サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
そしてジュライカップを制したセキトの身に異変が・・・!?
『・・・やったか!?どうだ!?・・・セキトバクソウオーだ!やったやった!やりました!!セキトバクソウオー、欧州の強豪たちを抑えて、見事欧州のジュライカップを制しましたー!!』
「勝った・・・!」
「やった、やっぱり日本の馬も、世界に負けてないんだ!!」
イギリスでセキトバクソウオーが日本馬史上二頭目、内国産馬としては初のジュライカップの栄光に輝いたその瞬間。
衛星中継によって結ばれた映像の実況に合わせるようにして、深夜の日本のあちこちにも歓喜に湧くファンがひっそりといた。
勿論セキトの故郷、マキバファームでも例に漏れずセキトの応援のために徹夜観戦が行われ。前走のこともあって観戦者は少なくなっていたものの、それでも場長の薪場はその勇姿をしっかりと見守っていて。
「やった、やりおった!ワイのセキトがやりおった〜!!」
「ぐ、ぐぇぇ・・・薪場、さん、は、はなして」
一着が確定した瞬間には、嬉しさを表現しようとした結果、意地でも寝るものかと酒を飲んでべろんべろんに酔っ払っていたが為に近くの若いスタッフを締め上げるというちょっとした珍事も起こしつつ。
小さなテレビのブラウン管の向こうでは、今正にクールダウンを終えてゆっくりと歩くセキトとジュンペーの隣に、同じように馬に跨がったリポーターが並んでいた。
「あ!場長!勝利ジョッキーインタビューが来ますよ!」
「おお!そうかそうか!ジュンペーの奴もようやったで!」
「ぐえ」
他のスタッフにそう声をかけられて、締め上げていたスタッフをようやく放した薪場はどこかセキトと比べるとおざなりになっている気がしないでもないが、その手腕とムチで勝利へと導くという偉業を成し遂げたジュンペーの言葉へと耳を傾けた。
赤き挑戦者の勝利という形で幕を降ろしたジュライカップ。その舞台であるニューマーケットは奇妙なざわめきに包まれている。
悪く言ってしまえばセキトバクソウオーもジュンペーも、海の向こうからやってきた余所者。それにイギリスのレースの中でも歴史あるジュライカップを勝たれたのだ。
素直には祝福できない、しかし果敢に逃げ、他の馬たちを捻じ伏せたその内容は素晴らしいの一言で。伝統のレースの栄冠を奪われた妬みと、強い内容の競馬を見せられた感動がごちゃまぜになって競馬場全体を包むどよどよとした声になっていたのだ。
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そんな空気を切り裂くように、勝利ジョッキーインタビューのリポーターの活気に満ちた声が競馬場に響き渡った。欧州らしく温和な乗馬用の馬を駆り、リポーターは勝利した人馬・・・セキトバクソウオーへと近づいてインタビューを試みた。
セキトバクソウオーはカメラやリポーターを気にしつつも特に大きなアクションを起こすようなことはなく、ジュンペーも海を渡る前の猛勉強が功を奏したかネイティブな発音にも惑うことなく、一つ一つの言葉を頷きつつ、しっかりと受け止めてから笑顔で返しの言葉を紡ぐ。
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ジュンペーのその返答を聞いたリポーターは、発言の真意を興味深げに尋ねる。
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そう言いながら、セキトの首をぽんと叩いて撫でるジュンペー。最高の相棒、と称した愛馬を見つめるその眼差しは、どこまでも穏やかで優しいものだった。
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その表現にぽかんとするリポーターだったが、その頃自身の生活を顧みずに日本で発言を聞いたファンたちは皆うんうんと頷いていたという。
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しかし欧州にいるジュンペーにそのリアクションが届く訳もなく。リポーターの様子を見てこれ以上は話してもしょうがないかと、ジュンペーは少々苦笑いをしながら話を次へと促した。
リポーターの方もジュンペーの意図を察しつつも助かったという雰囲気を隠しきれないまま次の質問へと移っていく。
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最早勝者へのお決まりのような質問に、ジュンペーは一旦口に手を当て少し考え込んでからこう答えた。
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その言葉に相槌を打つリポーターであったが、カメラマンからそろそろ画面が切り替わる時間だと伝えられた瞬間、ジュンペーのセリフが終わるのを待ってから最後の質問を切り出して。
