サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

44 / 103
文字数こそ過去最高に及びませんでしたが、情熱は叩き込みました!
セキトバクソウオー初のスプリンターズステークス、お楽しみください!


本走、スプリンターズステークス(後編)

『メインレース、スプリンターズステークスの発走時刻が迫って参りました。例年と比べると数こそ揃いませんでしたが、スプリンターズステークス連覇か、春秋スプリント制覇か、それとも新たな馬が台頭するのか。非常に見応えのあるレースとなっています』

 

俺がヒトとして生きていた時代でも、今の俺の親父になぞらえてアワシマバクシンオーの名で親しまれていた、実況の淡島アナがそう煽る。

 

最速の称号を掛けて集った俺たちは、それぞれ返し馬を終えると中山競馬場のコースで最も象徴的な部分と言える「おにぎり」の部分・・・外回りのコーナーで輪乗りをしながら、ゲートインの時を今か今かと待っていた。

 

『(ぜってぇ、負けねぇ・・・!)』

 

この一戦・・・G1への気持ちだけならば、俺が一番だと思っている。

 

2歳の末に出走した初めてのG1は、朝日杯だった。ここはジュンペーのアクシデントで全力を出しきれず、3歳の時は故障もあって距離の合わないNHKマイルカップで惨敗したのが唯一の出走。

 

そして、古馬となり春を迎えて臨んだ高松宮記念でハナ差の2着・・・今でもたまにああしておけばと駆られることがある位には、悔しかった。

 

 

「準備できました、お願いします」

 

今までを振り返っていると、ゲートの方から係員の声がした。

 

そちらを見ればいつの間にやらすっかり準備が整っていたようで、各々の誘導が始まっている。

 

「さ、頑張ろうか」

 

『あぁ、分かってるさ』

 

リラックスしたような様子の獅童さんに促され、俺もゲートへと向かう。G1制覇が手の届きそうなところにあると言うのにこの余裕。流石ベテランだ。

 

あと一歩、あとほんの少しのところで俺の元からすり抜けていったG1タイトルを、今度こそは逃すまいと固く心に誓って1番ゲートに身を収める。

 

 

しかし、それは他の奴とて同じこと。年に2回しかない1200mのG1。この最速の宴に出たならば、最早参加賞だけでは満足できないのは自明の理だ。

 

『ここは、僕が勝たせてもらおうかな』

 

連覇のかかるダイタクヤマトは連勝を決めた昨年のスワンステークス以来惜しいレースはあるものの勝利から遠ざかっていて、何が何でももう一つ、とG1の肩書きを欲しており。

 

 

『ここも勝てば、ボクが一番速いってことだよね!』

 

春秋連覇を目指すトロットスターも気合十分、全くスキのない仕上がり。安田記念の大敗からか人気こそ落としているが油断ならない一頭で。

 

『私も、G1馬に・・・!』

 

他にもメジロダーリングや、

 

『ここで勝てば、将来安泰、ウハウハ生活だ!』

 

ゼンノエルシドなど、続々とゲートに収まる出走馬たちのその表情は、皆が皆己が最速であることを信じている。

 

 

これが、最高峰。どいつもこいつも、自分を疑わない強さを遺憾なく見せつけてきて。

 

 

しかし、少なくとも今日だけは。

 

 

今だけは、こいつらを全員倒さねばG1馬の称号は得られない。

 

 

『・・・本当に勝てるのか?』

 

これだけ快速馬が集まったんだ。どう転んでも壮絶な展開になるだろう。ふと気がついたその事実に、ほんの少しだけ不安が口から飛び出して。

 

すると獅童さんが、俺の不安を読み取ったのか首の根本を撫でながら囁く。

 

「バクソウオー、どうしたんだい?ジュンペー君に、いいとこ見せるんだろう?」

 

『・・・!』

 

その名前を聞いた瞬間、俺は雷が落ちたようにハッとして、背筋を伸ばした。

 

そうだ。今日は見に来ているかどうかわからないけれど・・・いや。きっとこの場にいなくともテレビか何かで俺の勇姿を見守ってくれている筈だ。

 

遠く離れた相棒に、こんなだらしない姿は見せられねえ。前脚を強く踏み込み、首を伸ばしてバタバタと振るい臆病な考えを追い払う。

 

『おし!もう大丈夫だぞ!』

 

