サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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史実馬の出来事に関しては事実を調べながら脚色いたしましたが・・・間違い、勘違いなどがあればご指摘いただければ幸いです。


セキト、ただいま特訓中 その2

吉里ステーブルに入ってから2ヶ月とちょい。ヒトのカレンダーで言えば、8月。

 

この時期に入ると太陽の下に出ればじりじりと身体を灼かれるような暑さに襲われ、夏真っ盛りといった感じである。

 

だが、やはりと言うか何というか俺はヒト時代の酷暑の経験があるため、暑いとはいえ発汗が増えたくらいでほぼノーダメージ。飼い食いも動きもほとんど変わらないためかスタッフさんに驚かれると共に、妙に感心された。

 

そして、俺が吉里ステーブルに来て、トレーニングを開始してから毎日のように走り込んでいた吉里ステーブル自慢の坂路コース。

  

慣れって怖いな。最初はあれ程バテていたっていうのに、タイムは縮む一方だしなんだか最初よりも楽に駆け上がれるようになってきた気がする。

 

その代わりと言うべきなのか?トレッドミルに関しては走り続けられる距離があんまり伸びなかったんだよな・・・なんでや!

 

 

とまあ、自分自身へのツッコミは置いといて。今日も日課の坂路一周を終えて馬房に戻ると、ふと外からセミの声が聞こえてきた。

 

これが聞こえるくらいには静かになってしまったんだな、と思いつつ厩舎の廊下に顔を出す。

 

目に映るのはコンクリートの地盤が剥き出しになり、空っぽになった馬房。一つや二つどころではなく、殆どの馬房がそうなっている。寝藁まで撤去しているのは、一度消毒する為だそうな。

 

居なくなった連中の行き先は分かっている・・・トレセンだ。春から初夏にかけて、十分に鍛えられたと判断された2歳馬は入厩の時を迎え、競走馬として旅立つ。

 

その時期を迎えただけのこと・・・なんだけど。

 

 

『しかしこうもバタバタと入厩されちゃあ、寂しいな。お前もそう思わないか?』

 

隣の馬房の2歳馬に声をかける。こいつは同じバクシンオーの息子という事もあってか、特に俺を慕ってくれたかわいい後輩の一頭だ。

 

『んん?』

 

しかし、いつもなら元気な返事が返ってくるはずなのだが、それが無いことを不思議に思って首を伸ばして隣を覗き込むと。

 

『・・・朝までは居たんだけどなぁ』

 

後輩は、寝藁とニオイだけを残してその姿を消していた。そういえばコイツ、昨日だか一昨日だか坂路を走りきったら凄い褒められたって喜んでたな。基準タイムをクリアしたから入厩したのか・・・。

 

俺に羨望の眼差しを送っていたこいつもだが、向かいの馬房にいたアイツも、食べすぎて喉を詰まらせ、鼻からチューブを突っ込まれる騒動を起こしたアイツも。

 

一頭残らず競走馬として門出を迎え、残されたのは微かなニオイだけ。ガランとした厩舎に寂しさを覚えたが、それだけの数の馬がここまで順調に成長できたという意味合いであり、非常にめでたい事なのである。

 

今、吉里ステーブルに残っている馬は俺の様な現役で身体を鍛えたり鈍らせないために預けられた馬か、入厩した後やそれ以前に何らかのアクシデントによってここに居ざるを得ない馬だ。

 

 

・・・と。この時期にしては珍しく、なにやら入口の方が慌ただしくなってきたと思ったら。スタッフさんに引かれて、見たことのない奴がやってきた。

 

近くの馬房に入ったから最初は早めに1歳が入ってきたのかもと思ったが、スタッフさんの扱い方や立ち振る舞いがどう見ても違う。

 

そいつは、『あ、どうもっス』とどこかぶっきらぼうに挨拶をしてきた鹿毛に大きな流星を持った牡馬。なんとなくだが体格は俺より一回り小さいか、同じくらいに見えた。 

 

 

 

それから数日間、観察していて分かったんだがこいつは主張がハッキリしていて、スタッフさんに引かれながらも暴れたり立ち止まったりすることがある。

 

パワフルなその様はとても新馬とは思えなかったが、丁度新馬戦とかなんとかの話が聞こえてきたから、一応2歳なのだろうと結論づけることができた。

 

しかし名札が間に合っていないのか、馬房に名前が書かれていなくてなんと呼べばいいのかわからないな・・・よし、2歳馬だから仮称を2歳君としよう。

 

丁度スタッフさんが馬房の前で2歳君の話をしていたのだが、皆厳しい表情をしていて何か難しいトラブルが起きているのだと感じ取る。

 

ここはよーく耳をすませてスタッフさんの話を・・・ふむふむ、新馬2着?おお、やるじゃねーか。

 

 

でも、え?尻尾?

