サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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皐月賞、テイオーが副音声で出走していると聞いてNHKで視聴しました←
いや、しかし某所と違いグダグダにはならないし、CMとかも無くて見やすくていいですね。

予想の方は・・・イクイノックス、一瞬貰ったと思ったんですけどねぇ。最後のジオグリフが強すぎました。

ダービーの舞台でブラックブロッサム共々の逆転を期待します!




真夏の選択

「うぅ・・・セキタン・・・セキタン・・・!」

 

俺に縋り付くように涙を流す朱美ちゃん。

 

『・・・』

 

しかし、俺はそれを見て尚、ただただ立ち尽くしていた。

 

衝撃の宣告。

 

ボロボロだという俺の脚。

 

何故、という思いと同時に、この結果に納得し、「あのような身体の使い方をしているならば当たり前だ」と冷酷な判断を下す自分も、心の内に確かにいた。

 

サラブレッドの脚と言うものは、ガラスという表現が長らく使われるほどに他の品種と比べて脆く、繊細。

 

俺はそれを知りながら、普段の走り方からして負担を強いるストライド走法を好み。更に猛スピードで走行中に何度もピッチ走法と切り替えたこともある。

 

そこに来ての、地盤の悪い欧州への遠征。恐らくそれがトドメになった。

 

色々と無茶をしてきた俺の身体の何処かが崩壊するのはある意味宿命であり、当然。特に常に究極のスピードを求められるスプリンターとして、俺は早い時期から表舞台に立ち続けていたから尚更だ。

 

だからこそ・・・前世で競馬ファンであった身としては、故障の時期としては頷ける。頷けてしまう。

 

しかし・・・なんで。

 

なんでよりによって、ジュンペーも復活して、ようやく一緒にG1を獲って。

 

俺としても、まだまだ一緒に走っていたい、こいつとならどこまででも一緒に行けるって・・・そう思っていた、この時期に。

 

 

俺の身体の方が、壊れちまうんだよ。

 

 

『なんでだよ・・・』

 

未だに一歩も動けないまま、奥歯を噛んでこみ上げる悔しさを噛み潰す。

 

5年の付き合い・・・3年間に渡って競走で酷使し続けた自分の脚を見やる・・・うん、やっぱり見た目にはなんの変化もない。

 

痛くもなければ、今日もいつもと変わらず動いていた4本の脚・・・なんなら次のレースでも勝負になるなって思っていたし。

 

今ここで、突然朱美ちゃんの口から「実はドッキリでした」って言ってくれるなら、その方が俺はよっぽど信じられるし、どれほどよかっただろう。

 

けれど、未だに啜り泣く朱美ちゃんの姿は、くだらない笑い話なんてオチを期待できるものとはかけ離れていて。

 

「うっ・・・ぐすっ・・・うぇぇ・・・」

 

『朱美ちゃん・・・』

 

今の俺には、朱美ちゃんを抱きしめてあげられる腕も無ければ、何かプレゼントとして渡せるものも何一つ持っていない。

 

女の子が泣いている姿をただただ見守るしかない不甲斐ない自分が、嫌で仕方なかった。

 

 

ああ。これ以上なく重い空気で肺が押し潰されて、なんだか息苦しい。

 

『・・・!』

 

そして、ずっと泣いている朱美ちゃんを見ながら、愚かな俺ははたと気がついた。

 

前世の俺が「G1馬の〇〇、故障で引退するのか、親として活躍できればいいな」って軽く流していたニュースの裏で。

 

こうして、沢山の人が苦い思いを飲み込んでいたのだと。

 

『くそ・・・!』

 

それ故に、俺の身体と繋がった、ヒビの入ったガラスの脚が今はただ憎い。応えたいのに、応えられない。

 

否、応えようとすれば・・・粉々に砕けてしまうだろう。

 

もう少し、あと少しだけ頑丈ならば、皆にさらなる喜びを届けられたはずだったのに。

 

割れたガラス細工をどれほどきれいに繕おうと、隙間なくヒビを埋めることは叶わない・・・決して元のようには戻らない、この脚が、ひたすらに恨めしかった。

 

 

けれど・・・まるで、大切な人を亡くしたお通夜のように泣き続ける朱美ちゃんの様子を見ていると。

 

『・・・なんだ、この気持ち』

 

