サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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はい、セキトの下の子は無事に生まれました。元気な女の子のようです。

しかし今や金の卵を生むようになったロッチも高齢、牧場にとって避けては通れない問題があるようで・・・。


妹、爆誕す

セキトの里帰りから、2週間ほどが過ぎた。

 

本日の天気はこの時期にしては珍しく晴天。馬たちも久しぶりの太陽の暖かさにより一層活動的になっているようだ。

 

そんな心地よい昼下がりの牧場の道を、薪場が歩いている。

 

「ふーんふふーん、ふ〜んふ〜んふ〜ん・・・いやー、それにしても無事に生まれてよかったわ」

 

あの昭和の名馬を題材にした演歌を口ずさんでしまうほどにはご機嫌な理由。それは数日前、新たに生を授かった一頭の仔馬にある。

 

「なんてったってセキトの下やからなぁ」

 

サクラロッチヒメのXX02。父親はサクラバクシンオーとセキトの全兄弟姉妹にあたる馬だ。

 

肝心のロッチは今年も安定の育児放棄。しかし最早それも出産の前から予定に織り込み済みで、近くの牧場から乳母を貸してもらえる算段がついていた。

 

今年の仔馬は兄とは違い、毛色こそ平凡な鹿毛ではあったが馬体の出来自体はその兄に劣るどころか、寧ろ上回っているのではと言う位で。

 

4つの脚すべてが白く、額に大きな星を抱いたその姿から「テキロ」の幼名を名付けてしまったのも許されるだろうと薪場は頷いたものだ。

 

尚、幼名に関してはスタッフたちから「ゼツエイ」の方がいいという意見もあったが、薪場は「怪我で死んだ馬の名前なんて縁起でもない」と容赦なく斬り伏せたのだった。

 

 

しかし、G1馬の下ということと、この牧場に来てからロッチが産んだ仔馬が全て牡馬だったということで、舞い上がっていた薪場は重要なものを見落としていた。

 

 

「薪場さん・・・!この子、女の子です!!」

 

 

生まれてきたのが、大きな馬体の、元気な「牝馬」という、重大な事実を。

 

「は・・・?嘘やん、こんなに大きくて立派な仔やで?こんな、大きくて・・・」

 

スタッフの指摘によって、ようやく仔馬の腹を確認する薪場。

 

「な・・・無い・・・どこにも・・・」

 

確かに、まだ生まれたばかりで母胎と繋がるへその緒以外はつるりとしていて、何も無い。

 

何度も己の身体にふれる手がくすぐったかったのか、仔馬は小さく鼻を鳴らし、しかし悪い気はしないと言わんばかりに横になる。

 

そこではっきりと見えたのは、彼女が牝馬である、と決定づける「証拠」であった。

 

 

 

「あんなでっかい牝馬なんて見たことないで」

 

その時は期待を裏切られたと落ち込んだものの、後々考えてみれば腹の中にいる仔馬の性別なんて生まれるまで分からなくて当たり前なのだ。

 

ましてや裏切るも何も、牡馬が欲しいというのは人間側の一方的な都合である。

 

何事もなく無事に生まれてきてくれただけありがたい。そう思い直した薪場は翌日になると一転、セキトの妹、テキロをどうするべきかと悩まされることになった。

 

「ぜひ自分に売って欲しい」という問い合わせの電話が殺到したのだ。

 

どこからどう広まったのやら、テキロが誕生したその日の内にそのニュースは馬産地中に拡散していた。

 

そして、その話を聞きつけた馬主たちが有名、無名混ざりあったまま我先にと連絡を入れてきたというわけだ。

 

「さて、テキロを誰に売るかなんやがなぁ・・・」

 

昨年まではこうは行かなかった、違いといえばセキトがG1を制した位だ。

 

その下となるとここまで買い手が現れるのかと驚きながら、その答えがすぐに出る筈もなく。今日もまたお天道様の下で、薪場は首をひねって考える。

 

「庭先・・・は天馬さん以外にあまり知り合っとらんし、セリ・・・は、完全に手放すことになるしなあ」

 