ヒヒンと力強く鳴いて、獅童さんにいつでも行けるぞと声をかける。

 

「たった一言でこんな・・・やっぱり君は・・・いや、何でもないよ」

 

『何でもないってなんなんだよ、獅童さ・・・』

 

 

『ワアアアアアア・・・!!』

 

 

そんな俺の様子を見た獅童さんが珍しく悔しそうな顔で何か言いかけて、それを気にした俺の意識は、スタンドから上がった歓声に遮られた。

 

何か起きたのかと驚きかけた俺を、場内に響き渡る淡島アナの声が平静へと引き戻す。

 

『スターターが台に上がりました、第35回スプリンターズステークスG1、いよいよファンファーレです!』

 

そうか、ファンファーレだ、と理解すると同時に聞き慣れた旋律が流れ出した。

 

 

 

 

♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜

 

 

 

 

 

 

 

♪♪♪♪〜♪♪♪♪〜

 

 

 

 

 

 

 

♪〜♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪ 

 

 

 

 

 

 

 

♪〜♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

♪♪♪♪〜

 

 

「ウオオオォォァァァァァァァ!!」

 

 

 

大観衆の声が生み出す音の大波が、中山の隅から隅までに広がっていく。

 

とはいえ、スプリンターズステークスのスタート地点はスタンドのほぼ真反対。ほとんどの馬は影響を受けることもなく、黙々とゲート入りは進んで。

 

 

『最後は大外フィールドスパート収まって・・・体制完了。この高速馬場で、67秒の壁は破られることになるのか!』

 

最後は押し込まれるようにして3歳のフィールドスパートがゲートに入って、体制完了だ。

 

電撃の6ハロン。泣いても笑っても、1分少々後には、俺たちはゴールラインを割っているだろう。

 

その時先頭にいるのは・・・俺だ!!

 

 

『スタートしました!』

 

俺はゲートから光が射したその瞬間、扉を押し破るくらいのつもりで飛び出した。

 

 

『ややばらついたスタートォー・・・しかし好スタートはテネシーガール、快速ですね!』

 

馬群の先頭へ飛び出していったのはテネシーガールちゃんだった。淡島アナが褒めるくらいの快速を活かし、いつものように逃げ切りを図るのだろう。

 

俺も過去一と言っていいほどの抜群のスタートを切れた筈だが、それでも何頭かの馬の加速に置いていかれてしまったし、こりゃスタートダッシュも課題だな。速すぎてもあれなんだろうけど。

 

 

『あれ、思ったよりも行かないんだねっと!』

 

『えっ!?』

 

先頭では、抜群のスタートを決めたはずのテネシーガールちゃんを交わしてダイタクヤマトが先頭に躍り出ていた。こちらも良いスタートを切っていたようだな。

 

『あダイタクヤマトいいスタートォ!!』

 

そこで淡島アナもようやくその存在に気づいたのか半ばヤケクソ気味?にダイタクヤマトの名を呼ぶ。おいおい。

 

『ちょっと!そこは私の場所よ!』

 

『その間からメジロダーリング真中敏晴が乗り代わっている、押して行く押して行く!!メジロダーリングが行きます、それに続いて上がっていくのがユーワファルコン!さあその二頭の仕掛け合いになった!』

 

しかし更にそこにメジロダーリングが加わって、無理矢理レースの主導権を奪い取って。

 

『これが正々堂々、オレの戦い方だ!』

 

それにユーワファルコンも連れて上がっていき、二番手へと取り付いた。

 

 

『(・・・やべー、かなり早くなりそうだ)』

 

現状、俺はトロットスターの内側、内ラチ沿いを回っている。前からの順位で言えば、6、7番手と言った位置だ。

 

最初の200mを走ったが・・・12秒切ったんじゃねぇか?

