サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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セキトバクソウオー、デビューす。

いよいよ史実から成績がずれた被害馬が出ます。

そして騎手に関してですが、せっかくIFの世界を描いているのであの人をモデルにして登場させました。


爆走!デビュー戦!

8月11日、真夏の札幌競馬場に、その赤毛の若駒はいた。

 

「よし、いいぞ!そのまま、前の二頭を抜くんだっ!」

 

札幌開催、最終追いきり。

 

260m程の短い直線に入った瞬間、鞍上が手綱をしごき、ムチを入れると、赤い馬体がぐんと沈み込んで2馬身先行する二頭に迫る。

 

『来ましたわね!』

 

方や900万クラスにも慣れ、半年振りの勝利の気配を感じさせる5歳牝馬、プリンセスカーラ。

 

『セキトくん、負けないッスよ!』

 

方や弥生賞勝ち馬サクラエイコウオーの半弟にして、海外の良血種牡馬デインヒルの血を低く2歳牡馬、サクラデインヒル。

 

2頭(ふたり)とも、よろしく頼むぜ!』

 

軽く声をかけてから、セキトバクソウオーは完全に2頭に並んだ。

 

「いくぞカーラ!」

 

「デイン、負けるなよ!」

 

その瞬間、それぞれの鞍上がムチで檄を入れた。

途端に伸びだすプリンセスカーラとついていくセキトバクソウオーに対し、サクラデインヒルは少し遅れをとる形に。

 

『ああっ、チクショウ!また置いていかれるー!』

 

『行ける!』

 

悔しそうな声を背中に聞きながら、セキトバクソウオーと鞍上はこのまま行けば先着できる、と確かな手応えを感じていた。

 

しかし。

 

「ぐっ!?」

 

『岡田さん!?』

 

突然の頭痛と共にぐわんと歪む視界。鞍上の異常を察したセキトバクソウオーは脚を緩める。

 

『わたくしの勝ちですわ!』

 

結局追いきりはプリンセスカーラが1馬身先にゴール板を駆け抜けて終わった。

 

 

 

 

 

「はぁ・・・」

 

「やっぱり頭痛は良くならないか、ジュンペー」

 

「ええ・・・ちょっとこれはどうにもならないっぽいです」

 

調教を終え、手綱をスタッフに預けた鞍上に、太島が話しかけた。

 

セキトバクソウオーに跨っていた彼は、岡田(おかだ)順平(じゅんぺい)

XX88年にデビューし、44勝を上げ新人賞を獲得すると、毎年コンスタントに40勝以上を上げ活躍し、91年にはG1、エリザベス女王杯を制している。

 

だが、93年の年が明けたばかりの頃乗っていた馬が故障し、転倒したために落馬。後続馬に頭を蹴られるもヘルメットのおかげで一命を取り留めたのだった。

 

しかしその衝撃は相当なものであり、岡田は脳震盪を起こしていた。病院の検査では脳自体に異常は無いと診断されたものの、その影響で不定期な頭痛と不眠症に悩まされるようになり彼の成績はガタ落ち。かつて天才と呼ばれた騎乗はすっかり過去のものと言えるほどに酷い状態だ。

 

落馬の後遺症に悩まされながらもなんとか毎年騎手免許を更新し、下級条件戦で入着したり、こうして追いきりなどを手伝って食いつないでいる。

 

そんな岡田の身体を太島は軽く叩いて言った。

 

「まったく、頼むよ、セキトに気に入られた男は君が初めてなんだから」

 

 

セキトバクソウオーと岡田の出会いは数週間前。岡田が他馬の調教をするためたまたま高い位置にあった手綱を取り出そうとした所、近くにいたセキトバクソウオーが突然馬房を抜け出したのだ。

 

その後何かを確かめるように岡田を間近で見つめたあと、嬉しそうに鳴いてからその胸元に頭を擦り付ける。

 

入厩してからというもの数少ない女性スタッフが対応する時と飼い葉の時以外、セキトバクソウオーの態度はそっけなく、スタッフたちもそう認識していた。

 

そんな中で岡田への態度を目撃したとあるスタッフは信じられないものを見たと太島に報告したものの、現場を見て驚嘆するまで太島はそれを信じていなかったという。

 

かの馬が初めて興味を示した男と言うことで厩舎に驚きが広がり、他の騎手の予定が埋まっていた事もあり間近に迫っていた新馬戦の騎手候補に。

 

馬主である朱美も「大丈夫です、セキタンは賢いですから誰が乗っても走ってくれるって信じてます」と持病を気にしておらず、そのまま抜擢されたという訳だ。

 

 

「不甲斐ない鞍上でごめんな」

 

久しぶりの騎乗馬の首元を優しく叩きながら、岡田はそう謝る。

 

「ぶるんる」

 

しかしセキトバクソウオーはそんなの気にしてないと言わんばかりに鼻を鳴らしたのだった。

 

 

 

 

 

ついに、新馬戦の日がやってきた。

 

新馬戦とは1度も出走したことがない馬だけが出られるレースであり、当然だが競走馬としてここまで無事に来れたという証でもある晴れの舞台だ。

 

ここを走ることで、俺も真の意味で競走馬になる。と思っている。

 

あ、でも、この時代は場合によってはもう一回出られたんだっけ?

