サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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セキト、久々の出走。道中はすっ飛ばしましたがオープンレースですから、このくらいでいいですよね?

それから、最近になって筆者の住んでいる地域が急に冷え込んでまいりました。皆さまに見守ってもらっている以上、出走取り消しとならないよう健康管理に努めていく所存です。


出走、オーシャンステークス

XX01年。新世紀が始まるこの年に、日本競馬界は大きな変革の時を迎えた。

 

馬齢の数え方、そして、制限付きながらも外国産馬へのダービー出走枠の開放。

 

古馬も新馬も全頭仲良く年齢が据え置かれ、しかしルールは前の年から変わったことも多く、ちょっとした混乱を招きつつも1月5日の金杯からいつも通りの競馬がまた始まり、徐々に落ち着いて。

 

そんな中、半年の沈黙を破ったセキトバクソウオーが、

再び始動する。

 

 

 

 

2月、獣医からのGOサインを受けて乗り運動である程度身体を絞った俺は、トレセンではなく直接中山競馬場へと入厩した。お目当てのレースは3月初頭のオープン特別、オーシャンステークス。

 

骨折から復帰して3ヶ月、入厩から1ヶ月での出走は正直短い気もするが、いきなり重賞というのも怖く、かといって1200から1400の手頃なレースとなるとこれしかなかったらしい。

 

現代では高松宮記念のステップとして知られるG3のレースだが、この時代はまだただのオープンだったんだな。

 

出走に向けての最終調整は順調そのもの。何事もなく準備を進めていたんだが、レース一週間くらい前になって隣の馬房にマンハッタンカフェが入ってきたときには心底驚いた。

 

それは向こうも同じだったようで、久しぶり、と声をかけたら。

 

『えっ?この声・・・まさか、先輩!?』

 

輸送の疲れもあるだろうに、マンハッタンカフェは俺の声を聞いた瞬間に勢いよく立ち上がって、馬房から顔を出してきた。

 

『よう、生きてたぜ』

 

こっちも顔を出し、ふざけ半分でそう返してやれば。

 

『せ・・・ぜ、先輩(ぜんぱい)ぃぃぃぃ!』

 

感激のあまり泣き出すマンハッタンカフェ。おいおい。レースも近いのになにやってるんだ、と突っ込んだら。

 

『だっで!・・・いぎでる!!』

 

と、涙を飛ばしながら言い放つ。なんだかどこぞの少年漫画じみたセリフだな。

 

・・・ん?生きてる?なんか引っかかるな。と思ったらすぐにマンハッタンカフェが種明かししてくれた。

 

『イーグルカフェ先輩が!バクゾウオー先輩がここまで帰っでご()()んで!重症、下手じだら、死んでるっで・・・』

 

おい、あいつ、しばらく会ってないと思ったら何を仕込んでるんだ。俺はこの通りピンピンしてるぞ。

 

『大丈夫、確かに骨は折れたけどさ、欠片が飛んだだけだ』

 

『ホント・・・でずがぁ?』

 

『ああ、だからこうして、生きてるだろ?』

 

マンハッタンカフェを安心させるため、首を伸ばしてグルーミングしてやる。そこで初めて幽霊とかそういうものじゃないと確信できたのか、ようやくすすり泣く声が止むのが分かった。

 

 

『先輩・・・良かっだあ・・・』

 

一先ず落ち着いた所で、俺がいない間厩舎で何があったのかを色々聞き出したりしながら、その日はおしゃべりに費やしたのだった。

 

マンハッタンカフェはデビュー戦こそ負けてしまったが、2回目の新馬戦を無事に勝ち上がり弥生賞に出るそうだ。

 

ん?マンハッタンカフェと同世代の弥生賞の勝ち馬って・・・。

 

あっ。

 

・・・マンハッタンカフェ。強く生きろ。

 

 

 

 

 

さて、オーシャンステークス当日。今も昔も高松宮の舞台に向けての最終便や叩き台であるこのレースのパドックを、立て直しを図る俺は周回している。見上げた空は生憎の曇天だ。

 

『んー・・・この感じ、この雑音。久しぶりだなぁ』

 

