サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
そしてセキトに襲いかかる、スタミナの壁!
高松宮記念レース後、滞在厩舎。
『うおぉぉぉ!もっと!もっとだ!』
外では夜の帳が降り始める中、俺は桶に顔を突っ込んで、中の飼い葉を食って食って食いまくっていた。
・・・ん?もうなくなっちまいやがった!馬口さん!おかわり!
「わわ、セキト、どうしたんだい!?こんなに食べるなんて・・・」
激しく前足を掻いて次の桶をねだると馬口さんが慌てた様に桶を金具から外し、しばらく待っているとわんこそばのように飼い葉が入った次の桶が取り付けられる。
『ありがとな!さぁ、まだまだ食うぞ!』
「うーん、これで3杯目・・・そろそろ止めさせないとなぁ」
馬口さんがなにか言ったような気がするが、それよりも飯だ飯!
これが食わずにやってられっか!
ん?高松宮記念の結果?
負けた!
以上!
・・・うん、距離にして、僅か6cm程。
ほんの僅かに、トロットスターの鼻っ面が俺より先にゴールラインを割っていたそうだ。
獅童さんとセンセイに悲観は無く、敗因として挙げられたのは首の上げ下げ、馬場の差。強いて言うなら、腹を括った強気な仕掛け。
つまり俺とトロットスターの実力はほぼ互角だったと言うこと。それが俺にとって余計に悔しさを倍増させていた。
粘り込むG1馬のブラックホークを交わしきれたのだ。トロットスターに早くから気づいていれば・・・相手は一頭と油断さえしていなければ。
・・・本当に、あと数歩、全力を出すのが早ければ。
たら、ればは禁忌であるとされる競馬だが、今頃高松宮記念のレイを首に下げていたのは俺だったのかもしれないと思うと、悔やんでも悔やみきれない。
だからこそこうして飼い葉を食って気を紛らわそうとしてるんだ・・・早い話がヤケ食いだな!
そうそう、レースの後見慣れない人たちが馬房の前に集まっているなと思っていたら、ユーワファルコンの陣営の方々だったらしい。
レースで俺に迷惑をかけてしまったからとわざわざ頭を下げに来てくれたそうだ。
しかし、そこでマスコミ連中がそれを嗅ぎつけてきたもんだからもう大騒ぎ。運が悪いことにそいつらはパパラッチ同然の、スキャンダル狙いの集まりだったもんだから騒ぎは大きくなる一方で。
質問の内容がレースの内容に関係しているならまだしも「セキトバクソウオー号が故障していたらどうしていたんですか!?」とか「ユーワファルコン号の次走の鞍上は!?」とかデリカシーも何もあったもんじゃねぇ。
センセイは眉がちょっとひくひくしていたし、特に肥畑さんなんか顔を青くしながらペコペコペコペコ、バッタかってくらいあらゆる方向に頭を下げてたからなんだか可哀想になって、あんたは悪くないよと顔を擦り付けておいた。
その瞬間、連中が待ってましたとばかりに何枚もシャッターを切る。もうパシャパシャパシャパシャと、同じ写真が何十枚いるんだよって位に。
それがうるさくてついに俺が耳を後ろに倒した所で、太島センセイとユーワファルコンのセンセイが上手く連中を外へと誘導していってくれたお陰でなんとか厩舎内での騒ぎは収まり。
しばらく時間が経って戻ってきたセンセイは、俺達の前でこそ爆発しなかったが・・・ありゃ、生きている時限爆弾だったな。
厩務員を始め、スタッフたちは今日の夜相当苦労することだろう。
そして。
『・・・厩舎の人が謝ったのに、肝心のお前がそれかい』
『・・・』
当の加害者ユーワファルコンは、俺に謝罪することもなければ、逆にレース前のように威圧してくるようなこともなかった。
結局高松宮記念での蛮行はハミ受け不良との判断が下り、一ヶ月の出走停止の後調教再審査。
・・・だそうなのだが。
遠目の位置にいるそのユーワファルコンにちらりと視線をやれば、なにか言いたそうにこちらを軽く睨んでいたが、その内バツが悪そうにそっぽを向いてから馬房に引っ込んでしまった。
まるで、自分が悪くないわけじゃないが、お前だって問題があると言いたげな態度だ。
いや、謝ってもらおうって訳じゃないが、一度妨害という技を覚えてしまった以上、他馬に対しての
しかしこうして、俺に突っかかってこないあたり大分ヤツの頭は冷えた・・・のか?
