サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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おまたせしました!あまりに情報がなさすぎていくつもの海外のサイトを巡ったり、まだ残っている当時の古いサイトを漁ったりと天カスを集めて料理してる気分になってきましたが、無事仕上がりました。

いやほんと、当時の中継番組とレース映像が某所に上がってて助かった・・・。

沙田競馬場一回改装したらしいのですが、当時から装鞍所がパドックの隣にあったかは、知らん!


そして、この話にて閑話なども含めると通算50話を達成いたしました。皆様の感想や意見が本当に励みになっています。

未熟な作者ですが、これからもセキト共々よろしくお願いいたします。


香港国際競走 その1

『いよいよ本番か・・・』

 

香港、沙田競馬場の滞在厩舎。

 

ここでもレースの日というものは日本と変わらずヒリヒリと、触れれば痛みが走りそうな程の空気になるのだと知った。

 

平場のレースならばここまではならなかったかもしれないが、今日は香港国際競走デーのその日。俺を含め6頭の日本馬がそれぞれアウェイの地で行われる4つのレースに挑むことになる。

 

予定の時刻が近づき、『どうせ最後の一暴れだ、思い切りやってやるぜ』と一番手の重圧を感じさせない笑顔で馬房を出たステイゴールドを見送って、その次のレースは俺の出番。そう思うと、緊張が・・・。

 

っと、いかんいかん。このままじゃ出せる力も出せなくなる。ここはリラックスを兼ねて香港国際競走の情報をおさらいすることにしよう。

 

 

香港国際競走デー、その第一弾は第4レース、香港ヴァーズ(G1)。芝2400m。

 

言わずもがな今しがた厩舎を出たステイゴールドの引退レースにして、花道を飾ったこの舞台が、年末の香港に宴の始まりを告げる。

 

4つのレースの中で最も長い距離で、今年は英愛2つのダービーで2着の後、2戦挟んでG1ホースとなっただけでなく、昨年の覇者でもあるダリアプールや、最近は落ち目ながらも二年前のジャパンカップで2着に突っ込んであっと言わせたインディジェナスなど、なかなかのメンバーが集っているとの噂。

 

第二弾は第5レース、香港スプリント(G2)。芝1000m。

 

こちらは第一弾とは打って変わって最短距離、そして俺が出走するレースでもあるから特に情報収集に気を使った。

 

壁に耳あり障子に目あり、競馬場には馬耳あり、なんてな。

 

そこそこ集まった情報をまとめると、香港ヴァーズと同様去年の覇者にして、地元のG1を制し、堂々連覇に挑んできたオーストラリアのファルヴェロンって奴が有力視されているみたいだ。

 

他にも地元でハンデキャップ競走5勝、新進気鋭の4歳セン馬、オールスリルズトゥーって奴とか、G12勝、アメリカからの使者ニュークリアディベイトなんてやつもいるそう。

 

こうやって見ると快速自慢が集っているのは確かだが、それでも日本の競馬場・・・芝の質が近いと判断した札幌の、芝1000mのレコードタイムは、確か56.5秒。

 

ほとんどカーブで出来ていると言われる札幌でそんなタイムが出るのだ。直線だけならば更に速いと判断していいだろう。

 

日本ほどスピードが大前提の競馬というのもなかなか世界には存在しないし、俺はそんな魔境でG1を制したのだから少なくとも他の奴らに付いていけない、ということは無い筈。

 

 

その後には1レースを挟んで、7レースの第3弾は香港マイル(G1)。

 

チーム日本からはエイシンプレストンとゼンノエルシドが出走だ。対する有力馬はアメリカのG1馬フォービドゥンアップル、G1で一位入選も失格となってしまった馬飼の人が所有するプラウドウイングスも再起を図っているそうだ。

 

そして、第8レース。第4弾にして大トリを飾るのが、香港カップ(G1)。

 

アグネスデジタルが単身挑むこのレースには、デビュー後G12勝、前走チャンピオンステークスでも2着と力は衰えていないと証明したドバイのトゥブーグや、前走オペラ賞でG1馬となった牝馬テルアテル、1996年から一線級で活躍を続けるジムアンドトニックなど、層の厚いメンバーが集ったという。

 

・・・いや、史実のアグネスデジタル、よく勝てたな?

