サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

4 / 103
もし現実のセリや規則に抵触してしまうような描写があったとしても、この小説の世界ではそういうものだと思っていただければ幸いです。

・・・お気に入りがいつの間にか100件突破したんですが。未だかつてない伸び方に正直ビビってます。


いざセリへ、俺のお値段、ハウマッチ?

日本の競走馬の取引は、馬主が直接牧場に出向いたり、連絡を取ったりと直接的に取引を持ちかけ、売買が成立する庭先取引が八割を占めるという。

 

しかしそれは言ってしまえば牧場にとって面識のない馬主や、嫌悪している馬主との取引を断ったり、新たに馬主になった人物が個人的な理由で質のいい馬を手に入れられずそのまま競馬界を去るということも起こりうる。

 

そこで日本競走馬協会(Japan Racing Horse Association ,JRHA)はより自由で開かれた取引の実現の為、日本最大規模のセリ市を98年から開設すると発表する。

 

それがJRHAセレクトセール、現代では良質な馬と億単位の取引が当たり前のように飛び交う世界にも劣らない規模のサラブレッドのセリ市なのである。

 

 

 

「あ"ーーー・・・暇!」

 

東京のとある民家。十代後半くらいの女性が、広々としたリビングでくつろいでいたかと思えば、いきなり手足を伸ばしてそう言い放った。

 

「急にどうした、朱美(あけみ)

 

その様子を見ていた父親が女性の名を呼ぶと、彼女は不機嫌そうに呟いた。

 

「だってさー、パパのお馬さん、お母さん馬も仔馬も売っちゃって、残ってた子も全部引退しちゃったんでしょ?」

 

この親子は名字を天馬と言う。

昭和の初めから馬に携わり続け、親子二代で

オーナーブリーダーを勤め上げる中で多くの名馬と栄光を勝ち取った家筋である。

 

しかしながら平成に入ってサンデーサイレンスを初め

トニービン、ブライアンズタイムといった外国産種牡馬の台頭や種付け料の高騰、それに反比例した内国産血統の価格の下落により生産業を引退し繁殖牝馬と仔馬は売却、今年の春には現役で走っていた馬も全て引退したのだった。

 

「お馬さんが見たい!禁断症状じゃー!」

 

「はは、これは参ったな・・・」

 

幼い頃から馬に触れ続け、一ヶ月に少なくとも一度は父の愛馬の勇姿を見に競馬場を訪れる。

そんな生活をしていた彼女にとって、この数ヶ月ほど

一生の内で退屈な時間は無かっただろう。

 

話に出てくるお馬さんとは、サラブレッドのことであると父は分かっている。

かつて朱美が牧場で放牧されていた馬を見る目は、他でもなく「競走馬」に魅せられた目であった。同じ馬でも、

ポニーや乗馬では駄目なのだ。

 

どうしたものかと思案する父、実次(さねつぐ)は、テーブルの上に置かれたセリ市の案内を見つけた。そういえばまだ

馬主資格を返納していなかったな、と思い出し一つの案を思いつく。

 

「朱美、実は今年から開催されるセリ市があるんだが・・・」

 

 

 

 

XX98年、7月某日。

記念すべき第一回セレクトセールの会場に、天馬親子はいた。

 

「ふふーん♪おっ馬っさんっ♪わったしっのおっ馬っさんっ♪」

 

「こら、セリの会場で必要以上に騒ぐんじゃない」

 

上機嫌な朱美だったが、周りの人間はむしろその後ろにいる父、実次へ視線を集めていた。

 

「おい、見ろよ天馬さんだ」

 

「新しい馬を買いに来たのか?」

 

「とうとう外国血統に乗り換えるのか」

 

良質な馬の取引を目的としているというこのセールに、

一度は引退を表明した昔からの馬主が現れたことで名門復活の期待を寄せる者もいた。

 

しかし、彼らは知らない。今日の実次はただただ一個人として娘のお願いを叶えに来ただけなのだということを。

 

「パパ!本当に新しいお馬さんを買っていいのね!」

 

「ああ。ただし狙うのは二歳馬、1億以内で、一頭だけだぞ」

 

「一発勝負ってことね!おっけ、燃えてきた!」

 

父の発言を受け、張り切る朱美。

そう、実次は失効していない馬主資格を使って馬を買い、その馬を朱美に譲渡しようと考えたのだ。

 

「今日は前日展示だ。気になった馬は外に出してしっかり見せてもらえるそうだからしっかり見て回ろう」

 

「おお!相馬眼に関しては頼みましたぞ父上!」

 

