サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
今までゲームバランスが変更されたり、ここまで大規模に新種牡馬、繁殖牝馬が追加されるなんてなかったのでとても驚きました。
※重要なお知らせ※
ウマ娘を目的にお気に入り登録をしていただいた皆様には申し訳ないのですが、本作は馬生編とし、ウマ娘編は完結後にプロットを組み直し別の小説として投稿しようと計画しております。
それに伴ってウマ娘編のプロローグは削除予定とし、ジャンルをオリジナル/スポーツへと変更させていただきました。これまでと変わらずお読みいただければ幸いです。
本編は・・・あれ、坂路の歴史説明回になってる・・・?
『はっ、はっ、はっ・・・!』
「いいぞ、その調子だ!セキトバクソウオー!」
吉里ステーブルに入厩して2週間。
俺は体育会系のおっさんに見守られながら毎日のように走り込んでいる。俺に疲労がないってこともあってか、おっさんとセンセイとの協議の末に組まれたメニューはかなりハードだ。
今日もトレッドミルが終わったら休憩を挟み、吉里ステーブルご自慢の坂路コースで登坂の予定。
・・・因みにここの坂路、美浦の物を超えていると耳に挟んだが、この時代だし、流石に嘘だよな?
まあ、走り込んでいると言ってもトレッドミル・・・ヒトでいうランニングマシンの上でひたすら動いているだけだから、景色が変わるとかそういった楽しみは殆ど無いのが残念。
『んーと、あの脚はどうやってだしたんだか・・・痛てっ!』
「こらー!走り方が乱れているぞセキトバクソウオー!!」
京王杯のラストの脚がどうして繰り出せたか思い出そうとしたら、真面目にやれとすかさずムチが入った。こりゃあそんな悠長なことをしている暇なんてないな。
ところで、このトレーニングは人を乗せずに行っているんだが・・・最初は背中に何も乗っていないだけでこうも長く走れるものなのか、と驚いた。やっぱ斤量ってかなりの影響があるんだな。
殺風景な一区画に閉じ込められるのは苦手だが、おっさんの腕がいいのか、トレーニングとの相性が良かったのか、スタミナ自体はちょっとずつ身についているような感じだ。あくまで個人(馬)的な感想だけども。
そうして規定の時間とスピードで走り続けると、ピーというブザーの後に、ゆっくりとトレッドミルのスピードが落ちていく。トレーニング終了の合図だ。
『はぁー、はぁー・・・今日もいい汗、かいたぜ』
いきなり止まるのではなく、息を整える為と身体の負担を減らす為に並足位のペースでしばらく歩き続ける。こういうところも沢山の馬を育て上げ、ノウハウの積み重ねがあるが故なんだろうな。
「よし!今日もいい走りだったな!少し休んだら坂を上がるぞ!」
『うひぃー!?』
完全に止まったトレッドミルから出されると、おっさんは息が上がった俺を褒めてくれたが、やっぱりメニューは全然優しくないな!
『うおりゃああああああ!こうなったらやったらぁぁぁ!』
『何あれ!すっげー!』
『速ーい!』
「これが重賞を勝つ馬の手応えか!」
こうして休憩を挟んで後半のメニューである坂路を駆けている訳だが・・・うん、もう半ばヤケクソ。やつあたりのようにぶっ飛ばしたら調教中の2歳馬も、背中にいるスタッフさんも驚いてた。
抑えろという指示がないのをいいことに、長い坂路を爆速で駆け上がっていくが、その内に違和感を覚える俺。
『あれっ?何か、長くね?』
気のせいだろうか?坂道が美浦トレセンより長いような。おいおい、ここは只の育成牧場だろ?
「よし!行くぞ!スパートだ!」
『あ、はい!』
困惑しながらも背中のスタッフさんからムチが飛び、スパートの指示が出たことで俺は再び走りに集中する。
『はあああっ!!』
後ろ脚で地面を捉え、前足もより遠くの地面を掴むように・・・完璧なストライド走法で、飛ばす!
「ここまで・・・!これでG1未勝利なんて信じられないな」
『へへ、そうだろー?』
スタッフさんからのお褒めの言葉に気を良くしながら、更に坂路を蹴って頂上を目指し続けた。
それから僅か数十秒後。
やっぱり坂路が長いって思ったの、気のせいじゃなかったわ。
しかも前半で飛ばしまくったのが祟ったか途中でスタミナが切れるし。
ひぃこら言いながら、走れども走れども永久に坂道が続くような錯覚にすら襲われ、ようやくゴール地点へと辿り着くと、スタッフさんが首を叩いてから手綱を引いた。
「はい、無事登頂」
ああ、助かった。スピードを落としていく。
『はぁ、はぁ、はぁ・・・』
それにしても立派な坂路だ。美浦以上なのは確実だが、栗東にも負けてないんじゃないか?
