サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
まさかジャックドールもエフフォーリアも両者吹っ飛んで、昨年の1月の勝利を最後に惜しい競馬を続けていたポタジェが勝つとは・・・。
2着のレイパパレもなかなか来ると予想できた方は少なかったのでは。
『はー、はー、はー・・・』
俺たち2頭のうち、どちらが消え去るかを決するこの戦いは、俺の勝利で幕を下ろした。
超短距離だったとは言え、全力で駆け抜けたことには変わりない。
レースの興奮も合わさってか、爆発しそうなくらいに火照った身体を、心地のいい疲労感と風が汗まみれになった俺の体を冷ましていく。
『ふう・・・』
「セキト、お疲れ様。よくがんばったね・・・」
ゴールしたことを確認して、スピードを緩めると同時。安堵がきっかけとなったか首を撫でた幻のジュンペーと馬装が、光となってこの世界へ還っていく。
『はぁ、はぁ・・・本当に、ありがとうな・・・ジュンペー・・・』
あのジュンペーは、あくまで俺の妄想の産物だと頭ではそう分かっちゃいるが・・・しかし。俺を助けてくれたのも、確かな事実であって。
『・・・背中、軽いなぁ・・・』
俺はその存在に感謝してから先程までと比べて随分と軽くなった背中に寂しさを覚えつつ、ゴールすることなくコースの上で座り込んだ『オレ』の元へと向かった。
『ゔあ"あ"あぁぁぁん!!』
『・・・あの?』
『負"け"た"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ!!』
レースに敗北し、外の世界へと飛び出す希望を失った『オレ』は全部の脚をジタバタさせながら大声を上げて泣いていた。
えっと、どうすればいいんだこれ。
『も"う"駄目だぁぁぁぁ!!お"し"ま"い"だぁぁぁぁ!!』
どこぞの金髪に変身する人みたいなことを言いながら泣きわめく『オレ』を見ていると・・・なんとなくピンときた。
レースの前も思ったけれど、こうやって素の状態を出している『オレ』はまるで仔馬のようだ・・・というか、仔馬そのもの。
身体ばかりが大きいからつい騙されてしまいそうになるが、独りぼっちのこの世界の中でどう心を成長させられるんだと聞かれりゃそりゃそうだという話でもあって。
一旦そう気づいてしまえば、レース前にトレセンの風景にはしゃいでいた姿も、いきなりオレの方が本物なのだと言い張ってきたことも、納得がいく。
そこにいたのは、この世界にたった一頭だけで暮らし、ようやく出会えた別の存在とのファーストコンタクトが命がけのケンカになってしまった哀れな存在だった。
そして、俺の存在に気づくと己が消されると思ったのかガバっと立ち上がり、必死の命乞いをして来る。
『なぁ!頼むよ!オレを殺さないでくれッ!!オレたち双子みてぇなもんだろう!?』
『(双子・・・か)』
目の前にいる『オレ』は、あれほどまでに勝ち気で血走っていた目を死を目前にした恐怖に怯えさせ、涙を流しながら懇願していた。
その声に耳を傾けていた俺の脳裏に、ふと「双子のサラブレッド」の話が浮かび上がる。
馬、という生き物は、子宮に子供を育てるためのスペースが一頭分しかないのだそう。
それ故、同時に2頭以上の子を授かっても両者共倒れになるか、無事に育ったとしても非常に小さく、か弱い仔が産まれてしまう。
それを防ぐため、特に身体面の資質も求められる競走馬の世界に於いて、双子はほぼ存在しない・・・いや、片方は、「生まれる前に」抹消されるのだ。
即ち。母馬の腹に宿った生命の灯火の片割れを人の手によって消す。
そうまでして残された仔馬が「普通の仔馬」として生を授かり、やがて、競走馬として母の元から旅立っていくのだが。
今こうして、己を生きようと一つの身体を争う俺と『オレ』の関係は。
なんとなく、双子の仔馬のそれに、似ている気がした。
俺も。この『オレ』も。
その奥底にある欲求は、ただ一つ。
『生きていたい』。
本当にたったそれだけなのだ。
しかし、先程も述べたように、俺たちの魂は二つ、身体は一つ。ここ以外で肩を並べてお天道様の下を歩くことは、叶わない。
その運命の悪戯によって生まれた不条理に、『オレ』は泣いている。
『・・・なあ、『オレ』よ』
『ッ!!』
俺に声を掛けられ、ビクリと身体を跳ねさせる『オレ』。その姿はまるで叱られることを察した子供のようで。
その光景がまた、こいつはまだなんにも経験していない、まっさらなまま大きくなった奴だという確信を強くする。
その様相にはふ、と小さな笑いさえ漏れて。