 

 

いや、まあ俺だって馬の尻尾に骨があるのは知ってるけど。

 

 

・・・はぁ!?

 

 

そこがぽっきり折れました!?

 

 

 

 

 

『むーん・・・』

 

『あの・・・先輩?何を悩んでるんスか?』

 

『いや、ちょっとな』

 

解決策を求めて呻く俺に、2歳君が不思議そうな顔で尋ねてきた。まさか君のことで悩んでいるなんて、言える訳がない。

 

というかよく年上だと分かったな、と聞くと。名札に名前と年齢が書いてあるんで、と教えてくれた。そりゃそうだ。今日来たばかりの2歳君の分が間に合ってないだけで、俺の分はしっかり貼ってあるわな。

 

どうしたものかとスタッフさんの話を色々と盗み聞きした結果、2歳君がどうしてここに戻ってきてしまったのかはよく分かった。

 

まさか尻尾の骨折とはな。症例が無いことはないそうだが・・・珍しいのも確か。とにかく骨を折ったり、神経を損傷したりで脊椎との接続が切れると・・・当然尻尾が動かなくなる。

 

実はこれ、大したことないように見えてかなり由々しき問題なんだそうで。

 

勿論生きていくだけならばなんの問題も無い。

 

しかしボロを出す時なんかも尻尾が上がらないからブツが尻尾の毛に引っかかる訳だ。そうなると衛生上頻繁なブラッシングが必要になり、手間がかかる。

 

それだけじゃない。まだ研究段階で詳しいことはわかっていないが馬が全力疾走する時に尻尾でバランスを取っているという一説があり、それに従うならば尻尾が動かないと言う事は全力のパフォーマンスを発揮できないのと同義であり、競走馬としては、絶望的。

 

とは言っても、疾病で尻尾を切断せざるを得なかった馬や生まれつき尻尾がない馬が勝利を上げたりしていて、その説はやや懐疑的になっていくのだが・・・それは俺がいるこの時代からすれば未来の話。

 

それを教えてあげたくとも人語は喋れないし、俺の前脚にあるのは器用な指ではなく、重い身体を支えるための蹄だ。

 

うん、今の俺にはどうしようもない。お手上げだ。2歳馬くんの尻尾の明日はスタッフさんの努力次第だろう。

 

だが、尻尾を使わない走り方ってのはあるかもしれん。だって俺、走っている途中で一度も尻尾なんて意識したことないんだよ。

 

それで間違いなく多くの馬よりは速く走れている訳なんだから・・・『あの・・・先輩』

 

『お?なんだ?』

 

尻尾を使わない走り方ってどんな走り方なんだろうと思考し始めた所で、2歳君が話しかけてきた。

 

『先輩も、身体をどっか悪くした感じなんスか?』

 

『・・・いや、俺は合宿・・・身体を鍛えるためにここに来たんだ』

 

そうだと言ってやりたい気持ちもあったが、少し考えて毎日坂路を爆走している身でそう言い張るのはキツイだろうと素直に答える。

 

『そっスか、いや、オレみたいなのが珍しいだけっスよね・・・』

 

2歳君は明らかに気落ちした様子で、はぁとため息をついてからうつむいていた。耳まで垂れてしまって、随分とションボリしている。

 

『まったくダッセーっスよ・・・レースでは2着、次は勝つんだって意気込んでたら、ケガしちまったし、それがまさかの尻尾って・・・』

 

『おいおい、尻尾だからって甘く見るなよ』

 

尻尾のケガは厄介だ、と体育会系のおっさん・・・吉里(よしざと)さんというらしいが、その人が言っていた。

 

小さいからすぐくっつくのではと侮るなかれ。他の場所の骨と違い、尻尾の骨は一度完全に折れると完全には治らないそうなんだ。

 

しかも手術しようにも神経はくっつかないからな。小さい場所には小さい場所の苦労がある、というか繊細な分大きい場所より手がかかる場合すらあるから生き物って不思議だ。

 

『分かってるっスよ・・・昨日、オレをシバキまくるおっさんが言ってたんっス。オレ、もしも尻尾が動かなかったらここで引退だって・・・』

 

2歳君が、承知した上で絞り出すように言った。

 

『まだ一回しか走ってないのに・・・次は勝てるって思ったのに・・・こんな、こんな小さな尻尾の骨一つでオレの馬生(じんせい)が終わっちまうなんて・・・カッコ悪いにも程があるッスよ・・・でも・・・!』

 

ぎり、と歯を食いしばる2歳馬君。ああ、やはりどれほど立派に見えても、堂々としていても。中身はまだまだ子供の2歳馬なんだと改めて認識して。

 