故障と聞かされ、悔しさを覚えながらもこれでおしまいなのかと冷え切っていたはずの心の奥底から、熱い、赤い・・・強い思いが湧き上がる。

 

 

ああ。そうか、これが、『サラブレッドの本能』。

 

馬になって長い時間が経つせいだろうか。俺は人間とはかけ離れているはずのその理念を、自然と受け入れることができた。

 

命ある限り、脚が動く限り、人と共に走れ、疾く走れと囁くその衝動。

 

そうして、誰よりも速くあることを、いつかと同じくこの血が・・・いや。最速の一頭(スプリンター)としての俺自身が望んでいる。

 

気がつけば俺はどうにかして「終わった」俺を覆したい。と心を燃やしていて。

 

そうだ。

 

まだ(・・)脚自体がダメになった訳じゃない。

 

諦めちゃだめだ。

 

後何回走れるかはわからないが・・・もう一度だけでも。

 

走ることが出来るなら、ゴールの瞬間まで、死神の鎌から逃げきれるかもしれない。

 

或いは、酷く脆くなったこの脚には、1200mすら長く、運命という縄に容易く捕らわれてしまうかもしれない。

 

 

しかし。サクラローレルだって競走能力喪失級とされた骨折から立ち直った。

 

 

カネヒキリだって二度の屈腱炎と骨折を乗り越えて再び勝利した。

 

 

この二頭を鮮やかに蘇らせたのは。

 

進歩する治療技術か?それとも騎手の作戦か?はたまた陣営の使い方か?

 

どれも正解だが、大切なものは、もう一つ。

 

『・・・最後に、一回だけでいい。勝ちてぇ・・・朱美ちゃんに、ジュンペーに、太島センセイに、「こいつは強かった」って・・・いい思い出を残して、終わりてぇ』

 

レースでも無いのに目が吊り上がって、闘志が沸き起こって、「恩を返したい」という思いが、一秒時が過ぎる度に強くなっていく。

 

そう、「思い」。

 

馬自身が、人間に応えんとする「思い」。

 

そして、人間達の馬を復活させてやりたいという「思い」。

 

2つが重なって、初めてそれは大きな輝きたりうる。

 

 

もしも、俺の脚が朱美ちゃんの言う通りの状態ならば・・・恐らく、もう一回出れたとしても、それがラストレース。

 

それでも、もし、己の手で。

 

 

選択肢を選べるというのならば。

 

 

俺は―走りたい。

 

この脚が限界を迎える刻・・・「引退」のその時まで。

 

ヒトの魂なんてとんでもないものを乗せて生まれてきて、そのまま走り続けてきた俺だったが。この時ばかりは、心の底までサラブレッドになった様だった。

 

 

「っ、セキタン・・・?」

 

『ブルル』と優しく囁くように鼻を鳴らして、朱美ちゃんからそっと身体を離す。

 

あーあ、せっかくの美人さんなのに涙と鼻水で顔がめちゃくちゃじゃないか、勿体ない。

 

『なんつー顔してんだよ』

 

馬の顔なりに苦笑しながらそれらを短い毛の生え揃った頭でゴシゴシと拭き取ってやる。

 

俺の顔が朱美ちゃんから出たものまみれになった代わりに、朱美ちゃんは俺の抜け毛まみれだ。

 

「え、え・・・?」

 

『朱美ちゃん、しっかり見ててくれよ』

 

突然のことに呆然とする彼女を尻目に、俺は俺の意見を・・・「したいこと」を全力で伝えにかかる。

 

『これが、俺の答えだッ!』

 

「あっ、待っ・・・!!」

 

俺の様子で何が起こるのかを察した朱美ちゃんが、思わず手を伸ばす・・・が、その手が頭絡を掴む前に俺は大地を蹴飛ばし、緑の大地に身体を躍らせた。

 

一蹴り毎に風を切って、ぐんぐんと加速していく俺の身体。

 

・・・やっぱり、脚のことは誤診かなにかじゃないのか、と思うほどにはよく動くし、痛みなんて微塵もない。

 

なにより。俺はスプリンターなんだ。待っていたらレースで勝つことなんて叶わない。

 

そう、一度走り出してしまった以上・・・俺はもう、止まらない!

