サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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急ピッチで書き上げましたが大遅刻アンドクオリティ低め。

・・・まあ、オスマンサスちゃんが馬純度100%なんでIQ低めのせいもあるかもしれませんが。

とにかく箸休め回でございます。遅刻してすみませんでした。


【閑話】オスマンサス、育成牧場にて

つい一月程前までは、体の芯まで凍てついてしまいそうだった気候が嘘のように空気に溶け、春の兆しが訪れた北海道。

 

とは言えど日が沈めばまだまだ5℃以下になる日も多く、まだまだ夜空には無数の星が瞬くのが見られるその大地で、己が生まれた意義をようやく理解し始めた若駒たちが草を食んでいた。

 

北海道に点在しているその地を、人は育成牧場と呼ぶ。

 

 

『おーい!皆ー!ちょっと動くよー!』

 

その放牧地の一つで、不意に放たれた声が同じ区画の2歳馬達の耳に届く。

 

近年の研究によれば育成牧場にいる馬・・・つまり1歳から2歳の若駒は、昼夜放牧されている間、主に夜間にかなりの距離を動き回るという。

 

『はいはーい』

 

『了解ー』

 

今宵もまた、ボス格にある一頭の呼びかけから放牧地全体を揺るがす、とまでは行かないまでも随分と逞しくなった蹄の音が響き渡り始めた。

 

馬たちからしてみれば最早当たり前、毎日の恒例行事と言ったところだろうか。

 

『ほらー!スーちゃん!置いていくよー!』

 

『あっ!待って・・・待ってくださいまし!』

 

そして、放牧地に駆け出した同期の仲間たちから少し遅れるようにしてスーと呼ばれた黒毛混じりの芦毛の牝馬も、草を食むのを止めて身を翻し、走り出した。

 

まだ黒々としたたてがみと尻尾を風になびかせて颯爽と走るこの馬こそ、あのオスマンサスの成長した姿である。

 

『あれ、相変わらずキンちゃんの真似してるんだ?』

 

その口調を聞いた鹿毛の牝馬が、併走しながらオスマンサスにそう問いかける。

 

『む、真似じゃありません、学んでるんです!』

 

それに対してオスマンサスの方は、これは愛しい『お兄様』の花嫁にふさわしい存在になるための修行の一つだと説明するも。

 

『その話何回聞いたと思ってんのさー、でもさ、あたしらそんな馬、見たこともないし・・・ほんとにいる訳?』

 

鹿毛の牝馬は呆れたような表情でそう言った。

 

オスマンサスの言う、赤毛で、優しく、大きい牡馬だという『お兄様』。

 

そうは言われても、生後間もなくして母の種付けに同行した以外年上の牡馬と顔合わせなんてしたことのないうら若き牝馬たちにとっては、牡馬と言えば道を挟んだ放牧地で事あるごとにやたらと騒いでいる連中のことであった。

 

事故を避ける為に親子は親子同士、1歳は1歳、牡馬と牝馬を分け、競走馬ともなれば柵毎に単独で放牧されるこの業界。半ばアクシデントだったとはいえ当歳のときに血縁のない年上の牡馬と出会ったオスマンサスの方が、遥かにイレギュラーなのである。

 

『ほ、本当にいるよ!・・・あっ』

 

大好きな(ひと)の存在を否定され、オスマンサスはついつい本来の喋りである幼い口調で声を荒らげてしまい、頬を赤らめた。

 

『あは、やっぱりいつものスーちゃんが一番だよ』

 

『むぅー・・・』

 

それを見ていた鹿毛の牝馬は明るく笑ったが、いち早く大人になりたいと願うオスマンサス本人にとってはたまったものではない。

 

・・・思えば、随分と前になるなあ。とオスマンサスは思い返す。

 

初めての夜間放牧で尾花栗毛の牝馬・・・キンと出会ったその日から、彼女の持つ気高さに憧れてその喋りを教えてもらったり、真似しようと努力する日々であったのだが。

 

約半年前、仲間たちと共にいきなりこの新天地へと連れてこられてからはどうにもその訓練がうまく行かない。

 

こうやって今までと同じように放牧してもらえる日の方が多いのだが、ある日は何やらよく分からない冷たい棒を口に咥えさせられたし、またある日は背中に重い物を乗せられた。

 

かと思えばあれよあれよと言う間にヒトを背中に載せて一生懸命に走ることがお前の仕事なんだと教えられ。

 