腕を組み、考えこめば考えるほど、正解の選択肢が奥へ奥へと引っ込んでいくような。そんな感覚さえ感じる無限迷路。

 

 

なぜ薪場は庭先はともかく、セリに出すのを渋るのか。

 

それは、マキバファームにとってテキロがロッチの後継牝馬足りうる器だと考えているからであった。

 

 

セキトを産んだときには母馬としてもまだまだやれる、といった年齢だったロッチも今年で17歳。世間一般から見れば、後一頭、多くとも二頭産んだら天寿まで悠々自適に過ごさせて上げたほうがいいとさえ言える歳だ。

 

そんな折に、セキトの全妹という素晴らしい血統の牝馬を授かった。しかも馬体も良いとなれば将来的にその産駒も期待ができる。

 

しかしそんな馬が生まれてきたのなら、競走馬として走らせてみたいのもまたホースマンの性だ。

 

ところが、マキバファームは中央どころか地方の馬主資格を有しておらず、競走馬にしたいならば他所の馬主に売却する必要がある。

 

その際「繁殖牝馬として牧場に戻す」という条件を付けることが出来ないわけではない、しかし中途半端に勝ち上がると馬主によっては7歳、8歳と走り続けて繁殖の機会を失ったり、走る以上は何かしらの理由で牧場に戻ってこれなくなる可能性もある。

 

そして、契約を交わすことができる庭先とは違い、セリというものは所有権そのものを売却する場。買い手がついて契約が成立すれば、引退したあとどこに預けようが馬主の自由だ。

 

もしテキロがセリで売却され、重賞を勝ったとしよう。大抵の馬主はこんな片田舎の小さな牧場より、施設のそろった煌びやかな牧場に預ける事を望むだろう。その方が産まれた仔の質を上げられるからだ。

 

庭先取引をしようにも知り合いの馬主は少なく、セリで他所の牧場にもやりたくない。

 

全くのわがままとしか言い様がないが、薪場は何が何でも繁殖牝馬としてのテキロを譲る気は無いのは確かだった。

 

「ここにきてセリにばっか馬を出してきた弊害が出おったか・・・」

 

大きくため息をついた薪場自身、正直に言えば朱美に話を持ちかけ、売却するのが一番手っ取り早いとは分かっている。

 

馬を想う朱美のことだ、テキロに関しても話せば二つ返事で了承してくれることだろう。

 

 

だが、それでは駄目だ。

 

牧場を長くやっていくための秘訣、それは多くの人物と繋がりを持つことだと、薪場の師匠は言った。

 

繋がりが多ければ多いほど情報は入ってくる。誰が仔馬を欲しがっているか、誰が馬を預かって欲しがっているか。

 

一人の馬主が駄目になったとして、残りの知り合いが十人いるのと三人いるのでは、前者のほうが影響は少ないだろうと。

 

薄く、広く。牧場を続けたいのなら、それを意識すればいい。 

 

 

そう言われたからこそ、セキトの時は多くの繋がりを簡単に作ることができるセリ市という選択を取った。

 

だが、その妹を。

 

母の血を継げる大切な一頭を、個人的な理由で、どうしても手放したくないというのはただのわがままで、許されないのだろうか?

 

 

「・・・はぁ」

 

セリか、庭先か、未出走で繁殖入りか。幸いにもテキロが大きくなるまで、時間はたっぷり残されている。

 

結局今日も答えは出ず、薪場は馬でも見て誤魔化すかと心なしか重くなった身体で一歳馬の放牧地へ向かうのだった。

  

一方その頃、薪場の心を大きく揺らす張本人はー。

 

 

 

 

『・・・それで、にーちゃんはどうしたの?』

 

『確かこうだったかな・・・』

 

よう、絶賛放牧中のセキトバクソウオーだ。

 

しかし、休めるのもあとちょっととか言ったような覚えはあるがどうしてこうなった。

 

俺が放牧されているパドックの、その隣。今日はそのもう一つのパドックの中に、見慣れぬ仔馬ちゃんが放牧されていたんだ。

 