前走セントウルステークスからは実に半年ぶり。久々のせいかやっぱりどこか気が抜けてて、俺は周りを見渡しながらゆったりと歩みを進める。

 

なんとなく足取りにも力が入らない。いや、これからレースだってのは分かってるんだけど、身体がフワフワしてる感じって言うのかな?とにかく今日は全力全開100%!ってのは無理そうだな。

 

どこを向いても目に入るのはお客さんと、パドックのフェンスにかかる各々が応援したい人馬の名前が描かれた色とりどりの横断幕。

 

俺は何となくそれが気になって、順々に見やる途中で自分の名が描かれたものを見つけた。

 

『おっ!横断幕発見!こうしてみると、俺も随分と人気になったもんだな』

 

馬に生まれ変わって早4年。

重賞も勝ち、充実一途。今の所人間のときよりもいい人、いや馬生とさえ言えるんじゃないか?

 

ふと、電光掲示板に目を向ければ半年ぶりだというのに俺が一番人気だ。

他に強い馬がいないと見られているということなんだろうが・・・それでも骨折明けの自分が一番人気でいいのかとは思った。

 

出走メンバーは俺を含めて15頭。

主に目につくのは・・・ユーワファルコンと、ロードアヘッド、ラヴィエベルちゃんが一緒に走ったことがあるってくらいかな。

 

やっぱりグレードのないオープン競走だけあって、びっくりするほど強い!って馬はいないな。油断はしちゃいけないが、骨折で能力が落ちていなければ、十分勝てそうだ。

 

正直手を抜いたほうがいいのか迷っている。せっかく復帰したのに、すぐまた故障して引退、なんてこの世界ではよく聞く話だ。

 

・・・うん、まず気楽に走ってみて、駄目そうなら全力。これで行こう。

 

 

「とまーれーー!」

 

しばらく歩き続けていると、パドックに止まれの号令が響き渡った。小天狗から飛び出して、俺に駆け寄ってくるのは昨年と変わらず獅童さんだ。

 

そのまま俺の背中に、っと、おっとっと?

獅童さんが俺に乗るのを失敗しただと。珍しいこともあるもんだ。

 

「・・・ぃしょっ、と。ふう、今日も頑張ろうね、バクソウオー」

 

『獅童さん、大丈夫か?』

 

彼が背中に乗ったのをしっかり確認して、歩き出す。なんか乗り辛そうにしてたけど、獅童さん、年ですかね?

 

心配になって見つめていたら、大丈夫だよ、と首を撫でてくれた。問題なし、ってことか。

 

『・・・よし!』

 

さて、それはさておき集中集中。これからレースなんだからな。鼻をブルルッと鳴らして気合を入れる。

 

「うん、休養明けだけど問題なさそうだね。じゃあ、行こうか」

 

獅童さんがそれを見て首をポンと軽く叩いた。

 

よし、ここは軽くやってやりましょうかね。

 

 

 

 

 

パドックで騎乗命令が出て小天狗から出た時、半年ぶりにぼくの目に映ったバクソウオーは、なんだか最後に見たときよりも大きく見えた。

 

最初は気合が入っていたり、調子が上がってきているからそう見えるのかな、なんて思っていたけれど。

 

彼の背中に跨がろうとした瞬間、それが気のせいじゃなかったことに気づく。

 

「んしょっ・・・あれっ」

 

鐙に足をかけ、体全体を持ち上げて。半年前のバクソウオーにだったらきちんと乗れていたはずの高さなのに、足が向こう側に届かない。

 

仕方がないからさっきよりも強めに地面を蹴って、それでようやく鞍の上へと収まることができた。

 

ふう、と安堵の息をつく。

 

「・・・ん?」

 

バクソウオーがこちらに振り向いたかと思うと、ブルル、とぼくを心配するように鼻を鳴らした。

 

大丈夫だよと言い聞かせるように首を撫でる。すると、納得したようにすぐに前を向いて歩き出したからやっぱり賢い馬だなあ、と感嘆する他ない。

 

それから地下馬道に入る前にバクソウオーはもう一度鼻を鳴らしたが、そっちは気合の現れだろう。合わせるように行こうか、とささやきながら首を優しく叩けば彼は力強い鳴き声で応えてくれた。

