サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
今日はパドックであの人が!?
かなり重要なシーンの筈なのに・・・あー、もっと表現力が欲しい!(願望)
「・・・もう問題ありませんね、飲み薬はまだ続けた方がいいですが、他は以前の生活に戻られても大丈夫です」
何度目かも分からない通院。何度行われたか分からない程慣れきった検査。2年目に入って半年以上が経過した今日、ようやく引き出せた結果は、待ち焦がれた治療完了の4文字だった。
「本当ですか!」
「ええ、本当によく頑張りましたね」
歓喜の声を上げた僕を、主治医の先生が微笑みながら祝福してくれる。
でも、しかしと前置かれて、こうも告げられた。
「しかし・・・以前のように馬に乗れるかどうかは、また別問題です」
確かにこの2年間、僕は今までの人生からは信じられないほど馬と距離を置いていた。
それは治療の為であり、かつてのトラウマを身体から消し去る為でもある。
競馬場は勿論、乗馬クラブ、場外馬券売り場や人の多いところなんかも禁止。勿論、馬である以上、僕の赤き相棒とも接触禁止の命が下っていた。
しかしそれらも、たった今消えてなくなったからね。
騎手免許は返納したから今なら馬券だって買えるし、乗馬クラブに通って馬に乗るのも僕の自由だ。
けれど、せっかく競馬場に立ち入ってもいいと言われたんだから、まずは。
「とにかく、まずはこいつの走りを間近で見てきます」
「いいですね、事故にお気をつけて」
僕は、先生に競馬新聞を見せながら、その一面に躍る相棒の首筋を撫でた。
〜セントウルステークス当日 阪神競馬場〜
『・・・ふぁあ〜・・・朝か・・・』
吉里ステーブルでの合宿を終えた俺は、車酔いとかなんやかんやとあったものの阪神競馬場へと入厩。無事に次のレースの朝(真っ暗だけど)を迎えることができた。
出された朝飼いは完食、体調も良好。輸送で体重が落ちてしまっていたから一応様子見ってことで調教を中止して馬場を走らない軽い調整になったりもしたけど、経過も概ね順調。
その内体調も良くなって大分落ち着いたし、今週は追切も行った。
日課である引き運動の途中で周りを見渡すと、馬も人も飛び交う言葉は関西弁だし、厩舎も美浦とは違う色彩だ。
それから東京よりも水が美味い!水ってこんな美味しかったっけ?
「よーし、こんなもんか。セキト、調子はどうだ?」
『ブルルッ』
俺がまだ体調を崩しているのでは?と身を案じるおっさん厩務員に、お陰様でかなり良くなったぞ、と鼻を鳴らして応える。彼は、今回都合がつかず来られなかった馬口さんに代わってやってきた代理の厩務員だ。
「お、だいぶ元気になったじゃねーか」と嬉しそうに笑ってからおっさんは太島センセイに電話を掛け、無事にGOサインを貰えていたからなんとかリカバー出来たようだ。
今日出走するのは、勝つことができれば昨年に続く連覇となるセントウルステークス。
それにしても、セントウルステークスか、去年はえらい目に合ったな。と思い返してみる。
古馬との初対決、初の関西遠征、初の骨折など初物尽くしだった。どうせなら最後の初はいらなかったけど。
『それよりも、メンバーだよなぁ』
もし、今年も去年と同じように豪華なメンバーが集まるなら、それなりのダメージは覚悟していかねばならないな。
G1制覇の前に故障は避けたいし、順調に行くならばあと一月でスプリンターズステークスだし。
「そろそろ時間だな、セキト!」
なるべくなら弾みをつけたいとか、ダメージは残したくないとか色々考えている内に、とうとう装鞍所に行く時間となった。
『第11レースに出走する各馬は、規定の時刻となりましたのでパドックへの移動をお願いします』
「さ、行くぞ」
装鞍所で馬具一式を装着し、待機しているとメインレースに出走する各陣営にパドックに移動するよう放送が入る。
いよいよ出番だ。
『おうよ』
おっさんに引かれるままカポカポと蹄を鳴らしながら歩みを進め、やがて地下からパドックに射す光が見えてきた。
恐らく、京王杯に出走していたG1馬の連中も、何頭か出ていることだろう。今回も激しいレースになるな、と予想を立てて。
脳裏に一年前のセントウルステークスの光景が浮かぶ。
あれは、俺が骨折してしまったように実に激しいレースだった。寧ろ剥離骨折で済んだのがラッキーな位だと獣医は言っていたしな。
それ故に、嫌なIFばかりが頭の中を駆け巡る。
もし、もう少し早く無茶をしていたら。
もし、もう少し相手が食い下がってきていたら。
・・・もし、俺の脚が完全に折れていたら?
