サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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正味の話、弥生賞のアグネスタキオン(不良馬場、手前替えなし5馬身差)に勝てる馬って、いるんですかね?




出走の後、2頭の再出発

大楽勝のオーシャンステークスから一日。

 

その日はご褒美に飼い葉にリンゴが混ざってたり、見慣れない人間がいるなと思ったらマスコミ関係の記者さんだったりとなかなかに慌ただしい一日だった。

 

勝ちっぷりからパフォーマンスに問題無しと判断された俺の次走はセンセイと朱美ちゃんの協議の結果、NHKマイルカップ以来となるG1高松宮記念と決まったそうだ。

 

輸送の負担も考えると、近い内に中京競馬場へ移る事になるだろう。

 

『中京競馬場、か』

 

俺は厩舎の天井を見上げながら思案する。

 

残念ながら中京は、俺にとって苦手な左回り。

 

まあ、日本の1200mのG1が高松宮記念と、スプリンターズステークスだけなんだから、どうにかするしかないわな。

 

オーシャンステークスの内容からも一部新聞なんかでは最有利候補なんて書かれたりしちゃってるらしいし、1200なら俺は強いってことを証明するチャンスだからな、回りなんてどうにかしてやる。

 

そんな感じで俺はいかにも順風満帆と言った風なのだが・・・そうもいかなかったのがマンハッタンカフェ。

 

俺に続けと勢いそのままに弥生賞へと出走したのはいいが、輸送や緊張なんかで食欲が落ちたマンハッタンカフェの馬体重は前走からマイナス20kg。

 

そんな状態でのG2はやはり荷が重かった様で、見事に負けたそうだ。

 

軽く励ましてやろうと思って半べそかきながら戻ってきたマンハッタンカフェに声をかけたが、こちらをちらっと見たかと思えば返事もなく馬房に入り、それからせっかくの飼い葉にも口をつけず、ずーっと俯いてやがる。

 

これが1日、2日くらいならどうってこともなかったんだが、3日4日と続けば立派な異常事態だ。一体全体どうしたってんだよ。

 

流石に心配だから毎日一回は覗き込みながら声をかけてるんだが、俺の言葉も届いていないのか特に反応はない。耳は動いているから一応聞こえてはいるんだよな・・・。

 

んー、敗戦のショックというよりはボーッとしているような感じか?ここは声をかける以外はちょっとそっとしておいた方がいいな。

 

 

センセイいわくマンハッタンカフェは、一月ほど開けて500万下から立て直す予定らしい。けれど、この状態のままだと出走も厳しいだろう。なんとかして正気に戻してやらねば。

 

 

とはいえすぐにどうにかできる問題でもないし・・・俺自身は調教以外輸送まで特にやることもない。とりあえず他の馬を観察しようか、と馬房から顔を出して周りを見ると、鹿毛に芦毛に黒鹿毛に・・・白斑も含めて色んな色の馬の頭が実にカラフルだ。

 

どんな奴が来ているかなと遠めにも目を凝らすと、離れた所で2頭の馬が話しているのが目に映った。

 

『なあ、どうしてお前だけそんなに脚が速いんだよ』

 

『さあ?強いて言うならば、神様とやらが私を気に入ってこのスピードを授けたのだろうね』

 

『!?』

 

その声を聞いた瞬間、俺の身体にぶるりと悪寒が走る。

 

何だあいつ。見た目はなんの変哲もない栗毛で、顔にも模様はない。

 

しかし、その馬体を取り巻く異様なまでの存在感とオーラが、これはただの馬に非ず、と嫌でも訴えてきている。

 

そして気がついた。

 

『あいつが・・・アグネスタキオン』

 

超光速の素粒子、と名付けられた栗毛の優駿。無敗の皐月賞馬・・・そして名種牡馬となる運命を背負った、今年の弥生賞の勝ち馬。

 

たった4戦で伝説となり、無事ならば三冠馬となっていたであろうとすら言われるその能力が古馬である筈の俺の本能を揺さぶったのだろう。

 

『私の周りで三冠馬だのなんだの言われているけれど、どういう訳かあれ程までに差が開いてしまえばそれも当然だろうね』

 

そんな発言すらも、彼から放たれたのであれば納得してしまいそうになる。別の生き物なのではないかとすら感じられるほどの圧倒的な存在だ。

 

そこから生まれる余裕と、威厳のある態度はまるで古馬のよう・・・これで3歳とか、誰か嘘だと言ってくれ。

 

クラシックで主役を張れるような馬、そしてダービーで勝負できる馬ってのは、こんなにも周りと比べて違うものなのかと愕然とする。いや、俺マジでスプリンターでよかった。

 

