サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

35 / 103
日曜は香港国際競走デーでしたね。

それぞれ香港ヴァーズと香港カップで勝利を収めましたグローリーヴェイズとラヴズオンリーユーに拍手を。

そして香港スプリントで命を落としてしまったアメージングスター、ナブーアタックの冥福と、事故に巻き込まれてしまったピクシーナイト、ラッキーパッチ、福永祐一騎手の心身が早く全快されますことを、祈っています。


本編ですが、思い切ってマキバオー時空に寄せてみました。

デジたんよ、この時空ではもう少し頑張ってもらうぞ・・・。


鋭走、京王杯スプリングカップ

第46回 京王杯スプリングカップ(G2)

 

芝1400m 晴 良

 

①   タイキブライドル  牡6

②(外)エイシンルバーン  牡5

③[外]Testa Rossa      牡5

④   トッププロテクター 牡4

⑤   メジロダーリング  牝5

⑥(外)エイシンプレストン 牡4

⑦(外)ジョンカラノテガミ 牡6

⑧   トウショウトリガー 牡4

⑨   ケイワンバイキング 騙8

⑩(父)ラムジェットシチー 牡5

⑪(外)ダイワカーリアン  牡8

⑫(外)ブラックホーク   牡7

⑬(父)セキトバクソウオー 牡4

⑭   ヤマカツスズラン  牝4

⑮(外)アグネスデジタル  牡4

⑯   セントパーク    牡8

⑰   スティンガー    牝5

⑱(外)ゴールドティアラ  牝5

 

来る5月13日。好天に恵まれた東京競馬場で、とあるレースが行われようとしていた。

 

そのレースの名は、京王杯スプリングカップ。

 

格付けはG2なれど、その舞台に集った18頭は精鋭揃い。そのハイレベルさは最早実質的なG1と言っても過言ではなくなっていた。

 

3年前の2歳女王にして昨年の覇者、天皇賞では牡馬と渡り合い4着など実績十分なスティンガー。

 

ここ最近の勝利は無いがハイレベルのレースで連対や入着を繰り返し決して力が衰えた訳ではないと証明しているブラックホーク。

 

現地G1を6勝している豪州からの使者、Testa Rossa(テスタロッサ)

 

芝の実績が全く無い状況からマイルチャンピオンシップにて13番人気ながら大穴を開けたアグネスデジタル。

 

セキトも出走していた朝日杯の勝ち馬であり、故障して以来勝ち星から遠ざかっているものの前走で2着と復活の気配を見せるエイシンプレストン。

 

そして、G1勝ちこそ無けれどその実力は誰しもが認めるところとなった我らがセキトバクソウオー。

 

錚々たるメンバーが府中1400mに顔を揃えて、パドックを周回している。観客席からそれを目の当たりにした誰かがG1かよと呟いても、否定する者は誰もいなかった。

 

 

 

「壮観だな」

 

馬口と共にセキトを引く太島がそう漏らす。

 

交流重賞も含めるならばG1馬7頭、重賞勝ち馬も合わせると、10頭。

我こそが一番とオーラを纏う競走馬たちが同じレースに顔を揃えるという光景が、一年に何度あるのだろうか。

 

思わず見とれそうになった時、戸惑うような大きな嘶きがパドックに響き渡った。

 

「あれは・・・トウショウトリガーか」

 

その出どころは8番、トウショウトリガー。

昨年デビューして以来条件戦を彷徨い、今年ようやくオープンに上がってきたばかりの馬。

 

雰囲気に呑まれたか、と激しく首を上下に振る様を冷静に観察する太島に馬口が囁く。

 

「あの馬、これが初重賞らしいですよ・・・ちょっと可哀想ですね」

 

「そうか、それは不運だったな」

 

ようやく出る事ができた初めての重賞が、実質G1とは。身につけた自信やプライドが折れなければいいが、と太島はトウショウトリガーを気遣うのだった。

 

 

 

 

 

『やあ、セキトバクソウオー』

 

『お、アグネスデジタルか』

 

パドックを周回していると、後ろのヤマカツスズランを挟んで栗毛の馬が声をかけてきた。

 

