・・旅、だな。強者を求めておる』

 

『強者を求める旅・・・?』

 

俺が聞き返すと、サクラシンゲキはゆっくりと頷いてから答えてくれた。

 

『我は、千六以下のレースなら3着以下になったことはない。しかし時代がそれを許さなかったのだ』

 

彼が走った80年代の競馬は、中長距離こそが至高にして王道であり、その他の路線はおまけのような扱いであった。

 

そんな時代においてサクラシンゲキは優れたスプリンター、あるいはマイラーとしての可能性を見せながらも、それを発揮できる大舞台が殆どなかったのだ。

 

『だが、今の世はスプリンターズステークスがある。そして、高松宮記念がある。そこで思ったのだ。そのレースを勝てるような馬と我では、どちらが速いのかと』

 

そして時代が進むと、サクラシンゲキの実の弟、サクラユタカオーが絶対的なスピードで秋の天皇賞を制し、その息子であるサクラバクシンオーの更に昇華されたスピードによって、遂にスプリンターたちの道が拓かれた。

 

そうしてやっと整備されたスプリント路線を、今、俺が駆け抜けている・・・改めて考えると、俺はスプリントに革命を起こした血を引いてるんだよな。

 

『残念ながらここは強者が集うのではなく新たな命が息吹く場所であったが、休むには丁度良かったから邪魔していたのだ。2歳の者たちを驚かせてしまったのは本当に申し訳なかった』

 

成程、サクラシンゲキの目的はスタッドの名馬たちと競走することか。だがよ、シンゲキさん。死んで耄碌しちまったのかあんた重要なことを忘れてるよ。

 

『あの・・・お言葉かもしれんが、今の時間放牧されているのは1、いや2歳馬だけだと思うぞ』

 

『!?』

 

俺の言葉に衝撃を受けたような顔をするサクラシンゲキ。いや、これそんなに驚くこと?

 

『ぬぅ・・・!ぬかったか!このサクラシンゲキ、一生の不覚』

 

その一生、とっくに終わってるんだけどな。とにかく人間だったら地面に手を付いていそうなくらいの落ち込みっぷりは、何だかちょっと見てて不憫になってきた。

 

『・・・シンゲキさん、だったらよ』

 

『む?』

 

名馬たちの代わりがどれほど務まるかは分からないけど。

 

『俺もスプリンターなんだ。勝負しようぜ』

 

俺は名馬に一騎打ちを申し込む。

すると、その言葉が耳に入った瞬間先程までのテンションが嘘のように復活したサクラシンゲキが嬉しそうに言ってきた

 

『ほう・・・我とスピードで勝負しようということか、若造!』

 

『ああ』

 

俺は頷いた。幽霊とは言え昔の、とっくに天へと登ったはずの馬とこうして喋れるし走れるなんて・・・素晴らしいチャンスじゃないか!

 

『どれほど付いてこられるか楽しみだな』

 

サクラシンゲキが、手加減はしてやらんといわんばかりの笑みでこちらを見る。

 

その目を見た瞬間、背筋がゾッとした。

 

これが日の丸特攻隊なんて呼ばれ、第一回ジャパンカップのペースを翻弄した名馬の迫力か。

 

それなのに、その慄きすらすぐに興奮が飲み込んで、ああもう。なんてワクワクするんだ。今すぐにでも走りたいと脚が疼いて疼いて仕方ない。

 

『俺、これでも結構速いんだぜ?』

 

『抜かせ。お主はまだ若駒ではないか。全盛期の身体に戻った我に追いつける訳が無かろう』

 

『さあ、それはどうかな?』

 

正直、勝てるとは思ってないさ。それでも本能が、俺の身体に流れるサラブレッドとして300年を生き抜いてきた血が。この馬よりも速く在れ、と決闘を望んでいる。

 

『では・・・お主は現役馬だから、あまり無理をしてもいけないだろう。そこの柵からスタートして、三周したところがゴールでどうだ』

 

約600m、3ハロンといった所か。俺たちスプリンターには丁度いいくらいだろう。

 

『おう、それでいいぜ』

 

『ふむ、スタート役が要るな。誰か!そこの2歳の者!』

 