テンションが上がったことで、父の発言にサムズアップする朱美。実次は苦笑いしながら「変なところがある馬だったらすぐに止めるからな」と釘を差した。

 

 

「パパ、この子は!?」

 

「足が曲がってる、走る走らん以前の問題だ」

 

「パパ!」

 

「血統はいいが、馬体のバランスが悪い」

 

「パパ」

 

「見た目はいいがそれだけだな」

 

次々と気になった馬を見る天馬親子だったが馬主として昭和を生き抜いた実次の容赦ない相馬眼に、馬を引くスタッフの顔がもれなく引きつっていく。

 

その様をみた朱美は、父親に対し、ため息を付いた。

 

「パパ、言い過ぎ。牧場の人が可哀相」

 

「朱美、私は事実を言っているだけだぞ、それにこういう職業の人間は甘やかすと後々碌なことにならないんだ」

 

「そうじゃなくて!言い方があるでしょ、言・い・か・た!」

 

「む・・・!黙っていれば父親に対してその態度はなんだ!」

 

「問題なのは私じゃなくてパパの態度でしょ!?」

 

親子喧嘩が始まりそうになったその瞬間、

 

「ひひいぃ〜ん!」

 

仲裁するように近くの馬房で一頭の馬がいなないた。

 

 

 

「うあぁ〜っ、もう、どうすればいいんだよぉ」

 

俺はセキト。元人間で現サラブレッド。

今日は生まれ故郷を離れ、セリに出るため厩舎で待機しています・・・右回りに歩きながら。

 

なんで馬房をぐるぐる回ってるのかって?

 

こうしてないと落ち着かないんだよ。

 

セリに出るって言ったろ?そのセリが、まさかの日本一のセリ、セレクトセール。そう、日本一。

 

それだけで緊張してしまうのに、生まれた牧場が無名なせいか誰も俺を見せてくれと言いに来やしない。その人の来なさたるや、さっき担当してくれてるスタッフさんがあくびをしてた。

 

慣れてる人はいいよなぁ、俺はこんな大舞台、初めてだよ。

 

ここでセリ落とされれば少なくとも2歳までは気が楽になる。けれど落とされなければ秋、秋にセリ落とされなければ冬・・・とずるずる馬主探しが続いて気になって仕方なくなってしまう。

 

こうなったら目の前を通る人を呼び込む作戦で・・・といきたいところだったが生憎ここは角部屋、つまり厩舎の一番奥。

 

厩舎の出入り口は、馬栓棒越しにはあまりに遠すぎた。

 

こうなったら脱走とか派手なパフォーマンスを、とか考えてたら、人間よりも遥かに性能が高い耳が騒がしい声を捉える。

 

これは喧嘩か?男と女、というより父親と娘って感じだ。

不穏な気配を察したのか周りの馬たちも鼻を鳴らしたり、前脚を搔いたりと落ち着かなくなってきた。

 

これはやばい、パニックになる前に早急に喧嘩を止めねば。

そう思って思いっきりいなないてやったら、さっきまで言い争っていた声はぴたりと止んだ。うむ、これでよい。

 

・・・と、おお?入り口から人が二人入ってきたぞ?

もしかしなくても、呼び込み大成功?

 

若い姉ちゃんがスタッフさんに「さっき鳴いた子は〜」とか聞いてるし、これは大チャンス。

 

すかさずもう一度鳴いて、前掻きも付けてサービスしちゃう。すると姉ちゃんは俺の存在に気がついて、笑顔を見せながら歩み寄ってきてくれる。

 

そして俺の最大の特徴に気づいた。

 

「えっ、ちょ、やば、赤い!何このお馬さん!メッチャ赤いんだけど!」

 

うん?

 

「すごいすごい!なにこの毛色、すっごい好みなんだけど!しかもおでこに炎マークっぽいのあるし!」

 

姉ちゃん、ひょっとしなくてもギャルって奴ですかい?というかおでこに炎マーク?初耳なんですが。

 

「パパ!見て見て!すごいよ!こんな赤いお馬さん見たことない!」

 

姉ちゃんが手招きすると、その・・・かなり強面な男性が馬房を覗き込んできてちょっとビクッとした。

若いときの渡○也かよ。

 

お父さん、どうも初めまして。俺はセキト、サラブレッド牡一歳です。

 

「ほう・・・なかなか立派な面をしてるじゃないか」

 

「でしょ!?それにさ、ほら!この馬のパパもすごいんだよ!」

 

なにやら二人で本のようなものの1ページを指さしている。あれが目録ってやつで、俺の情報が載ってるのか。

 

「なるほど、サクラバクシンオーか。悪くないと思うぞ」

 

おお!俺の父親、ずっと気にはなっていたんだが、やっと読み上げてくれる人が現れた!お父さん、ありがとうございます!