ユーワファルコンはオープン馬だったはず。その位のクラスの馬ともなれば、一度も勝てなかった馬との知名度は天地の差であり、引退した後に余生を送るチャンスだって出てくる。
競走馬にとって、余生を過ごす上でマイナスなイメージというのは癌でしかないからな・・・上手いことクールダウンして、反省して欲しい。
それを本人に言わないのは、下手にここで俺がフォローしようとしたところで、あくまで奴の目標は俺であったからだ。
直接なにか言葉を発せばせっかく一旦収まったはずの火に油を注いでしまう可能性もあるし、ここはそっとしておくのが賢明だろう。
本人が俺から目を逸らして争いを避けようとしているのだから、わざわざ藪をつつく必要は無いのだ。間違っても煽りなんて言語道断だぞ。
因みにそのユーワファルコンの着順だが、
まあ、その時代の最強クラスの馬が集うG1で自分に合わない走り方をしたんだ。そりゃそうなるよな。
それでもあのまま妨害されていたら、2着どころか掲示板もあったかどうか・・・こうやってヤケ食いしながら悔しがれるのも、レース中に斜行してまで妨害を止めに行ったキーゴールドのお陰と言う他ないだろう。感謝してもしきれない。
そのキーゴールドの斜行は逃避という扱いになり、やはりこちらも出走停止、後に調教再審査となるらしい。
ユーワファルコンの向かいにある彼の馬房を見やると、今しがた飼い葉を貰ったところだった。厩務員さんが離れるか離れないかのタイミングで桶に顔を突っ込んでいる。
しかし、あまり食事に集中していないような気がして、どうしたのかと観察しているとその視線はユーワファルコンの方をチラチラと向いていた。あいつを心配しているのか。本当に良い奴だ。
今も何か話しかけているみたいだし、ああやってフォローしてくれるやつがいるなら案外、ユーワファルコンの心の方の復帰も早い内に叶うかもしれない。
『キーゴールド、ありがとうな』
俺は、キーゴールドに聞こえるか聞こえないか位の小さな感謝を呟いた。
2頭ともまずは再審査からの再スタートになるのだろうが、彼らなら難なく突破し、再び表舞台へと戻ってくることだろう。
そして、その舞台で今度こそ純粋な勝負をしたいと思う自分がいたのだった。
中京での激闘から数日後。
『はぁー・・・疲れた疲れた』
遠征を終えた俺は、久々に美浦の馬房に入り、直ぐに横になった。そういえば普通の馬は立ったまま休憩するらしいが、俺はこっちのほうが休憩になるんだよな。
『・・・静かだなぁ』
相変わらず厩舎の中はいろんな連中の嘶きや会話で騒がしいが、俺の両隣は主が不在でぽっかりと空いたままだ。
マンハッタンカフェは関西遠征。イーグルカフェは・・・この時期だと確か、海を跨いでドバイ遠征中だったか。
かれこれ半年は顔を合わせられてないのかと思うと、果たして相手が俺を覚えているのか少し不安にもなるが、マンハッタンカフェは俺のことを覚えていてくれたし多分大丈夫。
自分にそう言い聞かせて、俺はレースの疲れを癒やすためにひとまず眠りに就いた。
・・・が。
『やべぇ・・・』
「あらら、これは・・・」
その翌日。馬用の体重計の前で立ち尽くす、俺。
モニターに叩き出されたのは、無慈悲にも高松宮記念の時より随分と重い数字だった。
少々食っちゃ寝し過ぎたか?