走った後は疲れて眠ってしまうのも、言葉遣いの練習に力が入らない一因であり・・・正直、馬体は大きくなれどもまだ幼いオスマンサスには覚えることが多すぎて頭が一杯一杯なのだ。

 

『(・・・やっぱキンちゃんはすごいなぁ)』

 

その一方で、生まれ故郷から苦楽を共にしてきた友であるキンは、自分なんかとは違ってヒトを背中に乗せていてもドタバタなんてしないし、皆で駆けっこをしてもいつも一番前にいる。

 

そんなキンを探して馬群の先頭を見やるオスマンサス。お目当ての金色の尻尾は、思った通りに一番前でぴかぴかと輝いていた。

 

そんな存在と友だちであるという事実だけでも、オスマンサスにとっては何より誇らしく、嬉しい限りで。

 

 

しかし、いつものように仲間たちとおやすみを言い合って、厩舎で軽く一眠りしていたある朝のこと。

 

「よいしょっと・・・皆、おはよう」

 

『あれ、お兄さん早いね?ご飯?』

 

『ご飯!?もう貰えるの!?』

 

「ああ、ごめんね、まだ朝飼いの時間じゃないんだ」

 

『んん・・・何ー・・・?』

 

何時もよりも早く、一人の人間が姿を現したことでざわめき出した仲間の声。それを目覚まし代わりにオスマンサスは目を覚ました。

 

「おや、スーも起きたかい」

 

『おふぁよ・・・ございます・・・』

 

それに気づいたスタッフに声を掛けられ、オスマンサスは大きくあくびをしながら立ち上がる。

 

「丁度よかった、今日で、キンとはお別れだよ」

 

『・・・えっ?』

 

その言葉に、寝ぼけて萎びていた耳がピンと立った。

 

 

 

 

「ほら、お別れだからしっかり挨拶しておけよ」

 

『・・・それでは皆さん、ごきげんよう』

 

・・・皆さん、おはよう、こんにちは・・・もしかしたら、こんばんは?オスマンサスです。

 

さっき、いきなりヒトのお兄さんがお家に入ってきたと思ったら、突然キンちゃんとお別れだって言ってた・・・。

 

そんなの嘘でしょ、って思いたかったけれど、お兄さんの言葉は嘘じゃなかった。だって、奥に消えていったお兄さんは、紛うことなきキンちゃんを連れて戻ってきたから。

 

『元気でねー!』

 

『また会おうねー』

 

周りの子たちから、次々とキンちゃんに向けたお祝いだったり、がんばってって気持ちのこもった声が聞こえてくる。

 

キンちゃんは冷静なまま、いつものようにその一つ一つに冷静に、けれど丁寧に応えて。お家の入り口へと進んでいく。

 

『・・・え、え?』

 

その最中にあっても、私はまだ混乱していた。

 

オワカレって・・・お別れ?どうして?何か悪いことをしたわけでも、どこかを悪くしたわけでもないのに?

 

なんで?どうして?今まで突然いなくなっちゃった子たちの事を考えても、キンちゃんとお別れしなくちゃいけない理由が分からない。

 

ぐるりぐるりと巡る思考に目を回していると案外とすぐにキンちゃんは私のお部屋の前に来ていたみたいだった。

 

『(どうしよ、何言ったら良いのかな)』

 

『・・・さん』

 

耳になにか音が入ったような気がしたけど、今はそれどころじゃないの。耳を動かして、聞こえてるって主張してからどうすればいいか考える。

 

『(無難なら元気でねとか怪我しないでねなんだけど)』

 

『・・・ーさん?』

 

本当に誰だろう、こんな時に。一生懸命頭をつかって、そんなときに話しかけられてもお返事できないよ!?

 

『(もう、何言ったら良いかわかんないよ!?)』

 

『スーさん!!』

 

『ぴゃああっ!?』

 

・・・ああ、やっちゃった。話しかけてくれてたのは、お部屋に顔を入れてくれていたキンちゃんだった。

 

また失敗しちゃったなあ、って思いながらとにかく口を開けて、頑張ってって伝えようとしたけれど。

 

『キ・・・キンちゃ、さん、どうか、お元気で、その・・・』

 

やっぱり、伝えたいことが上手くまとまんないまま言葉にしたせいでいつも以上にチグハグになってて。

 

『スーさん、無理はしないのが一番ですわよ?』

 

キンちゃんは、それすら見抜いていたみたいで、そうやって優しく声をかけてくれたから、もう。

 

『っ!うぅ〜〜!』

 

