サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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なんとか水曜日の更新には間に合った・・・というかなんなら
高松宮記念本編の内容も書き上がってしまう始末。

どうやら私はムラ馬かなにかだったようです。

月曜日の更新をお休みさせていただき、誠にありがとうございました。


瞬走、高松宮記念(前編)

3月某日。

 

「行くよ!」

 

『おう!獅童さん!』

 

朝日に照らされ、うっすらと色のついた朝靄が立ち込める中京競馬場の芝を、俺は走っている。高松宮記念の最終調整だ。

 

昨年、惨敗のNHKマイルカップから復活を果たした懐かしの第4コーナーを回ると、獅童さんが激しく手綱をしごき出す。

 

首をぐんと沈めて、加速する体勢に移る。

 

後ろ脚が地面を蹴りつければ、面白いようにスピードアップした俺の身体が、朝靄を切り裂いていく。

 

あの時と違って、今日の俺はベスト馬体重に近い。そして一歩一歩にしっかりと力が入っているのを、自分でも感じた。

 

「バクソウオー!調子、良いみたいだね!」

 

『ああ!』

 

軽々と加速する動きは、紛れもない絶好調のサイン。週末の大舞台への備えはバッチリ。

 

「!」

 

『あっ、センセイ』

 

勢いそのままに短い直線のゴール板を駆け抜ければ、その脇にいたセンセイがびくりと反応するのが見えた。

 

ストップウォッチでタイムを測っていたのだろう。さあ、記録は?

 

スピードを緩め、息を整えながらセンセイのいる方へと踵を返して歩いていけば、センセイも俺たちの方へと近づいてきた。

 

そうして、ひとつ、ため息をついてから。

 

「・・・見事なタイムだ。なんにも心配はいらんな」

 

センセイが見せつけつるようにストップウォッチをこちらに向けてくる。

 

表示されていたのは、直線で強めに追われただけというメニューを考慮しても、かなりの好タイムであった。

 

 

 

 

 

第31回 高松宮記念(G1)

 

 

XX01年 3月25日

芝1200m 中京 小雨 馬場状態 

 

枠 番号 馬       名    性齢鞍 上斤量

1  1    ナムラマイカ    牝4倉 本 55

   2    ダイタクヤマト   牡7江 戸 57

     (外)タイキトレジャー  牡5前 頭 57

       ビーマイナカヤマ  牡7六 車 57

      テンパイ      牡8唐 沢 57

       セキトバクソウオー 牡4獅 童 57

      メジロダーリング  牝5谷 総 55

     (外)ゴールドティアラ  牝5紀 伊 55

      ユーワファルコン  牡4肥 畑 57

   10  (外)シンボリスウォード 牡6丘 本 57

  11    キーゴールド    牡6吹 田 57

   12    トロットスター   牡5丘 本 57

  13  (外)ブラックホーク   牡7立 川 57

   14  (外)ダイワカーリアン  牡4南 雲 57

   15    ダンツキャスト   牡4雪 見 57

  16  (外)ワシントンカラー  牡7沼 津 57

   17    ビハインドザマスク 牝5紀 伊 55

   18  (外)テネシーガール   牝4谷 町 55

 

 

週末、午後2時半頃。

 

特にアクシデントもなく、無事に日曜日を迎えた俺は予定通りに中京競馬場のパドックにその身を置いていた。

 

『・・・ふう、相変わらずG1となるとすげぇ人数だこと』

 

昨年の中日スポーツ杯・・・今年からはファルコンステークスと改名したんだっけか。それ以来の中京だが、やはりお客さんの入りが段違いだ。

 

本命はあの馬だ、いいやあの馬が勝つと馬券師が言い争うような声、ほら見てご覧、と俺たちを指さしながら肩車した我が子に声をかける父親、キャー!本物!と黄色い声を上げるカップルの女性・・・等々。

 

気にならないと言ったら嘘になるが、このくらい耐えなければならないのが日本の競馬。既にG1出走経験のある各馬は落ち着いたもので、動じることなくパドックを周回している。

 

その中でも俺が気になったのは、トロットスター。G1未勝利だって言うけど、このレースの本来の勝ち馬なだけあって、いい雰囲気をまとっている。

 

いや、勿論G1に手抜きの仕上げで出てくる馬なんていないと思うけどな、とにかく気になったってだけだ。

 

そうやって集中力を高めようとしていると。

 

『おい!バクソウオー!お前にだけは負けないぞ!』

 

『そうだそうだ!お前にだけは、勝たせてたまるか!』

 

後ろから約2名の声がした。目と耳で出処を確認すると・・・それぞれユーワファルコンと、キーゴールドか。前走けちょんけちょんにしてやったからなぁ。よほど悔しかったんだろう。