 

このレース、出走する前から分かりきっていたことだったがかなりエグいペースになりそうだな!前に行った奴らの脚は持つのだろうか。

 

『ダイタクヤマトは3番手になりました』

 

前を行っているダイタクヤマトとテネシーガールちゃんの鞍上もこのままでは自爆してしまうと踏んだか、少しペースを落とした黒鹿毛と栗毛の馬体が馬群へと近づいてくる。

 

『その後ろですがブレイクタイム、外を回ってはテネシーガール、あと真ん中からはゼンノエルシドこの位置、好位置につけている』

 

『・・・』

 

俺の目の前に集中した様子で走る真っ黒なケツの持ち主が、ゼンノエルシド。最終追いきりの時、俺が本調子ではないような走り方をしたせいで、どういう訳かこいつが一番人気に押し出されているらしい。

 

『内から二頭並んでセキトバクソウオーとトロットスター馬体+24kg!外を回ってトキオパーフェクト、内の方からシンボリスウォードがいて、外からフィールドスパートやや出負けした感じ』

 

『(・・・!後800!)』

 

レースは中盤、そろそろコース取りを踏まえた位置取りをしなければならないのだが。

 

『・・・くっ!』

 

目の前には変わらずゼンノエルシド、外側にはトロットスター、後ろに下がろうにもシンボリスウォードがいて、最早自力ではどうにもならない馬群の檻に閉じ込められていた。

 

・・・藻掻くしかなかった高松宮記念の光景が、頭に浮かぶ。

 

「大丈夫だよ。焦らないで」

 

こうなったらゼンノエルシドの外をこじ開けていくか、とさえ思い始めた時、獅童さんが手綱を握りしめた。

 

『獅童さん、でもよ!』

 

「いいから。まだ、ダメだよ」

 

『・・・!?』

 

とにかく手綱が緩まない以上加速もできないし、何がいいのかわからないまま、獅童さんがそう言うならと俺はその場に留まるしかなかった。

 

 

『その後方からは二頭が離れまして、3コーナーのカーブでジョンカラノテガミが最後方、ビハインドザマスク、幸長福一は切れ味に賭けます3コーナーのカーブ!』

 

後ろにいるのは・・・ビハインドザマスクか。彼女は昨年のセントウルステークスで全力でやり合い、故障するくらいの無茶をして勝てた相手だ。その強さはよく知っている。

 

正直その後ろ、ジョンカラノテガミって奴は未知数だ。

だがあまり聞いたことのない名前ではあるし・・・こっちはあまり気にしてもしょうがないか?

 

っと、カーブカーブ!

 

足の運びをピッチに変えて、最内をロスしないように回っていく途中、俺に向けた獅童さんの囁きが聞こえる。

 

「バクソウオー、そのままちょっと遅くてもいいから真っ直ぐに曲がってくれるかい?直線に向いたら、内に斬り込むよ」

 

真っ直ぐ曲がれ!?獅童さん、また無茶を言いなさるな。どうやら最内を狙うらしい、が。中山の第4コーナーと言えば相当な小回りなんだよな。

 

『やっぱり開かないか・・・』

 

しかし、前を見つめても見えるのは馬群、馬群、そして馬群。

 

・・・仕方ねぇ。どうせやらなきゃ勝てねぇんだろ?

 

『俺の適正、仕事してくれよ・・・!』

 

さぁ、右回り巧者の真髄、見せてやろうじゃねえか!

 

 

『さぁメジロが行った!メジロダーリング!急遽乗り代わった真中敏晴が行っています!1馬身のリード!』

 

そろそろその第4コーナー、そして直線に差し掛かろうかというところで先頭を駆けていくのは、メジロダーリング。

 

快速自慢が集うG1で1馬身開けるとは。やはり相当な速さの持ち主なんだろう。

 

『2番手ユーワファルコン、外目からテネシーガールは3番手の競馬を選択した谷町勝彦』

 

2、3番手にいるのは、メジロダーリングに対抗して序盤から飛ばしていた逃げ馬二頭だが、両者ともに息が荒い。特にテネシーガールちゃんは酷いな。ペースに振り回されちまったのか?

 

『・・・嘘、嘘嘘嘘・・・!悔しい・・・!!』

 

・・・やはり、実況されてすぐにテネシーガールちゃんは力尽き、ズルズルと後ろに下がってきた・・・彼女だけじゃなく、避けた他の奴にもぶつからないよう注意しねぇと。

 

それを呆然と見ているユーワファルコンも最早余力を残していないようで、鞍上が手綱をしごいてもその脚が加速することは無かった。

 

『ありゃあ・・・あれはあれで、仕方ないけど、ね!』

 

『おっと!逃しませんよっと!』

 

それと入れ替わるように、4コーナーを待たずしてダイタクヤマトと、それにぴったりと合わせるように、外のブレイクタイムの手綱が動いた。

 