アグネスデジタル。一緒に走ったのは昨年のNHKマイルカップが最後で、こうして顔を合わせるのは久しぶりだ。

 

馬耳の性能なら一頭、二頭くらい離れていても普通と変わらん感じで会話できるんだよな。

あ、でもヒトの時に平気だった音に驚くようになってたりもするし、一長一短。

 

しばらくぶりに見たアグネスデジタルはなんだかたくましくなっているような・・・って、あ、そっか。この時代なら。

 

『そういえばデジタル。G1制覇、おめでとう』

 

3歳にしてのマイルチャンピオンシップ制覇。アグネスデジタル以降この快挙を達成する馬は、XX17年のペルシアンナイトまで待たなければならない大記録だ。

 

俺もヒトだった時代にそんな彼のマイルチャンピオンシップの映像を見たことがある。

ラスト200の伸びは、正に変態としか形容できない加速だった。

 

あの時点でアグネスデジタルは芝レース未勝利だったというのだから、本当に分からないものである。尤もこれから、馬主さんも調教師のセンセイも、更には海外も巻き込んで更に訳が分からなくなっていくんだろうけど。

 

『えへへ・・・君の所にも話が行ってたんだね。まさか勝てるなんて思わなくてさ』

 

その時の興奮が忘れられないのか、嬉しそうなアグネスデジタル。だがな、それはそれ。今日はまた別のレースなんだよなあ。

 

『デジタル、ちょっといいか・・・』

 

「止まーーれーーー」

 

その時、俺の声を遮るように騎乗命令がパドックに響き渡る。

 

その音に足を止めて小天狗を見やれば、いつもの様に18人の騎手がバラバラと姿を現した。

 

その中から俺の背にまたがるのは・・・勿論今日も獅童さんだ。

 

「んぅ・・・しょっ!さあ、行こうか?」

 

『ああ、今日は後ろから行くんだったよな?』

 

背中に収まった獅童さんに短く鼻を鳴らす。

 

「獅童。前に話した通り、後ろからで頼むぞ」

 

しかし俺の問いに答え合わせをしてくれたのは、センセイの方だった。

 

「分かりました、今日も頑張ろうな、バクソウオー」

 

センセイを見ながら力強く頷いて、それから獅童さんは俺の首をぽんと叩いてから語りかけてくれた。

 

「今日は、後ろから行くぞ。スタートは・・・いつも通り(・・・・・)でいいかな」

 

『了解!』

 

合点承知だ。ヒヒン、と鳴いて理解したぞと伝えると、獅童さんはにこりと笑った。

 

 

 

あ、そういえばアグネスデジタルに気を抜くなって忠告し忘れた!

 

・・・まあいいや。G1制覇で調子に乗ってんだ、丁度いいくらいかもしれない。自業自得だぜ、デジたん・・・なんてな。

 

そんな事を考えながら前から離されすぎないよう地下馬道を歩く途中だった。

 

「きみはぼくの話をしっかり聞いてくれるよなぁ。そのお陰か、君とのレースはいつも冷静に動けるんだ」

 

ふと、そう獅童さんがぼやく。

 

「ひょっとしたら本当に理解していたりしてな」

 

「まさか!」

 

冗談めかして言った太島センセイの一言に、くすくすと笑いながら答える馬口さん。

 

『いや、そのまさかなんだよなぁ・・・』

 

3人共、俺の中身がまさかまさかの元人間とは夢にも思うまい。なんだかあちらの言葉が一方通行な事が歯痒いような、申し訳ないような気分。

 

その後も俺を引きながら談笑を続ける3人だったが、馬道の出口から射す光を見ると、きりりと顔を引き締めた。

 

そうだ、俺は今からレースなんだ、こんな気持ちじゃ勝てるレースも勝てなくなっちまうよな。首をブルブルっと振るって気合を入れ直す。

 

「なんだ、武者震いか?」

 

センセイが声をかけてくる。まあ、そんなところだな。ひん、と短く鳴いて見せる。

 

「よし、君も、ぼくも。気合十分だね」

 

その時獅童さんがぐい、とゴーグルをヘルメットから目元へ降ろしたのが分かった・・・いよいよ、コースだ。

 