広めのコースは開放感があるし、万が一放馬なんかのトラブルが発生したときも衝突事故とかが起こりづらいだろう。
そして、厚めに敷かれたウッドチップは筋肉にはしっかりと負荷をかけつつ、馬にとっては命と同義である脚の骨を守る。
「下り、行くよー」
『はい! あ、坂路が・・・』
クールダウンを兼ねて下り坂をキャンターでゆっくり、ゆっくりと下っていく。その途中で下のトラックコースから別れた坂路コースのウッドチップが壁のように長く続いているのが見えた。俺はここを登ってきたのか。
その下に広がる充実した施設群はこの坂路以外殆どぺたんと平らに広がっていて、関東平野っていう言葉を改めて認識する。
・・・現代の競馬は、西高東低、つまり栗東トレセンの馬が強くて、美浦トレセンの馬はそれに劣るなんて言われてしまっているが、その原因の一つとして挙げられるのが、この坂路。
競走馬の後躯に負担が集中することで、トモを鍛え、推進力とパワーをつける調教である坂路のコースが日本に初登場したのは、1985年のことだ。
その頃は関西から遠征する馬の方が弱くて、関西重賞の勝ち馬が関東の競馬場の坂に負けて故障するっていう事態が頻発したらしい。今となってはまるで信じられないけどな。
そして、関西馬がクラシックで全滅したのをきっかけに坂に弱いのをどうにかしよう!と設置された全長1085m、高低差32mの坂路コースは、ノウハウが確立されると同時に絶大な威力を発揮した。
それはすなわち東西の勢力の逆転に他ならない。
当然美浦も坂路コースを求めたが、しかし、その頃には美浦トレセンの中は既に施設で一杯。同じように対抗しようとしても、坂路を造るための用地が無かったのだ。
またJRAも第二次競馬ブームの中にあってその建築を渋り、その後関係者の声に押されてかろうじて建築できた坂路コースも、平坦な地形に邪魔をされ栗東のものには到底及ばなかった。
それによって生まれた、ストレートに言ってしまえば馬の実力による東西の格差。
近年は特にダートレースでの差が酷くなっているらしく、2011、12年の2年間に至ってはダート重賞で優勝できた関東馬はそれぞれ一回だけ、たったの2頭だったそう。
それがいずれも坂のない札幌競馬場で開催されたエルムステークスとなれば、美浦トレセンの面々はいよいよもって頭を抱えるしかなかっただろう。
その後2度の拡張工事が行われ、全長1200mと長さでは勝ったものの、その高低差は18mと栗東と比べると見劣りしてしまう。
コース形状で負荷をかけられるような工夫がなされたが、未だ東西の格差の解消には程遠いのが現状だ。
だが、俺が知る限り現在(2021年時点)美浦トレセンの坂路は前半部分を掘り下げて、高低差33mと栗東に匹敵するコースへと工事中。
盛り土が無理なら逆に掘り下げてしまうとは。工事の話を聞いたときはその手があったかと目からウロコだったなあ。
その完成の予定は2023年の12月・・・坂路コースの登場から約40年。真の坂路コースを得たその時、かつて自分を追い越した栗東に美浦は追いつけるのか。
・・・なんて、仰々しいことを言ってみたが、馬の平均寿命って20年前後らしいから例え俺が無事に引退できたとしても、新時代を見守れるかは怪しい所。
その結末は、80歳くらいまでは生きられる人々に託すとして。
まさか巡り巡って平野が原因で西高東低なんて言われてしまうほど馬の実力に差が開くなんて、昔の人は思いもしなかったろうな。とこの眺めを見ながら思った。
と、蹄から伝わる地面の感覚が平坦なものに変わる。
『おっと、坂はおしまいか』
坂路コースの下り部分を終えて、トラックコースに合流。後はクールダウンで軽く流して、これで一週。
「はい、今日はこれでおしまいだよ、お疲れ様」
予定通り走り終えると、手綱をぎゅう、と引かれて立ち止まる。スタッフさんが背中から降りて、これにて本日のトレーニング終了だ。
そのまま手綱を引き手代わりにコースから出ると、ゆっくりと歩いて後は割り当てられた馬房へと戻るだけ。飼い葉を食べる以外には明日までやることもなく馬房でゴロゴロ・・・。
という訳にはいかなかったな。というかできなかった。
『・・・』
何も言ってくることはないが、周りの2歳馬たちが、目を輝かせながら俺を見ているのだ。
特にその中の
そうか、発端はこいつか!大方すごい速かったとか言いふらしたんだろう。子供にとってすごい、速い、大きいは憧れ四天王だからな。え、3つしかないって?あとの一つは・・・知らん!