『その真ん中を突いてはブレイクタイム、内からじわじわダイタクヤマト!ダイタクヤマト江戸明、ディフェンディングチャンピオンはちょうど馬場の真ん中だ!!』

 

『勝負を挑んでくる姿勢は立派だけど・・・君に追いつけるか、な!』

 

『ぐぁっ、しまった!』

 

そのままダイタクヤマトはユーワファルコンとブレイクタイムの間を割るように加速し、外へと押されたブレイクタイムは大きく後退してしまう。

 

 

「・・・っ!バクソウオー!耐えて!!」

 

『ふんぬあぁぁぁぁアアア!!』

 

それを横目に、俺は今小回りの第4コーナーの遠心力と戦っている。

 

「頑張れ!あと少しだ!」

 

『んぎぎぎぎぎぎ!!』

 

外に振られないよう右サイドの脚で懸命に踏ん張って、それでも持っていかれそうになったからハミを噛み締め、内ラチに馬体を擦りそうなほどのコースを通りながらカーブの終わりを目指す。

 

最内も最内、最強の経済コースだが・・・中山の特性上、俺以外には走ることは叶わないだろう。

 

『あいつ蹄にスパイク付けてるんだろ!』とか『馬じゃなくてバイクじゃないか?』とか根も葉もない言葉が内外の差で後ろへ置いていかれる連中から聞こえた。いや、馬だよ!ちょっと脳ミソの中身は違うがな!

 

『・・・抜けたっ!』

 

どうだ!他の馬が大なり小なり外へ振られる中、無理矢理気味にではあるが注文通りに、『全く外に振られずに、真っ直ぐ曲がり切って』やったぜ!おまけに順位も大幅アップだ!

 

何が起きたか分からない?

 

んー・・・端的に言えばゴルシワープ、って言えば通じるか?場所も同じだし。

 

『・・・おっ?』

 

そして、身体にかかる力がふっ、と抜けた瞬間。

 

 

『道が・・・空いた・・・!!』

 

 

目の前には、誰一頭(ひとり)いないゴールへと繋がる深緑の道があった。

 

 

すかさず獅童さんのムチが飛ぶ。

 

 

「いけ!バクソウオー!!」

 

 

ああ。言われなくとも。

 

 

『分かッ・・・てらああああああぁァァァ!!』

 

 

 

ドン、と音がしそうなくらいに強く、後ろ足でターフを蹴り込んで。

 

俺は、いつの間にか目の前まで迫ったメジロダーリングへと並びかけていった。

 

 

『最内ゼンノエルシド、いやセキトバクソウオー!どこから現れた!?外に持ち出してトキオパーフェクトに!後はトロットスターがやって来ている!!さあ直線向いた!メジロだメジロだ!メジロダーリング先頭だ!並びかけるセキトバクソウオー!内の方から二頭、ユーワファルコン、ゼンノエルシド内に持ち出している!200の標識を通過している!』

 

 

『後、少し・・・!』

 

先頭を行くメジロダーリングは、恐ろしいことにタレる気配を見せなかった。

 

・・・本当に恐ろしい程の実力だ。例年ならば彼女もどこかでG1ホースの栄誉を得ていたのだろう。

 

そう思うと少し哀れではあるが・・・既に重賞勝ちの実績があるならば、将来は確約されていると信じて。

 

『いいや、俺が、勝つ!』

 

俺は一頭分のスペースを隔てて、メジロダーリングと馬体を併せる。

 

『君・・・!また会ったわね!今日は譲らないわよ!』

 

『それはこっちのセリフだ!』

 

正直脚色の差で楽に交わせると思っていたのだが、斤量2キロの差が想像以上にその溝を埋めていた。

 

『んぐぅ・・・!中々やるな!』

 

『はぁ、はぁ、しぶといわね・・・!』

 

お互いに交わしきれず、しかし抜き返しきれずを繰り返し、よもやこのままゴールへと飛び込むことになるのかと思った瞬間。

 

 

『メジロかセキトか!メジロかセキトか!最内ゼンノエルシドは行き場を無くしたか!?外からダイタク!!外からダイタクッ!!』

 

 

『僕だって、このままじゃ、終われないんだーッ!!』

 

 

外から、必死の形相のダイタクヤマトが、意地と言わんばかりに再び伸びを見せる。

 

だが、すまないな。

 

俺が待っているのは、お前じゃない。

 

 