大きさからして生まれてあんまり経ってないようだけど、話を聞いて二度驚く。なんとこの子、俺の妹っぽい。

 

むー、そう言われてみると毛色の明るさとか、目つきとかはお袋と似てるような。脚が全部白かったり、似てないところも多いけど。

 

名前も聞いて成程、テキロと呼ばれているらしい。先程言った特徴に加えて、額に大きな星があるならそりゃあ的盧だな。

 

とにかくそのテキロ・・・妹は、何か俺の話を聞きたいと要求してきたから丁度レースの話をしてやった所だ。

 

『どうだ、俺みたいに速く走りたいんだったら、努力が大事なんだぞ』

 

兄として、手本となるべくこう締め括ったのだが。

 

『んー・・・はしるの、つかれるからやだ・・・』

 

あらっ?気持ちを燃やすどころか、へなへなと地面に座り込んでそのままゴロンと脚を投げ出した。

 

おいおい、妹よ。そんなんじゃ立派な競走馬になれないぞ。

 

『おーい、起きろー、ちゃんとしないといいレースはできないぞー』

 

そう声をかけたところで、帰ってきた返事が、

 

『わたしー、にーちゃんのいもーとだもん・・・はしんなくてもだいじょうぶー・・・』

 

な辺り、「コイツ、分かってやがる・・・!」って感じだ。いったいどこで聞いたのやら。

 

あらあらまあまあ。気がつけばお腹を出して、ゴロゴロしちゃって。ぐうたらしてるけど頭は悪くない感じだし、更にはぱっと見牡かと思ったくらいにはいい馬体をしているのが尚更勿体ない。

 

『ぐう・・・』

 

あぁ、そのまま寝ちゃったよ。なんというか、親父(サクラバクシンオー)の好馬体と、パーソロン系である母方の爺ちゃん(サクラショウリ)の狡さを受け継いじゃった感じかなぁ。

 

どんな言葉を投げかけてもやる気一つ見せやしない様子に、このままいくと我が妹ながらとんだ馬体詐欺になりかねん、どう矯正したものかと頭を悩ませたが。

 

 

 

『・・・あの、ウチのコになにか?』

 

『いえ、何でもないっす・・・』

 

特に何の指導もしてあげられないまま翌日にはテキロの側に乳母馬さんが立っていて、その鉄壁ガードで俺は親子関係から完全に弾き出されてしまったのだった。

 

そう、だよなぁ。俺が特殊だっただけで、育児放棄された仔馬ちゃんはこうなるのが普通だ。ましてや俺はテキロのママじゃないし。

 

ああ、それにしても。全くもってお兄ちゃんを遂行できなかったのが悔やまれる。 

 

『んふー、おばちゃん、温かい・・・』

 

『あらあら、たんと甘えなさいね』

 

しかし、乳母馬さんに寄り添う妹の表情といったらこれ以上なく幸せそうだ。こっそりとそれを見ていると羨ましい・・・じゃなくて!生まれながらにレースを意識していた俺の異質さがよく分かる。

 

仔馬ってのはこうあるべきなんだよな、うんと甘えて、飲んで、はしゃいで、眠って。

 

気がつくと、フッと俺の鼻から息が漏れた。

 

やっぱりまずは無事に大きくなるのが一番だな。妹よ、今は乳母馬さんに甘えて、すくすく大きく育て。

 

 

そして・・・。

 

『むにゃ・・・』

 

『あらっ、よく寝る子ねぇ・・・』

 

またしてもパタリと地面に横になって寝息を立て始めた妹に、思わず祈らずにはいられなかった。

 

 

大きくなったらなるべく馬主さんの財布のダメージは小さくするんだぞ・・・大穴を開けるんだったら、レースでな。

 




妹ちゃん、超やるき無し!セキトの祈りも虚しく数年後には馬主さんの財布にはダメージが入る予定です・・・。

来週の内容は決まっていませんが、セキト帰厩、ジュンペー絡みの話になるかと思います。
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