「故障が怖いから様子見で休ませていたが・・・ここまで馬体が戻ったのなら、調教ももういつも通りで良さそうだな」
とセンセイ。俺としてはもう少しゆっくりしていたかったのだが・・・これは完全に自業自得。休みもほどほどに俺は減量に勤しむハメに。
まあ、俺自身もこれはやばいと思ったから調教にもいつも以上に真面目に取り組む・・・つもりではある。
『はっ、はっ、はっ』
と言う訳で、俺が走っているのはダートコース。体重を絞ることを考慮しつつも高松宮記念で見えた課題から今日のメニューはいつもとは一味違うものが組まれた。
直線に入っても獅童さんはガッチリと手綱を抑えたままで、ムチを振るうことも無い。
ただ、1ハロンのタイムが15秒より落ちそうになると手綱が扱かれ、俺にスピードアップを促す。
それを一周、二周・・・と続けている。
これは15ー15と呼ばれる、人間で言うなればペース走・・・つまりスタミナの特訓である。今日のダートは良馬場、コース自体、力が要るものなだけあって、かなり体力を持っていかれてしまうな。
獅童さんとセンセイの会議曰く、高松宮記念の仕掛けは現状あの位置がベストに近い位置ではあったが、ユーワファルコンに絡まれて余計なスタミナを使ってしまったのも敗因の一つだろう、との結論が出たようだ。
あれは完全なストライド走法に切り替えるタイミングを間違えた俺にもミスがあったし獅童さんもセンセイも、気にする必要は殆ど無いと思うんだけどな。
しかし、スタミナか・・・確かに一理ある。いくら短距離レースと言えども、その展開はほとんどがハイペース。最後に脚を使えなければ、只のスピードの持ち腐れなのだ。
ラストでもう少しスタミナがあれば勝てていたのではないかという獅童さんの意見を太島センセイも了承、ついでに俺も戦略上もうちょいスタミナがあればと納得して。
こうしてスタミナモリモリ増強週間が始まったのであったが・・・。
俺のスタミナの無さは、二人にとって想像以上だったらしい。
『ひぃ、ひぃ・・・無ーー理ーー・・・』
「あっ、バクソウオー!こら、止まっちゃ駄目、駄目ったら、あー・・・」
獅童さんが手綱をしごいてるけど、もう知りません。何周できたのかは分からないけど心臓がどこぞのデスメタル並にビートを刻んでいて生命の危機を感じるので止まらせていただきます。
「おいおい・・・3歳馬だってもう少し踏ん張れるぞ」
いやいやセンセイ!?苦笑いしてるけど本当に!これ以上無理なんです。俺の体力ってそんなに酷いの!?
ふらふらになった足取りと、荒い鼻息でもう走れませんと二人にアピールすると、はいはい、休んだらまた走るよー、と背中から獅童さんの声。マジかよ。
ならば、今日はもう無理ですと座り込む!
「うわっと、バクソウオー!?」
獅童さんはバランスこそ崩せど落馬はせず、ほら、立って!立ーつーの!と肩を叩いたりしながら俺が立ち上がるのを促してくる。
その光景を見たセンセイには、
「コイツは、賢くなかったら1200mでも長かったかもしれん」
とのお言葉を頂いてしまい。
結局その後息が入ったのを見計らってタイムを緩くして走って(走らされて)も見たが、やはり結果は大して変わらなかった。
どうしよう。順調なら次は京王杯スプリングカップって言っていたのに。
G2、とは言え出てくる相手はスプリンターからマイラー、そしてローテーション的に安田記念のステップに使われることもあるレースのため、むしろ高松宮記念より手強いメンバーになる可能性すらあるんだけど。
そして、現状の俺にとって最大の敵となるのが、その距離。
1200どころか1400mだ。
その京王杯スプリングカップまでは、後2ヶ月―。
この調子で200m分のスタミナは果たして身につくのだろうかと、一抹の不安を覚えたのであった。
前話にて、馬が賢すぎるとの意見を頂きました。読み返してみると確かに高松宮記念のユーワファルコンを始め出走馬の思考は馬離れしているような気もするので、その内思考レベルを落とした内容に書き直すかもしれません。