『真ん中を突いて!トロットスター来た!トロットスター来た!トロットスター来たッ!!』

 

 

『お待たせしましたっ、てね!』

 

 

・・・来た。

 

春と全く同じように風を切る音を携えて、遂に奴が爆発的な加速で、やって来た。

 

 

春のスプリント王者、トロットスター。

 

さあ、雪辱の時だ。

 

 

『さあ!勝負だよ!!』

 

『おいでなすったな!!』

 

『うん!』

 

律儀に会話しながらも、やはりその脚はスピードを緩めない。

 

距離は残り100mも無いというのに、俺とメジロダーリングの間を通ってあっさりと追いつき。

 

 

そのまま抜き去・・・らせる訳には、いかねぇんだよ!!

 

 

「行こう、バクソウオー!!」

 

『・・・勿論ッ!』

 

・・・恐らくこれが、獅童さんにとっては、俺に乗って出走する、最後のG1。

 

獅童さんはベテランの騎手だから、慣れているのか態度や言葉にこそそれを出しはしなかったけれど。

 

俺と、獅童さんを結ぶ、この手綱が。

 

勝てなかった時の悔しさを。

 

何気ない日常の楽しさを。

 

いつも無茶をしてしまう俺への気遣いを。

 

 

・・・そして、迫る別れに対する惜別と、悲しみを。

 

いつだって。今だって。

 

強く、強く。伝えてきたから。

 

 

 

『故障・・・上等だああああ!!』

 

ひょっとしたら骨がへし折れてしまうかもとか、もう二度とターフに立てない可能性があるとかそんな事は忘れて。俺は完全なストライド走法を繰り出した。

 

『・・・! おお、やるねえ!』

 

俺と並ぶようにして馬群から抜け出したトロットスターは、ただ感嘆したように装っていたが、俺は一瞬、その表情が強張ったのを見逃さない。やはりこいつも、生身の馬だ。

 

『ぐぅ・・・!』

 

しかし、その直後。俺の脚にもビリビリと痛みが走り出す。

 

・・・そうか、合宿中の坂路調教でパワーが付いたせいで、負担がより増したのか。

 

だが、それが何だ。痛みなんて、後でいくらでも治せる。

 

けれど・・・G1の栄光は。

 

このレースの結果だけは。

 

 

『並んだ並んだ!トロットスターか!セキトバクソウオーか!二頭が!!まーったく並んだ!!』

 

 

“今”しかねぇんだよ。

 

 

『ぐ、あ・・・がああぁぁぁ!!』

 

 

全く意味をなさない音の羅列を、滅茶苦茶に喉から絞り出して脚の痛みを意識の彼方へと振り切った。

 

その刹那、ほんの少しだけ、隣を走るトロットスターと目が合って。

 

『・・・ひっ!?』

 

何故だか俺を見て怯むような小さな声を上げたトロットスター。失礼な奴だな、と思いながら一つ、二つと大きく大地を蹴りつけると、面白いように差が開いた。

 

 

『しかしセキトだ!セキトバクソウオー抜け出した!セキトバクソウオー!セキトバクソウオー!!』

 

 

そして、その差を詰まらせないまま、視界の右側を『何か』が通り過ぎて。

 

 

 

『セ゛キ゛ト゛バ ク゛ソ゛ウ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛! ! ! !』

 

 

 

淡島アナが俺の名を叫んだのが聞こえた。

 

 

 

「はぁ、はぁ・・・!バクソウオー!?もういい!もういいよ!」

 

『・・・はっ!?』

 

何が起きているか、起きたのかなんてどうでもいい。

 

 

ただ、獅童さんに強く手綱を引っ張られてスピードを落としたところで、ようやく正気に戻った俺は、レースが終わったらしいと気がついて。

 

「バク、ソウオー・・・!良くやった・・・!本当に、良くやった・・・!!」

 

背中で俺を称え、鼻を啜る獅童さんの声を聞いて初めて自分の置かれた状況を理解して。

 

 

『・・・おいおい、まさか、これって・・・』

 

 

『最後はトロットスターに半馬身差、セキトバクソウオーが見事世代交代を告げるG1初制覇!』

 

 

夢じゃないのか?とも思ったが、脚の痛みと、淡島アナの実況がこれはリアルの出来事なのだと教えてくれた。

 

 

『俺、の・・・』

 

 

だったら。この胸に溢れ出る感情のままに、思い切り叫んだとしても・・・構わないよな?