 

牧場の馬房の横に貼り付けられてる名札にはサクラロッチヒメの○○(数字は読めなかった)としか書かれてなくて、ずっと父名は空欄だったんだよな。

 

ここに来たら来たで「血統はお手持ちの資料でご確認ください」って感じで馬房には上場番号しか貼られてねぇし!

 

あーすっきりした・・・それにしてもバクシンオー、バクシンオーかあ。いや、がっかりしたわけじゃねぇぞ。むしろ種牡馬としてはサンデーサイレンスにも負けない「大あたり」の部類だ。

 

ここだけの話、前世の俺は大ブームを巻き起こした競走馬擬人化ゲーム、ウマ娘をやっていて、サクラバクシンオーはかなりお気に入りのキャラだった。それを考えるとむしろ大勝利とすら言いたくなる。

 

ただ、記憶に間違いがなければバクシンオー産駒ってごく一部を除いてスプリンターかそれに近い適正の馬ばっかだったような。

 

そのスプリンターっぷりたるや母父スーパークリークの馬が短距離重賞を勝ってるって言うのをどっかで見たときは衝撃を通り越して笑ってしまったっけなぁ。

 

となると俺もスプリンターってことになるのか?日本の重賞でスプリントってのは結構あるけど、G1ってなると高松宮記念とスプリンターズステークスの2つしかないよな?

 

どちらかを勝てればとりあえずいきなり処分ってことはないだろう。一先ずそれが目標かな、というかバクシンオーってとっくに亡くなってたような・・・?

 

「アンジェリカの血が濃いのが気になるな、馬体を見たい。そこのスタッフさん、すまんがちょっとこいつを外に出してみてくれないか?」

 

はい初外出決定。そうか、おっさんが言ってた「名牝のクロス」ってアンジェリカのことだったのか。そうだな、スターロッチの影に隠れがちだけど確かに名牝だ。

 

スタッフさんがわかりやすく指示を出してくれるので俺もそれに従って動いてみせる。

 

歩く、右旋回、左旋回、停止。基本的にはその4つの動きだから俺にとっては難なくこなせる・・・というかこういう類の訓練をした覚えがないんだが。よく考えなくてもおっさん、恐ろしいことしたな。

 

「うむ!バランスも悪くないし素直な馬だ。朱美、いい馬を見つけたな」

 

「えへへ、あとは1億以内で収まるのを期待するだけだねー」

 

どうやら俺はこの親子の太鼓判をもらったようだ。これで馬主に関しては大丈夫だろう・・・ん?なにやら視線を感じる?

 

どうにも落ち着かず辺りを探ってみると、遠くから当歳のセリに出る子だろう、大きめの流星が目立つ黒い仔馬が母親の陰からこちらをじっと見つめていた。視線の正体はこの子か。

 

ここは一年上の先輩として、堂々としたふるまいを見せてやろう、とビシッとポーズを決めてやった。すると純粋に目をキラキラと輝かせて・・・非常に可愛い。

 

その直後に俺は馬房に戻ることになってしまったが、正直あれは忘れられないレベルの可愛さだった。名も知らない仔馬ちゃんよ。世間は厳しいがどうにか頑張って競走馬になってくれ。

 

 

 

ーその後、セレクトセール当歳馬の部にてー。

 

 

「ねぇおかーさん、さっきとってもかっこいいひとがいた」

 

「あらそうなの、良かったわねぇ」

 

「うん、あかくてね、たくさんにんげんさんがいるのにびしーっとしててね・・・」

 

「あらあら、とってもかっこよかったのね。今からあなたもビシっとしなきゃいけないんたけど、ちゃんとできる?」

 

「うん、ボク、がんばってみる」

 

 

『続きまして上場番号○○○番、サトルチェンジの98、牡の青鹿毛。父サンデーサイレンス・・・』

 

 




というわけで主人公の父はサクラバクシンオーでした。

「最速」という言葉で察した方もいらっしゃったと思います。

第一回セレクトセールの概要を見ていて驚いたのが、バクシンオーの半弟も出品されていたんですね。

この時の〇〇の98とか落札価格を見ていると、この馬があの競走馬かと感慨深いのと同時にやはり落札価格と競走能力は関係しないんだと痛感させられます。

次回更新も翌日22:00予定、一気に命名から入厩まで駆け抜けます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。