 

『・・・おっ?』

 

いい具合に思考がほぐれたところで厩舎の入り口が開き、馬口さんと、ダイタクヤマトの厩務員さんが小走りでやって来た。

 

「セキト、そろそろ行こうね」

 

『ついに出番か』

 

被せるように装着された頭絡に、引手を繋がれ馬房から一歩、また一歩と歩むたびに、国際競走の大舞台が近づいてくる。

 

『お互い、頑張ろうね』

 

声をかけられた方を見やれば、同じように馬房から出されたダイタクヤマトが。

 

その言葉に、頷いて返す。

 

流石に緊張の色が隠せないようだが、お前だって日本でも上位のスプリンターなんだ。いつも通りにやれれば勝機はあるだろう。

 

ま、正に目の前の奴のように、そのいつも通りってのが難しいからなかなかどうしてレースは勝てないんだけどな。

 

通路を進んでいく最中、他の馬を世話しながらも俺に気づいた趙さんが「セキト」と一声かけてきた。

 

『なんだよ?』

 

「君はとっても速い馬ネ。ワタシが見てきた中でも1、2を争うくらいヨ。だから、大丈夫ネ。ちゃんと走れば、結果はついてくるヨ」

 

またなにか軽口を言われるんだろうなと思って、半分意識を他所にやりながら立ち止まったら、遠征してきてから一番の真剣な顔をした趙センセイに、そんなことを言われて。

 

ああ、もう。そんな風にされたら。

 

 

下手な負け方はできないじゃないか。

 

『・・・ああ』

 

その言葉に短く鼻を鳴らして応えてから、力強く地面を踏み込んで。

 

厩舎を出て、装鞍所へ向かうんだよな・・・と思ったら、まあなんと。

 

 

『マジかよ』

 

そんな言葉が思わず口をついて出たのは、沙田の装鞍所がパドックに併設されていたからだ。

 

いやあ、こんな造りの競馬場もあるんだな、と変に感心する一方で、否が応でも周回する出走馬と目が合って気まずいからその度になんとなく会釈する。

 

それを返してくれる馬、不思議そうにする馬、意味がわからないというように首を傾げる馬・・・反応はそれぞれだったが、皆がその背中にそれぞれのパートナーを乗せている。もうじき本馬場入場らしい。

 

『お、お前は次のレースか』

 

やがて小柄な黒鹿毛の馬が目の前を通過する瞬間、そう言ってきた。先程見送ったステイゴールドだ。ゼッケンに刻まれた『黄金旅程』の文字が眩しい。

 

『ステイゴールドさん・・・頑張ってください!』

 

ほんの数秒しかない時間、無駄にするくらいならばとエールを送るとステイゴールドは嬉しそうにしながらも。

 

『頑張るかどうかはオレが決めることよ』

 

いつもの風体を崩さずそう言って、余裕綽々といった様子で馬場の方へと歩みを進めていった。

 

異国の地にも関わらずあの落ち着き様は、既に国際競走という大舞台を制した経験からなのだろうか。

 

「セキト、ステイゴールドが気になるのは分かるけど・・・そろそろ僕達の番だよ」

 

スタート地点へと遠ざかっていく馬体をぼーっと眺めていると、直ぐ側の馬口さんが競走用の頭絡を持ちながら声をかけてきた。

 

『ああ、悪ぃな』

 

ひひん、と一声返すと、馬口さんも「よかった、調子が悪いわけじゃなさそうだね」と安心したようにその頭絡を俺に装着する・・・ん?

 

『あれ、その頭絡・・・新品か?』

 

俺が今まで着けていた頭絡は、ごく一般的な黒いものだったはずだ。

 

ところが、馬口さんの手に握られたそれは桃・・・いや、赤色が見え辛いという今の俺の目を考慮すると、赤色、か?それと白のツートンカラーで、今までとは違う色彩を持っているように見える。

 

「あ、これかい?前の奴がだいぶ傷んでいたから、G1制覇のお祝いも兼ねた天馬さんからのプレゼントだって」

 

そんな俺の視線に気づいたのか、馬口さんが新しい頭絡を持ち直しながら説明してくれた。おお、なんと。朱美ちゃんからの贈り物とは!