 

『ここどこー』

 

『人間が沢山いるなぁ』

 

『ずっと同じところで飽きてきたよー』

 

一緒に出走する馬たちは凛々しさというより幼さが目立つ。パドックってのは同じ場所を歩き続けるから、飽きが来てるやつもいるな。

 

そんな感じでパドックを周回しつつリラックスしたまま人間観察をしていると、不意に声をかけられた。

 

『あの・・・よろしくお願いします』

 

声の主は「9」のゼッケンを背負った鹿毛の牝馬だ。

 

『お?君は?』

 

『アジヤタイリンと言います。厩舎の皆さんが私に期待してくれてて・・・だから今日は負けません!』

 

一体誰なんだと訪ねたら、牝馬ちゃんは素直にそう答えてくれた。それと宣戦布告か。

 

『俺はセキトバクソウオーだ、いい勝負をしようぜ!』

 

『はい!』

 

そう言ってから牝馬ちゃんはパドックの周回に戻っていった。いやー、いい子だった。アジヤタイリンちゃんか。あんなに素直なら多分2、3勝くらいは活躍できるだろう。

 

ところで俺の背中に跨がる騎手の岡田さん。顔といいあだ名といい、名前は変わっているけど恐らく「あの人」だ。

だから厩舎で見かけた時は驚いたと同時にあまりの感動で相手は野郎だって言うのに思わず胸に顔を押し付けてしまった。

 

脱走したのは・・・高い位置にある手綱を取ろうとしていただけなのを、すごく陰気な表情と長い紐状の物が見えたからって自殺しようとしたと勘違いしたのはナイショ。

ついでに馬栓棒をくぐって脱走したから、二度とできないようベニヤ板を置かれてしまったが後悔はしていない。

 

このレースに出ると知っていたファンもいたようで、パドックにかかる横断幕の中には「リメンバー・ジュンペー」や「おかえり、岡田順平」などの岡田さんの復帰を祝うものもあった。

 

それからよく俺の調教の時に跨ってくれるんだが、時折頭を押さえて辛そうにする時がある。

 

太島センセイとの会話を聞いていたら落馬の後から頭痛がどうたらとか言ってたから、恐らく後遺症かなにかなのだろう。

 

いつ痛みが出るか分からない、いつまで平静が続くか分からない。

 

そんな時限爆弾を抱えたままレースに挑むなんて危険すぎるが、よく話を聞かないまま朱美ちゃんがOKを出してしまったらしい。

 

J○Aもよく乗せるのを許可したな、と思ったが確か

俺のレースってスプリント戦だったよな。それも関係してんのかな。

 

いずれにしても、こうなってしまったらやることは一つだ。

 

岡田さんの発作が出る前に、さっととレースを駆け抜けて終わらせる、それに尽きる!

 

 

 

本馬場入場、返し馬を終えて、ぞくぞくとゲートに収まっていく我ら新馬11頭。

奇数番から先に入っていくので、「3」の番号をいただいた今日はさっさとゲートに収まらねば。

 

頼むから何も起こってくれるなよ、と思っていると、俺の思いが通じたのかほとんど全ての出走馬が暴れることなくゲートに入っていく。

 

ゲート練習もしっかりやってきた。記念すべきデビュー戦、さぁスタートだ!

ってあらっ!?足が滑って・・・!?

 

『さあ、夏真っ盛り、今年も恒例札幌の3歳新馬戦芝1200m。出走馬全11頭収まって・・・スタートしました!っとおっとぉ、3番セキトバクソウオー、少し遅れたか!』

 

「セキトっ!?しっかりしろっ!」

 

やべぇ、やっちまった。岡田さんにも突っ込まれてるじゃないか。自分がやらかしてどうする。

 

短距離レースは特にスタートと位置取りが重要なのに、よりによって出遅れなんて。

 

『先頭に立ったのはインターキャメロン。二番手にアジヤタイリン付けまして、その後ろサクラデインヒル、内にパソリブレといった体制、出遅れたセキトバクソウオーはシンガリでゴールデンスイングと並んで走っています』

 

どうする、どうするどうする。もう200mを過ぎるぞ。

 

『残り800を切って、続きますのはケイエスタイガー、少し離れてテンザンアカデミー、また少し空いてナムラヒデン』

 

混乱ばかりが頭に渦巻いて、何をしていいのかわからなくなる。

どうする、どうする?走っているから坂路の時みたいにスピードを上げたら褒めてもらえるのか?

