サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
バレンタインの日、皆様は誰に本命チョコを貰ったのでしょうか。
作者は勿論バクシンオーから貰いましたが・・・これは、チョコ、なのだろうか・・・いや、本人がそう言ってるんだからチョコなんだろう(ヒョイパク)
こ、これは―!?
『あれは・・・タンチョウか』
香港スプリントから数週間。俺はふと鳴き声を上げながら飛び去った鳥が気になって、顔を上げた。
『んー・・・ちょっと前の事だけど、夢みたいだったなぁ』
あの熱狂は少し前、確かにあった出来事のはずなのに。それが夢だったと言われても信じられてしまうくらいに、俺は静かな世界に佇んでいる。
その視界に映るのは、雪、雪、雪・・・。
そう、俺がいるのは北海道の生まれ故郷、マキバファームだ。
迎えに来たスタッフさんは仔馬の頃よく見た顔だったし、薪場のおっちゃんを見たらなんだか久しぶりに実家に帰ってきた気分になった。
『しかし、ようやく戻ってこれたよ・・・』
香港からここに戻ってくるまで、本当に長い道のりだった。
香港遠征を終えた俺は、このままドバイ遠征だというアグネスデジタルに別れを告げ、残りのメンバーと共に羽田に無事帰国。
ここで、全ての馬がクリアしなければならないのが、輸入検疫と着地検査。通常は専用の係留施設で10日間、その後隔離状態で3ヶ月もの間観察され、変な病気やウイルスを持ち込んでいないか調べるのだ。
他の馬を守る為なのは分かっている。しかし最悪3ヶ月間もの間一頭きりって・・・気がおかしくなっちまうんじゃないか?
俺はそれをすっかり失念していて、すぐに牧場に帰れるものだと思っていたから空港で足止めされて大変だった。
とはいえ、検疫にそんなに期間を取られたら、ローテやら調教やら、俺たちは家業が成り立たなくなってしまう。
そこで、競走馬に限り特定の国にしか行っておらず、かつその国で特定の疾病が流行っておらず、かつ遠征期間が60日以内とタイムセールみたいな条件を全て満たせば、輸入検疫が5日間、着地検査が3週間に短縮される。
この60日制限ってのがエルコンドルパサーみたいに長期遠征する馬がなかなか現れない原因の一つなんだろうな。
で、俺たちは12月になってから香港入りして、年が変わる前に帰ってきたから余裕でクリア。
普通は羽田や成田で着地検査を終えたら、千葉の競馬学校で検疫を受けるのだが休養を見据えた俺はダイタクヤマト、ステイゴールド共々施設の揃った道内の育成牧場さんにお世話になった。
俺もこれから千葉かあ、と思っていたらステイゴールド、ダイタクヤマトと共に馬運車に乗せられて、あれっと思った。
俺の休養が決定していたことで馬主さんの了承を得て『種牡馬入りする二頭のついでに俺を北海道に運んだ』らしく、なるほどと納得する。心の広い方々だ、マジで感謝だよ。
俺だけなんかの病気になってる、という可能性も無きにしもあらずだったが、出国直前の検査も全く問題なかった為、まあ大丈夫だろうという判断だったそう・・・ここらへんは現代でやったら種牡馬入りする馬のファンに色々言われそうだなあ。
でも、育成牧場というだけあって外から沢山の馬の声がするのに一切合切関わっちゃいけないし、そんな状態で年を越したのが何より寂しかったぜ・・・。
年が明けてしばらくすると、寂しい年末年始を共に乗り越えたステイゴールドとダイタクヤマトは、それぞれ別の馬運車へ乗り込んで牧場を経った。
ステイゴールドは2つの牧場を行き来しながら、ダイタクヤマトは軽種馬協会の牧場で、それぞれ新たな戦いに身を投じることになったそうだ。
『あばよ、元気でな』
『じゃあね、頑張ってね』
二頭ともあっさりとした挨拶と、二つ、三つ言葉を交わしたのが、現役として最後の会話。
2頭共に8歳、ステイゴールドはともかく、ダイタクヤマトは俺がいることで生じるひずみか何かがその命を救ってくれることを切に願う。
しかし、種牡馬入りかぁ・・・この後の成績次第で来年か再来年には仲間入りってなるかもしれないな。
ん?そうなると、おい。
超今更だけど気がついた。
まさか、俺は、馬を相手にハッスルしなきゃいけないのか?