 

 

それにしてもなんで一発で乗れなかったんだろう。地下馬道を進みながら考える。

 

最初に浮かんだ可能性は・・・嫌な可能性。

ひょっとしてぼくが衰えたのか?ということ。

 

確かに、丁度明日が45歳の誕生日・・・おじさんもおじさんだ。このレースの他の騎手も、そこまで年配の人はいない。

 

普通はここまで年を取れば引退して、調教師になるか、競馬の世界から足を洗う。どれほど鍛えても身体の衰えがそれを上回るからね。

 

そんな逃れられないタイムリミットの気配が確かに迫ってきているのを感じ取りながらも、鞍越しに両足から伝わるバクソウオーの鼓動は力強く、気弱になったぼくにはなんと頼りになることか。

 

元々力強さを感じる馬だったけれど、半年前よりも更にそれが増しているような・・・。

 

そこまで来てやっと、あっ、と気がついた。

 

それと同時に一年前、初めて出会ったとき以来の、大きな笑みがこみ上げてくる。太島さんも言っていたけれど。そうか、これが。そういうことか。少し前で引き手を持つ太島さんの口角も、上へと弧を描いている。

 

競走馬として最も脂が乗って、華がある。バクソウオーは、競技人生の中の最も尊い、黄金期を迎えようとしているのだ。

 

他の馬たちには申し訳ないけれど、これは貰ったかな。

 

そう思う頃にはバクソウオーにとってこれが骨折からの復帰戦で、8割の仕上がりであるという事なんて、僕の頭からはすっかり抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

―場面は飛んで、オーシャンステークス、最終直線。

 

『第4コーナーを回って、先頭はシンボリスウォード!二番手キーゴールドと、ユーワファルコンが競り合うように上がってきている!』

 

先頭を行く3頭の馬を、中団から進めたセキトと獅童が見据えている。

 

彼らが我先にと直線へ突入しても、この人馬は焦らない。

 

「そろそろ行くよ」

 

『おう』

 

瞬間、セキトの脚がピッチの回転へと切り替わり、最早お家芸となりつつあるコーナーワークでまずは後方に位置どったまま力尽きた馬を交わす。

 

『ほら、どいたどいた』

 

他馬を押し退けていくようなセキトの走りに、既にほとんど力尽きた様子のキンシストーンが驚愕の表情を見せる。

 

『なっ、お前、骨折したんじゃねえのかよ!?』

 

『ああ、折ったよ。けれど、まだ走り足りなくて帰ってきたのさ!』

 

『マジ!?それでコレとか・・・嘘だろ・・・』

 

その会話で完全に戦意を喪失したキンシストーンを置いて、セキトは更にポジションを上げていった。

 

『さらにその後ろからナムラマイカ、オーパスセブンなども上がってきてっ、と!来たぞ来たぞ来たぞ!セキトバクソウオー上がってきた!』

 

そのまま馬なり(・・・)で、先頭集団へと食らいついていく。手綱越しに背中の獅童の両手に伝わる手応えは、余裕そのもの。

 

獅童はその事実に、最早馬上で笑いを抑えきれなくなっていた。

 

「は、はは。ははははっ!いいぞ!行け!バクソウオーっ!!」

 

初めてセキトに跨った日、獅童は「凄い」という感想を持った。しかし同時にどこか勿体無いという思いを抱いていたのも事実。

 

どんなときも全力であるが故に、100%を出し切ることはできるが、それ以上を望めない。

 

サクラバクシンオー産駒らしい、そんな馬なのだろうと思っていたのだが・・・骨折明けのこのレース。古馬となったセキトバクソウオーの走りは明らかに前とは変わっていた。

 

それは正に獅童がこんなレースが出来ればな、と心の中で思い描いていた光景だった。騎手の指示には従い、手を抜くところは抜き、必要なところで驚異の脚を引き出す。

 

そんな競走馬の理想形を突きつけられ嬉しくない騎手が、果たしているのだろうか。

 

まして「勝ち」に飢えた時期を知る獅童が、その感情を抑え込むことなど、出来る訳がなかった。

 

 

