サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
日本馬タイフーンの影響力や如何に。
それと、バクシンオーの中の人が出ると聞いて某ドラマを鑑賞したのですが・・・良いものを見た・・・。
『
「勝っちゃったネ・・・」
僅かな差ではあるが、真っ先に香港スプリントの決勝戦を割った赤い鼻先を見た趙は、呆然とした様に声を漏らしていた。
彼は遠征してきたセキトバクソウオーを見て、開口一番にいい馬だと言った。
それに関して決して嘘は言っていない。しかし、香港に集った世界の強豪と比べると確かに見劣りするものもあったのだ。
それはレース中、獅童の追い出しが遅れた様に人の経験の浅さだったり、飼い葉の食べ方が聞いていたより良くなかった様に、大きく環境が変動したり。
趙はそんなありとあらゆる不利を弾き飛ばし、跳ね返して勝利を収めたセキトバクソウオーの精神力に感嘆する他なかった。
その一方で。
「・・・間違いないネ」
先行する2頭を交わし、ゴールへと飛び込むその瞬間。調教での走りを見たときから抱いていた疑念を確信として。
趙はズボンのポケットから携帯を取り出し、素早く番号を打って電話を掛ける。
『もしもし・・・太島です』
その相手は、セキトにとって本来の調教師である太島だった。
「もしもし、ノボル?ワタシ。趙ヨ」
『趙先生!歴史的瞬間、テレビで見てましたよ。セキトの事、大変ありがとうございます!!』
挨拶を交わしたと同時、きっと電話の向こう側では律儀に頭を下げているであろう勢いで太島が感謝の言葉を述べる。
「礼はいらないネ。セキトがいい馬だっただけヨ・・・それよりも」
日本人特有の感謝に苦笑を浮かべつつも、次の瞬間には顔を引き締めた趙は太島に告げた。
「気をつけるネ。セキトは・・・
『
『んー・・・決着がついたっぽいけど、何言ってんのやら・・・』
「どうやらアグネスデジタルも勝ったみたいネ、今年はトロフィー、ぜーんぶ日本に持ってかれたヨ。それにしてもセキト・・・君は本当に馬なのかネ?」
『マジか?やったなおい!けどこの格好に関しては文句は言わせないぞ!』
香港スプリントを制した俺は、そのまま獅童さんを背に乗せたままインタビューと、少し休憩を挟んで記念撮影を終えて、厩舎に戻った。
あれだけ激しいレースだったんだ。俺も無傷な訳がなくて、馬房に入った瞬間、一気に身体の力が抜けて転がるように横になる。
そしてそのままかれこれ三十分位、ゴロゴロしながら疲れを癒やしていたんだが、だんだんヒマになってきて、周りの音でも聞くかと廊下に首を出していたら帰ってきた趙センセイや通りがかったスタッフさんをビビらせてしまった。
ま、楽しかったけどな。
で、そのまま廊下に首を出していたらこれがまた、床がひんやりとしていて丁度良い感じに気持ちいい。すっかり気に入っちまったのを、お前は本当に馬なのかと趙センセイに突っ込まれた。
さあ・・・どうなんだろう?
そうそう、引き上げてくる前、英語の勉強をあんまりしてなかったらしく、珍しくしどろもどろになった獅童さんはちょっと面白かったな。特に「ヒーイズアグッドホース・・・」の下りとかな。
朱美ちゃん?俺も心配していたんだがこっちは寧ろ素晴らしいスピーチだった。そこそこ難しい表現も使いこなしたりしていて、一体いつの間に英語を覚えたんだって感じ・・・あ、お父さんの教育の賜物かな。
『ただいまー』
『おう、おかえり』
しばらくして、アグネスデジタルも疲れたなりに元気に振る舞いながら厩舎に戻ってきた。これにて全員無事に帰還だな。
さて、香港国際競走が全部終わった訳だが。
香港ヴァーズはステイゴールド。
香港スプリント、俺。
香港マイルは、戻ってきたエイシンプレストン本人が勝ったと大喜びしていたから間違いなし。
で、香港カップは今しがたアグネスデジタルが勝利した、と。
結局今年の香港国際競走デーは俺が制した香港スプリント以外は史実通り・・・つまり4レース全てを、海を渡った日本馬が制するという結果で幕を閉じた。
・・・ん?
香港国際競走・・・全制覇?
『おいおいおい?』
ちょっと待て、俺・・・いや、俺たち。同一日に行われる複数のG1を、同一地域から遠征した競走馬が制覇するって。
世界的に見ても、前代未聞の事態なのでは?