レースの条件に同意すると、サクラシンゲキが遠巻きに見守っていた一歳馬の群れにを呼びかけた。

 

一歳馬たちははびくんっ!と跳ねてざわついていたが、やがて観念したように一頭の鹿毛馬がゆっくりと歩いてくる。

 

『その、えーと、何スか・・・』

 

『今から我とこの若造でレースをする。お主にはスタートの合図を頼みたい』

 

恐る恐る要件を尋ねる一歳馬くん。サクラシンゲキはそれを咎めることもなく、堂々とスターター役を頼んだ。

 

『ああ、そういうことッスか・・・ふぅ、了解ッス。お二人ともスタート位置にどうぞッス』

 

大した用事でもなく、気が抜けたのか大分リラックスした様子になった一歳馬くんはスタート地点に向かう俺たちについてきて、邪魔にならない位置に立つ。

 

『それじゃあバクソウオーさん、準備は良いッスね?』

 

『おうよ!』

 

俺は準備万端、今すぐ駆け出したいくらいだ。

 

 

『それから、サクラシンゲキさん?準備出来てるッスか?』

 

『うむ、問題はない』

 

サクラシンゲキも油断はしていない、といった様子でスタートの時を待つ。

 

 

『じゃあ行くッスよ・・・!用意・・・!』

 

一歳馬くんの声で、二人同時に身構える。

 

『ドン!ってはっや!?』

 

そしてスタートと共に2つの風が、瞬く間に放牧地を3周駆け抜けたのだった。

 

 

 

 

 

『あー!チクショー!負けた!完敗だぁ!』

 

『やはりこうなったな』

 

・・・結果は、サクラシンゲキの3馬身差勝ち。負けは負けだが、相手は全盛期のレジェンド。放牧地と言うこともあってむしろ引き離されなかった方だろう。

 

それにしてもお手本のように見事なストライド走法だった。俺のストライドの完成形も、あれに近しい感じになるのだろうか。

 

『うむ、久方ぶりに楽しいレースであった。ところでお主、2つの走り方を使い分けているようだな。心底驚いたぞ。片方は我と似ているようだが・・・』

 

サクラシンゲキも満足気で、そのまま俺の走り方について興味を持ってくれた。というか走りながら俺の観察とは余裕だな。

 

ひょっとして俺が4歳だから全力で走ってなかったのか?それならちょっとショックだわ。質問に対しては素直に答えよう。

 

『ああ、俺の親父がサクラバクシンオーって言うんだけど・・・』

 

そう言った瞬間、サクラシンゲキが目を見開いた。実は彼から見たら俺は弟の孫だ。ついでに妹の孫でもある訳だが・・・黙っといたほうが色々ややこしくなくていいだろう。

 

『なんと!?バクシンオーの事なら聞いたことがあるぞ!その子という事は、お主、弟の孫であったか!それならば走りが似ているのも納得だ』

 

一人で納得しているサクラシンゲキ。しかし言っているように血統の力ってのは侮れんもので、クロフネとその子供達みたいに走り方だって遺伝することもある。血の繋がりが近いなら尚更だ。

 

『よし、これも何かの縁。お主が一歩でも栄光に近づけるように、我の走りの秘訣を教えよう!』

 

あれ?シンゲキさん?血の繋がりがあるってわかった途端なんか親戚のおじさんムーブになってない?

 

それから俺は何故か一歳馬たち共々ストライド走法の何たるかを仕込まれることになったのだが・・・。

 

 

『違う!背中の使い方がなっとらん!』

 

『ひいぃ!』

 

 

悲報。サクラシンゲキおじさん、鬼教官だった。

 

 

『もっと!もっとだ!脚を伸ばすのだ!』

 

『折れるぅぅぅぅ!』

 

 

『お主!首も加速に使えることを知らんのか!?』

 

『ひょええええ!!』

 

 

指導を望んだ一歳馬たち、そして俺の口と身体から上がる悲鳴アンド悲鳴、そして悲鳴。俺って身体が柔らかいと思ってたけど全然だったわ。それと比べてサクラシンゲキのは何だよアレ。ゴ○ゴ○の実かよ。

 

 

 

 

 