『いや、そりゃそうだけど・・・そうなんだけどさ・・・』
繁殖馬になるってのは基本的に優秀なサラブレッド、こと牡馬に関してはごく一部の存在のみに許される最高の栄誉だからな。
世の中にはいくら勝ち上がったとして種牡馬として必要とされなかった結果タマを取られてしまった悲しい連中もいる訳だし、馬産の世界において父親になる、と言うのはある意味G1を取るよりも難しいと言えるだろう。
でも、俺、中身人間。馬相手に興奮なんて出来る自信がありません。
しかし、そうは言っても既にスプリンターズステークスと、香港スプリント、大きな舞台での勲章を2つも手にしてしまっているんだよなぁ・・・。
あと一つか二つ、大きな所を勝ったならば、間違いなく引退後には男の花道が待っていることだろう。
勿論レースで手を抜くつもりなんてない。でもそうすると引退した後、その分だけ主に下半身がハードワークになるわけで。
勝たねば肉、勝っても引退したら性も根も絞られる。
所詮家畜なんざそんな扱いかと死んだ魚の様な目で引退後を憂いた俺だが、何しろ年を跨いで5歳になったのだ。2、3歳の時とは違って否が応でもその時が近づいているのを意識せざるを得ない。
『そういや馬になって・・・もう5年なのか』
そうだ、考えてみればいきなり馬に生まれ変わるなんていうギャグみたいな展開から5年も経つのだ。
最初こそ夢だ!と否定した俺もすっかりこの生活に慣れてしまっていて、やはりこの世で恐ろしいのは慣れなんだと思わざるを得ない。
俺の波乱万丈の馬生はまさかの母馬の育児放棄に始まり、同期と一緒に牧場の放牧地を一つ潰してしまった事もあったし、セレクトセールでは朱美ちゃんと出会い。
競走馬となってからは、ジュンペーを背に、新馬勝ちからの連勝、朝日杯での事故。
年が明けて3歳になった緒戦は丘本さんの見事な手綱さばきで初の重賞制覇、からの背中で手綱を取る主戦が獅童さんになって。
G1も行けるか、と思われた矢先の惨敗、立て直し。そして、連勝からいよいよ本番へというところでの骨折・・・軽症とは言えアレは本当に痛かった。2つの意味で。
それを癒やして、春のスプリント王者決定戦ではあと一歩のところで、頭角を表したトロットスターにほんの僅かな差でやられた。今思い出しても悔しさしかねぇ。
そこから夏の間は吉里さんのところで鍛えてもらって、秋にはようやくG1の歓喜を知ることができて。
『・・・で、香港制覇と。早かったよーな長かったよーな』
馬になってから、色々とあったんだよな、と。思い返しながらぼーっと空を眺めていて、ふと気づいた。
『・・・ありゃ?』
人間の時の記憶が、思い出せない。
正確に言えば、小学校入学前の事。そのすべてが、頭からごっそり抜け落ちている。前はこんなこと無かったんだが。
普通の人間なら恐怖を覚えていたかもしれないが、馬であることの何かしらの補正なのかそれも不思議ではないと自然と納得できていて。
その理由の一つだと自分でも理解出来ているのが、人間の時の5年に比べて、今世の5年があまりに濃すぎるということだ。
成人してからの記憶なんて特に酷かった。起きて、電車に乗って、働いて、働いて、働いて・・・運が良ければ帰宅、大体いつもは会社に残ってサービス残業。そして3時間ほど眠ってまた起きる・・・あれ、これって所謂ブラック企業じゃね?
