サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
・・・あれ、飛行機あんまり関係なくね?
飛行機に乗り込んでから一時間程。
あの後俺たちを乗せた飛行機がゆっくりと動き出し、やがて加速する感覚があったからきっと今は空の上だ。
次に扉が開くのは香港に着いた時なんだと思うと、改めて海外遠征の実感が湧いてくる。
地面からふわりと浮き上がる感覚で思わず夜景を見ようとしたんだが、俺は馬。残念ながら貨物扱いなんだよね。
周りを見ても相乗りした連中がいるくらいで、後は壁、壁、壁・・・そう、貨物専用であるこの飛行機に窓なんてないわけでして。
そんな殺風景の中、前にいるステイゴールドに全員ビビってお喋りもできず、更には事故防止で
・・・いやこんなん耐えられるか!!エコノミークラスもびっくりだよ!!
競走馬が空輸されると体調を崩したり体重が激減するってのも頷けるわ・・・。これはもうそりゃそうなるわって感じだよ。
ヒトの時・・・あれは、中学だったか高校だったか、もう曖昧だがその時行った修学旅行はあれほど楽しかったのにと思い出す。
それと同時にあれは、例え行き先がありふれた東京タワーだろうと、よく分からないしょぼくれた寺社仏閣だろうと、最早顔も思い出せない気の合う奴らとバカ騒ぎしながら一緒に行ったから楽しかったのか、とも気がついて。
そう改めて認識すると、誰の発言もない今の状況がますます虚しくなってくる。
それもこれも、ステイゴールドの迫力が凄まじいんだよ。せっかく忘れていた前世のパワハラ上司を思い出してしまうくらいにはな。
長年一線級で走り続ける馬ってのはこのくらいじゃないとやってられんのかもしれんが、にしたって目つきは悪くギロギロしているし、ちっこいくせに存在感は無視できないほどのものだし・・・何というか、チンピラ?ヤンキー?そんな感じか?
『・・・あ?』
チラチラと
いやだからその目つきで見られると怖いんですって。
馬の中には、何か気に入らなかった時や怒りを表す時に、半分白目を剥くような・・・三白眼?で相手を睨みつけるような独特な目つきをする連中がいる。
彼ら、彼女らの血に流れる共通の祖先の名を取って、日本の競馬ファンである人々はその目をディクタスアイと呼ぶ。
ここにいるステイゴールドは勿論、古くはサッカーボーイやイクノディクタス等もこの目つきをすることがあったと言うし、何なら将来的にはその血を引くオルフェーヴルやゴールドシップ、その子どもたちにも伝統芸能が如く受け継がれてゆくのだろう。
そんなある意味由緒正しく、歴史ある目で、俺は目の前のステイゴールドにガンをつけてられていた。
『い、いえ、何でもないっす・・・』
何とかそう返せば、『おう』と返事をしたステイゴールドは少々眠いのか何度も瞬きをし、その後にあくびを一つ。
確かに、体内時計に頼ると普段なら眠っている時間だ。
しかし今眠ってしまうと時差が・・・って、今回の移動先は香港なんだからそこまで気にしなくても大丈夫だろうか。
他の連中は大丈夫かと隣に目をやればいつの間にやらアグネスデジタルはすやすやと寝息を立てている。
こいつ・・・意外と飛行機に適応してやがる!
流石は変態。ここでもらしさを全開にしていくのか。
逆に全く眠れなさそうなのはダイタクヤマト。何度も首を傾げたり振ったりして、何だか落ち着かない様子だ。
年上が眠れないってのは少々意外だったな。
『・・・ダイタクヤマト?どうしたんだ?』
アグネスデジタルを起こさないよう、小声で話しかけると、あちらからも困ったように小声で『目が冴えちゃって』と返ってきた。
『どうする?少し話すか?』
『いや、うーん・・・どうしようかな』
確かにこういう時って、お喋りすると寝落ちできる可能性もあるけど、目が余計覚めてしまうこともままあるんだよなあ。
どうしたもんかとこちらも頭を悩ませていると、意外な所から助け舟が出る。
『よう、そこの奴。寝れねぇなら無理することはねぇ。けどよ、まず目を閉じな。そのままじっとしてりゃあ休息にはなるぜ』
『ちゃんと寝るに越したことはねぇけどな』と締めくくったのは何とステイゴールドだ。
『へえ・・・ちょっと試してみようかな、ありがとうね』
ダイタクヤマトもそのアドバイスを受けて素直に感心しつつ、ひとまず目を閉じてみたようだ。
あれ、ステイゴールドってただのヤンキーじゃないのか?