外に出て、ダートを横切った後に芝の上へと立ち、G1と比べれば少ないながらも、確かに俺達の戦いを見届けに来たお客さんたちに迎えられる。

 

 

「・・・セキト。今日のレースはG2だが、実質G1だ。ここで勝てたら、秋に向けて大きく弾みが付く」

 

センセイが、引き手の金具に手をかけながら言った。

 

「行っておいで、元気に帰ってきてね」

 

馬口さんも、金具に手を掛けつつそう言って。

 

二人の想いがこもった言葉を、どうにか形にして応えたいと思った。

 

その最高の形と言えるのが、勝利なんだろうけど。その前に、この溢れそうな熱い思いをなんとか形にしたくて。

 

「勝つぞ!バクソウオー!」

 

そして、獅童さんが自らをも奮い立たせるように言ったその言葉と同時に、2つの金具が外れて、ターフに解放される。

 

あ、そうだ!

 

『ヒヒイィィィン!』

 

俺は、獅童さんを落とさないようにしながらも後ろ脚で立ち上がり、前脚を天に向けるように高く持ち上げた。

 

晴れ渡った空に吸い込まれていく嘶き。

 

スタンドが大きくざわめいたが、すぐに前脚を地面に降ろし、落ち着いた様子を見せたことでそれはどこからともなく静まっていく。

 

「はは・・・いいね!行こう!」

 

体勢を立て直した獅童さんが慌てることもなくそう言って、俺の脇腹を軽く蹴った。それに応えてゆっくりと走り出す。

 

手綱越しに、彼の思いの一部が伝わってくる。

 

ゴーグルに覆い隠されたその目は俺と同じ目標を見据えているのだろう。

 

「このレースに勝つ」という目標を。

 

 

 

 

 

『晴れやかな青空が見えます東京競馬場、メインレース京王杯スプリングカップのファンファーレです』

 

 

♪ー♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

 

 

♪ー♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

 

 

♪ー♪ー♪ー

 

 

 

♪ ♪♪♪♪ ♪♪♪ーー

 

 

 

 

『さあファンファーレが響き渡って・・・ゴールドティアラ、今収まります』

 

本馬場入場から大きなトラブルが起こることもなく、俺はゲートに収まってスタートの瞬間を待っている。

 

『・・・』

 

『(あ、ブラックホーク)』

 

一つ内側に前走で負かしたブラックホークが居た。本来は寡黙な性格なのか、競り合いの時とは違って何も喋ったりはしない。

 

だが、今回こそ俺には負けないと言う気合と調子はバッチリのようで、闘志を滾らせるようにこちらを見やる視線をひしと感じた。

 

『いつまで待たせるのかしら・・・あら、やっと順番?』

 

『最後にスティンガーが引かれて・・・』

 

ところで・・・最後に枠入りするあの17番のねーちゃん。初めて会うけれど相当強いな。

 

スティンガー?確か2歳G1を獲った馬だったよな。

 

成程、だから佇まいというか、雰囲気というかとにかく自身に満ち溢れていて、かなり強者って感じがするのか。

 

『今収まりました』

 

もし、彼女が俺と同じ後方待機策なら、マークするのも面白いかもしれねぇな。そう考えながらも、ゲートの隙間の光が広がったその瞬間。

 

『!』

 

いつもの様に強く地面を蹴り出した。

 

『スタートしました!セキトバクソウオー、好スタート!』

 

そして、俺はほぼ横一線になった馬群の、ハナを切って走っていた。

 

よし、まずはいつも通りに好スタートだ。

 

 

「よし!バクソウオー、ゆっくり下がるぞ」

 

『おうよ』

 

獅童さんの手綱に従ってスピードを下げていく。

 

ただし急減速は厳禁。後ろを確認しながらゆっくり、慎重にいかねば。他馬に迷惑を掛けてしまったり最悪獅童さんが俺の背中からバイバイしてしまったら元も子もないんだから。

 

『セキトバクソウオーそのまま前に・・・行きません!鞍上獅童が手綱を抑えて、スーッと後ろに下がっていく』

 