キンちゃんみたいに喋れなくても、私は今の私の言葉で気持ちを伝えることにしてみた。

 

『キンちゃん!怪我とかしないでね!お願いだから元気でね!!またどっかで会おうね!』

 

・・・うん。自分で喋っていても、本当に子供だなって思っちゃう。喋っている途中で涙もぽろぽろと溢れちゃったし。

 

けれど、そこに込められた私の思いがどれほど強いかは、付き合いの長いキンちゃんだからこそ分かってくれた。

 

『・・・重々分かっておりますわ』

 

優しい微笑みと、穏やかな声。いつもと変わらないキンちゃん。多分だけど、ずっと変わらない、キンちゃん。

 

けれど、こうやっておはようって言えるのも、一緒に日の出を見るのも、走るのも、最後。そう思ったら急に悲しくなってきて。

 

 

『・・・やっぱりお別れしたくないよおおおぉぉぉーー!!』

 

多分お母さんとお別れした時と、おんなじような声で私は泣いていた。

 

 

『・・・ふぅ』

 

キンちゃんはしばらく何も言わないまま静かに私を見守っていたけれど、ひとしきり泣いた私に向かってため息を付いて。

 

『スーさん。ほら、泣きませんの。せっかく綺麗になってきたあなたの顔が台無しですわ』

 

綺麗な栗毛の頭をすっ、と私の顔に擦り寄せて、涙を拭いてくれた・・・って、綺麗?私が?

 

せっかく真っ黒だった体が、最近はまだらで、ちょっと汚い模様になっているなあ、と思っていたけれど。

 

『これが、綺麗なの?』ってキンちゃんに聞いたら、また大きなため息の後に教えてくれた。

 

『あなた、気づいてない・・・いえ、確かにその場所は気付きづらいですわね・・・申し訳ありませんわ』

 

そう言ってから、キンちゃんは、『あなた、顔が真っ白になってるんですのよ』って教えてくれた。

 

その時、私の頭に浮かんだのは、昔聞いたお兄様の言葉。

 

 

ー『いや、君が芦毛、大きくなったら白くなるっていうから本当かなって』

 

 

『あし、げ・・・?』

 

『あら、ご存知でしたのね』

 

キンちゃんは満足そうにふふ、と笑って、『それと』と続ける。

 

『なあに?』と返せば、キンちゃんは真剣な顔で、私の耳に囁いた。

 

『ツインクルゴールド・・・それが私の名前ですわ』

 

『・・・!』

 

そうやって言われて、ようやく私は気が付いた。

 

キンちゃんは、お兄様と同じところで走るためにここからお別れしなくちゃいけないんだって。

 

・・・そうと分かれば、私だってもう大丈夫。

 

『うん・・・また会おうね!』

 

まだほんのちょっぴり残っていた涙が、右目からさようならして、私はやっと笑顔に戻ることができた。

 

『ええ。友として・・・そしてライバルとして。一足先に、お待ちしておりますわ』

 

『また会えたら、負けないからね!』

 

『望むところですわ』

 

私と、キンちゃん・・・えっと、これからはツインクルゴールドちゃん?で、また会おうって約束をしたところで。

 

「・・・終わったかい?」

 

スタッフのお兄さんが、声をかけてきた・・・ってああ!?私、またやっちゃった!?

 

『お手数をお掛けしましたわ』

 

『ごめんなさい・・・』

 

ツインクルゴールドちゃんも私も、待ちくたびれちゃったような顔で、背伸びをしているお兄さんを見たら、謝るしかないよ・・・・。

 

でもお兄さんは「まあ、仲良しだったもんな」って私とツインクルゴールドちゃんの顔をぽんぽんと撫でて。

 

「それじゃあ、行こうか!」

 

『ええ!』

 

お兄さんの声に応えたツインクルゴールドちゃんが、どこか誇らしそうに私達のお家を後にしていく姿から、私は目を離すことができなくて。

 

『(私も、いつか・・・)』

 

私も、あんな風にこのお家から離れる日が来るんだろう。

 

 

「スー・・・相変わらず立派な馬体だな。にも関わらずあの走りか。もしかしたらお前も入厩できるかもしれないな」

 

そして、ご飯を持ってきてくれたお兄さんの言葉で、それは案外近いのかもしれないって。そう思った朝でした。

 




オスマンサスのヒミツ

「実は最近、馬体重が500kgを反復横とびしている」


月曜日も、欧州競馬諸々の調べが付けば本編、付かなければ掲示板回を投稿する予定です。
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