 

ならば全力で応えねば。自然と足の回転と踏み込みが強くなって、加速せよとの命令が身体に下る。

 

しかし背中の人間が手綱を強く引っ張るせいで上手く走れない。ハミの影響を受けないようにしたら、自然と頭が天を仰いだ。

 

邪魔をするな。その手綱を緩めろ!自由に走らせろ!

 

「セキト」

 

 

誰だ、何を言ってる。

 

 

「セキト!」

 

 

俺は今、全力で走ってるんだ、邪魔をしないでくれ!

 

 

「セキト、落ち着け!」

 

 

そういえばこの声、どこかで聞いたような―。

 

 

 

「セキト!僕の声を聞いてくれ!」

 

 

 

『はっ!?』

 

 

馬の本能に呑まれそうになった俺の耳に、岡田さんの声が届く。

 

それはまるで熱々のアスファルトに水を撒いたように余計な熱を奪い、再び俺に冷静な思考を取り戻させた。

 

俺は今、何をしようとしていた?岡田さんの意志なんて完全に無視して・・・暴走しかけていた?

 

「セキト、戻ってきたね。ここから立て直すよ」

 

岡田さんの言葉を聞いて鼻から一度息を吸って、大きく吐いて。自分を見失うなんて我ながらなんと情けないことか。

 

その時右側に2本目のハロン棒が見えた。もう400、じゃない。あと600も、あるんだ!

それにさっきパドックで、自分で誓ったじゃないか。

 

『残り600、通過タイムは平均ペース、ケイアイメガウルフ、メイショウレガリアっと、ここでセキトバクソウオー外目から上がっていく、シンガリにゴールデンスイング』

 

一着でゴールして、「さっさと終わらせる」って!

 

さっきの様に全力で飛ばすのではなく、じわりじわりと少しずつギアを上げていく。さっきと違って顔もまっすぐ前を向いて、視界良好だ。

 

「セキト!?・・・いや、暴走じゃない!勝ちに行く気か!」

 

俺の手応えが岡田さんに通じたようだ。ああ、勿論だとも。発作なんてものに妨害される前に、さっさと終わらせようぜ。

 

『さあ先頭はインターキャメロン、二番手変わらずアジヤタイリンが付けています。パソリブレ少し遅れたか、サクラデインヒル追っていますが伸びない!』

 

まずは一頭、追い抜いた。

思い切り息を吸って、吐いて。もう一度吸い込んで。末脚の点火準備は完了だ。

 

『400を切りました!テンザンアカデミー上がってきた!ケイエスタイガーは伸びないか!ここでセキトバクソウオー!馬なりで外目を通っていったいった!』

 

「・・・!よし、行くぞ、セキト!」

 

ああ、行こうぜ、ジュンペー。

『振り落とされるなよ』!

 

「勿論だ!」

 

 

背中の相棒(ジュンペー)のムチが、俺の右のトモに飛んだ。

 

『先頭はアジヤタイリンに変わったか!アジヤタイリン半馬身ほどリード!パソリブレが二番手に上がった!インターキャメロン後退!テンザンアカデミーも伸びる!直線向いてあと260mしかないぞぉ!』

 

『そしてここで!外から・・・セキトバクソウオー!バクソウオーがすごい脚!』

 

最高速度に到達した俺って、こんなに速かったのか。風を切る音が耳に当たり、前をゆく馬を次々と彼方に置き去りにしていく。

なんて気持ちいいんだろう。風にでもなれそうな気分だ。

 

『アジヤタイリン粘っている!二番手パソリブレ!テンザンアカデミー、インターキャメロンなど続いているが勢いは外のセキトバクソウオーだ!』

 

このまま、先頭まで・・・!

 

『セキトバクソウオー!インターキャメロン、テンザンアカデミーを交わして、先頭はアジヤタイリン!譲らない!』

 

『絶対・・・!負けないんだからぁっ!!』

 

アジヤタイリンちゃんが、もう一度ハミをとって力強く一歩を踏み込んだ。

 

『残り100!!アジヤタイリン伸びた!先頭、アジヤタイリンで決まりか!いや!外から!もう一度伸びてくる!セキトバクソウオーだ!』

 

アジヤタイリンちゃんが必死に粘っている。けれど、負けたくないのは俺も同じだ!後悔の無いように、お互い全力で駆け抜けよ(たたかお)う!