そんな馬が、全くのアクシデントから引退の危機に晒されている。その幼い心身で、どれほどの恐怖と悔しさを覚えているのか。

 

できるならば俺はその苦しみを全身で受けとめてやりたかったが、馬房に遮られている以上それは叶いそうにない。

 

『誰かに引っ張られても、持ち上げられても、動かそうと思っても・・・尻尾がどうなってんのか、何も・・・何も、分かんねーんっス・・・!』

 

そこまで言って、2歳君の目から、涙が溢れだした。

 

しかし、全くの健康体で、馬房を抜け出すことも叶わない俺が下手に励ましたところで、傷つけてしまうかもしれない。

 

そう思うとどう声をかけて励ませばいいのかも分からず、沈黙していたその時だった。

 

 

 

「ギム!」

 

『アニキ・・・?』

 

『吉里さん!?』

 

吉里さんが、何やら見慣れぬ機械をもって厩舎の中に入ってきた。ギムってのは2歳君の名前か。

 

んー・・・電動マッサージ機のような、違うような。ありゃ一体なんだ?

 

「ガハハ!どうだ!最新式の超音波振動機だ!」

 

『なんじゃこりゃ・・・』

 

警戒心を解くために、馬房に入りながら2歳君ことギムにその機械をしっかりと見せる吉里さん。それに興味を示した彼の鼻がふんふんと動いている。

 

そしてそのゴツイ指がパチンとスイッチを弾くと、機械はモーター音を響かせながら激しく振動する。あ、これって。

 

機械を持ち出した目的を察した俺に対し、未だその正体が分からないギムは困惑している。

 

『えっ、えっ』

 

「じゃ、行くぞー」

 

実際は聞き慣れない音にたじろいでいたのだが、特に警戒をしていないと判断した吉里さんはそのまま謎の機械を尻尾の付け根へと接触させた。南無三。

 

すると。

 

『あ、あひゃぁっ!アヒャヒャ!ちょ!なんっ、これ!め、ちゃくちゃ!くすぐってぇよ!アヒャヒャヒャヒャ!!』

 

さっきまでの湿っぽい空気はどこへやら。ギムがくすぐったい、くすぐったいと大笑いし始め、その反動で四肢をバタつかせ始めた。

 

「おっとぉ!きついか!きついだろうな!しかーし!ギム!お前の尻尾を治すには、これしかないのだ!」

 

右へ左へ、くすぐったさから暴れるギムの蹴りが当たらない絶妙な位置へ移動しながら、謎の機械を当て続ける吉里のおっさん。曲芸かよ。

 

・・・真面目に言えば十中八九、アレは超音波治療だろう。俺も世話になった。マッサージにもいいが、神経の再生にもある程度の効果があるんだそうで。

 

となれば手に持っているのは超音波器具。人間用だとマッサージ機なんかでよく見かけるアレに近い。とある方面の同人誌なんかでも人気だな。

 

ん?今、エ○ロいことを考えてなかったかって?・・・否定はしない。だが、警告しておく。あれは完全に間違った使い方だからやめておけ。

 

何がとは言わないが謎の液体から漏電して感電死・・・ってのも普通にありえるからな?昔、少し調べただけでそういう手のニュースがわんさかでてきたから「誤用による事故」って後を断たないんだなって。

 

と。ギムの尻尾が、僅かだがピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。

 

『・・・あぁっ!ギム!お前!尻尾!尻尾動いてる!』

 

僅かではあるが、動いた。動いてくれたのだ。まだ希望は、ある!

 

『あっ、えっ、アヒャヒャ!ホントだぁっヒャヒャヒャヒャ!!』

 

相変わらず、くすぐったさから大爆笑しながらも、引退の可能性が低くなったことが嬉しいのか、ようやくその笑顔から暗さが消えた気がした。

 

 

 

「よーし、今日はこんなもんか!」

 

『はぁ、はぁ、はぁ・・・疲れた・・・』

 

それから10分くらい経って、ようやく超音波から解放されたギムは、疲労困憊といった様相で寝藁に横たわっていた。

 

まあ、そりゃそうか。マッサージされている間ずーっと笑いっぱなしだったからなぁ、というか寧ろよく耐えたよ。

 

『・・・よう、ギム。尻尾はどうだ?』

 

タイミングを見計らって俺がそう声をかけると。

 

『んー・・・動かない・・・っスねぇ。でも、さっきよりは感覚とかが戻った気がするっス』

 

ほう。さっきの治療だけで感覚がマシになるとは、これは案外早く治るかもな。

 

「おお!ギム!尻尾を動かすのは・・・まだ無理そうだが、なにか掴んだって顔をしているな!」

 

『ああ!アニキ!』

 

えっ、何このおっさん。ナチュラルに馬の思考を読んでるんだけど。怖い。

 

そう思っていたら、吉里さんはくるりとこちらに身体を向けてから、サムズアップ。

 

「バクソウオーよ!私のように長年馬に携われば、この位は容易いのだ!」

 

いや、容易いってか・・・アンタみたいなのがこの世に何人もいてたまるか!

