サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
このまま突き進むしかねぇ、止まるんじゃねぇぞ・・・。
あれから季節は一巡とちょっと過ぎて夏。特に大きなアクシデントもなく俺はいつの間にやら見上げていたスタッフさんの顔を少し見下ろすくらいの一歳馬になっていた。
生まれた年の夏の終り頃から徐々に離乳した同年代と合流し、相撲と呼ばれる群れの順位決めの儀式を知らなかった俺はそりゃあもうケチョンケチョンにやられまくった。
それでもある程度ルールを覚えてからは何頭かに逆転して、あまりひっくり返ることがないっぽいくらいの順位につけることが出来たようなのでおそらくこの牧場にいる限りは安泰だ。
そして、我ら一歳馬が放牧地ですることといったら、食事、睡眠、時々全力疾走・・・。
うん、このままじゃ競走馬になれないね!
そう思った俺はわざと群れから離れ、走り方を探っている。
競走馬の走り方というのは、大きく分けて2つ。陸上競技などでもおなじみ、ストライド走法とピッチ走法である。
端的に言えばストライド走法は歩幅を広くとってスピードとスタミナを持続させる走り方で、ピッチ走法は逆に歩幅を小さくすることで小回りや加速力を確保する走り方だ。
競走馬としての理想は、道中はピッチでコーナーを最短距離で抜け、加速しきったところで最終直線を迎え、ストライド走法でスピードを維持しながらゴールする・・・といった感じだろうか。
とはいえ走り方というのは体型やレースの距離、果ては位置取りひとつ取っても千差万別。
自分自身の適性がはっきりするまではどちらかに絞るのは良くないかもしれない。
そうなると出来る事は必然的に基礎トレーニングぐらいか。故障しないようにしっかり身体をストレッチして、200mを17秒位に調整して走る。流石に15秒ペースは放牧地では危なすぎた。
前にスタッフさんと俺の前足の歩幅を比べて、だいたい同じであることを確認してから放牧地を縦横に歩いてみたところ、どっちも約60歩。
一歩を50cmと仮定すると、50×60で3000cm、つまり約30m。
で、この放牧地はだいたい四角いから30×4で約120m、柵ギリギリを走らずとも2周すれば十分200mくらいになる計算だ。
普通のコースより曲がる回数も多いからコーナリングの練習にもなるし、なにより障害物や他の馬をあまり気にしなくていいメリットは大きいだろう。
・・・と思っていたんだけどなぁ。
最初の頃は何やってんだアイツみたいな目で見ていた他の馬たちが、いつの間にやら暇を持て余して興味本位で後ろを付いてくるようになり、その内ハイペースで飛ばしたり、前に行きたいと突っついてくる奴がいたりでペースが乱れたり、思ったような位置取りに付けなくなったりと随分本格的な訓練になっちまった。
「おい!邪魔だ!そこどけよ!」
「やーだよっ!セキトに聞いたんだけどたまには邪魔もしないと負けちゃうんだって!」
「えっと、曲がるときに歩幅を広げて、まっすぐ走るときに小さくするんだっけ?」
「逆だよ逆」
お聞きください、これが放牧地で延々と柵沿いに走るデビュー前の一歳馬たちの会話です。なんと本格的な内容でしょう。そして他にやることもないせいか全員で放牧地を爆走するトレーニングが、なんとなく続いてしまったんだよなあ。
そんな中で始まったのが、体力づくりの為次の日の朝まで放牧されっぱなしになる育成方法、昼夜放牧。おっさんは「今夜は晴れる予報や!昼夜放牧やるで!」とか言ってたけど、あれは一種の死亡フラグだったのかもしれない。
「お前ら・・・一体何をやったんや・・・」
翌朝、連絡を受けて飛んできたおっさんが放牧地の前で頭を抱えているのを、仲間たちが集まって不思議そうに見つめている。
まあ、その反応は当然だと思う。明るくなって大惨事の全貌がハッキリと見えた時、俺もあ然としたからな。
馬は夜も目が見えるじゃないかって?少なくとも俺は夜間の視界が赤外線カメラの映像みたいで色はなかったから、よく分からなかったんだよ。
一体何をやらかしたんだ、だって?まず俺たちが柵の側ばかり走っていたせいで元々薄くなっていた牧草が外周に沿ってドーナツ状に剥げ、土が露出。
そこに昨晩予報が外れて雨が降ったせいでダートコースと見間違わんばかりの状態になり、しかもお構い無しに全員で走ったから一頭残さず泥だらけになったし、土は多数の足跡でボコボコに荒れ果ててしまったいう訳。
最後は走っている時に足を滑らせかけて思わず中止してしまったが、そのとき無理をしなくて本当によかった、こんな状態の放牧地で全力疾走していたら遅かれ早かれ怪我をしてしまうし、土を入れるなりならすなり補修も必要だろう・・・ここまで酷くしたのは俺たちだけどな。
「ひひん・・・」
「ああ、セキト・・・ここは狭かったんやな、もっと広いところに移してやるからな・・・」