 

『うおおおおおお!!』

 

『え、バクソウオーさん!?』

 

まさか後ろから追い上げる馬がいるとは思わなかったらしい。アジヤタイリンちゃんはうっかりこちらに気を取られて、ほんの少しだけ脚色が鈍った。

 

―その隙を、逃してやれるほど俺は優しくない。ハミをガッチリと取り、身体を沈め、脚を伸ばせるところまで伸ばして。

 

相棒の2発目のムチに応えて自然と切り替わったそのフォームは、不完全ながら俗にストライド走法と言われるそれであった。

 

『セキトバクソウオー!並んだ!いや!並ぶ間もなく抜き去った!』

 

『そんな、どうして・・・』

 

『ごめんな、アジヤちゃん。俺だって、負けたくなかったんだ』

 

驚愕と絶望の表情を浮かべるアジヤタイリンちゃん。

そして俺の脚はゴールまでもう一回、地面を蹴り飛ばして更に差を広げていた。

 

『ゴールイン!勝ったのは3番セキトバクソウオー!2着にアジヤタイリン、3着はパソリブレ!セキトバクソウオー、出遅れましたが見事な末脚、差し切り勝ちでした!札幌4レース3歳新馬、勝ったのはサクラバクシンオー産駒、セキトバクソウオーです』

 

 

 

 

 

「っしゃああ!セキト!やったぞ!一着だ!」

 

実に数年ぶりの勝利を上げた岡田は新馬戦にも関わらず歓喜の声を上げ、思い切り愛馬の首を叩いてその強さを褒めちぎった。

 

ウィナーズサークルへと歩みを進めたセキトバクソウオーの元に、太島と朱美がやって来る。

 

「セキタン、最後の方でビューンって、すごいかっこよかったよ!」

 

朱美がセキトバクソウオーを褒めると、あからさまに嬉しそうな表情をしている。

 

そして、久しぶりの勝利を掴んだ岡田には、さらなる幸運が待っていた。

 

「ジュンペー、やったな!オーナーと話し合ったんだが、お前をこいつの主戦にすると決まったぞ」

 

「そうだ、ジュンペーさん!セキタンを勝たせてくれてありがとう!病気なのにこんな風に勝てるなんてすごいよ!それから太島センセイが下手に騎手が変わるとお馬さんに良くないって言うから、これからもセキタンをお願いしますね!」

 

二人の温かい言葉と、素質あふれる馬の主戦というプレゼントに、岡田は人目も憚らず涙を流して二人の手を取った。

 

「太島さん、天馬さん・・・ありがとうございます!こいつのこの脚があれば、世界のどんな馬だって差し切れますよ!」

 

「おいおい、まだ新馬戦だぞ、その涙とセリフはG1にとっておけ」

 

苦笑する太島。その一言で関係者にちょっとした笑いが広がる。

 

そして。発汗と夏の日差しで赤毛をより一層輝かせた勝者がウィナーズサークルで光を浴びる一方で。

 

『・・・速すぎるよ・・・』

 

1馬身差。それは勝てると確信していた一頭の若い牝馬の気持ちをへし折るには、十分な程に圧倒的な差であった。 

 

 

札幌競馬場 4R 3歳新馬 芝1200 晴れ 良

 

Ⅰ セキトバクソウオー 1.12.0

Ⅱ アジヤタイリン   1.12.2 1馬身

Ⅲ パソリブレ     1.12.6 2.1/2馬身差

Ⅳ テンザンアカデミー 1.12.9 1.1/2馬身差

Ⅴ インターキャメロン 1.12.9 ハナ

 

 




今回の主な被害馬

アジヤタイリン 鹿毛 牝
父 サクラユタカオー
母 アジヤフラワー
母の父 ハビトニー

史実戦績 14戦1勝

・史実解説
史実での勝鞍は新馬戦のみ。つまりこの小説では主人公に唯一の勝利を奪われてしまった。

残りの13戦では良くて掲示板であり、4歳(3歳)5月以降は二桁着順が続く。

ラストレースは一年以上空いての2002年の4歳以上500万下だったが、競走を中止し、引退。

その後は繁殖にあがり、ハチマンダイボサツが活躍したものの特に目立つような子には恵まれなかった。

代表産駒 
ハチマンダイボサツ(父マーベラスサンデー)
 秋風S(1600万下)など5勝

ハチマンタロウ(父ニューイングランド)
 C1 C2 選抜馬(船橋)など地方7勝

次回更新は水曜 22:00予定です。
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