ああまでしなければ生きられない社畜と、活躍しなければ墓すら残らない馬の生き様に似たような悲哀を感じかけて、振り払った。
勝てなくなろうとも、走れなくなろうとも、少なくとも彼らは自分に誇りを持っているから。同情なんてものを掛けるよりは、その姿と生き様を語り継いだほうが、余程その魂は報われるに決まってる。
・・・っと、記憶の話に戻るか。脳みそが貯めておける記憶の量には限界があるって言うし、今の生活から見れば人間の記憶ってのは本来必要の無いもの。
それを覚えているってだけでもありがたいし、自分を無くさずに済んでいるのも、記憶の影響が大きいと思うんだよ。
けれど、馬としての経験を積んで、競走馬としてのキャリアも恐らく終盤に差し掛かって・・・役割を終える時が近づいているのかもしれないな。
『それでも俺は、俺だよな?』
これから先、馬として10年、20年、ひょっとしたら30年。
俺が生き続ける限り、このまま人としての記憶を失い続けて、身も心も馬になってしまったとして。
そこにある生き物が、変わらず『俺』である自信が、今は無かった。
『・・・そういや仔馬ちゃんは今年デビューだったな』
懸念を振り払うようにして、最後にここに来たのは仔馬ちゃん・・・ジャスミンポイントの00が生まれた頃だったなと思い出す。
その子がもう競馬場でデビューする年だというのだから、時の流れは早い。
どんな名前になったのかなんて知らないが、朱美ちゃんのことだ、仔馬ちゃんにぴったりな素敵な名前を付けているにに違いないだろう。
大きくなっただろうな、なんて気持ちが自然と浮かんではっとする。やべぇ、これ、親戚のおっさんムーブじゃねえか。
しかし5歳馬というのは、競走馬としてベテランの域に差し掛かる時期。この分なら本当にその内おっさんだなぁ、と苦笑いして。
そのまま何か変わったことはないかなと隣の広い放牧地を見やれば、早くも今年生まれの仔馬が雪を跳ね上げながらはしゃぎまわっていた。
母馬らしきふっくらとした体型の馬が、それに翻弄されてくるくると回っている。
『おお、もう今年生まれの仔が』
・・・近代の競馬、特にここ十年程で、1月から3月生まれの馬ってのはうんと増えた。
ライトコントロールって言ったか?とにかく牝馬の身体に一定時間光を当て続けることで、春が来たと誤認させ、本来発情期ではない冬に交配が出来るそうだ。
成長期間が取れる、早く新馬戦に出走できる、母馬の身体を休ませられるとメリットづくしらしいが、その分仔馬は生まれたばかりの身体で厳冬に晒されるわけだから、管理が難しくなるデメリットもあるだろう。
自然の摂理に逆らうってのはどうなんだろうな、と考えながら、地面が露出した場所に座って寛ぐ。
数年前の冬、雪の上に座って酷い目にあったからこういう時のために最初に放牧に出された日に「雪かき」しておいたのさ。
他の連中は全然平気だっていうけれど、いや正直信じられない。だってこんなに冷たいものの上に寝転んだら普通は・・・ねぇ?
一体いつまでこの休養が続くのかなんて俺には分からないが、与えられた時間は有効に活用せねば、と足を伸ばす。
身体を横倒しにしたら丁度よく日差しを浴びて、しばらくしたら自然と湧き上がる眠気にまどろめば休日のおっさんもびっくりなだらけた馬の日干しが出来上がりだ。
『はぁ・・・気持ち、いいなぁ・・・』
こうやってなんにも考えずに休めるのも、多分後ちょっと。
少しずつ春の気配を運んでくる北海道の自然を全身に感じながら、俺は思い切り惰眠を貪るのだった。
次回、セキトバクソウオーの全兄弟姉妹、爆誕。
薪場さんが色々と頭を悩ませます。