 

「そう言ってくれるな、寂しいではないか!馬とトレーニングは努力を裏切らないのだぞ!」

 

うわあ!?このおっさん、俺の思考もほぼ完璧に読んできて気持ち悪いよお!思わず逃げるようにして馬房の奥へと引っ込むと。

 

『アニキ・・・先輩にフラレたッスね』

 

とギムは言い。

 

「バクソウオー!私はいつでも!君が心を開いてくれるのをまっているからなー!」

 

という吉里さんの見当違いな叫びを聞きながら、俺は昼下がりの昼寝に入ろうと必死に目を閉じた。

 

 

 

 

それから、毎日のように超音波治療を受けたギムの尻尾は段々と回復していった。

 

徐々にだが乗り運動も始まり、俺がアドバイスをすると、早速それを取り入れては脚が速くなったと喜んでいたな。

 

勿論それだけじゃなく、時にはイタズラの方法を教えたり、ヤバいと思ったときに体調不良に見せかける方法などなど・・・。

 

色々仕込んでおいたから、もう一頭(ひとり)でもきっと大丈夫だろう。

 

そして、ギムの尻尾も大分動くようになり。これなら近い内に再入厩できるだろうと吉里さんが太鼓判を押した時。

 

 

遂に俺がトレセンへと帰る日がやってきた。

 

 

馬房から出され、馬運車に乗る支度をしていると、ギムが顔を出して話しかけてくる。

 

『先輩!世話になったッス!先輩は東に行くって言いましたよね?オレは西なんスけど・・・名前が先輩のとこまで届くよう、テッペン獲ってやるっス!』

 

意気込みを示すように、前掻きをするギム。

 

『はは、そんな意気込まなくても、無事に走ってくれれば大丈夫だって』

 

そんなに気負わなくていいぞと笑うと、スタッフさんのよし!という声が聞こえた。いよいよ帰りの支度が整ったらしい。いつの間にやら4つの脚全てにプロテクターが装着されている。

 

 

『センパーイ!お元気でー!』

 

スタッフさんに「行くよ」と促され、いよいよ厩舎から立ち去るその時、ギムが激励と、惜別の念を込めて大きく鳴いた。

 

ギム、競走馬っていうのは、お前が思っている以上に厳しくて、辛くて、理不尽な世界だ。

 

けれど・・・負けんなよ。

 

 

『そっちこそなー!』

 

色々な思いを込めつつ、こちらも負けじと嘶き返してやる。 

 

 

それが、ギムとの最後の会話になった。

 

 

 

敢えて振り返ることはせず、背中に焼け付きそうなほどの視線を感じながら俺は馬運車に乗り込んだ。

 

次はどんな相手が来るのか、どんな場所なのかは知らないが。

 

誰であろうと、どこであろうと。俺は俺、セキトバクソウオーのレースをして、勝つだけだ。

 

かわいい後輩たちに、カッコいいところを見せてやるためにもな!

 

 

 

 

 

こうしてセキトは熱き勝負の地へと再び戻っていったが。

 

『オレも、先輩みたいに・・・!』

 

走り去る馬運車を見ながら厩舎に一頭、残される形になったギムは静かにそう誓いを立てていた。

 

「おお!気合が入っているじゃないか、ギム!」

 

『アニキ』

 

その姿をみた吉里がその頭を撫で、瞳を見つめて語りかける。

 

「お前は!ここが始まって以来の大物と私は見ている!」

 

『うわ、うっせぇ!』

 

その声はささやきと言うにはいささか大きくギムは一瞬耳を倒したが、それでも普段の吉里からは一応声の大きさを下げていて。

 

 

「大舞台!お前なら必ず行けるぞ!『タニノギムレット』!」

 

『・・・うす』

 

 

その口がギムの・・・タニノギムレットの名を呼べば、彼の馬は、少々恥ずかしげに応えたのだった。

 

 

 

そして、タニノギムレットはセキトとのテッペンを取るという誓いと、吉里の期待に応えようとする思いで尻尾の骨折を克服し。

 

 

一年後のダービーで奇跡を起こすのだった。

 




鹿毛の大流星の馬は割と多くいる為、セキトはこの馬がかの破壊神ダービー馬タニノギムレットであることにまったく気づいておりません。

それと話は変わりますが、某動画サイトのデスメタル?をBGMにしたタニノギムレットの動画の荒ぶりっぷりが面白かったです。
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