『やっべぇ・・・』
今更ながらしでかした事の大きさに、冷や汗が流れ、口からは声が漏れる。
『あ?何がやばいんだよ?』
『なにかまずいことでも起きたの?』
そんな俺の困惑を隣のステイゴールドとエイシンプレストンが聞きつけたのか、そう尋ねてきたからこう返してやった。
『めっちゃヤバイ。多分、明日マスコミの連中が押しかけてくるぞ。そうなったら休めねぇ・・・覚悟しといた方が、絶対いい・・・』
『ほー』『ふーん』と、いまいちよく分かっていないような声を返してきた彼らもレースで疲れているのだろう。何度も瞬きを繰り返して、今にも眠りの世界に落ちそうだ。
そうだそうだ、今の内に休んでおけ。明日になったらこうやって微睡むことも難しいだろうから。
・・・さて、予想通りというかなんというか。やっぱりレース翌日には日本語を話す団体が厩舎に押しかけてきた。
香港国際競走全制覇。そんな前代未聞、特大のネタを逃す訳もなく食らいついてくるのがマスコミというもの。
かと思えば特に引退レースで勝利、かつ初G1制覇とドラマチックな記録を叩き出したステイゴールドに取材が集中しているようだ。
『あーーー・・・!クソ!なんでコイツは手綱をこんなに短く持ちやがるんだ!動けたらコイツらなんかすぐ追っ払ってやるのによ!』
何枚も何枚も、同じようなポーズ、同じような構図を要求され、当の本人は耳を倒し、目をひん剥いて、ブチ切れる寸前って表情。
それを見た厩務員が顔を青ざめながら早く切り上げようと促すものの、全く空気の読めない連中はカメラを覗いたまま「いえ!もうちょっとですから!もうちょっと!」と一向に引こうとしない。見ているこっちまでイライラしてきたんだが。
最悪俺がどうにかしてやろうかと考えだしたそんな折、記者の一人が何を思ったか「日本馬の集合写真を撮りたい」と言い出して。
関係者があれやこれやと協議した結果、俺らが並んで写真を撮ることになったから、俺も馬房の外へと出る。まったく、疲れが取れてないってのに何をさせるんだか。
そうしたら今度はそんな大して変わりもしないだろうに配置をあれやこれやといじっていじって弄り倒し。そうやって歩かされる内に、ついにステイゴールドがキレた。
『お前ら、いい加減にしろやぁぁぁ!』
厩務員さんの引き手が僅かに緩んだスキを見逃さず、怒りの嘶きと共に、お得意の後ろ脚だけで立ち上がるポーズ。
撮影しようとした記者も思わず後ろに尻もちをつくほどの迫力は、同じ馬の俺から見てもステイゴールドの身体の小ささを忘れさせた。
『へっ、ざまぁみろって・・・』
そして、記者の慌て様に満足したのか前脚を降ろしたその瞬間。
ばきん。
『『『『『あっ』』』』』
『あん?』
ステイゴールド以外の全員が、目の前で起きた出来事に声を上げた。
『お前らどうしたんだ?揃って変な顔してよ』
『ステイゴールドさん・・・右脚。前の方の』
『右の前脚ぃ?』
やった本人がなんのことやら、という顔をしていたから、優しい俺は見ればひと目で何が起きたか分かる場所を教える。
怪訝そうな顔をしながらも、その目線は俺の言った通りの場所を捉えてくれて。
『・・・あ。』
ステイゴールド自身の脚には、幸いにして全く問題はない。
問題はその立派な蹄の下、レンズ部分を
『あぁ・・・これは、そうだ。不幸な事故ってやつだ!アーハッハッハ!!』
自身が「やらかした」ことを悟り、僅かに戸惑いを見せたものの。ステイゴールドはすぐに笑って事態のごまかしを図る。
当然カメラはステイゴールドの厩舎の弁償になるのだろう。だけど、妙に心がスカッとしたような、不思議な気分だ。
『はは・・・!』
『ふふふっ』
『へへへっ!』
『あはははっ!』
『わはは!』
ステイゴールドの高笑いに誘われ、俺たちは皆笑う。
人の方はそうも行かずしばしその場の空気は硬直していたが、突然意識を取り戻した厩務員さんが大慌てで頭を下げ、マスコミの連中も頭を下げ、とバッタの大量発生を見守った後にカメラの残骸が片付けられ、新しいカメラで再び撮影が試みられた。
尚、その撮影は異様な程にスピーディで、終わったと同時に取材も終了、俺たちはようやく休息の時間を手に入れたのだった。
『さて・・・疲れたなぁ』
馬房に戻ると、俺は伸びをした後横になって考え事を始めた。
今日の騒ぎは迷惑極まりなかったが・・・ある意味「宴」にも似たものだった。
あのマスコミ連中が撮った写真や、書いた記事も日本の誰かを喜ばせることが出来るならば。
こんな形で喜びを分かち合うのも悪くはない。そう思ったのだった。
しかしマジで疲れた。日本に帰ったら、ちょっとのんびりしたいな・・・。
香港国際競走のその日。日没が間近に迫る中山競馬場に詰めかけた観客たちは、フェアリーステークスで若駒たちの躍動を、そしてその後に香港の4つの祭典を見守り、その偉業を見届けた。
「ふぉぉぉ!?また勝った!?」
「おいおい、全勝かよ、すげーな・・・」
「やったああああああ!!やっぱ、日本の馬も世界に負けてねーんだよ!!」