 

とはいえ実力的には格下、あまり気にすることもないだろうと軽くいなしてやったが・・・。

 

その態度が二頭、特にユーワファルコンに火をつけたようだった。

 

 

『(あの野郎・・・!決めたぞ、何がなんでも勝たせてやらねぇ!)』

 

「ファルコン?」

 

鹿毛の隼の内側で、鞍上の声も耳に入らなくなる程燻されていた、ドス黒く燃えるものがいよいよ火の手を上げたことなど露知らず。

 

地下馬道でも、芝コースに出ても。今日も突き抜けてやるぜ、と俺はのんきに構えたままだった。

 

 

 

 

 

『穏やかな春雨が降り注ぎます本日の中京競馬場、メインレース、高松宮記念の本馬場入場の時間がやってまいりました。わたくし黍原が、春のスプリントの大舞台に挑む精鋭18頭を紹介させていただきます』

 

 

 

『初めての重賞がG1になるなんて・・・!でも、負けない!』

 

「正直力不足感は否めないけど、やれるだけなら!」

 

『前走オープン入りを果たしたばかり、大人の仲間入りを果たしたナムラマイカがG1制して伝説となるか、鞍上は倉本(くらもと)利幸(としゆき)!』

 

 

『もう一度勝って、僕が一番だって証明するんだ!』

 

「ヤマト!スプリント王は誰か知らしめるぞ!」

 

『歓喜のスプリンターズステークスから半年、大舞台に大和魂よ再び燃え上がれ!ダイタクヤマトと江戸(えど)(あきら)

 

 

『今日こそ俺が、G1馬になってやる!』

 

「行くよ、トレジャー!」

 

『勝利という名の金銀財宝を求めて、西へ東へ今日は中京!進路明瞭よし候!タイキトレジャーと前頭(まえどう)浩希(こうき)!』

 

 

『芝だろうがダートだろうが、G1はG1、油断せず行くぜ』

 

「正直芝だと荷が重いが、一発くらいはな!」

 

『砂の舞台で経験積んで、気付けば重賞7勝馬!自信と誇りを持っていざ芝の檜舞台だ!ビーマイナカヤマと六車(むぐるま)爽司(そうじ)

 

 

『ひょええ!?僕みたいなのがこんなとこに出ちゃっていいんですかぁー!?』

 

「テンパイ、落ち着け!くっ、キャリアは長いがG1は初めてだから仕方ないか・・・!」

 

『最後の勝利は3年前の春、GIの大舞台と歓声に、その遠き記憶が目覚めるか、テンパイと唐沢(からさわ)礼二(れいじ)

 

 

『スピード勝負なら、負けねぇ!』

 

「この手応え、力強さ!間違いなく過去1の仕上がりだ!」

 

『骨折も、半年開けても、なんのその!前走快勝セキトバクソウオー、今日こそ念願のG1制覇なるか!?鞍上は獅童(しどう)宏明(ひろあき)

 

 

『私だってスピードならあるのよ!』

 

「この牝馬離れしたスピードなら、もしかしたら!」

 

『新潟1200mで、レコード出した脚は伊達じゃない!愛は苦難の時を超えて!今成就の時!メジロダーリングと(たに)総司郎(そうしろう)

 

 

『私のキャリアに芝もダートもないわ。ただ、強い馬が、勝つだけ!』

 

「ここまで万能性のある馬も珍しいが、尚更箔が欲しいところだな!」

 

『ダートもマイルもスプリントも!再び金のティアラを頂くその日を夢見て、道なき道を突き進む!ゴールドティアラと紀伊(きい)拓美(ひろみ)

 

 

『あいつだけには、負けたくねぇ!』

 

「ファルコン、こんなにイレこんで・・・一体さっきからどうしたんだ?」

 

『昨年3歳の四月から勝利は遠く・・・前走3着、快速の隼が主役の座を狙って瞳を光らせて!ユーワファルコン、その航路を導くのは肥畑(ひばた)冨安(とみやす)

 

 

『師に鍛えられた我が黒壇の剣の一撃、受けてみよ!』

 

「セキトと比べちゃいけないが、こいつの素質は重賞に収まらないからね。ここは是非とも勝ちたいな・・・!」

 

『何度も折れ、欠けてはその度鍛え直された漆黒の剣、果たしてこの大舞台での切れ味は如何に!?シンボリスウォードと丘本(おかもと)雪緒(ゆきお)!』 

 

 

『経験豊富なヤツがつえーのは分かる、だが、オレよりセキトのヤツのほうがつえーのは納得いかねぇんだよ!』

 

