サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
休養の甲斐あって作者のコンディションもだいぶ復活しましたので、無事に連載再開となりました。
新年一発目はマンハッタンカフェとアグネスタキオンの閑話からスタートです!
セキトが吉里ステーブルで鍛錬を重ねていた時のこと。
放牧によって無事に馬体重を戻したマンハッタンカフェは、本州程ではないにしても真夏の太陽に照らされ、それなりの暑さが包む北海道は札幌競馬場に居た。
春のアザレア賞ではガレきった状態であったせいか惨敗を喫したが、初夏にかけての休養を終えた彼はこの富良野特別で競馬場へと戻ってきたのだ。
電光掲示板にて表示された馬体重+46kgの表示が、観戦に訪れた人々をざわめかせる。
「いくらなんでも増え過ぎじゃないか」、「ここは叩きかな」といった意見が飛び交う中、いざ姿を現したマンハッタンカフェ。
それを見た者たちは順々に+46kgの増加っぷりは成長であると誰しもが認め、頷いた。
マンハッタンカフェの生まれ故郷は、国内最大手の馬飼ファーム。その積み重ねられた長年のノウハウと最新の施設が、体重増加と能力アップを両立させた。
馬体に無駄な肉は無く、普段はとろんと下がっているはずの目尻は漲る力を現すかの様に真逆になって天を突き、パドックを歩む一歩一歩にはしっかりと力が入っている。一体これのどこが太めだと言うのだろうか。
『(今日は、絶対に勝つ・・・!)』
久々であるにも関わらずその身に纏うは一度触れればたちまち切れてしまいそうなナイフの様な雰囲気。これでこそ大種牡馬サンデーサイレンスの子だと言わんばかりの勢いはプロアマ問わず馬券師たちの心を射止めたか、マンハッタンカフェは単勝一番人気に支持された。
そのまま何事も無く騎手が騎乗し、返し馬、輪乗り、そしてゲートインと特に大きく予定が崩れることもなく進む。
『富良野特別・・・スタートしました!』
『あっ、しまった!でも、焦らない・・・!』
「落ち着いているか、本当に大人びたな」
その日、マンハッタンカフェは久しぶりのレースのせいか、それとも気負っていたせいか、少々遅れ気味の体制でゲートを飛び出した。
鞍上が感嘆する声を耳で受け取りつつも、どうせ長旅なのだから多少考え事に耽っていても怒られはしないだろうと放牧中の出来事を思い出す。
『タキオンくん・・・』
同期であり、無敗の皐月賞馬となった憧れの馬と思わぬ邂逅を果たしたのはつい数週間前のこと。
トレーニングが無い日、マンハッタンカフェが青草の茂った放牧地で自由時間を過ごしていたら隣の放牧地に誰かが放たれた。
それが気になってふと顔を上げたら、アグネスタキオン張本人だったという訳だ。
突然の対面に緊張し、何も言えなくなったマンハッタンカフェにアグネスタキオンは。
『やぁ、どうも。確か君は・・・そうだ、マンハッタンカフェ君だ。確か一緒に走ったことがあったね』
と気さくに話しかける。
『え!?ボクのこと、覚えてるの!?』
一度走っただけであり、ましてや着外に敗れた自分のことを覚えてくれているとは思ってもみなかったマンハッタンカフェは、びっくり仰天。
『はっはっは!いいリアクションだね!』
そのリアクションが愉快だったのか、アグネスタキオンは笑い声を上げた。それで少し恥ずかしくなったマンハッタンカフェは、なんとか話題を逸らそうと話を振る。
『そういえばタキオンくん、ここにいるってことは・・・今はお休みなんだよね?次は何のレースに出るの?』
実のところマンハッタンカフェにとって、アグネスタキオンがどのレースに出るかなんて、あまり関係ないの無い話だった。
あの馬は強かった、ここはこうしたら良かったとレースの走り方の話や、他の話題に繋ぐためのクッションでしかなかったのだ。
ところが、そのセリフを聞いた途端アグネスタキオンの表情が冴えないものに変わる。
『あ・・・いや。お休み・・・ではあるんたけどね』
そう前置いてから、アグネスタキオンはマンハッタンカフェに、自らが晒されている事実を伝えるべきか否か迷った。
『どうしたの?』
少なくとも目の前で首を傾げている彼にとっては、大きな衝撃となるであろう、自らの進退の話を。
『札幌第12レース、富良野特別、先頭を引っ張りますのはモリノワールド、5馬身ほど開いて二番手にマル外シュプリンゲン。並ぶようにしてタヤスタモツが居ます。一番人気マンハッタンカフェは後ろ、後方から2、3頭目辺りのポジションか』
「マンハッタン?まだ脚を溜めるぞ」
『・・・あ、うん!』
マンハッタンカフェは、背中の鞍上に声をかけられたことで現在へと意識を戻した。
結局あの後、アグネスタキオン自身の口からもうレースをするには危ない身体であること、そして恐らく引退・・・レースから身を引き、父親となるのだと告げられた。
アグネスタキオンはマンハッタンカフェにとって、同い年である。つまりまだ3歳の筈だ。それが、翌年には父親になる?