『あら、せっかく先頭に立ったのに行かないのね?』

 

位置取りを下げていくと、メジロダーリングと目が合って、話しかけられた。

 

『ああ、性に合わないもんでな』

 

『じゃあ遠慮なく行かせてもらうわ!』

 

そうして、俺に代わるように先頭に立つメジロダーリング。

 

・・・ある意味この馬の動きも、俺の勝利に関わってくる要素の一つだ。

 

頼むから史実と変わらないような動きをしてくれよ。

 

 

『変わって先頭に立ちますのは内からメジロダーリング。半馬身から1馬身くらいリードを取りまして、ラムジェットシチー、並んでダイワカーリアンが3番手、内からケイワンバイキングが押し上げています、セキトバクソウオーはまだ下げていく』

 

『僕にだって、G1のチャンスがあるのなら!』

 

『・・・大舞台に向けて、弾みを!』

 

メジロダーリングについていくように走るラムジェットシチーと、ダイワカーリアン。

 

この3頭が、ペースアップの鍵を握っている。

 

『ブラックホークが外から、更にその外セントパーク追っている、インコースからタイキブライドル、その後ろ1馬身差開いて外目にヤマカツスズラン』

 

『(・・・概ね史実通りか)』

 

俺は、位置を下げながら他馬のポジションを確認していた。

 

記憶にある京王杯スプリングカップとほとんど変わらないことを確認しつつ、2歳女王を探す。

 

『その後更に1馬身開いてエイシンルバーン追走、後は半馬身差でスティンガー、その更に2馬身後ろに豪州の使者テスタロッサがいます』

 

・・・いた!どうする、獅童さん?

 

手綱の感触を待っていると、スティンガーから1馬身後ろ、テスタロッサの少し先を走るような形で手綱が緩む。

 

「そこに付いちゃうかぁ」

 

成程。スティンガーの動きを見る形か。

その背中の騎手がこちらを見て、困ったような声を漏らす・・・って丘本さん!?ほんとに人気なんだな、丘本さん。

 

 

・・・さて、思わぬ人物の登場に驚いたが、今の所俺の脚は温存できていると言っていいだろう。しかし今回のレース、勝負所は500mの直線だ。

 

距離の不安がある以上、ガソリンは多いに越したことはない。

 

「・・・このままスティンガーより少し後に仕掛けて、差し切ろう」

 

獅童さんの呟きを俺の耳が拾う。有力馬の仕掛けを待って、ゴールできっちり差し切ることができれば、ガソリンの無駄遣いもしないで済むって寸法だ。

 

『はいよ!』

 

その時まで、俺にできるのはなるべく脚を溜めること、使わないこと。

あくまでも意識するのは位置取りではなく、スピード。

 

『セキトバクソウオーはテスタロッサの前に付けた。そのテスタロッサから半馬身程離れてトウショウトリガー、アグネスデジタル。1馬身離れてゴールドティアラです、間もなく3、4コーナー中間地点』

 

俺より更に後ろの連中の位置を確認しつつ、スティンガーをマークしながら走っていると3コーナーの、左カーブに差し掛かった。

 

『んぐ・・・!』

 

やっぱり、左回りはしんどいな。

外に振られそうになるし、スタミナを使ってしまう。

 

これもあるから後方待機策だったんだよなぁ。

 

『現在エイシンプレストンは後方3番手、その後トッププロテクター、後2馬身開いてジョンカラノテガミが最後方で、先頭集団600の標識を通過!第4コーナーのカーブを抜けて、間もなく直線を向いてまいります!』

 

『んっ、ぐぅおおおお!』

 

そして、無理矢理気味にキツイ左回りのカーブを乗り越えれば・・・一年ぶりの府中の直線だ。

 

あのときは情けないことにスタミナ切れを起こしてタレてしまったが、今日の俺は、違う。

 

「・・・!バクソウオー!」

 

『おう!』

 

スティンガーが仕掛け始めたのを見た獅童さんが、手綱を扱き出した。

 

そして、ちゃっかり馬場の良い大外へ行くのも忘れない。

 

脚は、たっぷり溜まっている。

 

さあ、今度こそ突き抜けて見せるぜ!