例え『オレ』が、俺の身体に何かしらの影響を与えるとしても、それを受け入れてやるのが大人ってもんだろう。
考えてみれば、『オレ』がいるなんて気づかなかったくらいには今までなんの影響も及ぼしてこなかったし、なにより2頭同時に生きていられるというのならば、それに賭ける価値は十分にある・・・と思う。
『負けた方が消えるって約束だが・・・俺は、了解した覚えはないぜ?』
だからこそ。
彼が生きていたいと叫ぶのなら、俺は、喜んでその魂を受け入れよう。
『・・・は!?』
きっと消されると思っていたのだろう。目を閉じてぶるぶると震えだしていた『オレ』は俺の言葉に、先程とまでは一転してキョトンとした表情を見せた。
なんだよ、普通の顔も出来んじゃねーか。
『なんっ・・・!オレが言い出したこと『こういうのはな、契約っつって、両方が納得して初めて成立するもんなんだよ、つまりどっちが本物かって勝負も俺がオッケーしてないから不成立!意味がありません!以上!!』』
なにか文句をたれようとした『オレ』の言葉に割り込むようにして、これは一方的な「脅迫」であって「契約」にはあたらない、ならばそれは執行されないのが当然であると黙らせる。
『ええ・・・』
『言い訳しない!』
『は、はいぃ!!?』
まるで理解できないといった表情で、力の抜けた声を漏らしながら呆気にとられるガキンチョにはオトナとして叱ってやって、それから。
『・・・それと・・・はぁ』
・・・いや、自分で考えといてちょっと恥ずかしいな、このセリフ。
発声のために吸い込んだ空気が一気にため息として放出される。
だけど、言わなきゃ。このセリフだからこそ伝わるものがあるんだと意を決して、再び息を吸い込んだ。
『俺は別に、お前に消えてほしいとか思ってないし・・・むしろ、協力してほしいんだ』
『・・・!生きられるなら、もうなんだっていい!何でもするから!殺さないでくれ!もうお前の邪魔もしない!』
『いや、そんなんじゃなくてな!?』
協力、という言葉に対して少々オーバーな命乞いをする『オレ』に引きつつも、俺はこう告げた。
『条件は一つ。俺が「助けてほしい」って言ったら、外の世界に出てきてほしいんだ』
『・・・ふぇ?そんなんで、いいのか?』
『ああ、それと・・・大事なことを聞きたい』
『大事なこと・・・』
俺の言葉を聞いて、拍子抜けしたように泣き止んだものの、一体何を聞かれるんだと緊張の色を強くする『オレ』。
そんなに身構えなくてもなあ、と苦笑いしつつ、俺は肝心な事を彼に尋ねた。
『どうやったら、外の世界に戻れるんだ?』
『は・・・はぁ、なんだよそれぇ・・・』
それを聞いて、『オレ』はもう俺に、自分の存在を消すという意図が存在していないとようやく理解したのか、へなへなと座り込みながらも元の威勢を取り戻すように言い放った。
『前に試した!ここから出たいって思いながら走れば、外の世界に出られる・・・筈!』
『おい、随分抽象的だな?』
その答えは、確証に欠ける随分頼りないもの。俺がそこを指摘すると、『オレ』は恥ずかしそうに呟いた。
『・・・オレがやっても、なんかあと一歩の所で弾かれんだよ』
『あー・・・そういうことか』
その言葉に、何度も頷く俺。『オレ』が挑んでも挑んでも、外に出られなかったのは、恐らく俺の意識があったからだろう。
ならば、その俺がここにいる以上もう一度同じことをすれば出られる筈。
それをやらないのは、こいつの純粋さ故か、それともただ単に頭が回らないだけなのか。
・・・まあ、今更それを気にして、帰りが遅れてもいけないなと意を決する。
『なんつーか、世話になった』
なんとなく、この世界を経つ前に挨拶しておいたほうがいいかなと思って、『オレ』にそう声をかける。
『・・・またな、『俺』。』
その『オレ』からは短くそう返ってきて。しかし直後に『あーあ、楽しかったのに、また寂しくなるなぁ』と呟いていたから。
せっかくの思ったことが思い通りになる世界だ。なにか俺からこいつに贈れるものはないかと思案して・・・閃いた。
『ちょっと待てよ。できるかどうかは分かんねーけど・・・むむ・・・』
帰ろうとしていた脚を一旦止めて、イメージを大きく、大きく広げていく。
それに伴って、俺の脚下から、光が広がっていって。
『おぉ・・・おお!?』
すっかり無邪気さを取り戻した『オレ』は、今度は何が起こるのかと期待に満ち溢れた視線で、あちらこちらをキョロキョロと見渡していた。
広がった光は、既に疑似トレセン全体を覆っているが、それでもまだ足りねぇ。広く、広く、もっと広く!!
この世界に残らねばならない、『オレ』へのせめてもの手向けなんだ!!気合を入れろ、俺!