恐らくだが、アグネスタキオンは全く普段どおりに過ごしてあのオーラだ。レースなんかで本気の気迫をまともに受けたらと思うと・・・そうか、マンハッタンカフェがあんなへなちょこになった原因はコイツか。

 

せっかく初めての勝利を飾って自信を付け、次も勝つぞと意気込んでいたら、いきなりラスボスがいて正面から一方的に理不尽火力でパーティを全滅させられたようなもんだ。落ち込まないほうがおかしい。

 

自分よりも才能のある馬とぶつかり、思い悩む・・・99%の馬が経験するであろう、厳しい現実。

 

マンハッタンカフェは、幸か不幸かそれに気づくのが他の馬よりも早かっただけだ。

 

残りの1%はって?ゴルシとかステゴとか、そういう奴。

 

こればっかりは自分にしか答えを出せない難問で、そして自分で超えなければ意味がない。俺にできるのは経験談と、一緒に走り方を考えることくらいだろう。

 

そうして未だ調教以外では馬房の隅に佇んだままのマンハッタンカフェに一方的に声をかけ続けること数日。 

 

俺はいよいよ高松宮記念に向けて中京競馬場へと旅立つことになった。

 

 

『マンハッタンカフェ、少しいいか』

 

馬口さんに引かれながら馬房から出された俺は、またしても隣を覗き込みながら声をかける。これが、事実上のラストチャンスだ。

 

あれだけのことを言っておきながら、やはり俺は甘いのかもしれない・・・馬運車に乗り込む前に、マンハッタンカフェにとってなにかヒントになれば、と俺なりに助言を送ることにしたのだ。

 

やはり弥生賞からろくに飼い葉を食べていないのか、久しぶりに全身を見た漆黒の馬体は、アバラが浮いていてなんと痛々しいことか。

 

馬房の中で横たわった姿を見た時は遂に、と嫌な考えがよぎったが俺の呼びかけに顔を上げたのを見て心底ホッとした。

 

『なんですか・・・』

 

なんだか随分長い間聞いていなかったような気がする後輩の声は、このまま消えていってしまいそうなほど小さく、弱い。

 

だが、ようやく。確かに返事をしてくれた。それが嬉しくておっ、と小さく声が出るが、今費やせる時間は長くない。一旦咳払いをして真剣な声を作ってから。

 

『2つだけ、いいか』

 

マンハッタンカフェに問いかけると、今度は返事をするような事はなく、じっと俺を見つめたままだ。その目は虚ろで、ゆっくりと瞬きをする。

 

それをひとまず肯定と取って、俺は話を進める。

 

『まずは飼い葉を食え。わかってると思うが、食わなかったら死ぬぞ』

 

そう喝を入れてみたが、マンハッタンカフェは相変わらず。一旦は視線を飼い葉桶にやったもののすぐに俺の方へと戻してくる。

 

やはりダメか。

 

「セキト、ほら、マンハッタンが気になるのは分かるけど、行くよ」

 

馬口さんも催促していることだし、飼い葉食べろ!作戦はさっさと諦めてもう一つのアドバイスの方を伝えるとしよう。

 

『それからな、お前はまだ相手と自分を比べちゃだめだ。自分の武器を・・・これなら負けないって何かを探せ、比べるんだったらそれからだ』

 

『自分の・・・武器』

 

マンハッタンカフェがそうぼそりと呟いたとき、ほんの僅かだが瞳に光が戻ったような気がした。

 

・・・うん、これなら俺の仕事は果たせたと言えるだろう。再点火の火種は与えられた。

 

『じゃあ、またな。マンハッタンカフェ。死ぬなよ』

 

そう言い残して、俺は準備の整った馬運車へと乗り込んだのだった。

 

あとは、マンハッタンカフェ次第だ。

 

 

 

 

 

 

ボクは競走馬。名前はマンハッタンカフェ。

 

この間初めてじゅーしょー?ってレースに出たんだけれどね。

 

前の日にバクソウオー先輩がカッコよく勝ったって聞いたから、ボクも!って気合を入れたんだけど・・・全然だめだった。

 

初めての大きなレースで前から4番目っていったら、頑張ったって言ってくれる人もいるかもしれない。

 

でも、並んでゴールした子の前に2番目の子がいて、その2番目の子のずーっと前にもう一頭、一番先にゴールした子がいたんだ。

 

・・・えっと、勝った子からはずっと離れて負けちゃった4番目って言えば分かりやすいかな?その時に後ろの方にいた馬ですって言っても、誰も見てないだろうし、分からないよね。