 

 

『現在先頭はセントパーク!それを交わしまして外からはダイワカーリアンだ!ダイワカーリアン並んできた!間もなく400の標識!』

 

「差し切れっ!スティンガーッ!」

 

『分かってるわよッ!』

 

スティンガーに、ムチが入った。

 

・・・余談だが、スティンガーとは植物の棘や、蜂の針などの鋭く突き刺さる物、あるいは攻撃を表す英語らしい。

 

そんな名前を持つ彼女だからか、正にその末脚も痺れるような鋭さ(スティンガー)だ。

 

力尽きた奴、切れが足りない奴・・・他馬を次々と交わしていくが。

 

『・・・もう!しつこいわね!』

 

『悪いけど、お前が今日の目標なんだよ!』

 

しかし、その後ろに。

ピッタリと俺がくっ付いていた。

 

残り、400m。

 

『内からグイグイと黄色い帽子!グイグイと黄色い帽子のラムジェットシチーも追い込んできた!しかし外からブラックホーク!ブラックホークも来ているぞ!』

 

『今度こそ、今度こそ私が復活の凱歌を上げるのだ!』

 

外目から、黒い馬体が加速していく。やはり流石はG1馬だな。ハイペースで先行していて、かなり脚を使っているはずなのに、先頭へと突き進もうとしている。

 

『しかし大外!大外からグイグイグイグイと!グイグイグイグイ!もつれるようにスティンガーとセキトバクソウオー!!』

 

だが、こちらもG1馬と、タイトルはないが劣りもしない重賞馬だ。前半の貯金を使って、2頭で競り合いながら先頭集団の争いへと加わっていく。

 

苛烈な展開で生み出された勝負に、スタンドから歓声が上がる。

 

『またそなたか!!』

 

激しく追い上げる俺らが視界に入ったのだろう、ブラックホークが悲鳴にも似た叫びを上げた。

 

『そうだよ!また俺さ!』

 

それに応えるような軽口を叩いてから、スティンガーとの競り合いに集中する。

 

『スティンガーとセキトバクソウオーが2頭揃って突っ込んできた!先頭はブラックホーク!ブラックホーク粘る!しかし大外から2頭一気に迫る迫る!』

 

『あなた、ここまでよく頑張ったわね?』

 

残り200m。ここで、スティンガーが不敵な笑みを浮かべた。

 

俺に返事を返す余裕はなく、ちらりと視線をそちらにやると、彼女が更に続ける。

 

『残念だけど、私の本気ってこんなもんじゃないのよ、ね!』

 

そして、更に沈み込み、加速する馬体。

斤量差があるとはいえこのスピード、本当に牝馬かよ。

 

面食らった俺は反応が遅れてしまったが、それでも前を行く馬体に食らいつく・・・が、差がじりじりと開いていく。

 

『スティンガーが一歩抜け出したか!スティンガーが先頭ブラックホークに迫る!内からはメジロダーリングも進出!』

 

インの方ではメジロダーリングも再び前に迫ろうとしているようだ。改めて、年上の牝馬って、恐ろしいんだなと思った。

 

 

しかし、奥の手なら俺にだってある。このまま黙ってる訳にはいかないぞ、なあ、獅童さん?

 

「バクソウオー!」

 

よし、来た!俺に檄を入れるように、獅童さんがもう一発、俺の右トモにムチを入れた。

 

それを合図に、俺の足の運びが、ストライドへと切り替わった、のだが。

 

『あれっ!?』

 

なんだかいつもより・・・回転が速い?