『・・・おぉう』
最悪の妄想にたどり着いて、身体をブルリと震わせる。それと同時に、競走馬って、そういう生き物じゃないのか?という思いが浮かんだ。
約80%の確率を抜けて母の腹に宿り、11ヶ月もの間あらゆる事故や出来事を避け、耐え抜き、そしてようやく出産を乗り越えてこの世に生まれたかと思えば、育成、そしてレースと人工の障害が待ち受け、そして運良くその全てに勝ち抜いても種付け・・・と、数え切れない程の『死』の入り口が大きく開いている。
そんな、ありとあらゆる確率をすり抜けたほんの一部の幸運な馬だけが、栄光や安寧を手に入れる。
冷静に見れば不条理でしかないが、これが機械と言う衰えもしなければ食料を食べたりもしない鉄の馬が闊歩する現代に残された数少ない生身の馬にしか出来ない仕事なのである。
ここまでご高説を垂れたが、結局は当の俺だってヒトの頭を背負っているとはいえいきなりその世界に放り込まれた一頭でしかない訳で。
そこに生きる者・・・サラブレッドである以上、いつ何時、アグネスタキオンの様に故障したり、最悪の場合はサイレンススズカの後を追ってもおかしくないのだ。改めて覚悟しなきゃならないなと気を引き締める。
幸いにしてこの身体の脚は一級品。レースに勝って生きることは、十分できる。だったら引退しても生きて生きて、この身体に定められた寿命まで・・・死因はありません、老衰ですと言われるくらいにまで、生き延びてやるだけだ。
そうと決まれば、もう怖いものはない。
G1馬?怪物?どんな奴だろうと関係ないね。とにかくかかってこい。この脚が壊れるまで、全力で相手をしてやるよ。
そうやって息巻いてパドックへ踏み出して。
―そこまでは自分でもかっこいいと言えたんだけどなぁ。
『うわっ!?ヤバいのが来た!?』
『何だあいつ!?怖い!』
『・・・へっ?』
何頭かを除いて一線級とは思えぬ態度で一斉にビビり倒す出走馬たち。
なんか変だぞ?俺はこれから並み居るG1馬たちと走るんだよな?
呆気にとられていると、平気そうな顔をしている馬が二頭・・・どちらも顔見知りのテネシーガールちゃんと、ダイタクヤマトがこちらを見ながらそれぞれ呆れたような顔と、苦笑いをしている。どういうことだってばよ。
パドックを周回しながらも意味を理解していない俺を見かねたのか、その内ダイタクヤマトがこちらを見た後、頭で電光掲示板を指しだした。
『ん?なんだ?掲示板?出走馬がどうかしたのか?』
俺もそれに倣って出走馬を見ると。
第15回 セントウルステークス(G3)
① ダイタクヤマト 牡7
➁ サンライズアトラス 牡7
③ オルカインパルス 牝6
④ クルーピアスター 牝5
⑤(父)セキトバクソウオー 牡4
⑥(市)[地]シュウタイセイ 牡4
⑦(外)ロードキーロフ 騙6
⑧(外)テネシーガール 牝4
⑨ ヴィエントシチー 牡5
⑩(地)ジョーディシラオキ 牝4
⑪ カルストンライトオ 牡3
⑫(父)フレンチパッション 牡4
⑬(父)オーソリティー 騙7
⑭ ノボリユキオー 牡5
『・・・へっ?』
あ、あれ・・・?ダイタクヤマト以外のG1馬は・・・どこ・・・?
というか殆どの連中が、誰?としか言いようがない件。とくにシュウタイセイとやら、カク地でマル市って馬柱がカオスだなオイ。
オッズを見る限り有力とされているのは、ダイタクヤマト、俺、テネシーガールちゃんの3頭で、他は二桁オッズ。
はぁ。なんだこのレース。
気合入れて損したような、凶悪メンバーじゃなくて安心したような・・・。
「よし、ちゃんと走れそうだね、セキト・・・セキト?」
『あ、獅童さん。移動すんのか?』
ダイタクヤマトがいるとはいえ、想定以上の層の薄さに俺は拍子抜け。そのまま獅童さんを乗せて馬場へと向かおうとした時だった。
「セキト・・・」
『・・・ん?あれ、今・・・あッ!?』
恐ろしく小さいながらも、客席から俺に向けて放たれたであろう声を、しっかりと耳が捉えた。
まさか、と身体が震える。
それは、ずっとずっと、待ち焦がれたあの人の声。
『ヒィーンッ!!』
そして、間違えるわけもない、あの日、俺の前から忽然と消えた懐かしい後ろ姿を見つけ、嘶いた。
「セキト・・・?」
ざわめく客席の中で、出口に向かおうとしていた「彼」の動きが止まる。
「セキト!?いきなりどうしたんだい」
急に落ち着きを無くした俺を宥めようと首を撫でる獅童さん。本当に済まない、この声だけは、何があっても逃しちゃいけないんだ!