その瞬間、中山を包んだ大歓声は国内のG1にも劣らぬほどで、道行く人々は何時もより遅い時間のざわめきに首を傾げたという。
「号外!号がーい!」
「お、号外配ってるじゃねぇか、貰ってこうぜ」
「ああ・・・って人多ッ!!」
帰り道では最寄り駅である船橋法典で号外が配られているのを目にした多くのファンは、それを求めて駅の出入口を埋め尽くし。
その一面にはステイゴールド、セキトバクソウオー、エイシンプレストン、アグネスデジタルと4頭の競走馬の写真が踊り、見出しには『快挙達成!』の文字。
香港国際競走の4レース“全て”を、日本の馬が制したという、前代未聞、驚天動地の事態に、その歓喜と狂喜の渦は瞬く間に海を飛び超え、日本へと伝わったのだ。
「ゴールドが・・・ステイゴールドが、やりましたあああああ!!」
「なんだって!?引退を伸ばして正解だったな・・・それにしても、あのチビ助がなぁ」
北海道に構える馬飼グループの総本山、ステイゴールドの故郷でもある不知火ファームではこの地で生を授かった生産馬の幼き頃を思い。
「ウチらの勝利やあ!!」
「では、ウチのデジタルを始めとする、日本馬たちの快挙を祝しまして!」
「「「カンパーイ!!」」」
「・・・(ヤマト、大惨敗だったのに僕はここにいていいのかな)」
「おう!しみったれた顔してないで飲めや!香港はヤマトの子供で勝てばええ!」
「は、はい!」
西の栗東トレセンではダイタクヤマト、ステイゴールド、エイシンプレストン、そしてアグネスデジタルの調教師である四人と、その周辺の人物が盛大な宴会を始め。
「・・・ゼンノエルシドは残念でしたね」
「何を言ってるんだい、君の所のセキトバクソウオーが勝ったからこその、この騒ぎだよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「けど、次に当たるときは負けないからね」
「ご心配なく。こちらも全力で行かせてもらいますよ」
一方東の美浦トレセンでは、厩務員たちが西と同じく盛大に祝う中、主のいないセキトバクソウオーの馬房の前で太島とゼンノエルシドの調教師・・・
そして、その波はセキトの故郷へも届く。
「やりおった!セキトがやりおったで!」
ブラウン管越しにその勇姿を見届けたマキバファームのスタッフたちは、もう誰が誰やら、てんやわんやの大騒ぎ。
「あのセキトが・・・!」
彼がこの世に生れ出づる前、ロッチヒメの腹で静かに時を待つ頃から見守ってきた薪場は目頭を押さえ。
「あの時の仔馬が、香港の最速馬とは・・・!」
出産の時、母馬の様子がおかしいと叩き起こされ、呼びつけられた獣医は非番を取った甲斐があったと胸を熱くし。
「そうだよなぁ、あいつは仔馬の時からよく走ってたからなぁ・・・!」
セキトの顔を見ようとすれば、屈んで覗き込まねばならなかった頃から、見上げるほどになるまで成長を見守ったスタッフもまた感慨深そうに呟いた。
そんな空気を知ってか知らずか、事務所の電話が鳴り響き。
「来年はもっとええ馬を付けられるかも・・・っと、すまんな」
セキトの偉業をもっと語らいたいとうずうずとするスタッフ達を手で静止しつつ薪場が電話を取る。
「はい、マキバファーム、薪場です・・・おぉ、太島センセイ!放牧地の空きでっか?大丈夫でっせ」
「太島センセイ!?」
「こら、静かにせんか!それで、太島センセイ、要件はなんでっしゃろ?」
一躍時の馬となったセキトの調教師の名が出たことで、思わず声を上げたスタッフを一喝しつつ、太島の要件を促す。
「ほぉ、ほぉ、はぁ。・・・大丈夫でっせ。いや、ええんですか?重要な時期ですやろ?」
薪場の声だけでは、会話の内容を捉えきることができずにやきもきとするスタッフ達。
それでもなんとか抑えていると、薪場は「はい、それでは、ありがとうございます」と言ったのを最後に電話を置いた。
「皆、少し聞いてや。驚かんでくれよ・・・セキトが、セキトが・・・」
勿体ぶる様に、わざとらしく溜める薪場。
何を言うのか、何が起きたのか。
ニヤニヤと笑う薪場の表情からは少なくとも悪いニュースではないことは察せたが、それがセキトに関連すること以外は分からない。
賑やかだった事務所がしん、と静まりきったのを見計らって、薪場はとっておきを披露する。
「セキトが家に帰ってくるでーーー!!」
「「「「うおおおおおおおおっ!!?」」」」
その発表に沸き立つスタッフ達。
激しいレースが続き、疲労の色を見せ始めたセキトの、リフレッシュ放牧。
その休養先に、故郷のマキバファームが選ばれたのであった。
という訳で次回は放牧編となります。そろそろ掲示板回もやりたいところだけど。
それから、作者的には定まっていないのでどちらでも対応できるようプロットを組み立てておりますが、読者様にセキトの出走レースを選んでもらうアンケートを企画しております。
さて、まずは作者もリフレッシュせねば。皆様、また月曜日にお会いしましょう。