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そう問いかけられれば、ジュンペーは待ってましたとばかりに息を吸い込んで、満面の笑みを浮かべながらマイクに喜びの声を吹き込んだ。
「やったぞーー!!」
敢えての日本語での勝ち鬨。その声はニューマーケットの芝と空へ、そして電波を通じて歓喜の瞬間を分け合った日本のファンたちへと、確かに届けられたのだった。
『あ"ーーー・・・疲れだぁ・・・』
どうも、ジュライカップを制したセキトバクソウオーです。
あれから数日・・・現在馬房に身を横たえて、只今絶賛ダウン中でございます。
『ちくしょー、どうしてこうなった』
どうにか愚痴をこぼしてみるも、返ってくるのは全身のコズミだけ。思えばこの痛みも随分と久しぶりだなぁと思えるだけまだ余裕はあるのかもしれない。
俺がひっくり返る原因になったのは、間違いなくあの謎の声と共に引き起こした大爆走だ。いや、走り終えた直後は良かったんだよ。むしろ脚が軽くてどこまでも走っていけそうなくらいだった。
レースの後にやってきた朱美ちゃんやウィリアムセンセイも交えての口取り写真の撮影を終えて、馬房へ帰ってきたんだが、その後がさあ大変。
「セキト、今日は本当にお疲れさま」
『おうよ・・・あ?』
いつものように、馬口さんに労われながら馬房へと脚を踏み入れた瞬間、事は起きた。
安心したその瞬間、がくんと脚の力が抜けて寝藁の上へと崩れ落ちて。
『・・・ふぇ?』
「セキト!?」
さっきまでちゃんとした向きだったはずの視界の天地がひっくり返って、馬口さんが慌てたような様子で逆さまに立っていた。
もうその後はてんやわんやの大騒ぎ。いつの間にやら連絡が行ったのかジュンペーや朱美ちゃんが青い顔をしながらすっ飛んできたり、ウィリアムセンセイが混乱する陣営をたしなめたり。
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そのゴタゴタの中でもしっかり仕事ができるやつは仕事をしていたらしい。俺が立ち上がったこともあって誰かが叫んだその声を切っ掛けに事態は徐々に収まって。
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「あれっ!筋井さんじゃないですか!?」
『おー!あの時のセンセイ!久しぶりだな』
「おや、あなたは。そしてこの馬も・・・数年前の節はどうも」
その駆けつけてきてくれた獣医のセンセイというのが、なんと海外で修行中の筋井さんだった。なんという縁だ。
え?誰だって?俺にとっては忘れもしねぇ、笹針をブスッとやってきたあの獣医の先生だよ。
だがここはイギリス。愛護主義の強いこの国で笹針治療なんて荒事は起こせまい、ふふん。
そう思っていると案の定筋井さんは俺の触診を始めた・・・よし、笹針の気配、なし!
馬口さんとこの数年のことを話題にしながら、手際よく俺の診察を進めていくのは流石留学をするほどのプロフェッショナルと言ったところか。
「セキトバクソウオー、随分と立派になりましたね。G1何勝でしたっけ」
「今日で3勝ですね」
「3勝!もっと勝ってるイメージがあったんですけどね」
他愛のない話をしながら俺の脚をぐいっと抑え、異常のある箇所がないか入念に探す筋井さん。
・・・と、ある箇所に差し掛かると朗らかに会話していたその顔がしかみ、急にその手が止まる。
「うーん、これは・・・」
『んん?』
思わぬ再会を楽しんでいる俺とは対照的に、難しい顔をしながら俺の右前脚を執拗に触りまくる筋井さん。
ん?どうした?何かあったのか?
『なあ、どうしたんだよ、そんな顔してさぁ』
そう問いかけても相変わらず表情は固いままで、馬房の外に出て診断結果をはなす筋井さん。
よく聞き取れなかったから俺にも診断結果を聞かせろと小突いてみたが、それも虚しく筋井さんは、「ちょっとここじゃ詳しく分からないので・・・」と軽く頭を下げ、結果をぼかして帰っていっちゃったし。
全くなんなんだよ。コズミ以外はどこも痛くないんだけどなあ。
『まあ、こんなのちょっと休めば良くなるよな!・・・な?』
こんな痛み、すぐにでも治るだろうと見た楽観的な俺と違い、厩舎のムードは最悪とまでは行かないけれどもなんだか沈んでいたのが印象的だった。
確かに、それから数日経ってもこうやって、なかなかコズミが引かなかったりもしてるけどさ。
ちょっと休めば、またすぐに走れるようになるって。
みんな、俺を心配し過ぎだっての。
俺は、90日の遠征期間にまでまだ余裕があることに感謝しつつ、真夏に差し掛かって熱を帯び始めた始めた風を浴びながら身体を休めるのだった。
・・・なんか、ずっと触られていたせいか右前脚が少し重たい気がするけど、大したことじゃないし、これもそのうち治るだろ!
次回更新予定は、水曜日になります。