サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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セキト、スプリンターズステークス制覇。

いよいよその時歴史が壊れた状態が始まります。


本走を終えて 宴の時

「よくやった!」

 

ウイニングランを終えて地下馬道へ戻るなり、響き渡ったのは俺たちを迎えに来た満面の笑みを浮かべた太島センセイの声だった。

 

獅童さんも何度も何度も俺にありがとう、ありがとうと言いながら首の根本を叩いてきて、俺はこれ以上なく褒めちぎられているのだろう。 

 

『ヘヘ・・・』

 

勿論それは俺が相応しいことをやってのけたからなんだが、今までそんな経験がなかったからな。イマイチ

実感がわかないし、それと・・・なんだか照れくさくなってきた。

 

 

「あの・・・すみません、言いにくいんですけど・・・後検量をお願いします」

 

そうして勝利の余韻に浸っていると、「1」のゼッケンをつけた係員さん・・・バレットさんって言うんだったかな。ブーツとか勝負服とか、騎手の身の回りを世話してくれる人が獅童さんにそう促す。

 

後検量とは、レースの後の検量のこと。もう一度斤量を計ってレースの前と違いはないか、ズルをしてないかなんてのを調べるんだ。

 

勿論我らが獅童さんは清廉潔白、正々堂々勝負していたわけだからすぐに終わって解放されることだろう。

 

「おっ、すみませんね、今行きます!」

 

バレットさんに応えた獅童さんが、ようやく俺の背から降りた。ついでに俺がつけていた鞍とゼッケンも回収され、遮断されていた外気が触れたせいか背中がスースーする。

 

そのまま検量室に入った獅童さんは他のジョッキーに何やら言われているようだったけど、その笑みが決して悪い言葉ではないのだと安心させてくれた。

 

それとあれは・・・トロットスターに乗っていた蛇井騎手か?その人と一言二言、身振りを交えて話す中で獅童さんが驚愕したような表情を見せる。

 

何だ?何を話しているんだ?

 

距離自体は大したことはないのだが、分厚いガラス越しでは馬耳でも会話の内容を捉えることは叶わないのである。

 

 

結局獅童さんは数分ほどで俺の元へと戻ってきた。

 

『おー、おかえり』

 

「ただいまバクソウオー・・・聞いたかい?」

 

やっぱりすぐに検量から解放されたな。しかし俺の側まで帰ってくるなり呆然とした様子でそう尋ねてきて。

 

一体何をだ?首を傾げながらさっぱり見当がつかずにいると、信じられない、といった様子で獅童さんが喋りだす。

 

「タイ厶が・・・レコード更新・・・だって・・・」

 

『ほー、レコード更新なぁ・・・レコード更新ッ!!?

 

俺はどうせ大したことじゃないだろうとどこか他人事のような顔をしていたのだが、大したことあったよ!!

 

ああ、なんてこった。そういえばそうだった。

 

このスプリンターズステークス、本来の歴史ならばトロットスターがレコードホルダーになっていた筈なのだ。

 

それをぶち抜いたんだから、そりゃあ俺がレコードホルダーになるわな・・・。

 

しかし、ええと。これは大変なことをやらかしてしまったかもしれねえ、と、勝ったはずなのに気が重くなってきたぞ。

 

 

というのも前のレコードタイ厶、1分7秒0。俺の親父(サクラバクシンオー)が記録したものなんだが・・・記録されてから7年間、このレースまで7秒台を切るどころか、7秒台前半にすら迫れていなかったんだよ。

 

95年、ヒシアケボノの1分8秒1。

 

96年、フラワーパークの1分8秒8。

 

97年、タイキシャトルの1分7秒8。

 

98年、マイネルラヴの1分8秒6。

 

99年、ブラックホークの1分8秒2。

 

00(2000)年、ダイタクヤマトの1分8秒6。

 

 

そして今年。俺のタイ厶が。

 

“1分6秒9”。

 

 

・・・先程の名馬たちのタイムを見て頂ければ、これが如何にバケモノ級なのかお分かりいただけるだろう。

 

いや、勿論メジロダーリングを始めとする逃げ馬勢がペースを釣り上げたのが原因なんだろうが、それにしてもいきなりコンマ1とは言え更新かぁ・・・今頃スポーツ新聞社は大忙しだろうなぁ。

 

なんて遠い目をしながら思っていると。

 

 

「セキターーン!」

 

地下馬道の遠くから、俺を呼ぶ声が響いてきた。おぉ、懐かしのこの声は!