『えっと、その』
一体その休息方法をどこで覚えたのか気になったが、ディクタスアイで見られていてはとても上手く話しかけることなんてできず。
『何だよ、用があるならはっきりオレを呼びな、ここに入った時みたいによ』
結局ステイゴールドの方からそう言われたことで、ようやく名前を呼ぶことができた。
『すっ、ステイゴールド、さん』
『ああ、やっぱりしっかり喋れるんじゃねえか』
俺の呼びかけに満足げな笑みを浮かべた後、ステイゴールドは『で、だ。何か聞きたいことでもあんのか?』と、眠気を払うように首を振るいながら言った。
『あ、いや、さっき目を閉じてればそれだけで休めるとか・・・よく知ってるなって・・・』
『長く走ってるとな、それだけで色々覚えんだよ』
走りたくない時に本気で走らされない方法とかな。と今度は悪っぽい表情で言うステイゴールド。あー、確かに仮病とか、俺も使う時があるな。
『やっぱこの年になってくると、若い奴らと真っ正直にやっても勝てんのよ。オレがレースに出るのは次でラストだって聞いちゃいるが、正直どうなるか分かんねぇ』
今まで何回も引退を撤回され、ボロボロになるまで走らされ続けた挙げ句、帰ってこなくなったおっちゃん馬たちの姿を見てたらラストという言葉も信用ならなくなっちまった、とも呟いていて。
ステイゴールドの所属する厩舎の調教師は、名の知れた優秀な人物だった筈。必然的に入厩する馬の数も多く、大舞台までに力及ばず厩舎を去る多くの競走馬を見てきたのだろう。
やはりこの時代の競馬だとそれが当たり前だったのだと改めて認識させられる。いや、現代でも管理技術が向上し、生き長らえさせる為とは言え10歳とか15歳とか、すごい年齢まで走ってるのもどうかとは思うけどな?
ホント、そういう意味では俺もG1を勝てる様なこの身体に転生できてラッキーだった。これだけで何千分の1だよ。
しかしせっかくだ。少なくとももう一つ・・・いや、二つ。G1を勝てた暁には一生賄ってもらえるだろうから、もう少し頑張らねば。
今の段階だとG1馬とは言えカネミノブやダイタクヤマトの例があるから全く油断ならねぇんだよ。
あ、そうじゃなくても朱美ちゃんなら面倒見てくれる気もするけど、その資産に負担をかけたくはないからな。老後の資金は自前で稼ぐに限る。
『そのラストってのがオレにとって正真正銘のラストだ。次のレースだけは本気で走る。けれどそれっきりにしてやる。例え人間たちが撤回しようとも、ラストと言ったのはそっちだからな』
考え事をしていた俺を引き戻すように、ステイゴールドが力強くそう言った。
確か史実だと・・・これがホントにラストレース。そして、とんでもない奇跡を引き起こしてしまうのだが。
『それもいいと思います』
実はシンジケートからの種牡馬入りが決まっていて、決まった時には時期も遅かった為もう一年、と走らされた事実は、敢えて伝えない。
万が一歴史の流れを変えて、あの皆に愛される白いのも、黄金の三冠馬も消滅してしまった未来なんて見たくないしな。
ステイゴールドは俺の返答に満足したのか『だろ?』と笑顔を見せる。
『ん・・・』
その時、寝が足りたのかアグネスデジタルが目を開いて、次の瞬間には慌てたように周りを見渡した。
『あ、あれっ!?僕、今、女の子になってたような・・・』
・・・おいおい、まさかとは思うが某アプリの夢じゃないよな?