『ふむ、若造。大分良くなったではないか』

 

『あざす・・・』

 

結局一晩中みっちりと走り回らされて、クッタクタだったがその甲斐あって彼の中の及第点には届いたようだ。

 

『次はよりスピードを維持する体勢についてだが』

 

『まだやるのかよ!?』

 

『当たり前だ。理想の走りというのは一筋縄には・・・む?』

 

サクラシンゲキが満足するまで無限に続くかと思われた特訓だったが、山の向こうの空が白みだしたその時、サクラシンゲキがそれを見て『時間だな』と呟いた。

 

『シンゲキさん?』

 

『・・・すまんな。朝と昼はこの世にいる者の時間。そして我はこの世を去った身故、夜にしか姿を現せぬ決まりだ。それから・・・今日で我はここを旅立つ』

 

『え?何言ってるの?』

 

『旅立つ?』

 

わざとなのか素なのか、一歳馬には分かりづらい言葉を並べて語るサクラシンゲキ。あー、つまりだ。要約すると。

 

『・・・お別れってことか』

 

『えぇ!?』

 

『そんなぁ!』

 

『せっかくお話できたのにー!』

 

俺の言葉に、一歳馬たちから口々に別れを惜しむ声が上がる。

 

その様子をみたサクラシンゲキは、ハハハ、と豪快に笑ってから言った。

 

『心配せぬともお主らがいずれ命尽きた時、再びあの世で会えようぞ。それよりも今を大事にするのだ。死後、思いが弱い者の魂は消えてしまうのだ』

 

いよいよ顔を出し始めた朝日に照らされ、透けたサクラシンゲキの黒鹿毛の身体が尻尾の端から金色に変わって、そこから細かい粒が光へと散って溶けていく。

 

『うえーん!』

 

『わ、わ゛がり゛ま゛じだぁ゛・・・』

 

感極まった一歳馬たちの嘶きが響いた。

 

 

『サクラシンゲキさん・・・ありがとうございました!』

 

『うむ、若造。達者でな』

 

俺も朝日を見つめ、背を向けた彼の馬が完全に還ってしまう前に感謝の言葉を述べる。

 

『ん?何か忘れて・・・おぉ、そうだそうだ』

 

その時ふと、何かを思い出したようにサクラシンゲキが振り向きながら言った。

 

『若造、いや、セキトバクソウオーよ。お主は今は小さな双葉であろうが、いずれ大樹へと成長する器と我は見た』

 

『い、いきなり何を・・・!?』

 

預言めいた言葉の後、光に包まれてどんどん小さくなっていくサクラシンゲキは真っ直ぐ俺を見据えながら続ける。

 

『大樹へと育ったお主と・・・再び相見えるのを楽しみにしておるぞ!』

 

『・・・!次は負けないぜ!』

 

『その時もまた我が勝つがな・・・!』

 

 

 

再びの勝利宣言。その声を最後に、サクラシンゲキの姿は塵も残さず、完全に消えてしまった。

 

・・・いや、早速次の宿を探して駆け出したのかもしれない。それに例え姿が見えていたとしてもあのスピードだ。今の俺たちに彼を追うことはできないだろう。

 

吹き抜けた風に、夏の終りの気配が混ざりだしている。もう少ししたら俺は入厩だ、それは賑やかな「秋」競馬の始まり。

 

そう、これはきっと真夏の北海道が見せた一夜の幻。でも。

 

『さて、感覚を忘れない内にもうひとっ走りするかな!』

 

 

ずっと忘れられない、夢のような、確かな思い出だ。

 

 

 

 

 

『ところで・・・バクソウオーさん、馬房に戻んなくていいんスか?』

 

『あ゛っ』

 

一歳馬くんの言葉で慌てて馬房に戻ろうとした俺だったが、その道中で丁度収牧に来たおっさんと見事出くわし、牧場でもベニヤ板で馬房に監禁されることが決まったのだった。

 




こうしてその血と思いは、受け継がれていく。

次回更新は金曜22:00予定です。

調べてみると、1800m以下でのサクラシンゲキの万能性が凄すぎる。現代並に番組が整っていたらどうなっていたのやら・・・。
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