俺もヒトだった時、幼い頃は親やアニメのロボットとかに憧れたりしたもんさ。我ながら納得できる答えが見つかったものだと自画自賛しながら様子を見ていると。
『ね、あの
『うん、ご飯を持ってきてくれる人が言ってたから間違いないよ』
どこから聞いたのか俺が重賞を勝っているということまで聞きつけていたのだから、大人も子供も噂ってのは脚が速い。
憧れ、羨望、或いは目標として?こうも後輩たちから熱の籠もった視線で見られていると、だらしない姿を見せるわけにもいかず。
もじもじしながら何か言いたそうな彼らや彼女らを見ていると・・・もう駄目だった。
『質問、あるんだろ?俺でよかったら答えるぜ』
俺がそう言った瞬間。興奮したような声を上げた2歳馬たちからの質問が、四方八方から襲いかかってきた。
『ふへぇ・・・』
結局朝から始まった質問の数々は夜飼いを貰って日が落ちて、2歳馬たちが一頭残らず寝静まるまで続いた。いやあ、疲れたわ。一日でこんなに喋ったのはヒトだった時以来だ。
どうやったら速く走れるの?とか本番のかけっこってどうやったら勝てるの?ってのは分かる。大事なことだから俺がわかる範囲で一つ一つ丁寧に答えておいた。
どこで生まれたの?とかなんでここに来たの?ってのもまだ分かる。これには俺が生まれてから今までの話をじっくり語り聞かせた。勿論前世の人成分は抜きで。
だが、突如無邪気な声で『タネツケってなーに?』なんて質問が飛び出してきた時には、びっくりして食ってた飼い葉を吹き出してしまった。ああ勿体無い。
君たち、ここは育成牧場だぞ。一体全体そんな言葉をどこで聞いてきたんだ・・・あ、生まれ故郷か?
だが、やたらと興味津々な2歳馬たちにはまだ早すぎる、まだ知らなくていいよって誤魔化して。
質問してきた子は釈然としない様子だったが、他にいい手段を俺は知らん。
というか早いところは仔馬が生まれて一週間、ベストを尽くすなら出産から一ヶ月くらい開けて種付けをするから、この子たちだってよっぽどのことが無ければ、その、母馬の「コト」を見てるはずなんだよな。
衝撃的すぎて記憶が吹っ飛んだのか、幼すぎて覚えていないのか。それともただただ種付けってワードと結びついていないだけなのか。いや、これは本人にしか分からないな・・・。
しかし子供のパワーってすごいな。
親戚の子供なんかと数年ぶりに会って、久々に体を動かすかーってやると体力差と遊び方の違いに愕然とするあの感覚に似たものを俺は感じた。
俺も2歳の時は、先輩たちからあんな風に見えていたのだろうか?なんて懐かしむ。
だが、床に寝そべっていびきをかく彼も、壁に寄りかかって静かに寝息を立てている彼女も。いずれ己の生死が掛かったレースに参加しなければならないのだ。
もしそれを勝ち抜いたとしても、先に待っているのはより苛烈な文字通り身を削る親としての戦い。
そう思うと、今日は名前が決まったと純粋に喜び、本番の
果たしてこの中で何頭が勝ち上がることができるのだろう。
甘いって言われるかもしれんが、せっかく出会えたんだ。こいつらにも生きていてほしいと願うのはワガママなことだろうか?
・・・ああ。慣れない考え事はするもんじゃないな、沢山質問に答えて、考えて。疲れたもんだから瞼が重くなってきた。
馬の睡眠時間っていうのは長くても一度に30分ほどだと言う。しばらくすれば、目を覚ました2歳馬たちによって再び賑やかさが戻ってくることだろう。
そのときはまた質問攻めに合うのだろうか?今の状態でそれは非常に困る。せめて体力を回復したいな。
『ん・・・ふあ~ぁぁ・・・』
身体が休息を求めているのか、大きなあくびが出た。
そうだな、ここは可愛い後輩たちに倣って、俺も一眠りするとしよう。
そうと決まったら俺も瞳を閉じて・・・。
それから10分もしない内に厩舎の中の寝息がまた一つ、増えたのだった。
セキト、順調にパワーアップ中。
次回更新は月曜予定ですが・・・作者がダビスタを遊び倒して、更新できない危険が・・・。