「わわ、ゴールド!?」

 

『キャリア豊富の25戦!その経験が、涙の数が、黄金の扉を開くカギとなる!気合と元気が有り余っていますキーゴールドと鞍上吹田(ふきた)恭一(きょういち)

 

 

『せっかくここまで来たんだ、楽しまなきゃね!』

 

「トロット、いい具合だ。このまま先頭で駆け抜けるぞ」

 

『昨年秋まで善戦ホースが、勝利を掴んで大変身!3連勝の勢いそのままに、 スプリントの頂点に登り詰めるか、トロットスターと蛇井(へびい)政史(まさし)

 

 

『今日こそは、私の復活をオーナーに見届けてもらうのだ!』

 

「気合十分だね、特に目立つような強さの馬もいないし、これはチャンスかな?」

 

『惜しい競馬が続いています。ここは是非とも勝ってシルバーコレクターの座を返上したい、ブラックホークと立川(たてかわ)広典(ひろのり)

 

 

『あと一歩、あと一つなんだ・・・!意地でもなんでも、勝ってやるッ!』

 

「カーリアンのこの気合、なんとか活かしてやりたいな!」

 

『ここまで来るのに34戦、その旅路に待ち受けるは栄光が挫折か。重賞3勝、実力十分8歳馬ダイワカーリアンと、南雲(なぐも)陽二(ようじ)!』

 

 

『僕だって成長したんだ!そう簡単には負けてやらないよっと!』

 

「正直勝ち味は薄いが・・・!出来るだけ引っ掻き回してやる!」

 

『2歳の暮れ以来のGI出走、今日こそ俺が主役!ダンツキャストと雪見(ゆきみ)公明(こうめい)

 

 

『ホントのこと言うと、そろそろ休みたいけど・・・皆に求められてる内は、ね!』

 

「衰えてもこの能力とは、流石だな。これだけ走れれば後は俺の仕事だ」

 

『芦毛の馬体が更に白くなって、しかし勝利の記憶は未だ褪せず。 名手との出会いは、ワシントンカラーを何色に染めるのか。 鞍上は沼津(ぬまづ)(りょう)!』

 

 

『アタシだって!負けるために出てるわけじゃないの!』

 

「ビー!お前となら快速女王、いや、快速王だって目指せる!」

 

『仮面の下に隠された真の実力は誰も知らず。あの真夏の輝きを取り戻せ!ビハインドザマスクと幸長(ゆきなが)福ー(ふくかず)!』

 

 

『どこまで行けるわからないけれど・・・!もう!こうなったら、私!行きます!』

 

「よし、どこまで持つかわからんが、今日も逃げるぞ!」

 

『勝利に向かって逃げ一本、ご覧ください可憐な乙女の逃走劇!テネシーガールと谷町(たにまち)勝彦(かつひこ)

 

 

 

『以上18頭、高松宮記念に挑む各馬が思い思いの方向に散って、スタートの時を待っております・・・』

 

 

こうして17頭が、華やぐ大舞台の光に心を躍らせるその影で。

 

 

『セキトバクソウオー・・・お前だけは、勝たせない・・・!』

 

その身を黒い炎に包んだ隼がたった一頭、復讐に燃えていた。

 




不穏な隼の嘴爪が、セキトに迫る。

次回更新は金曜 22:00予定になります。


・今回の被害馬

・ビーチフラッグ 牝 芦毛
父 Boundary
母 First Flag
母父 Woodman

・被害ポイント
高松宮記念11着→除外


・史実戦績
18戦3勝
主な勝ち鞍
マーガレットステークス(OP)
クロッカスステークス(OP)

・史実解説
阪神芝1200.の新馬戦でデビューし3着、2戦目は同条件の未勝利戦を2着とした後、3戦目、京都のダート1200mの未勝利戦で初勝利。
年が明けて続くダート1400、クロッカスステークスも制しオープン馬となると、馬場を芝に戻しクイーンカップに出走。しかし流石に実力が足りなかったか6着に破れたが、次走の芝1400m、マーガレットステークスは見事に勝利した。

結局このマーガレットステークスが最後の勝利となったが、以降も交流競走のグランシャリオカップ、かきつばた記念と重賞で2回2着に入っている。

2001年5月の欅ステークスを最後に引退、その後繁殖入りした。 
直子や孫世代から重賞馬は現れていないが、地方中央問わず堅実に勝ち上がる馬が多い牝系で、まずまずの成功を収めている。

・代表産駒
ノースショアビーチ 牡 19戦4勝
 勝ち鞍 青竜ステークス(OP)

ビーチアイドル 牝 39戦3勝
 勝ち鞍 フェニックス賞

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