すみません、調子に乗りました。この大惨事の主犯は俺です。と謝っても残念ながら人間に馬の言葉は伝わらない訳でして。おっさんは生気をなくしたまま俺に引っ越しを約束してくれた。
結局今年の一歳馬は活動的で放牧地が狭かったと判断され、牧場で一番広い場所に移れたこと自体は結果オーライだったと思う。仲間たちもはしゃいでるしそういうことにしとこうか・・・いや、やっぱ放牧地の補修代くらいはこの脚で稼ごう。俺はそう誓った。
この騒動、後に各地に散らばった同世代たちが妙に上手いレース運びをすると話題になり、俺の知らないところで「放牧地ステークス事件」としてマキバファームで語り継がれていくのだが、それはまた未来の話である。
いくら日々心身共に成長していく一歳馬といえど、あまりに暑い日の昼間は厩舎でお休みだ。
そういう日は仲間たちもリラックスモードで、二度寝したり暇すぎて馬房でぐるぐる回りだす奴もいる。
「ほら、セキト、気持ちいいかい?」
「ぶるぅん」
そんな夏のある日、厩舎でくつろいでいた俺は、入念なケアを施されていた。
仲間たちと同じ削蹄だけでなくブラッシングも行われ、心地よさにまどろみながらただの健康診断とは訳が違うようだと察したものの特にその日は何もなく終わり、拍子抜けだった。
それから数日が経ち、油断した頃になって放牧のために厩舎を出たのかと思ったら「今日はお出かけだよー」とスタッフさんが声をかけてきた。そして引かれていく内にあれよあれよと放牧地から外れ、気がつけば馬運車の中。
やがて他の馬が乗ることもなく馬運車のエンジンがかかり、牧場の砂利道を通っている内は細かく揺れていたが、しばらくして収まった。大きな道路に出たのだろう。
落ち着いてから改めて周りを見ると、一頭で乗る馬運車というものはなんとつまらないものなのだろう。暇つぶしは時折あるちょっとした揺れと、運転席から聞こえてくるラジオくらいでそれもその内飽きて来た。ここで風景の一つくらい見えないものかと思って首を伸ばしてみたが窓が高すぎる。あれは換気用か。
他に首が届く位置にあるものといったら・・・おっと、これは引き綱?よし、退屈の腹いせにこれで遊んでやろう。
咥えて右に左にブラブラさせたり、引っ張ったり、軽く振り回したり。ハンドスピナーみたいに癖になるような感じで意外と楽しいぞ?
そんな感じで暇に耐えかねて色々としていたら、唐突にエンジンが止まった。目的地に着いたようだな。誰かが来る前に急いで口を開け、引き綱を落としたらすました表情をつくって証拠隠滅。
後ろの扉から入ってきたスタッフさんや、一瞬ぎょっとしたような顔をしたが、俺は何も知らねぇぞ。特に脚元に落ちてる引き綱、これは勝手に落ちたんです。
怪訝そうな顔をしながらもそれを拾って俺の頭絡に装着。あ、ちょっと湿ってる・・・いやなんでもないです、ハイ。
「はい、大丈夫でーす」
「おう、後ろ開けるぞー」
しっかりと引き綱を持ったスタッフさんの言葉で馬運車の扉がゆっくりと開く。次第に顕になっていく目的地はなにかの広場のような場所であった。慎重に馬運車から降りた後、スタッフさんに引かれて歩くが馬になってからこんな広い場所に降り立つのは初めてで、思わず物見してしまう。
・・・ふと。あちこち見るうちに前世の記憶の中にこの場所があったことを思いだした。恐らくこの場所、日本の牧場の中でも最も大きな力を持った馬飼グループの牧場の一つ、ウエストファームの広場だ。
だが果たして俺はそれをどこで見たんだっけか?動画サイト?ウェブニュース?それとも雑誌か何かか?
どうにも思い出せずに悶々としていると、キラキラ、ヒラヒラしたものが視界に入る。横断幕だろうか。
どうやらなにかの文字が書かれているようだが、馬の目というのは細かいものを上手く認識できないようでボヤケていてなかなか読めない。
「こら、セキト。行くぞ、立ち止まらないの」
「ぶむぅん」
立ち止まっていると引き手を軽く引っ張られてスタッフさんに催促された。仕方ないから文字っぽいものの形を記憶しておいて後でじっくり考えようと決めた俺は、歩きながらも可能な限りそれを脳裏に焼き付けておいた。
広場を抜けた先には厩舎が並んでいて、俺はその内の一つの馬房に入れられる。
ようやく一息ついたところで厩舎の内外から様々な鳴き声が聞こえてくる、ここには沢山の馬が集まっているんだな。
ん?夏で、ウエストファームの広場で、沢山の馬?
・・・その時、俺はあっ、と声を上げてしまった。俺は今大変な大舞台にいるんじゃないのか?そう自覚したからだ。
おそらくヒラヒラしていたものに書かれていたのは、「SELECT」の文字。
そしてこれほど沢山の馬を一箇所に集める目的なんて、セリ市しかない。
―日本競走馬協会主催、
億超えの馬が頻発する、国内最大のセリに俺は上場されるらしい。
次回、セリ。主人公の父、判明す。
ヒントは鹿毛のG1馬。
更新は明日の22:00予定です。