サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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久しぶりの太島先生視点。
セキトのペース走特訓の成果は、如何に!?


それはそれとして、リアルの方ではウマ娘のモデルになったアグネスデジタルが亡くなってしまいましたね・・・他の追随を許さない偉大なオールラウンダーに、感謝と冥福の祈りを捧げます。


京王杯に向けて

4月某日、美浦トレーニングセンター。

 

 

オレは、美浦で調教師をしている太島昇。

 

今は重賞3勝馬にして高松宮記念2着と、間違いなく厩舎を代表する顔へと成長したセキトバクソウオーの調教を見守っていた。

 

セキトはスピードに優れる一方でスタミナが全くない馬で、次の京王杯スプリングカップには少し不安があった為スタミナを付けさせるべく、鞍上の獅童にはみっちりと15−15をやって貰っていたのだ。

 

時折走り方が乱れたりもしたが随分と真面目にやっていたようだし、多少はスタミナがついただろうと期待していたオレの目の前で、なんとセキトは一ヶ月前とさほど変わらない距離でバテて立ち止まる。

 

 

おいおい、まさかコイツ、スタミナが無いだけじゃなくもうそれが伸びる余裕も無いのか。思わず顔をしかめてしまったが、責められはしないだろう。

 

獅童が申し訳無さそうな顔をしながらセキトと引き上げてくる。心なしかセキトの方も項垂れているような・・・。

 

「・・・まさか、ここまで酷いとはな」

 

「太島さん・・・すみません、バクソウオーはちゃんとやってるんですが・・・」

 

「いや、気にするな。お前たちが真面目にやっていたのは知っている」

 

この人馬は至極真面目にやっている。謝罪の必要などどこにあるのだろう。

 

ただ・・・真面目にやっている、つまりこれ以上なくしっかりと鍛えてもこれなのである。

 

「スタミナはどうしようもないか」

 

「うーん、ここまでやって全く伸びないとなると、もう手の出しようが無いですよ・・・」

 

獅童もどうしようもないと話すし、壊すことがほぼ不可能な壁であると判明したこの問題に、今は頭を抱える他ない。

 

 

「センセイ、そろそろ・・・次の追い切りの視察もお願いします」

 

「ああ・・・わかった」

 

しかし、俺の元へと預けられている馬はセキトだけではない。疲れ果てたセキトは少し心配だが、助手に次の馬へと促され馬場から移動する。

 

調教師としての初G1をもたらしてくれたイーグルカフェを始めとして、多くの馬たちがオレの指示で調教に励んでいるのだ。週末にレースを控えたやつも居り、その追い切りを見て出走の可否を馬主に報告するのも俺の仕事である。

 

「しかし、どうしたものか・・・」

 

今日はセキトの馬主である天馬さんが作戦会議の為にトレセンを訪れる日でもある。なんでも今年に入ってからセキトに会えていないので直接見に来たいのだそうだ。

 

京王杯スプリングカップ、なんとかしてセキトのスタミナで1400を攻略する方法を探さなければ。

 

結局他の馬の追い切りなどを見守りつつも、意識の隅ではセキトのことを考えていたのだった。

 

それにしても、今日のペース走、終盤のセキトは随分変な走り方だった。

いつもよりストライドは伸びていないし、回転を早めようとしてリズムが崩れていたり・・・。

 

まるでストライドとピッチのいいとこ取りをしようとして失敗しているような・・・いや、まさかな。

 

ひとまず後で故障していないか、獣医に診てもらうとしよう。

 

 

「さて・・・」

 

管理馬の調教の視察を終えたオレは、天馬さんを待つ間に日課である掃除をすることにした。こうすると厩舎周りが綺麗になるだけでなく、不思議と考え事も色々と纏まってくれる。

 

事務所の机においてある小さな馬頭観音の仏像に手を合わせてから、掃除用具を手に外へ出た。

 

今日も管理している馬たちはただ一頭の故障もなく、無事に調教を終えてくれた。それは当たり前のようであって難しいことであり、喜ばしいことだ。

 