 

一番先にゴールした子の名前はアグネスタキオン。栗毛で、後ろ脚だけが白い後ろ姿は、多分一生忘れないと思う。

 

それから・・・タキオン君は色々すごかった。

レースをする前から、勝つのは自分だって言わんばかりに目立っていたし、実際同じレースを走っていたはずのボクらは手も足も出なかったし。

 

勿論タキオン君が速すぎたんだってのは分かる。

でも、あの走り方と同じように走れてたらもうちょっと頑張れたのかな、とか、ボクがもっと冷静だったら隣の子には勝てたのかな、とか。色々と考えていた。

 

レースが終わって、それからお家に帰って。いつもなら嬉しいはずのご飯を見ても、タキオン君の走りが頭から離れてくれなくて。ついそっちのことばかり考えちゃって、ご飯が喉を通らない。

 

それが何日も続いた。

 

ボクを心配して、毎日のようにバクソウオー先輩がこっちを覗き込んで話しかけてくれてるのも知ってたけれど。

 

それよりも頭の中に残った足音と、目を閉じていても栗色に輝く光の方が強くて、何を言われてるかなんてまるで分からなかった。

 

そうやって日が登ってから沈むまで、ずっとレースのことばかり考えてて、一日が過ぎて、また日が登って。

 

・・・いつの間にか、馬房で倒れるように、眠っていた。

 

 

 

『マンハッタンカフェ』

 

ふと、誰かに名前を呼ばれて目が覚める。

 

この声は・・・バクソウオー先輩?

 

レースから一体何日経ったのかよくわからないけれど、ようやく聞き取れた先輩の声は真剣なトーンで僕を呼んでいた。なんだか耳が動いたのを感じたのも、久しぶりな気がする。

 

体を起こしながら、なんですかって返したんだけれど、自分が思っていたよりも随分小さい声になっていてすごくびっくりした。

 

それから、『2つだけいいか』と先輩は言った。ボクはあなたの話ならいくらでも聞きたいくらいです、と言いたかったけれど。

 

あれ、声が出ない。

 

仕方がないから先輩を見つめていたら、そのまま話を続けてくれた。

 

え?『飼い葉を食べろ』?・・・あ、馬房の隅に、ご飯の時間でもないのにごはんがある。

でも今はちょっと無理かなあ、とまた先輩へと視線を戻した。

 

先輩は、仕方ないか、といった表情を見せてから、こう続けた。

 

『まだ、自分と相手を比べちゃダメ』。

 

『自分だけの武器を見つけろ』?

 

自分と相手を比べちゃダメって・・・あ。そっか。ボクはボクだもんね。タキオン君とは、走り始めた時期も、好きなご飯も、性格だって、全然違う。

 

タキオン君の真似をしても、そもそもボクが弱かったら勝てないもんね。もっと強くならないと。

 

・・・それと武器、かぁ。

ボクの得意なことって事だよね?一体なんだろなあ。

 

この時、ボクの脳みそはようやくあのレースから抜け出して、タキオン君以外の事を考えだした。

 

それが分かったのか、先輩は微笑みながら『またな、死ぬなよ』と言い残して、厩務員のおじさんに引かれながら厩舎の外へ出ていった。

 

『死ぬなよ』なんてちょっと言いすぎだよ、と思ったけれど。

ちょっと気になるところがあって毛並みを整えようとしたら、鼻先がゴツゴツしたものに触れた。

 

『あれ、これって・・・骨?』

 

ボク、いつの間にかこんなに痩せてたの?

 

そこでハッとする。よく考えなくても、何日もご飯を食べられないって、相当危なかったんじゃないかな?

 

・・・先輩が声をかけてくれてなかったらどうなってたかなんて、想像したくないや。

 

周りの人や馬にはわからないと思うけど顔を青くしながらとにかくなにか食べないと、と久しぶりに生き物としての本能が働いて。

 

ぐうう、と鳴ったお腹の音が止む前に、ボクはとりあえず目に入った山盛りのご飯に頭を突っ込んだ。

 

 

 

・・・まあ、それでもやっぱり落ちた筋肉も体重も、必死に戻したけれど、次のレースには間に合わなくて。

 

出てきた数字もマイナス16キロだって。

 

センセイって呼ばれてる人も、これはだめだって言って肩を落としてた。

 

結局そのレースで弥生賞以上にボロボロに負けたボクは、素直にダービーを諦めてお休みすることになるのでした。

 




セキトは西。マンハッタンカフェは北。
両者新たなスタート地点へ。

次回更新は月曜22:00予定です。
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