 

『朱美ちゃん!!頼む!もう一度・・・一回だけでいいから・・・走らせてくれぇぇ!!』

 

俺はたった一人、朱美ちゃんにその思いを伝えるためだけに、全力で走っていた。

 

「セキタン・・・!?」

 

そんな俺の姿に、今度は朱美ちゃんが一歩も動けなくなる番だった。

 

足音、地響き、呼吸の音。そういった俺の全てに、ただただ圧倒されている。そんな感じ。

 

・・・思えばこんな近くで、本気で走っている姿を見せたのは初めてかもしれないな。

 

というか普通こういうところでは馬ってあんまり本気で走らないしと思いながらも柵沿いに一周走った後、最後は放牧地の真ん中まで移動して。

 

『ヒヒィィィン!』

 

前脚を振り上げ、わざと目立つように大きく嘶いて見せる。

 

人間たちの都合なんて知らない。

 

俺が。俺自身が走りたいんだ。

 

せめてあと一回。その一回だけでいいから。

 

『ヒヒィィィィィン!!』

 

競走馬としての全てを、出し切らせてほしいと願いを込めて、もう一度嘶いた。

 

・・・うん、伝えたいことは、伝えられた・・・ように思う。

 

さっきよりかは荒くなった呼吸を整えながら呆然とした様子の朱美ちゃんの元へゆっくりと歩み寄ると、ハッとしたように手を伸ばして再び出迎えてくれた。

 

『心配かけてゴメンな』

 

「セキタン」

 

『なんだ?』

 

その手に鼻先で軽く口づけをすると、力強く名前を呼ばれたから朱美ちゃんの顔を見やれば、涙に濡れていたその目は違う何かで輝いている。

 

そのまま真っすぐ、俺の目を見つめて。

 

「・・・あなたは、走りたいの?」

 

確認するように、落ち着いた色で紡ぎ出される言葉をピンと立った耳が正面を向いて、一つ一つ、丁寧に拾う。

 

ほら。分かってくれていた。

 

そのことに嬉しさを覚えながらも、その問いに対する俺の返答は勿論。

 

『・・・ああ!』

 

いつもと同じく首を縦に振りながら、短く鼻を鳴らしての一つ返事だった。

 

 

脚の状態が状態なだけに、朱美ちゃんが帰った後スタッフさんたちからたんまり怒られたけど後悔は全く無かったぜ!

 

 

 

 

その数日後。

 

美浦でセキトバクソウオーの馬房の周りを掃除しながら、朱美からの連絡を待っていた太島の元に一本の電話が入る。

 

「はい、太島です・・・おぉ、天馬さん。どうですか、決まりましたか」

 

待ち人からの連絡に、さぁ何でも来いと構える太島。

 

そして、若き馬主の頼りない、それでも頑とした決意を感じられる声色で伝えられたこれからの動向は。

 

 

「現役続行・・・ですか」

 

『はい、この前会いに行ったら走りたくてもう堪らないって感じで・・・でも・・・その一回で、引退させます』

 

次走が復帰戦で、引退レース。

 

「あの人もなかなか無茶を言うようになったな」

 

あの後、オスマンサスのことも話し合って通話を終えた太島の口から漏れた、その言葉。

 

一見すると文句を言っているようにも聞こえるその字面とは裏腹に、太島の口角はにやりと持ち上がっていて。

 

『太島さん。私なら大丈夫です。なにがあっても・・・セキタンの選択なら、受け入れますから』

 

そうは言いながらも、かすかな震えを含んだ馬主の声が妙に耳に残っている。

 

「やってやろうじゃないか」

 

脚元を悪くしているセキトバクソウオーに華々しい引退を飾らせて、無事に牧場へ帰すという、無理難題。

 

しかし、達成できればセキトバクソウオーに関わる皆が万々歳、ハッピーエンディング。

 

「ここでやらなければ、お前に申し訳が立たないからなぁ・・・なあ、スターオー」

 

太島は、血統表を見れば必ず名前が上がるかつての相棒・・・悲運の二冠馬に、ひっそりと誓いを立てた。

 

 

そうして、時は流れてすっかり秋めいたトレセンの馬房に、脚に爆弾を抱えたセキトバクソウオーが戻ったのと。

 

「ん・・・これは・・・招待状か?HKJC・・・!?」

 

この騒ぎが起きる前に発送されたのか、彼宛てに昨年と同じく香港への招待状が届いたのはほぼ同じ時期のことだった。




セキト、放牧地の中心で思いを叫ぶ。

次回更新は水曜日になりますが・・・久しぶりにハイテンション高めの場面があるかもです。
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