サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
ゴドルフィンマイルのバスラットレオン、ドバイゴールドカップのステイフーリッシュ、UAEダービーのクラウンプライド、ドバイターフのパンサラッサ、ドバイシーマクラシックのシャフリヤールとなんと5勝!
何が起きてるんやあ・・・(歓喜)。
そして、頭数が多すぎるので名前を省略させていただきますが、ドバイの各競走に果敢に挑んだ各陣営と人馬たちの健闘を称え、無事の帰国を祈ります。
本編は、再びのオカルト(?)回に突入!
『・・・ハッ!?』
どうも、セキトバクソウオーだ。
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!
「俺は、レースに出ていたと思ったら突然頭が真っ白になっていつのまにか止まっていて、ジュンペーに首を撫でられていた」。
な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何が起こったのかまるで分からなかった・・・。
頭がどうにかなりそうにはなかったし、催眠術だとか超スピードとかは関係ないけれどそんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・。
本当に一体全体何が起きたのか分からないまま、何故かいつも以上に荒くなっている呼吸を整えていると。首筋にじわっと汗とは違う液体の感覚があることに気づく。
・・・あれ?ジュンペー、泣いてる?
『・・・おいおい、どうしたんだよ』
ようやく騎手として堂々としてきたと思ったらいきなり泣き虫さんかと苦笑しながら声をかける。
それから顔を擦り寄せると、ジュンペーは30半ばのおっさんとは思えないくらいにぐずぐすになった顔を上げた。
「セキ、ト」
そのまま震えるような声で俺の名前を呼んだから。
『おうよ』
「いつも」のように、短い声で返すと。
「ああ、セキトだ・・・いつものセキトだ・・・っ!」
何故かジュンペーはそう呟きながらより強く首に抱きついて、犬か何かのように両腕でわしわしと撫でてくる。おい、お客さんの前だぞ。嫌いじゃあないけどちょっと恥ずかしいじゃないか。
しかし、どうして俺はコースの途中で止まっているのだろう。レースをしていたはずなんだが。
そう思った所で気がついた。
『そうだ、レース!レースはどうなったんだ!?』
大慌てでゴールの方向を見やるも、他の出走馬たちは遙か先へと駆け抜けた後で、その姿はゴマ粒ほども見えなくて。
俺だけが、今この馬場に取り残されていた。
それが意味するものは・・・競走中止。
期待を背負って、海を渡って、不慣れな場所で走って・・・そうやって、ようやくここまで来ての、途中棄権。
『・・・クソッ!!』
一転して、不甲斐ない気持ちがこみ上げてくる。
何が「無様な姿は披露しないで済む」だ。レース前にそう調子に乗っていた自分を、助走をつけた上でぶん殴りたくなる・・・いや、後ろ脚で蹴り飛ばす方が効きそうだな。
それだけの啖呵を切っておいて、何だこのザマは。日本のファンに申し訳なくないのか。
俺は着順すらつかなかった悔しさを噛みしめるようにハミをギリギリと締め付けて、彼方のゴールを睨んだ。
目から何かがこぼれ落ちていったが、それも構わずに顔を上げて、ひたすらに、目指すべきであった所に眼差しを向け続けて、胸にこの屈辱を刻む。
同じようにゴールを見据えたジュンペーとちらり、目が合って、彼は頷く。
「・・・ああ、次は、勝とう・・・!」
その呟きを聞いて、どうやら抱いている思いは同じだと安堵して。
次こそ。
今度こそ。
また、一番にゴールを駆け抜けて見せる。
それが、「皆」が待ち望んでいる光景なのだから。
・・・かくして。俺の欧州初レースは、最悪と言う他ない酷い結果で幕を降ろして。
念の為躓いた脚も獣医に診てもらった、が、英語がわからず首を傾げていたらジュンペーが「軽い捻挫だって」と教えてくれた。
馬口さんの翻訳によると数日間、長くても一週間ほど安静にしていればすぐ治るし、能力にもなんの影響も及ぼさない。寧ろレース中に暴走した様に精神面のほうが心配だ、だそうな。
いや、あれは俺自身ビビった。何なのあれ。
視界に入ったVTRに映っていたのは、目をひん剥いて、馬とは思えない声を上げ、それこそ無理にでも脚を止めなければ命が砕け散るまで駆け抜けてしまいそうな、暴走列車のような赤い馬。
あんな毛色をしている馬は世界中探したって今の所俺だけだからなあ。
つまりあの走るバケモノと化した馬は、俺自身ってことで。
・・・いやホント、意識が飛んでる間の俺に、何が起きていたんだよ!?