自然と笑みが浮かび、ふと厩舎の入り口を見れば、ほんの少しずつだが黒みを帯びてきた太島厩舎の看板が目に入る。

 

オレは調教師だし、ここはその厩舎なのだから看板があるのは当たり前なのだが、未だにそこにオレの名前があることに違和感を感じる時がある。

 

・・・この界隈で、騎手から調教師へと転身する者は多くいるが、必ずしも名馬が名種牡馬、名牝とはなりえないこの世界、名騎手も名伯楽とは限らない。

 

そんな中で騎手としても調教師としてもG1を勝つ活躍馬にも恵まれた俺は、相当幸せなホースマンと言えるだろう。

 

人様に迷惑をかけまくって育ったようなこのオレが、である。

 

やはりこれは迷惑をかけた分、これから数多くの人馬を育てなさいというお告げのようなものなのだろうか?

 

「・・・おっと!」

 

思考に気を取られて掃除の手が止まっていることに気づく。サッサッとほうきでまとめた埃やゴミをちりとりに取ってゴミ箱へと流し込めば、掃除は終了だ。

 

「ん?」

 

そこで、閃いた。

 

まとめる。

 

まとめて・・・交わす。

 

 

「・・・そうか、これなら!」

 

そうだ、セキトには、現役最強クラスの武器があるじゃないか。

 

その武器を上手く使うことができれば・・・!京王杯スプリングカップに勝機は、ある!

 

「あ!太島さん!お久しぶりでーす!」

 

この作戦を提案しよう、と決めたところで、天馬さんがこちらに歩いてくるのが見えた。

 

実に、丁度いいタイミングだった。

 

 

 

 

 

「セキターン!(ひっさ)しぶりー!」

 

『俺も会いたかったぜ!朱美ちゃーん!』

 

俺は、愛しの馬主と久しぶりの再会を果たし、その腕に抱擁されていた。前に会ったのが何時だったか覚えていないくらいだし、仕事が忙しいんだろうな。

 

一応前走の高松宮記念が最大のチャンスだったらしんだけど、前日に職場で発生したトラブルが解決せず、急遽スルーしなければならなくなったそうだ。

 

おのれ、トラブル。

人にも馬にも、百害あって一利なしのヤローめ。

 

幸いにして休日一日を犠牲にしただけで済み、もし平日まで引きずっていたら会社に大きな被害をもたらしていたらしいそうなので、それに関しては本当に良かったと思う。

 

「セキタン!」

 

『ひひーん』

 

「セキターン!」

 

『ひひーん!』

 

「セキタ・・・」

 

「・・・さて、感動の再会はその辺にしてもらっても?」

 

「あ、す、すみません」

 

セキタン、と呼ばれるたびに鳴き返す、というロミジュリめいたことを5分ほど繰り返した後、外面モードのセンセイがしびれを切らしたようにその流れを断ち切った。

 

我に返った朱美ちゃんは赤面しながらセンセイに謝罪していて、その姿がまた、すっごく可愛かったのは俺だけの秘密。

 

 

 

「それで、セキタンの次のレース・・・京王杯、でしたっけ?セキタンには少し長いんですよね」

 

「ええ、その通りです。今日はセキトバクソウオーの弱点を補う作戦を考えてきたので、お聞きいただきたいのですが」

 

しばしの間を置いて馬主として真剣な表情になった朱美ちゃんに、そう伺うセンセイ。

 

「はい、お願いします」

 

快い返事に、ありがとうございます、と一つ咳払いしてからセンセイは語りだした。

 

「私が注目したのは、京王杯は東京で行われるレースだと言うことです」

 

「直線の長いコースでしたよね」

 

「ええ、大きさでの日本一の座は改修した新潟に奪われてしまいましたが・・・それでも、カーブを経てあれだけの長さを走る競馬場は他にありません」

 

ほんの少しだけ残念そうな口ぶりで言うセンセイ。

そっか、新潟競馬場が左回りで1000mの直線を持つようになったのって、今年からだったな。

 

「そして、東京競馬場に『だんだら坂』と呼ばれる坂があることはご存知ですか?」

 