『残り200!セキトバクソウオー抜けた!二番手シンボリスウォードは、あぁもうちょっと一杯か!3番手キーゴールドとユーワファルコンが並んでシンボリスウォードを捉えて交わす!』

 

もう、後ろで誰が争っていようと、獅童の興味はセキトの走りのみ。ムチを振るっていない(・・・・・・・・・・)のに、この伸び脚だ。今日のメンバーに、セキトに追いつけるだけの脚を持つ馬は、いない。そう確信できた。

 

 

『はぁ、はぁ、なんだよっ、アイツ・・・骨折ったって聞いてたのに・・・!』

 

『何だよアレ・・・!まるで、まるで・・・!』

 

二番手で競り合うキーゴールドとユーワファルコンは、徐々に自分たちから遠ざかる赤い背中を見送ることしか出来ずに、歯を噛みしめる。

 

この数年後、セキトともにこのレースを走ったある馬が、厩舎の後輩に尋ねられた時その走りをこう語った。

 

『もうね、ありゃ同族って感じじゃないよ。オレたちサラブレッドは走る芸術品だの言われてるけど、あの日のアイツ・・・セキトバクソウオー?はな・・・』

 

 

 

『まるで、火の玉みてぇだったよ』

 

 

 

『セキトバクソウオー!今一着でゴールイン!やりました!骨折明け、半年ぶりの出走も問題なし!高松宮記念に向けて弾みを付けました!』

 

『うしっ!』

 

その実況を聞いたセキトは、スピードを落としつつもとある事に気がついて首を傾げる。

 

『そういえば獅童さん、ムチ、使わなかったな』

 

骨折明けで、身体にかかる負担を考えたのだろうかとのんきに構えるセキトだったが、周りはそれどころの騒ぎでは収まらなかった。

 

「何だあの馬は!」 

 

ある競馬ファンはその強さに取り憑かれ。

 

「これは・・・使えるぞ」

 

ある記者は高松宮記念に向けたいいネタを見つけたとほくそ笑み。

 

翌日の競馬新聞の一角に、『高松宮記念最有力候補!?』の見出しと共にセキトバクソウオーの名が踊ったのだった。

 

 

 

 

 

そして、セキトの走りは公共の電波を通じとある男の元へも届く。

 

「セキト・・・もうこんな・・・強く、なったね」

 

病院の待合室に吊り下げられたテレビを見上げ、その男は小さく呟いた。

 

昔からの知り合いを懐かしむように、慈しむように。思わず赤い馬体が大写しになったテレビに向かって手を伸ばしそうになった時、診察室から顔を出した看護師が患者の名を呼んだ。

 

「次の方ー、岡田さーん、岡田順平さーん」

 

「あ、はい!」

 

その男、セキトバクソウオーの主戦、岡田順平。

 

己の内に潜む敵との戦いは、未だ続く。

 




骨折なんて関係ねぇ!なセキトと、久しぶりのジュンペーでございました。後者は復帰にはまだまだかかるようで。

次回更新予定は金曜 22:00です。

・今回の被害馬

・キーゴールド 牡 鹿毛
父 アンシェントタイム
母 キーフラワー
母父 ビンゴガルー

・史実戦績
49戦8勝(地方6戦0勝)

・主な勝ち鞍
オーシャンステークス(OP)
福島民報杯(OP)

・史実解説
1998年のデビューから、2004年の11月までタフに走り抜いた牡馬。
デビューから新馬戦、500万下と連勝した後、弥生賞10着、毎日杯7着など苦しい競馬が続く。

2勝目から丸一年が過ぎた神鍋特別、シドニートロフィーで連続2着と復調の気配を見せ、次の城崎特別を勝つと続く岩室特別も連勝する。

次の勝利は年が明けた2月、2000年の春望ステークスで、またしても続くブラッドストーンステークスを連勝。

オープン入りを果たしたがその年は勝てず、2001年のオーシャンステークスが初めてのオープン勝ちになった。

最後の勝利は2003年の福島民報杯。
それ以降は惜しいところはあったものの5戦して勝てず、最後は地方競馬に移籍したがそれでも再びの勝利は叶わなかった。

某ネット掲示板によると引退後はとある大学に居たそうなのだが・・・いかんせん古い情報であり、現在は生死含め不明である。
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