本当にジュンペーのナイスプレーがなかったら今頃・・・お前が、我を失った俺を止めてくれたからこのくらいで済んだんだ。何回頭を下げたって足りんくらいだよ。
あのまま走り続けていたらどうなっていたか。そう思って相棒の方を見たら、ほぼ一緒のタイミングでほっと胸を撫で下ろしていた。気が合うな。
「
一方のウィリアムセンセイは、俺を案じながらも険しい顔をしながら朱美ちゃんに何か言っている。
まあ・・・この有り様だもんな。少なくともいい意味の言葉は言ってないようだったし、俺も悔しさを抱えたまま日本に帰国するのだろうとばかり思っていたのだけれど。
「
意外なことに、朱美ちゃんがそれを拒否したっぽい。
驚いたまま朱美ちゃんを見ているとまたいつの間に覚えたのやら、なかなかの英語を披露してくれている。
それとなく馬口さんに翻訳をねだると、快く解読してくれた。
曰く、遠征を続行したほうがいいと判断したのは太島センセイだそうだ。衛星放送を通じた俺の走りを見て、もう一戦あれば適応できる可能性を感じたと。
それから、今回は多数の不運に見舞われ、実力の8割も出せていないこと。そして何よりこの結果では俺自身が納得して日本に帰ってこないだろうと言っていたそうで。
さっすが太島センセイ。俺の性格をよく分かってらっしゃる。
そして、調教師にとっては馬主の意見が絶対。それは海を跨いだとて変わらない。
「
朱美ちゃんの言葉を聞いて、頭を掻きながら多少呆れたようにため息をついたウィリアムセンセイは、それでも(仕方なく?)朱美ちゃんの意思に従ってくれて。
「
ウィリアムセンセイの質問に、朱美ちゃんはゆっくりと、落ち着いた様子で言い放った。
「
そんな、色々な意味で記憶に残る最低最悪なレースから、数日。
『あー、クソ、暇だぁ・・・』
俺はニューマーケットの厩舎に戻り、馬房の中で大あくび・・・それはもう、暇を持て余していた。
調教はどうしたって?生憎痛めた脚の経過観察中なんだよ。馬口さんによるとあと数日はこの調子だそうな・・・暇すぎて死にそう。
レースの悔しさ?いや、馬房で暴れたら最悪予後不良になるでしょうが。また別問題なんだよ。
・・・それに、この怒りが完全に収まらない内に走ったら、また「暴走」しない自信も無いしな。クールタイムには丁度いい。
『んー・・・また人間観察でもしましょうかね』
そんな時間を持て余した俺の救いとなっているのが、開け放たれた馬房裏の窓。
そこからにゅうっと首を出せば、引き馬をしている連中や洗い場にいる連中なんかと顔を合わせることができて、時に一言二言くらい言葉を交わしたりもする。
人間観察と言いつつ他の馬との交流がメインになっている気がしないでもないが、まあいいや、どうせ暇つぶしなんだもん。
しかし、スタッフさんより先に行こうとする奴、ちゃんと足並み揃えてゆっくり歩いている奴、のんびりしすぎているのか疲れているのか、引っ張られるような形でようやくとぼとぼと歩みを進める奴などなど・・・引き馬一つとっても実に個性が出ている。
日本にいる頃は気を散らさないようにってほぼ馬房の窓は閉まっていたし、欧州に来てのこの光景はなかなか新鮮なものがあるなぁ。
『って、違う違う』
もっと別に考えるべきことがあるだろうと、首を馬房に引っ込めてぶんぶんと振るう。