 

元から頑張る気はあったけれど、これは更に期待に応えなければと俄然気合が入ってきた。

 

そうそう、その朱美ちゃんなんだけど、昨日厩舎にやってきて様子を見に来てくれたんだ。なにやら手続きやらがあるらしく問題がないことを確認すると早々に帰ってしまったが。

 

国際競走の表彰式で馬主の姿が無いってほど格好がつかないことも無いし、今も競馬場のどこかで俺の勇姿を見守ってくれていることだろう。

 

それだけじゃなく、俺は既に地元の人たちからも一定の人気があって、有力候補の一頭と見られているそうだ。そんなことを知ってしまったら、顔も知らない現地ファンの為にも尚更手抜きはできねぇな。

 

というかその人気が出た要因ってのが・・・趙センセイが俺のことを「赤兎馬みたいな馬だ」って映像と共にメディアに言いふらしまくったかららしい。

 

何してくれてんだ、と思うと同時にここまで人気が出た馬になにかしらのアクシデントが起きたとなれば自然と話題にも上るだろうし、そういう意味では俺の身を守ったとも言えるからなんというか・・・。

 

と、俺がハミも鞍も着けないままなのに同じレースに出ると思わしき馬たちが、続々と馬装を完了してパドックへと進んでいく。やべ、ちょっとのんびりしすぎたか。

 

「あっ、もうこんな時間か・・・セキト、ちょっと急ぐよ」

 

『ああ』

 

少々慌てたような様子の馬口さんに噛まされた新しいハミの感覚を確かめるように、俺はがちりと音を鳴らした。

 

 

 

 

その頃。日本の北海道ではセキトの故郷マキバファームの事務所の一角に、薪場を含む全員と言っていい数の従業員たちが詰めかけていた。

 

「どうでしょう、セキト・・・勝てますかね?」

 

「そんなん太島のセンセイと、背中の獅童がどう育てたか次第やろ・・・ここまで来たんなら勝ってほしいが・・・」

 

どこか心配そうな視線の先、誰かさんのおかげで以前より一回り程大きくなったテレビには、二人のアナウンサーの姿が映されていて。

 

『・・・沙田競馬場で行われる香港国際競走の早くも第二弾、日本からはダイタクヤマト、セキトバクソウオーと2頭のG1馬が出走する香港スプリントのパドックをお送りします』

 

その言葉とともに、映像は遠く海の向こうの香港のパドックへと切り替わる。

 

『1番、香港のオールスリルズトゥー、この大舞台が初の重賞となります』

 

「いや、香港のとか言われてもそいつのレースを見たことあらへんって!」

 

「場長、突っ込んでもテレビの向こうには届きませんよ・・・」

 

1番手でパドックに姿を表したオールスリルズトゥーへのコメントに、思わず関西出身の血が騒いだ薪場を従業員の一人が諌め、あーだこーだと話し合う内にテレビの画面は次の出走馬の紹介へと移る。

 

『続きまして2番はオーストラリアからセンチュリーキッド』

 

「いやだから誰やねん!」

 

多少スマホをいじれば、勝ち鞍やらレース映像がぽんぽんと出てくる現代とは違って、専門のサイトもなければそこにアクセスするためのパソコンもなかったこの時代、薪場のツッコミは仕方ないものであった。

 

フォローを入れるならばこのセンチュリーキッド、史実ならば翌年には三連覇を目論んだファルヴェロンを撃破し、このレースの覇者となる馬である。

 

『3番、地元香港からクリフハンガー、4歳のセン馬です』

 

「ほー、3頭連続セン馬か。向こうの馬は若くてもタマ取るんやな・・・」

 

「寧ろ、取ったほうが競走馬としては長持ちするらしいですよ」

 

実績や血統がわからず、力量を測りかねた薪場の目は今の所紹介された3頭が共にセン馬であることに向いていた。

 

若い内に去勢をすると男性ホルモンなどの関係で筋肉の柔軟性が保たれ、それが長期間の活躍に繋がるそうなのだ。

 