 

『朱美ちゃん!』

 

「セキタンっ!すっごくカッコよかったよっ!お疲れ様!!」

 

久しぶりの朱美ちゃんは、俺にもたれかかるように首をぎゅう、と抱きしめる。ちょっと苦しいけど、むしろご褒美。

 

『・・・いいなぁ』

 

その時、ふと隣から聞こえた声の主はトロットスター。ジト目でこちらを見ながらそう呟いていた。

 

『いいだろ』

 

こちらがそう自慢してやれば、トロットスターは『ふん、勝ってもボクの所に来るのは男の人だもん!』と言いながらそっぽを向いてしまった。ちょいとやりすぎたかな。

 

「さて、そろそろ勝者の努めを果たす時間だぞ」

 

「そうですね。じゃ、バクソウオー。ちょっとごめんね・・・」

 

太島先生の言葉に、獅童さんが手に持っていた鞍を、再び俺の背に乗せる。

おっと、そろそろあの場所に行かなきゃだな。

 

 

勝者を称える場所である、ウィナーズサークルに。

 

 

 

 

『優勝しましたセキトバクソウオーはサクラバクシンオー産駒。G1初制覇が父子制覇となりました。母はサクラロッチヒメ、母の父はサクラショウリ、馬主は天馬朱美、調教師は美浦の太島昇。生産者は新冠町マキバファーム・・・』

 

『(あ、そっか、この時代ってまだ親父の産駒でG1馬がいなかったのか)』

 

スプリンターズステークスのロゴが入った馬服を着けられ、クールダウンも兼ねて撮影の準備が整うまでぐるぐると歩いている中、俺の紹介がされていた。

 

史実におけるサクラバクシンオー産駒の初G1制覇は2002年の高松宮記念、ショウナンカンプ。つまり俺は記録を半年ほど早く押し上げたって事だな。

 

『いやあ、それにしても素晴らしいレコードでしたね、父の記録を息子が破った訳ですが』

 

尺が余ったのか、淡島アナが解説の人と談笑を始めた。こういうところは昔から相変わらずなんだな、アワシマバクシンオー。

 

「レコード・・・!そうか、バクシンオーを、超えたか・・・」

 

太島センセイは俺を引きながらその言葉を聞き、空を見上げるようにして思い出を懐かしんでいるようだった。

 

・・・太島センセイは、その大記録が記録された瞬間、彼の馬の背にいた張本人だからな。なにか色々と思うところはあるのだろう。ここはそっとしておこう。

 

 

やがて準備も整い、馬服を脱いだ代わり、遂にスプリンターズステークスのレイが俺の首に掛けられた。

 

『これが、G1の優勝レイか・・・!』

 

重さは、ない。

 

しかし、積み重ねられてきた歴史と伝統が、心にずしりとのしかかる。これからはこれを背負って走らなければならないのだ。

 

負けてたまるかよ、と思いながらふと顔を上げれば、中山のターフが目に映る。

 

 

『・・・!?』

 

そこに今の俺と同じようにレイを携えた歴代の名馬たちが立っているような気がした。

 

そして、目を離せない、なぜだか惹きつけられてしまう幻影が、ひとつ。

 

そんな俺の視線に気がついたのか、鹿毛の馬体に星を抱いたそいつは不敵に笑った。

 

『僕に追いつけるかな?』

 

そう言われた気がして、思わずこちらも口角を持ち上げながら言い返す。

 

『・・・勿論!』

 

その答えに満足したのか、そいつは大きく頷き、俺が瞬きをすると幻影たちは皆、姿を消していた。

 

「どうした、セキト」

 

呆気にとられる俺に、太島センセイが声をかけてきた。

 

『いや、ちょっと。レースに当てられたかな・・・』

 

何度瞬きをしたり、ターフを見直したりしても二度と奴らは現れなかったし、ひょっとしたら俺の幻覚だったのかもしれねえ。

 

けれども。

 

俺もいつかあの馬たちの中に加われるような、そんな奴になりたいと思うのだった。

 

 

写真撮影までの合間に、久しぶりに薪場のおっさん(海岸線はやっぱりまた下がってた)と出会って、今世のお袋(サクラロッチヒメ)のお腹に俺の全弟か全妹が入っていると朱美ちゃんと話していたり、太島センセイに牧場を見に来ないかとお誘いをかけたりしていた。

 

たくましいな・・・というかこのくらいじゃないとこの業界で生き残れないか。

 

それからいよいよ口取り写真を撮影するってなった時、俺の横に関係者と称してずらりと人が並んだんだが。

 

ひいふうみい・・・いや何人いるんだよ!パッと見じゃあ数えられないくらいの人数だし。

 

特にその辺の冴えないメガネの男性とか初めて見た顔もいる。本当に一体どこにいたんだろうな・・・って朱美ちゃん?え、何人かは会社の知り合い?いいのかよっ!?

 

 

 

 

そして、なんやかんやと夕闇と共に賑やかな宴は終わり、静けさを取り戻した競馬場と厩舎には、いつも通りの日常が戻ってくる・・・筈だったんだけど。

 

「これは・・・すごいことになりましたね」

 

「ええ・・・私だってこんなこと初めてですよ・・・」

 

「どうしよう、これ、すごいことですよね・・・」

 

太島センセイと、馬口さんと、朱美ちゃんが。俺の馬房の前で3人揃って、「HKJC」のロゴが入った名刺を差し出す見知らぬスーツの男を出迎えている。

 

あんた誰なんだよ。と思っていたら、向こうの方から慣れた様子で自己紹介を始めていて。

 

「どうも、はじめまして。私、HKJC・・・香港ジョッキークラブの(チャン)と申します」

 

 

そう名乗った彼は、海の向こうからの使者だった。

 




何が起こるか一足先に知りたい方は

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