 

『なんだか知らんが、これなら・・・行ける!』

 

訳が分からないうちに、いつものスピードに、そしていつも以上の加速力を得て。

 

気がつけば、俺は半馬身ほど先に行っていた筈のスティンガーに並びかけていた。

 

『ブラックホーク!スティンガー!ブラックホークかスティンガーかっ・・・大外セキトバクソウオー物凄い脚ッ!』

 

『・・・きゃあっ!?何でまた上がってきてるの!?というか何よその走り方!?』

 

『俺だって知らんっ!』

 

『意味分かんないわよ!』

 

まさか俺に再び並ばれるとは思っていなかったらしいスティンガーが、まあなんとも可愛らしい声を出した。

 

『悲鳴!?』

 

意地でもう一度伸びてきたブラックホークが思わずそれに反応してこちらを向いて。

 

『今ゴールインっ!3頭もつれた!際どい一戦になりました!タイムは1.20.1、上がり4ハロンは46.5、3ハロンは35.2!ブラックホークが粘りきったのか、スティンガーが競り勝ったのか、セキトバクソウオーが差し切ったのか、全く、ここからは全く分かりません!!』

 

その瞬間が、ゴールだった。

 

『・・・ふぅ、お疲れさんっと』

 

「お疲れさま、バクソウオー」

 

トップスピードに到達した脚の回転を、少しずつ落としていくと、獅童さんが首をぽんぽんと叩いた。

 

そういえばあれ程不安視されていた1400を走りきったのにいつもより疲れていないな?

 

まあそれはともかく、京王杯スプリングカップ、やれることはやり切ったわけですが・・・。

 

結果はどうでしょうかね?

 

 

 

「・・・おーい、獅童くん」

 

「丘本さん!」

 

『あなた、どっちが勝ったか分かる?』

 

『・・・いや。全くわからん』

 

クールダウンに励んでいると、丘本さんがスティンガーを走らせて俺の側によってきた。

 

それにしても、後方待機策、マーク、仕掛けの遅らせ・・・殆どやれることをやったにも関わらず、ここまでギリギリの結果になるとは。

 

なんと言っても今回は最後のあの謎走法に助けられた部分が大きすぎる。やはり俺の最適距離は1200以下なのだろうと改めて突きつけられた感じだ。

 

それにしてもあの謎走法、俺は一体どうやって繰り出したんだ?

考えながら脚を動かしてみても、あんな動きにはならないし。

 

しかもレースの疲れが消えたわけじゃなかったから脚がもつれて危なくなり、獅童さんに止められた。

 

挙げ句スティンガーから

 

『あなたは一体何をやってるのかしら?盆踊り?』

 

とまで突っ込まれてしまい恥ずかしい思いをしてしまった。

 

というかスティンガーさん。盆踊り、知ってらっしゃるんですね。

 

思わずそのことを突っ込もうとしたら、スタンドの歓声が耳を激しく震わせた。

 

『どうやらおしゃべりはここまでみたいね』

 

『ああ、どっちが勝っても恨みっこなしだ』

 

『・・・どうせなら、せーので掲示板を見ない?』

 

『それはいいな』

 

スティンガーの提案で2頭並んで正面スタンドまで戻ってきて。

 

 

『『・・・せーのっ!』』

 

 

ほぼ同時に顔を上げて掲示板を見ると。

 

 

『あ・・・』

 

『俺の・・・勝ち・・・だな』

 

Ⅰの数字の横に並んだのは、13の文字。

 

つまり、俺の、勝ち。

 

 

1着、俺。

 

2着、スティンガー。

 

3着、ブラックホーク。

 

着差はハナ、ハナ・・・大接戦の決着だった。

 

『うーん?』

 

しかし、どうにも接戦すぎていまいち勝利の実感が湧かない。何度もゼッケンと掲示板を見比べる俺。

 

『何やってんのよ、勝ち馬が情けない』

 

スティンガーがその様を見てため息をついて。

 

それから深呼吸をすると、スッキリとした様子で彼女はおめでとう、と言ってきた。

 

『あなたの勝ちよ』

 

『あ、ありがとう』

 

歯切れ悪く、なんとか絞り出すように俺が感謝の言葉を述べるとスティンガーは、ん、とだけ短く返事をして。

 

『次は、油断しないから』と告げてから、出口へと駆けていった。

 

 

 

「いや、本当によくやってくれた、セキトの潜在能力を引き出してくれて」

 

待機所での休憩を挟み、表彰式に臨んでいるとセンセイが獅童さんと握手を交わしながらそう言っていた。

 

獅童さんも獅童さんで、

 

「いえ、あれは太島さんの調教があったからで」

 

と謙遜気味だ。

 