しかしそれは同時にその馬の種を奪ってしまうということ。競走馬としては勿論種牡馬としてのビジネスが中心である日本では、気性や体質等どうしようもない理由がない限り去勢はあまり行われない為、セン馬である競走馬の割合は低い。

 

『4番、皆さまお待たせしました、日本から遠征してきましたダイタクヤマトです』

 

続いて大写しになった黒鹿毛の馬体に、薪場は腕を組んで唸る。

 

「ダイタクヤマト、なぁ・・・こいつはこいつで分からへんねん」

 

昨年のスプリンターズステークスを勝っているように、遅咲きのタイプである事は間違いない、しかし今年に入ってからは凡走が続く・・・かと思えば再び大舞台で掲示板に入り、続くスワンステークスで着外と薪場からしてみればダイタクヤマトは「掴みどころのない馬」であった。

 

走ると思えば走らない、走らないと思えば走る。かつて「新聞を読む」と言われた父の面影を思い返すような戦績に、この時馬券が売られていれば日本のファンたちもさぞ頭を抱えていたことだろう。

 

『5番はオーストラリアからG1馬、昨年の覇者ファルヴェロン!只今一番人気です』

 

「こいつが一番人気か」

 

そう言われてみればありふれた鹿毛の馬体は風格を纏っているようにも見えるし、好馬体にも思えてくる。

 

しかし、この馬を測るにはあまりに情報が足りなさすぎる。正直言ってしまえば良いと言われれば良いと思えるし、駄目と言われればそうとも映る、『未知数』の相手であった。

 

『6番は再び香港、ケンウッドメロディ』

 

『7番は同じくキングオブデインズ』

 

香港勢2頭は、薪場から見れば明らかに格下。セキトの敵ではないと判断したが、次の馬はそうも行かないようだった。

 

『続きまして8番はアメリカ、モーラック』

 

「こいつは・・・」

 

少なくとも重賞クラス、このレースに出てきている馬に絞れば上位に食い込んできそうな確かな実力を感じる馬。

 

ファルヴェロンと並んでこの馬も対抗馬か、と薪場は警戒を強めた。

 

『9番同じくアメリカのG1馬、ニュークリアディベイト』

 

「ほう・・・!」

 

更に続くニュークリアディベイトは先程のファルヴェロンと比べると明らかに発達した筋肉の持ち主で、煌めく馬体は格上の雰囲気を漂わせていた。これもまた怖い存在だろう。

 

『10番、プレンティプレンティ』

 

『11番はソリッドコンタクト』

 

『12番ザトレイダー』

 

続いて紹介された3頭はいずれもイマイチに映る。少なくともここではあまり気にしなくていいだろうなと次の馬に意識を向けると。

 

『13番、こちらも日本から遠征、2番人気に推されていますセキトバクソウオー!』

 

「おお!セキト・・・っ、んん?」

 

海を渡って尚、堂々と歩みを進める赤毛の生産馬の勇姿に歓声を上げかけた薪場は、ふとその後ろに映る客席が異様に沸いていることに気がついた。

 

『真正嘅紅馬』やら『热烈欢迎』やらさまざまな中国語のプラカードが掲げられたりとなにやら賑やかだ。

 

正直、セキト本体よりそちらに目が行ってしまう。

 

「一体ありゃなんなんや・・・」

 

残念ながらその意味までは理解できなかったが、観客の様子からもそれが悪い意味を含んではいなさそうなことが、薪場にとってはなにより幸いだった。

 

『・・・最後、14番はイギリスからナイスワンクレア』

 

最後に紹介された馬も、どちらかといえば格下と見ていいだろう。

 

「セキト・・・来年にはオスマンサスも入厩するんや。兄貴としてしっかりやるんやで」

 

『ここで香港ヴァーズの発走時刻となりました、これが50戦目にして引退レース、ステイゴールドが出走します、皆さんで応援しましょう!』

 

セキトの活躍を祈る薪場を他所に、テレビの映像は香港ヴァーズの中継の為にゲート裏へと切り替わったのだった。

 




次回、香港スプリント発走!

・・・他の3競走の扱いはどうしましょ、主役が出るからと言ってG2ばかり大きく扱うのもなにかおかしいし・・・。
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