『なーに言ってんだよ。野郎しかいないせいで反動が来たか?』
ステイゴールドがニヤニヤしながらアグネスデジタルをからかった。
『何を言って・・・ヒェッ・・・す、すすすみませんー!』
反論しようとするものの、黒鹿毛の馬体が視界に入っただけでビビり倒すアグネスデジタル。いやどんだけ怖いねん。俺もまだちょっと怖いけど。
首を壁に向けてきつく目を閉じた姿を見て、ステイゴールドは口元は笑いながらも、顔は少々寂しそうだった。
しかしそれを振り払うようにして、俺を見ながら話を始める。
『しっかしよぉ。お前、真面目なとことか、毛色とか顔にびよーってなってるのが無い以外はちょっとアイツに似てんな、後ちょっぴりだけど俺にびびんねーのも』
『アイツ?』
ステイゴールドが思い出した「アイツ」が誰かなんて想像がつかないまま、誰なのかと尋ねると以外な答えが返って来た。
『隣の厩舎にいた、オレと同い年、同じ親父の栗毛ヤローだ。何回か同じレースに出たが、緑色のなんかを被ってひたすら真面目に先頭を走ってたな』
その言葉で何となくその正体を察する。
『サイレンススズカ・・・さん、ですか』
『おー!それそれ!たしかそんな名前だったわ!』
思い当たったその名前を告げると、遠征先で隣になったり割と仲良かったんだわ、とステイゴールドは懐かしそうな顔で言った。
しかしすぐ思い出したように真剣な顔をして、声色も惜しむような、そして忠告するようなトーンに変わる。
『お前もほどほどにしとかねぇと・・・アイツみたいになったら、全部おじゃんだ。全部お終いなんだからな』
・・・あの、1998年、秋の悲劇。
大ケヤキを過ぎることなく大外へと避けていくサイレンススズカを見ながら2着に入ったステイゴールドは何を思ったのだろうか。
恐らく、サイレンススズカの身に何が起こったのかは理解しているのだろう。だから帰ってこないとかそう言うことは言わない。
嬉しそうに懐かしがる姿は一見すると割り切ったように見えたが、しかしボソリと呟いた『どいつもこいつも真面目過ぎんだよ・・・』という声。
それからはもっと一緒にいたかったという思いが強く伝わってきて。
俺も、朱美ちゃんや今頃競走馬になるために訓練しているであろう仔馬ちゃん、イーグルカフェやマンハッタンカフェにこんな思いをさせてはいけないな、とまた強く思う。
しかし、こうしてみると最初は恐ろしく思えたステイゴールドもちゃんと一頭のサラブレッドで、交友関係やらそういうのもしっかりとあるのだと分かって急に親しく思えてくる。
・・・ひょっとしたら、真面目に走らないのも、サイレンススズカの分も『無事に帰ってくる』のが目的なのかもしれないな。なんて思いつつ。
周りの連中もステイゴールドの語りに耳を貸す内に段々と落ち着いてきたのか、耳を済ませる度に一つ、また一つと寝息の数が増えていった。
俺以外の連中が寝静まった頃になって『なんで逝っちまったんだよ・・・』と寂しそうに小さく囁かれた声がぽつりと響いた。
それはステイゴールドのもの。恐らくサイレンススズカを偲んでいるのだろう。
なにか声を掛けたほうがいいかと俺が下げていた首を上げたことで、ステイゴールドもまだ起きている馬がいると気がついたのだろう。
『な、なんで起きてやがんだよ!?』
その瞬間、黒鹿毛を貫通するくらい顔を赤くして慌てたように思いっきり睨んできたが親近感が湧いてきていた俺にとっては逆効果。
次は一体どうするのかニヤニヤと生暖かく見守っていると、ハッとしたように目を開いて後にバツの悪そうな顔をして。
そっと、一言だけ吐き出した。
『・・・誰にも言うんじゃねーぞ』
素直じゃねえなぁ、と寧ろかわいく思えてしまったが、弄りすぎると旅先での仕返しが普通に有り得そうなのでここは素直に頷き、その提案に従っておくことにした。
『わかってますって、
そう返せば、ステイゴールドも照れ隠しなのか、顔をぷいっと背けながら『俺は寝る。お前も早く寝とけって、な?』と言ってきたから、そうしておこうかな。
そうやってステイゴールドが一人でひっそりと友を偲ぶ中、俺もあまり慣れない馬本来の立ち寝スタイルで目を閉じる。
俺は他の奴と違って一度に数時間眠るから、きっと次に目覚めた時には香港についていることだろう。
そこにいる人は、馬は。どんな奴なのだろうか。誰が待っているのだろうか。
俺はそんな思いを馳せながら、眠りに就いたのだった。
次回、ようやく香港到着!
流石に海外の調教師はなかなか調べようがないので架空の人物となりますが、その分ぶっ飛ばした人になる予定です。