 

 

『俺の、勝ちだああああああッ!!』

 

 

俺は、G1勝利という事実に酔うように、高く咆哮した。

 

 

「うわぁっ、とと・・・もう、君も嬉しいのかい?」

 

 

『おっと!悪りぃな・・・っと、もう一つ仕事があるんだった』

 

それでバランスを崩しかけた獅童さんに謝りつつも、大切な仕事を思い出して速歩でスタンドの方へと踵を返す。

 

 

脚は・・・うん、少し痛むけどこれなら大丈夫かな。

 

俺の動きの意図を理解した獅童さんが、ああそっか、と漏らして。

 

「そうだね、ウイニングランだ」

 

 

 

『ご覧下さい!セキトバクソウオーが今戻って来て・・・ウイニングラン!2001年、スプリント新世紀!ここに新たな王者が誕生しました!!』

 

 

雲の隙間から射した夕日を浴び、より一層赤みを増した馬体を輝かせながら第一コーナーから直線へと駆け戻るセキトバクソウオーを、観客たちは拍手と大歓声で迎え入れたのだった。

 




我ながら、第一部、完。感がすごいw
勿論まだまだ走りますよ!

・今回の史実被害馬


・トロットスター 牡 鹿毛
父 ダミスター
母 カルメンシータ
母父 ワイズカウンセラー


・被害ポイント
スプリンターズステークス優勝→二着


・史実戦績
34戦8勝


・主な勝ち鞍
高松宮記念 (G1)
スプリンターズステークス (G1)
など


・史実解説

本来ならばシンボリルドルフが種付けされる予定だった母が暴れ、急遽相手をテクニシャンと名高かったダミスターに変更して誕生した経緯を持つ。

1999年1月の4歳新馬(東京 ダ1200)でデビューするも2着に終わり、立て直して3週間後の2回目の新馬戦(東京 ダ1400)で見事勝ち上がる。

その後中山、阪神、中山と3回ともダート1200の500万下を使われ、4着、2着と着実に成績を上げた後、3度目の正直で勝ち上がった。

重賞初挑戦となった京都4歳特別(G3 芝2000)では10着に大敗しているが、あとから見れば芝2000という距離が長すぎたのだろう。

中日スポーツ杯4歳ステークス(G3 芝1200)2着を挟んで福島の1600万下条件戦、みちのくステークス(芝1200)に出走し、見事勝利した。

その後年内はスワンステークス(G2 芝1400)、富士ステークス(G3 芝1400)、スプリンターズステークス(G1 芝1200)と重賞を3戦するが、それぞれ6着、4着、7着に終わった。

年が明け、緒戦のガーネットステークス(G3 ダ1200)こそ11着に敗れたが次走のシルクロードステークス(G3 芝1200)では不良馬場の中2着に健闘。

その後の6戦は重賞2着2回を含む、勝ちきれない競馬が続いたが、11月のオープン戦、オーロカップ(芝1400)を勝利したのをきっかけに覚醒。

CBC賞(G2 芝1200)、シルクロードステークス、高松宮記念と4連勝で初G1制覇を飾った。

流石に馬体が減りすぎていたか、距離が長かったのか安田記念(G1 芝1600)では一番人気を裏切り14着と大惨敗。
だが、馬体を戻した秋のスプリンターズステークスでは、インコースから馬群を掻い潜り、2着のメジロダーリングにクビ差で勝利した。

しかしこの勝利で燃え尽きたのか以降の9戦は良いところなく負けを繰り返し、貪欲に地方交流レースにも挑戦したが勝利を得ることは叶わなかった。

CBC賞の13着を最後に引退、種牡馬入りしたが産駒デビュー前に別のオーナーに購買され、2006年に韓国へと渡った。

しかし年間種付けが10頭あるかないかの状況で血を残せるはずもなく、2015年、19歳で亡くなった。死因は公表されていない。

日本に残された子の中から、クオン(母ファーストステップ)が未勝利戦で勝ち上がり、産駒中央初勝利を上げている。

・代表産駒

キラキラジェリー 牝 (母ゴールデンレフティ)
地方43戦14勝 主な勝ち鞍 B12 菊桜特別

クオン 牡 (母ファーストステップ)
中央42戦1勝地方28戦0勝 主な勝ち鞍 3歳未勝利
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。