「えっ、競馬場に、坂があるんですか!?」

 

センセイの言葉に驚いた表情を見せる朱美ちゃん。

 

「ええ、第4コーナーから、直線の半ば・・・約200メートルと少しにかけて、約2メートルの上り坂になっているんです」

 

そう、それが東京がタフなコースと言われる所以。

更に言うと第一コーナーから向正面までは緩やかな下り坂、かと思えば3コーナーの手前には1.5mの急坂があって、そこを超えたら下り勾配、そして直線に向かっての「だんだら坂」と言うわけである。

 

聞くだけで体力を持っていかれてしまいそうな大変なコースであることが分かるが、それがスタミナが足りない俺にとっての障害であり、同時に勝つための鍵になる。

 

「そんなコースで、短距離のペースで走ったら・・・どうなると思います?」

 

「・・・バテバテになっちゃいますね」

 

朱美ちゃんの回答に頷くセンセイ。

 

「そう、だからこそ前に行った馬が総崩れになるのを期待して、セキトの京王杯での作戦は、差し、または追い込みで行くことになると思います」

 

そうか!ついつい距離の数字に囚われてしまっていたが、スタミナが足りないなら前半にゆっくり走ればいいのか!その発想は無かった。

 

「あっ!確かセキタンが勝ったときっていつもその作戦ですよね!」

 

「ええ、こいつの末脚は超一流です。東京というコースの特性もあって、十分差しきれる可能性はあると思いますよ」

 

朱美ちゃんが納得したような顔を見せ、センセイも自信ありげにそう言った。

 

 

なるほど、差しか追い込みな・・・。俺にできるのは前半飛ばしすぎない様スピードを抑える練習と、よりストライドを伸ばす練習だろうか。

 

勿論、スキあらばディープ走りの練習も欠かさない・・・ひょっとしたらペース走でひたすら練習していたし、成果が現れなかったのは、そのせいか?

 

だったとしたら、ごめんなさいだな。

 

いや、それでもあれ以上にスタミナの効率がいい走り方は無いと聞く。そのスタミナが俺にはそもそも無いとわかった今、古馬となり成長がピークに達しつつある俺が正攻法で1200の壁を脱出するにはやはりディープ走りしかない。

 

「セキタン」

 

遠くを見ながらそう思考していた俺に、朱美ちゃんが話しかけてくる。

 

「高松宮記念、テレビで見てたよ。惜しかったね・・・けど、秋は、スプリンターズステークスは、絶対に勝とう!セキタンなら大丈夫!」

 

『!』

 

朱美ちゃんの口から出てきたのは、俺を鼓舞する言葉だった。

 

『ヒヒィーーン!!』

 

大切な人にそう言われて、嬉しくない男はいないだろう。一気にテンションが上がった俺は、立ち上がりはせずとも、力強く鳴いてそれに応える。

 

「セキト!?」

 

驚くセンセイ。

 

「わっ!?セキタン、すごいね・・・!その調子で次のレースもがんばって!」

 

おう、と意味を込めて鼻を鳴らそうとしたところで、朱美ちゃんが言葉を続けた。

 

「けど・・・やっぱり怪我をしないで帰ってくるのが、一番なんだからね」

 

ああ、分かってる。

俺は去年、無茶をして文字通り痛い思いをしたからな。

 

俺の故障は幸いにして軽いものだったが、レースは出走し、そして完走することで初めて成績として認められるってのを改めて感じた秋と冬だった。

 

けれど、俺は競走馬(サラブレッド)なのだ。求められれば全力で走らなければならないし、その結果がどうなるかなんて神様しか知らねぇだろうし。

 

それでもしばらく俺と戯れた後手を振って別れを告げる朱美ちゃんを見送りながら、少なくとも彼女の勝ちたい、勝ってほしいという思いには応えなければな、と気合を入れた。

 

 

京王杯スプリングカップまで、あと一ヶ月の日の出来事だった。

 




次回更新は金曜の22:00予定です。

果たして、セキト陣営の終いに賭ける作戦は成功するのか!?
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