正確に言えば馬という生き物は11ヶ月の妊娠を経て誕生するため、アグネスタキオンが本当に父親になるのは翌々年。
しかしそれでもマンハッタンカフェにとって、アグネスタキオンが親になると聞かされた衝撃はかなりのもの。自分ならまだ走りたいと駄々をこねてしまうだろうな、とマンハッタンカフェは思った。
ここで一周目の4コーナーを過ぎる。
直線では目の前を走る馬たちの迫力にスタンドが湧いたが、中山の重賞を経験したマンハッタンカフェにとってはなんてことのないものである。
「札幌は半分がカーブで出来ている・・・前に行かなければ厳しい、が」
その背中にまたがる騎手が、前の方を見やりながらふと声を漏らしていた。
札幌競馬場は、非常に緩やかなカーブを描いているため、楕円というよりは円に近いコースだ。
そして、その分直線は短く、ほぼ高低がなく真っ平らなコースであるというのも特徴的な点である。
そのため非常に先行や逃げ切りが決まりやすく、そうはさせまいとする後方の人馬は駆け引きが重要となってくる。
しかしこのレース、先頭を走るモリノワールドは思いきって二番手を5馬身以上引き離しての大逃げを打っており、それが展開を難しくしていた。
このまま放っておけば、勝手にバテるかもしれないが、一番先にゴール版に飛び込まれてしまうかもしれない。
「・・・マンハッタン!少し位置を上げるぞ!」
『うん!』
そこでマンハッタンカフェの鞍上は、少しずつ位置取りを上げることに。これならばラストスパートで足が残っていない、なんてことはないだろう。
じわりじわりと押し上げて二週目の第2コーナーで9番手。そしてバックストレッチでは脚を溜め、3コーナーでは8番手。
『あわわ・・・!飛ばしすぎたぁー!』
そして、3コーナーを抜けるかという所で、遂に大逃げをかましていたモリノワールドの脚が止まった瞬間。
「行け!マンハッタン!」
『分かったよ!!』
マンハッタンカフェのトモにムチが飛んだ。
『はああああっ!』
溜めていた力を解き放ち、風のように駆けていくマンハッタンカフェ。
4コーナーを抜けるあたりで既に4、5番手あたりに付け、直線での抜け出しを図る。
『3歳なんかに勝たせはしねーっての!』
それに付いてきたのは、二番手を進んでいたシュプリンゲン。以前のマンハッタンカフェならば怯んだが最後、あっさり先頭を譲ってしまっていたであろう。
『(来た!年上の馬だ、やっぱり怖いよ・・・でも、タキオンくんと、約束したんだ!)』
だが、今のマンハッタンカフェにはアグネスタキオンと交わした約束があった。
『時にカフェ君。ジャングルポケット、という馬を聞いた事はあるかい?』
『ううん、分からないや』
引退の話を聞いて数日後。ふとアグネスタキオンの方から、ジャングルポケットという馬の話を振ってきたのだ。しかし、問われた馬の名は残念ながらマンハッタンカフェには聞いたことのないものだった。
『ポケット君はね、私が皐月賞で負かした馬なんだが・・・彼が、今年のダービーを制したんだそうだ。私のいない、ダービーを』
『ダービー・・・!』
マンハッタンカフェは、その単語に聞き覚えがあった。
「センセイ」と呼ばれる厳しさと優しさを同時に持った人間も、背中に跨っている「ヘビイサン」という人間もしきりにその言葉を口にしていた時期があった。
しかし最近はめっきり聞かなくなって、忘れかけてさえいたのだが、たった今、アグネスタキオンのおかげでその意味をはっきりと思い出せた。
生涯一度の大舞台。
一頭の馬が、一回出られるか出られないか。
そう、全ての馬にチャンスはあるが、一生で一度しかチャンスは巡ってこない。
そのたった一度を勝てる、出られると言われながらも、運命のイタズラによって出られなかった馬がここに二頭。
方や
方や
競走馬にとって命であり商売道具である脚を屈腱炎に蝕まれたアグネスタキオンの復帰は、恐らく叶わない。
だが、マンハッタンカフェならば?