そう思いつつ、より大きく、より広範囲へ変化を及ぼせるようにととにかく集中して。
『・・・どりゃあああーーっ!!』
そのイメージが限界に達した時。俺は大きく叫びながら嘶いた。
『う、うわああああっ!?』
その瞬間。
厩舎も、コースも、さっき出来たばかりのスタンドも。
俺の思いを叶えるべく弾けた光が、すべてを飲み込んで。
この世界を作り変えた。
『う・・・』
しばらくして。
地面に倒れ込んでいた俺は、意識を取り戻して立ち上がった。
首をぶるぶると振るいながら何が起きたのか考える・・・そうだ。光に巻き込まれて、ちょっと気を失っていたようだな。盛大な自爆だ。
そう思い出しながら、この世界は俺の思った通りに変わっただろうかと周りを見渡し、変わり果てた風景に呆然とする。
これは・・・少々やりすぎたかもしれねぇ。
『ん・・・んん!?』
その時、近くで転がっていた『オレ』の方も目を覚まし、周りを見るなり、目を点にしてから、輝かせながら驚いていて。
『すっ・・・げぇぇーーー!!!』
息を吸い込んだかと思えば、まるで宝物を見つけた少年のように大きく叫んだ。
ま、それも無理はないわな。
俺たち二頭の前には、彼方まで続くような黄金の大平原が広がっているんだから。
―なんということでしょう。あれほど人工物に満ち溢れ、閉ざされていた世界が匠の手によって美しい大自然へと生まれ変わったではありませんか―
なんてどこかで聞いたようなナレーションが頭の中で再生されたような気がする。
開かれた草原には時折風が吹き抜け、走り疲れたならばそこら中に生えている樹の下で身体を休めればいい。
思いっきり身体を動かせるんだ。これからはもう、退屈なんてしないだろうさ。
『・・・ありがとう!本当にありがとう!!ちょっと一緒に走らねーか!?』
『いや、遠慮しとく』
トレセンなんかよりも、遥かに自由な場所を手に入れた『オレ』は何度も何度もお礼を言ってきて、走らないかと誘いをかけてきたが・・・ああ、俺はあんまりここにいないほうが良さそうだ。
『連れねーなあ』と不機嫌そうに愚痴る『オレ』だったが、仕方ないだろ。俺の調節が上手すぎたか、この世界の補正なのか。
居心地が良すぎて、あんまりここにいるとずっといたくなってしまいそうなんだよ。
・・・俺の帰るべき場所は、ここじゃない。
帰るべきは、ジュンペーがいて、馬口さんがいて、朱美ちゃんがいて・・・幻なんかじゃなくて、紛れもない本物がいる外の世界。
『じゃあな』
『おう!元気でな!』
『また・・・どこかで会おうぜ!!』
今度こそ手短に挨拶を交わしてから、俺は名残惜しさをも置き去りにして、『外の世界』に向かって駆け出した。
そよぐ黄金の原っぱを、草を散らしながら駆け抜けて、駆け抜けて、やがて身体が浮き出して。
『お、お、おおお!?』
思わぬ事に驚き、スピードが鈍ってしまいそうになった俺だったが、どこからか『オレ』の『大丈夫!そのまま突き抜けろ!』と言う声が聞こえ、集中力を取り戻す。
『ああ!色々ありがとうな!!』
『オレ』に掛けた最後の声は、感謝。
これから、俺は外の世界で。あいつはこの世界で苦労するだろうけれど、時折だったら俺が暮らしている世界にも遊びに来てほしいなと思いつつ。
宙に浮かんだ脚をいつものように動かせば、まるでそこに地面があるかのように身体が進む。
・・・いつもとは違って、加速したいと思えば思うほどその脚は速くなって。
『ははっ、こりゃすげぇ!!』
そのまま空を突き抜けて、やがて宇宙へ飛び出すと、漆黒の空間に無数の星が点々と輝いていた。
それでも俺は加速を止めない。目指すのは世界の果て、外との境界線なのだから。
やがて煌めく銀河系も、瞬く星々も、何もかもが線にしか見えないスピードへと到達した瞬間―。
『・・・はっ!?』
気付けば俺は、ニューマーケットの厩舎で目を覚ました。座ったまま居眠りをこいていたようだ。
しばし現在位置の把握に混乱しながらも、そういえば俺は欧州に遠征に来ていたのだという確かな記憶を思い出して。
ぼうっとしたまま首を持ち上げれば、ふあぁと大きな欠伸が飛び出す・・・なんだか随分と長く眠って、とっても不思議な『夢』を見たような・・・?
にしてもかなり内容がぶっ飛んでいたような気がするけれど。
『もう一頭の俺?だっけ?あれ?』
必死に『夢』の内容を思い出そうとしても、厩舎の窓から吹き込む風を浴びて頭が冴えて行く度に、その内容は薄れて消えていく。
まるで、幻のように。
『・・・ま、気にしてもしょうがねーか!』
俺はいちいち『夢』のことなんざ気にしてもしょうがないかと身体を起こして立ち上がり、ばたばたとくっついた寝藁を振り落とす。
『よし、あと数日なんだ、我慢すっかな!』
しっかり眠ったのが功を奏したのか、微かに残っていた捻った脚の痛みもすっかり消えて。
たまにはのんびりするのも悪くないと、やることもなく赤く染まり始めた空を見上げると。
『(あははっ!!楽しー!)』
『・・・ん?』
どこからともなく、走ることを謳歌しているような声が、俺の耳に聞こえてきたのだった。
セキト、現実世界に無事帰還!
ただし『あっちの世界』のことは一睡の夢、覚えてはいられないようですが・・・裏セキトくんは開放されたのでヨシ!(?)
次回は水曜更新の予定となります。