せっかく時間だけはあるのだ。次なる戦いに向けて一刻たりとも無駄にしたくなかった俺は、この前のレースで何が起きていたのか考えることにした。
『・・・とは言ってもなぁ』
しかし、考えれば考えるほど、俺はモグラの穴に躓くまで至って普通にレースをしていただけだ。
確かにブチギレたのは俺だ。だが肝心の暴走中の記憶だけがすっぽり抜け落ちていて、それがまた妙に怖さを引き立てる。
『ひょっとしたら誰かが俺の身体を乗っ取ったのか?』
冗談交じりにそう呟いて、自分の考えに苦笑いしたその時。
『(ほー、それに気がつくとはやるねぇ)』
『あ・・・?』
『(ちょいとこっちに来なよ、話でもしようぜ)』
『なん、だ?急に眠く・・・』
誰か別の馬の声が聞こえたと思ったら、急に眠気がこみ上げてきて。俺は夢の世界へと意識を落としていく・・・まるで、誰かに呼ばれたかのように。
『・・・い・・・きろ・・・』
『ん・・・』
しばらくして、意識を取り戻した俺は、よく知った馬房の中で目を覚ました。
嗅ぎ慣れた匂い、壁の色味、外から聞こえるざわめき。
そうだ、ここは、
随分と久しぶりだなと懐かしむように周りを見渡していると。
『おい、起きろ!起きろっつってんだろうが!てめぇ!』
隣の馬房から随分と騒がしい声と、ドカンドカンと激しく暴れるような物音が聞こえてくる。
その声の主はどうやら俺を呼んでいるようで、早くしやがれ、返事をしろよと随分な言い様だ。
『ちょっと待てよ!今起きたところなんだ!』
『なんだよ、起きてんのか!だったら早くそのツラを見せやがれ!』
ひとまずこちらに聞こえていると声をかけてやれば、更に悪態が返ってきて。とんでもない気性難の奴と隣り合わせになっちまったなと苦笑して。
さて、そんな奴でも待たせると悪い・・・というか後で何されるか分からんからな。機嫌は損ねないに限る。
『ん・・・ふあぁ・・・』
一気に身体を起こす前に、あくびと伸びをしてから立ち上がって、ぶるぶると身体を震わせて寝藁を落とす。
『よう、誰かは知らんが待たせたな』
そうして最低限の身だしなみを整えてから、馬房の外に顔を出すと。
『おう。はじめまして・・・とでも言えばいいのか?』
隣の馬房からも、恐らく先程暴れていた馬がにゅうと顔を出してきて。
『・・・!?』
その姿を見た俺は、思わず固まってしまう。
燃えるような赤い毛並み。
額に抱いた炎のような白斑。
猛る本能に身を任せたような血走った瞳だけが、俺とは違っていて。
・・・なんなんだ。この身の毛のよだつような感覚は。まるで出会ってはいけないモノと出会ってしまったかのような・・・。
『ようやく・・・ようやく会えたなァ』
ステイゴールドなんて目じゃないほどの猛馬を予感させるその馬は、ニタリと笑いながら不気味なほどゆっくりと口を開く。
『こっちの世界にようこそ、セキトバクソウオー!ま、オレも
そのセリフを聞いた瞬間、俺は『全て』を理解する。
己が命が砕け散るまで駆ける、競走馬にとってある種の理想形でありながら、狂走馬とでも称するべき手がつけられない程の気性。
野生のエネルギーを溢れさせ、他馬が己よりも先に行くことを許さないスタイルを容易に想像させるそいつは。
どれほど俺とかけ離れていようが決して切り離せない、馬としての魂そのもの。
紛れもない、「
セキト、心の内に潜むもう一頭の自分と出会う。
これから先の展開は、水曜の更新までお待ち下さい。