精神の未熟さが原因だと言うならば、時間はかかるが、いつかは大舞台へと上がるかもしれない。そう気がついたアグネスタキオンは、ここで出会ったのも縁だ、とマンハッタンカフェに語りかけていた。
自らの夢と、希望を託すために。
『カフェ君。私が見るに君は、実に長いところに向いた身体と性格をしている。そこで頼みがあるんだ』
『な、何?』
マンハッタンカフェにそう頼み事をしようとするアグネスタキオン。平静を装ってはいたが、微かにその身体と声が震えていた。
それは『ダービーにだって、出れてさえいれば自分が勝っていたのに』という彼の自信と、悔しさの現れ。
アグネスタキオンが普段見せることは無い、
栗毛の馬体から漏れ出すオーラは圧倒的で、マンハッタンカフェに身じろぎすら出来なくさせた。しかしその一方で、マンハッタンカフェはアグネスタキオンの姿から目を離すことができなくなっていて。
ああ。これが。
目指すべきものなのだと。
なぜだかそう感じて、しっかりと両目に焼き付けていた。
『はっ!・・・ふぅ。見苦しいところを見せたね』
やがてアグネスタキオンは動けなくなっているマンハッタンカフェを見て自らが無意識に威圧していたのだと気がつき、首をぶるりと振るう。こういうところは、やはり彼も一介の若駒であるらしい。
『カフェ君。改めてお願いしたい』
それから一呼吸置いて、いつも通りの雰囲気へと戻ったアグネスタキオンは続けた。
『君にとってベストであろう大舞台・・・クラシック最終戦の菊花賞。そこにはきっとダービー馬のジャングルポケットも出てくる。本来ならば私自身の仕事だが、それは叶いそうに無くてね。君を巻き込んでしまうのは本当に申し訳無いが・・・』
君も菊花賞に出て、是非ジャングルポケットを倒してほしいんだ。君ならやれる。
その言葉に、マンハッタンカフェはそれでアグネスタキオンの気持ちが晴れるなら、やれるだけやってみる、と返して。
アグネスタキオンはその言葉に満足げな表情を浮かべると、期待しているよ。と告げた。
こうして、超光速から摩天楼へと、約束と共に静かに夢は託されたのだった。
『そうだ、タキオンくんを思い出すんだ・・・!』
『どーした3歳クン、年上の古馬は怖いか?』
富良野特別、最終直線。
競り合いながらニヤニヤ笑い、何か喋っているシュプリンゲンを無視してマンハッタンカフェはあの日牧場で見たアグネスタキオンの姿を思い出した。
勿論他の馬に、隣を走られることはまだちょっと怖い。しかも今日の相手は年上。
だが、放牧地のアグネスタキオンは『絶対負けない、勝つのは自分だ』と、あふれる程の威圧感を生み出していた。あれと同じことが出来れば、とマンハッタンカフェは思考する。
その源泉は、きっと心の強さ。そして、レースに対する揺るぎない思い。正に今の自分にとって足りないものだ。
悔しさを滲ませるほどの思いとは、一体どれほどのものなのか。今のマンハッタンカフェにはまるで分からない。
それでも、自分にだって確かな思いはある。前に進むため、恐怖をねじ伏せマンハッタンカフェは息を吸って思い切り叫んだ。
『ボクはッ!!もう負けたくないッ!!』
そして、競り合っていたはずのシュプリンゲンを、少しずつ、少しずつ引き離していく。
『んなっ!?クソッ!3歳のボウズに勝たせるかよ!』
マンハッタンカフェが力尽きるのを待てば勝てると確信していたシュプリンゲンは想定外の事態に驚きの声を上げ、加速しようとするが。
『ぐっ・・・!なんで、伸びねぇ・・・!?』
今の脚が彼の・・・シュプリンゲンの最高速であった。
『負ける・・・もんかぁあああああ!』
マンハッタンカフェは、そのまま速度を落とす事なく短い札幌の直線をひた走る。
そして。
『マンハッタンカフェ!ゴールイン!3歳馬のマンハッタンカフェがやりました!古馬を蹴散らしこの富良野特別を制したのはマンハッタンカフェ!2馬身ほど離れた2着はシュプリンゲン、3着は・・・』
漆黒の馬体が、いの一番にゴール板を駆け抜けた。
「やったぞ!マンハッタン!」
『あ、あれ・・・?』
必死になるあまり周りが見えていなかったマンハッタンカフェは、手綱を引かれてようやく我に返る。
辺りを見回しても、近くに馬は居ない。
そして、首筋に感じた衝撃でやっと勝利を自覚した。
『・・・えへへ、そっか、ボク、勝ったんだね・・・』
結果だけ見れば古馬を相手に2馬身差・・・完勝と言って差し支えなかった。
少し朦朧としながらも、純粋に勝利の喜びを噛みしめるマンハッタンカフェ。
それでも、心に深く刻まれたアグネスタキオンとの約束を忘れはしない。
『(確か・・・きっかしょー、だよね。そこに出て、ジャングルポケット君を、ボクが倒す・・・できるかな・・・いや、やらなきゃ!)』
そうして意気込むマンハッタンカフェは、二週間後には同じく札幌で行われた阿寒湖特別を制し、無事オープン馬へと昇格する。
本
隆盛の時を、迎えようとしていた。
その数日後。
8月29日に、アグネスタキオンの馬主によって正式に彼の引退と馬飼スタリオンステーションでの種牡馬入り、そして一ヶ月後には引退式が開かれることが発表され。
競馬ファン達は超光速の貴公子の、早すぎる引退を惜しんだのだった。
※今回の後書きは完全な余談です。
年末年始のウマ娘無料ガチャ、事前に爆死していたお陰?なのかエイシンフラッシュ(被り)、タマモクロス、流鏑馬ルドルフ、ジュエルで回して晴れ着ウララ、オマケに単発チケットで晴れ着オペラオーと大豊作でした。
サポカの方もアドベさん、フクキタルとSSRが2枚出たので、もう余は大満足じゃ・・・(昇天)。