「うわっ、と!?」
地下馬道へと歩む隊列と、獅童さんの指示を無視して、俺はフェンスのぎりぎりまで客席へと近寄った。そこから大きなどよめきが起きる。
『ヒヒィィィィィーーン!!』
もう一度、大きく嘶いてどうか行かないでくれ、また俺を置いていくのか、と訴えかける。
悲痛な思いを乗せた俺の「声」は「彼」の耳にも届いたのだろう。身体を震わせていた。
抱える思いは感動か、後悔か、喜びか、それとも或いは別の感情か。
とても俺にそれを理解することはできないが。
「全く・・・お前ってやつは・・・今日は観客に徹して、再会するのは厩舎って、決めてたんだけどなぁ・・・」
やがてその震えが収まると、「彼」はゆっくりと振り返って、静かに、でも確かに俺と目を合わせてくれた。
やっぱりだ、近づいて来るにつれて、はっきりとしてくるあの目も、鼻筋も。
「彼」だ、「彼」に間違いない。
とうとう帰ってきた。帰ってきてくれたのか!
嬉しさを隠しきれず、前掻きや足踏みをしたりが止まらない。
次第に周りのお客さんも、「彼」の正体に気がついたのか、驚きつつも一人、また一人と横に退いて、俺へと繋がる道を作り出す。
「まさか・・・!」
その顔がはっきりとしていくにつれ、獅童さんもハッとした様に声を漏らした。
「セキト、っ・・・」
最前列までやって来た「彼」は、思わず俺に向かって手を伸ばそうとして、それを引っ込めようとする。
・・・パドックでは、関係者以外が馬に触れる行為はご法度。つまり、ここで俺を撫でることは出来ない。
だが、しかし。
本当は撫でるよりも抱きしめたいんだろう?俺だってそうだよ。
『ほら、よっ!!』
だから、敢えて俺の方から鼻先を伸ばして、その手に触れた。
その瞬間、レースで勝った訳でもないのに、客席から自然と拍手が起きた。
まさか、馬の方から手に触れに行った場合なんてのは、ルールブックに書いてないだろう?これは俺が起こしたアクシデントであって、ジュンペーに非はない。
そして、再会の喜びをありったけ詰め込んで。思い切り叫んだ。
『ジュンペーーーッ!!』
「セキトッ・・・!僕も、会いたかった・・・!」
・・・そう。今、俺の目の前にいるのは、2年前に俺の前から姿を消した、岡田順平、その人だった。
しかし、その時間も束の間、ハッとした様に誘導馬を操って近づいてきた職員が、「早く地下馬道へお願いします」と直ぐに終わりを告げてきた。
・・・気がつけば、パドックにいる馬はその誘導馬と俺だけ。
本当はもう少しジュンペーとの再会を楽しみたかったのだが、これでは仕方あるまい。これ以上進行が遅れるのは競馬場にとっても、他の馬にとっても迷惑になる。
『じゃあな、ジュンペー、勝ってくる』
ゆっくりと、名残惜しくもジュンペーから離れる俺。寂しさを隠せない背中を向けた時、力強い言葉が飛んできた。
「・・・セキトッ!!もう少しだ!来年の2月!そこで僕は騎手に復帰する!!もう少しだけ、待っててくれっ!」
来年の2月。覚えたぞ。2月だな?
『了解だ!必ず戻ってこいよ!!』
本当の「ただいま」まであと半年。
ならば、それまでに俺はG1馬になって待っていてやろう。
その為にも、ここは負けらんねぇな!
『そぉいっ!』
「セキトっ、またこれーっ!?」
ジュンペーの言葉に応えてから嘶いて立ち上がり、京王杯でもやってみせたナポレオン?ポーズを披露する。獅童さん、度々すまんな。
俺はジュンペーを含め呆気にとられている観客を尻目に、先に行った誘導馬を追って足早で地下馬道へと潜る。
あれだけ失ったはずの気合は、はち切れんばかりに高まっていた。
・今回の被害馬
なし!
突然の治療完了報告サプライズジュンペーに、不調から絶好調になったセキトのレース結果は・・・どうなる!?