馬口さんは特にいつもと変わらずにマイペース。

 

「うん、怪我とかはなさそうだねー」

 

と俺が無事であることにに心底ホッとしているようだった。

 

そして、その様子を見守っていた俺の肩に、京王杯スプリングカップのレイが掛けられる。

 

セントウルステークスから実に8ヶ月ぶりの、軽くて重い、うれしい感覚だった。

 

 

 

ちなみにパドックでヘニャヘニャになっていたアグネスデジタルは、9着だったそうな。

 




次回更新は水曜の予定ですが、ダ○スタを絶妙なタイミングで買い直してしまいまして・・・あまり期待しないほうがいいかもです・・・。

・今回の被害馬

・スティンガー 牝 鹿毛
父 サンデーサイレンス
母 レガシーオブストレングス
母父 Affirmed


・被害ポイント
京王杯スプリングカップ連覇→2着

・史実戦績
21戦7勝

・主な勝ち鞍
阪神3歳牝馬ステークス(G1)

・史実解説
名前が示す通り、鋭い差し脚を武器に活躍した牝馬。

1998年11月、東京の新馬戦でデビューし見事勝ちを収めると、そのまま3週後の赤松賞も勝利。

勢いのまま挑んだ阪神3歳牝馬ステークスでも鋭く伸び切って、初重賞にして初G1制覇を成し遂げた。

その後ステップレースを挟まずに直行した桜花賞では痛恨の出遅れ、一番人気を裏切り12着と大敗してしまう。

この結果を受け陣営は次走に4歳牝馬特別(現:フローラステークス)を選択、桜花賞2着のフサイチエアデールをクビ差退けて優勝する。

本番のオークスでは直線よく伸びたものの4着まで。
放牧された後陣営はなんと目標を秋華賞ではなく、古馬と戦うことになる秋の天皇賞に設定、秋緒戦は毎日王冠に出走する。

ここで8番人気ながら4着と好走し、そのまま天皇賞に向かうと、スペシャルウィークやセイウンスカイ、キングヘイローといった強敵相手に4着と健闘。

続いてジャパンカップに出走したが流石にシンガリ負けに終わり、4(3)歳シーズンを終えた。

年が明け京都牝馬ステークスに出走すると、見事勝利。
続く京王杯スプリングカップもウメノファイバー、ブラックホークらを相手に快勝するも、本番の安田記念は4着に敗退、レース後に休養に入り、12月の阪神牝馬ステークスで復帰したが10着に敗れ、この年を終える。

2001年は東京新聞杯から始動。鞍上にオリビエ・ペリエを迎え臨んだ一戦だったが、3着とどうにも調子が戻らない。

その後休養し、京王杯スプリングカップに出走すると、ここで一年ぶりに勝利を収めると同時に史上初の連覇を達成した。

だがこのレース以降再び不調に陥り、安田記念15着、関屋記念5着、札幌記念7着、阪神牝馬ステークス3着とこの年は1勝に終わる。

6歳になったスティンガーは、繁殖入りを見据えあと1、2回走って引退となることが決まった。
叩きの東京新聞杯で6着になった後、本番の高松宮記念では先行馬有利の展開の中果敢に追い込み、3着に入り引退、繁殖入りした。

引退後は社台ファームで繋養されたが、フレンチデピュティの仔(スコルピオンキッス)を受胎した身でアメリカに渡り、キングマンボやフサイチペガサスといった一流種牡馬と配合される。

残念ながらフサイチペガサスとの交配は不受胎に終わったが、その翌年にスマーティジョーンズの仔を受胎した状態で帰国した。

その後も繁殖として繋養され、2017年、ローエングリン産駒の栗毛牝馬(クンタキンテ)を出産し、ハービンジャーとの交配が不受胎に終わったのを最後に繁殖を引退した。

wikiや掲示板を見る限り、現在も存命のようである。

・代表産駒
サトノギャラント(父シンボリクリスエス)
33戦8勝(障害5戦1勝)主な勝鞍 谷川岳ステークス(OP)

タイガーファング(父Kingmambo)
18戦11勝(地方12戦9勝)主な勝鞍 4歳以上1000万以下

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。